表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/313

百八十一話 森人の集落へ

 緑肌の森人の集落を目指して、森の中を旅していく。

 こうして再び森林行をして思うのは、俺もすっかり森での生活に慣れてしまったなってこと。

 浅く長く眠ったり、深く短く眠ったりと、睡眠の質を自由自在に変えられるし、半ば自動的に食べられる草やキノコを採れるようにもなっている。

 そして黒蛇族の里で連日訓練していたお陰で、より危なげのなく魔物を仕留められるようになった。

 なんだか、人の町で暮らすよりも、魔物が徘徊する森の方が居心地がいい気さえする。

 でもこの価値観は危ないので、自制しよう。

 一方で、オゥアマトも俺と共に暮らして、変わってきたことがある。

 それは、俺の料理も好んで食べるようになったことだ。

 その中でも、スープがオゥアマトのお気に入りらしい。


「温かい水はいいな。朝に飲めば、体が温まって動きがよくなる。その上、料理の匂いに引き寄せられて、獲物が向こうからやってくるのもいい」


 味よりも、効能の方がお気に入りっぽいけどな。

 一方で、オゥアマトに従っている狼の魔物は、俺の料理を食べない。

 オゥアマトが手ずからあげれば、食べるんだけどな。

 でも代わりに、出汁に使った骨を、バリバリと美味しそうに食べる。


「ゥオオン」


 一本食べきると決まって吠えて、もっと寄越せと言ってくる。

 はいはいとあげると、ぱたぱたと尻尾を振って、新しい骨を齧り始める。

 ここで、犬みたいだなと頭を撫でようとしてはいけない。伸ばした手を噛みつきに来るので、大変危険だ。

 オゥアマトが撫でる分には、いいらしいけどな。

 そうやって二人と一匹で旅をしていき、十日ほど経ったある場所でオゥアマトに料理禁止令を出された。


「ここから先は、強力な魔物がいる領域に入るからな。隠れ進んでいくぞ」


 恐れ知らずに見えるオゥアマトが警戒するなんて、どんな魔物なんだろうかと、楽しみに思っていた。

 実物を見るまでは。

 俺とオゥアマトは木の陰に隠れて、ある魔物をやり過ごそうとしている。

 その魔物とは、分厚く硬そうな焦げ茶色の鱗を持つ、五両編成の電車よりも大きなトカゲ。

 ファンタジーな映画で見たことがある、翼のないドラゴンにそっくりな魔物。

 オゥアマトが言うに、あれは竜の一種だそうだ。

 その映画では翼がないドラゴンは低級だなんて台詞があったけど、この世界で実際にみるとそんな言葉は鵜呑みにできないと分かる。

 あれの前に出るだなんて、それこそ突っ込んでくる電車に立ち向かうようなものだ。戦いにすらならないだろう。

 魔法を使えば倒すことが可能かと試算するけど、どんな魔法なら通じるのかすら分からない。

 俺の一番殺傷力が高い魔法――武器に魔法を纏わせる攻撃でも、あの巨体には軽症を与えるのがやっとな気さえする。

 そんな恐ろしげな相手なので、気軽に挑めるような相手ではない。

 息を殺してやり過ごし、そそくさと移動し、安全そうな場所で一息つく。


「あんなのがいるなんて、思ってもみなかった」

「ここらは古い森であり、森の主の広大な縄張りの片隅だからな。強い魔物が多いわけだな」

「森の古さと大きさ、そして魔物の強さに、何の関係があるの?」

「知らないのか? 主が長年同じな領域を古い森といい、強い魔物が集まってくる。そして主が治める領域が広いほどに、魔物の数が多くなるのだ」

「ということは、ここら辺の森は強い魔物がうじゃうじゃいるってこと?」

「そうだ。先ほど見た竜など、ここらの森では上の下ぐらいの強さだぞ」

「えっ。あれが森の主じゃないの?」

「あれなど、ここの主の餌に過ぎん。なにせ主は、空を飛び、火とか酸とか毒とかを吐く竜だからな。地に根差した生物が及ぶ相手ではないな」


 そんなドラゴンなら、広大な領域を長年治められるなと納得する。


「でも、黒蛇族は強い相手と戦って、血肉を得るんじゃなかったっけ。ここの魔物は絶好の相手だと思うけど、戦わないのか?」

「もちろん、戦うとも。だがそれは竜種以外だ」

「それは、あまりに強いから戦いを挑まないってこと?」

「いや。竜種は強い相手なのに、黒蛇族と祖が同じなので、倒しても食えん。病気になってしまうらしい。戦うだけ損だから、戦わずに済ますわけだな」


 その理屈が本当かどうかはわからないけど、黒蛇族が竜と戦わないことはわかった。


「それにしても、なんでこんな場所を通らないといけないんだ。迂回すればいいのに」

「したいのは山々だが、森人たちの集落は、天飛ぶ竜の領域の中にあるのだ。どう迂回しても、結局は同じだ」

「……なんでまた、そんな辺鄙な場所にあるんだよ」

「僕が聞いた話によるとだ――大昔にとある森人が、小さな領域の森の主となった。その後で天飛ぶ竜の主が生まれ、次々に周囲の森の主を倒して領域を広げていった。しかし唯一、主となった森人は倒せず。今でもそのままなのだという」

「それって、飛ぶ竜より強い人ってこと?」

「さてどうだろうな。長年双方生き続けているのなら、同等の実力だと考えるのが普通だと思うぞ」


 そんな人に会いに行くのだと聞いて、知らなかったこととはいえ、今更ながらに心配になってくる。

 するとオゥアマトが、気休めの言葉をかけてくれた。


「なに。件の森人が治める領域に入れば、危険な魔物など一匹もいなくなる。それまでの辛抱だ」

「その辛抱って、何日間?」

「ふむー、これでも最短距離を進んでいるからな。うまくいけば、三日。逃げ隠れして時間がかかっても、五日ぐらいだろう」


 意外と近い場所なようで、安心した。

 三日から五日なら、耐えられそうだ。

 気が楽になったので、あらためてこそこそと森の中を移動することにしたのだった。





 強い魔物がいる森の中を進んでいると、色々と驚く。

 羽のない竜を、オゥアマトが従えているのと同種の狼たちが、三、四十匹の群れで襲い掛かって倒していた。

 かと思えば、狼たちは自分より小さなリスっぽい魔物から、全速力で逃げる。

 そのリスの魔物は、琥珀石のゴーレムに踏みつぶされた。

 ゴーレムは、羽のない竜の尻尾の一撃で粉砕されてしまう。

 そんな単純な実力ではなく、なんらかの相性が存在しているような光景が、あちらこちらで見ることができた。

 そして見かけるどの魔物も、他の領域の森なら主となれそうな実力がありそうなことにも、驚かずにはいられない。

 もしかしたら、この森から出て行った魔物が、新たな森の主となるという事例もあるんじゃないだろうか。

 ちなみに、竜に砕かれたゴーレムから、核と大き目な琥珀石をいくつか回収しておいた。

 森人の集落でお金が使えるとは思えないので、これで売り買いする気でいる。

 それはさておき。

 危険な領域に入ってから、四日が経った。

 神経を張っているので、俺もオゥアマトも、そして狼の魔物も、どこか余裕のない顔で森を進んでいた。

 しかしあるとき、ふと森の様子が変わった気がした。

 なんというか、命の危険だらけの場所が、不意に終わったように感じた。

 不思議に思って周囲を見回すけど、先と後ろの森の光景に、さほどの違いはない。

 けどこの感覚を、オゥアマトは覚えがあるようだ。


「どうやら、森人の治める領域に入ったようだ。ここからは、周囲を警戒する必要がないぞ。友も、料理を存分に作ってくれていい」

「ゥオン!」


 オゥアマトと狼は、もしかして俺に料理を作れと言いたいのだろうか。

 それならと、料理の準備をしていく。

 危険な領域内を旅している最中に、食べられる植物や、戦闘を回避しきれずに倒した魔物の肉を獲ってあるので、それを使う気だった。

 いつも通りに竈と鍋を、鍛冶魔法で土から作っていく。

 オゥアマトと狼も慣れたもので、その間に薪を用意してくれていた。

 さて作ろうと、竈のしたに薪を入れ、生活用の魔法で火をつけようとし――


「申し訳ないけど。森林火災防止のために、ここで火をおこすのは止めてほしいな」


 ――注意してきた誰かに腕を握られた。

 俺たち全員が、ギクリとした表情をする。

 きっと誰もが、俺の腕を握る人が接近していたことに、まったく気づいていなかったに違いない。

 恐る恐る、俺は顔を上げる。

 すると、とても優しげな笑顔を浮かべた、若葉色の肌の顔が見えた。

 髪も艶やかなエメラルドグリーンで、なるほど緑肌だと変に納得してしまう。

 二十代ぐらいの中性的な顔立ち。麻木色の袖ありのワンピースみたいな服に起伏がなく、性別はわかない。


「あ、あの。森人の方ですか?」


 そう尋ねると、小首を傾げられてしまった。


「おや、人間が森人だなんていうのは珍しい。ああ、そこにいる黒蛇族の子に、その名称を聞いたのかな?」

「え、あ、はい。そうですけど」

「なるほどね。君が黒蛇族の旅人から友に認められた子ってことだね」


 笑顔のまましきりに頷いた後で、森人は自己紹介をしてくれた。


「はじめまして。此方わたしは、人間の言うところの森の奥に住まう者――通称でエルフという種族の長、ダグンイドを祖に、イラルカゥを母に持つ、アリィトイックだ。人間の社会風に名を言うなら、アリィトイック・ダグンイド・イラルカゥとなるのかな」


 アリィトイックさんかと名を覚えようとして、さらりと『長』と言っていたことを思い出した。


「もしかして、森の主になった森人!?」

「はい、その通りですよ。ああ、大丈夫。他の森の主とは違って、人間は食べませんから」


 優しい笑顔で、驚く俺の頭をよしよしと撫でてきた。


 その手つきは、どことなく老人が子供にするものだと感じた。

 不思議に思い反応できずにいると、オゥアマトが地面に膝をついての座礼をしていた。


「お初にお目にかかる。黒蛇族の旅人、オゥアマトという。この度は僕と友を、この里に快く招待してくださり――」

「ああ、そういう硬い挨拶は抜きでいいから。森人エルフは、基本的に気楽な種族だからね。そういう肩がこりそうなのは、逆効果になるよ」

「――うむ。そういう事なら、普段通りの言葉でしゃべらせてもらう」


 オゥアマトはすくっと立ち、長老から頂いた森人の手紙を差し出す。


「これが通行証なのだろ。見分してくれ」

「いや、見なくてもわかるよ。なにせその紙には、此方わたしの髪が一本編み込まれていてね。意識すれば今どこにあるのか直ぐわかるんだ」


 驚きで目を開いたオゥアマトが、紙を透かして見始める。

 そして真ん中ぐらいに指を伸ばす。

 パピルスのような網目から、するりとエメラルドグリーンの髪が一本抜け出てきた。

 あんな細い髪で、GPSみたいなことができるなんてと、俺も驚いてしまう。

 俺たち二人の様子を見て、アリィトイックさんはよりニコニコと嬉しそうに笑い始める。


「あはっ。驚いてくれて嬉しいよ。なにせ、集落の人たちはみんな知っている能力だからね。いまじゃ、生まれた子に親が教えちゃうから、驚かせることすらできやしないんだよね」


 笑って言い、俺を撫で続けていた手を止めた。


「さて、じゃあ集落に案内するね。黒蛇族と違って、ちゃんと柵と畑があるから、人間の君にはなじみ深い光景が見れるとおもうよ。ああ、そういえば、名前は?」

「あ、言い忘れてました。バルティニーです」

「うんうん、バニーくんだね。此方わたしのことは、親しくアリクと呼んでいいよ」

「えっ!? それは、あっ……」


 バニーだなんて略し方は嫌だと、別の言い方にしてもらおうとして、言葉が詰まった。

 なにせこの世界では、バニーと英語でウサギを呼ばないので、どう訂正していいか分からない。

 結局、呼び名の変更は諦めるしかなかった。


「……はい、よろしくお願いします。アリクさん」

「なんだかバニーくんは硬いね。あっちで自由に見回っている、オゥトちゃんほどとは言わないけどさ、もうちょっと打ち解けていこうよ」


 オゥアマトの略し方も酷いなと思ったが、こちらも日本語じゃないと酷い意味が通じないので訂正できない。

 解消できないもやもやを抱えつつ、アリクさんに案内されて、森人――エルフの集落へと向かうのだった。


バニーくんと、下呂オゥトちゃん。

こう書くと、一昔前のラノベのタイトルにありそうだなぁ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 33行目に 五両編成の電車よりも大きなトカゲ。 とありますが、1両で20mくらいなので100mになります。 デカすぎというのもありますが、ここは森の中なんですよね? こんなのがぶつからずにい…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ