百七十九話 里での暮らし
黒蛇族の里に滞在すること三日。
里の中のことがだいたいわかってきた。
家が森の中に点在しているので、里の規模は数キロにわたる。
けど、人口は百人を少し超すぐらい。
人間の感覚では少ないと思うけど、黒蛇族は雌雄同体の種だから、この数で十分なんだろうな。
里に住んでいる半数以上が奉仕者だ。
そして、奉仕者の中にもランク分けがある。
植物や弱い動物の採取しかできない人が下位。
建物や簡単な道具を作れる人が中位。
魔法が使える呪い師や鍛冶師、薬草を扱える薬師が上位となっている。
上位の奉仕者に対しては戦士全体が一目を置いて、あまり高圧的な態度はとらないようだった。
「戦いの際に、呪いや武器や薬で助けてくれる存在だからな。さしずめ、戦う場所が違う戦友といった感じなのだ」
とは、オゥアマトの弁である。
そして、戦士も階級が分かれている。
里から出る許しがもらえない守人戦士が下層、オゥアマトのような旅人戦士が中層、プレゥオラと同じ偉大な戦士は上層だ。
その全員の上に長老がいて、重要な決定を下す役割を担っている。
客人の位置づけは、奉仕者の中位と上位の間。
けど俺は、魔法が使えるので、奉仕者上位と下層戦士の間という感じらしい。
ちなみに訓練中の子供たちは、この枠組みの外だそうだ。
「なあ、オゥアマト。子供たちは戦士になるべく、訓練をしているよな」
「その通りだ。それがどうかしたか?」
「いやな。それだと、いつ建物を作る方法や、呪い師になるべく努力するんだ?」
俺の培ってきた常識では、呪い師になる――魔法を使う訓練は、幼いうちからやっていた方がいいということになっている。
港町サーペイアルのフィシリスに、生活用の魔法を使えるように指導するのが、とても大変だった思い出があるし。
だから、戦士になれずに脱落した後で学ぶには、遅すぎると思う。
そんな疑問について、オゥアマトは理解を示した顔をする。
「僕らの教育の仕組みを知らねば、不思議に思うだろうな」
オゥアマトはそう呟くと、どう説明するかと悩む表情になった。
「ふむぅ……。子供らに教えるのは、なにも戦う術だけではないのだ。木の枝を使っての簡易武器や寝床の作り方、食べられる野草と薬と毒の草の見分け方、武器の補修法などもだ」
そこまで説明されれば、言いたいことはわかる。
「その訓練を通じて、建物を作ったり、鍛冶や薬師の仕事に興味を持ったりして、子供の中から戦士の道を自分から外れる人が出てくるわけだ」
「うむ、その通り。だが、教え手側が戦士に向いていないと判断した子も、奉仕者にするための教育に切り替えるな」
「そうなんだ……。でもそんな仕組みで職業が分かれるなら、戦士であり呪い師のプレゥオラは、異質なんじゃないか?」
「確かに異質だが、戦士になった後で呪いを身に着けた才あるものは、他にいないわけではないぞ」
「オゥアマトも学んだりしたの?」
「したとも。しかし性に合わなかったのだ。火を噴いたり水を出して攻撃するよりも、殴り蹴ったほうが手っ取り早いと気付いたからな。はっはっはー!」
からからと笑う姿に、オゥアマトらしい考え方だなと思ってしまった。
里は森の中にあるのに、柵などで囲われてはいない。
だから野生動物が平気で里の中を行き来している姿が、たびたび見ることができた。
黒蛇族の人たちは、その動物たちを追い払ったりせず、すきに里の中で過ごさせている。
ときどき食料にするために獲ったりしているけど、里から去る動物たちの数は少ない。
去らない主な理由は、魔物だろう。
魔物たちは、里の中には滅多に入ってこない。
三日滞在して一度だけ、一匹の魔物が迷い込んだときだけだ。
もちろんその魔物は、里を守る戦士の手によって迅速に処理され、食べられる種族なので子供たちの食事になった。
そんな状態なので、里の中での暮らしはとても平和だ。それこそ、前世の森に戻ってきたような気になるぐらいに。
あまりにも平和で、朝に参加させてもらっている訓練以外の時間が暇だ。
なので、里の鍛冶場にお邪魔させてもらうことにする。
作業場の見学許可は、自作の鉈を見せれば、すぐに下りた。
それどころか、鉈の出来栄えに、鍛冶師の一人が俺に頼みに来た。
「見るだけでなく、何か作ってはみませんか?」
「それぐらいなら、構いませんよ」
そう約束をしたので、俺は鍛冶仕事を手伝うことにした。
違う種族でも、鍛冶の方法はだいたい一緒だった。
鍛冶魔法を使い、石から鉄を取り出し、鉄を練って形作り、武器や道具にする。
少し違うのは、抽出し終えた石で日用道具を作る点だ。
石でハンマーや釘、針に包丁などを作る人の手元を見ると、出来上がったものが少し歪んでいる気がした。
作っている人が若く見えるから、たぶん見習いが練習に作っているんだろうな。
けどまったく使えないわけではないらしく、奉仕者の人たちが籠に積んだ石を渡す代わりに、石の日用道具を貰っている。
そんな光景を俺が観察する一方で、黒蛇族の鍛冶師はこそこそとこちらの手元を盗み見ている。
どうやら黒蛇族の鍛冶の学び方は、見て盗み、自分でやってみて覚えるという形らしい。
そういうことなら、初歩の初歩から見せた方が良いかなと、指ほどの長さの鉄棒を作る。
これで鉄の捏ね方と、形成の仕方が盗めるだろう。
その棒を横に口に咥えて、石から鉄を抽出していく。
これが高い純度で鉄を抽出する練習だとは分かってないようだけど、とりあえず真似してくれている。
そんな感じで、技術の向上をあえて盗ませるように、自分から仕向けていった。
初歩に必要なことは伝え終えたので、鍛冶場から去ることにした。
「作業場、貸してくれてありがとう」
「い、いえいえいえ。こんな場所でよければ、いつでもお使いください!」
大変に恐縮する鍛冶師の姿を見て、里にいる間は偉そうな態度を取れと、オゥアマトに言われていたことを思い出した。
今更遅いやと思って、態度を変えることなく、その後にする。
いい時間なので家に戻ろうとすると、オゥアマトが少し先から現れ、こちらに合流してきた。
「僕の友よ、よろこべ! 長老が橋渡しをしてくれるそうだ!」
いきなり言われても、なんのことかわからない。
「橋渡しって、どこと?」
「どことは、決まっているだろう。緑肌の森人が住む集落だ」
「それまたどうして?」
「友は前に、森の主になり替わる方法を気にしていただろう」
そう言われて、ゴブリンやオークの祖先が、森の主となった人間の成れの果てではないかという説を思い出した。
俺が理由を納得すると、オゥアマトがさらに続ける。
「詳しい話を、事情をよく知る森人から聞きたいだろ?」
「そりゃあ、聞けるものならな」
「うむっ、ならばよし。僕が頼み、長老に伝令を出してもらったあとだったからな。断れたらどうしようかと思った!」
「おいおい、俺に聞いてから話を進めろって」
オゥアマトの無駄に高い行動力に、俺は苦笑いする。
けど、森人か。
どんな人たちで、どんなところに住んでいるんだろうか。
少し興味がわき、橋渡しが終わるまでの期間、あれこれと想像して楽しむことにする気になったのだった。




