十七話 活気ある商売
一日、俺は草摘みテッドリィさんは木こりの護衛の依頼をこなした。
手にした銅貨をどうするかというと、冒険者の中では初めて手にした報酬の使い道は決まっているそうだ。
「それで、この大量の食事に使ったと?」
食堂とその周りに作られた屋台村のような場所の一角に座っているのだが。前にある机の上には、所狭しと料理の皿が並べられている。
その品々を前に気後れしていると、テッドリィさんはエール入りの木のジョッキを持って、にやりと笑いかけてきた。
「初めて手にした金は、こうやって美味い食い物と酒にして、ぱっと使っちまうのさ。それで明日もやってやろう、って気分を高めんだよ」
「……それにしても多すぎだよね?」
「そりゃあ、バルトがあくせく草摘みし過ぎたからだろが。本当はもっと慎ましやかな宴になるはずだったのによ」
とか何とか言いつつも、テッドリィさんの報酬も料理の代金に入っている。
こんな量は食べられないと思うが、まあ残したら残したで腹減っている誰かに上げよう。
「ま、いいか。じゃあ、食べよう」
「おうよ。冷めないうちに、ちゃっちゃか食べてかねぇとな。おら、バルトも酒を持てよ」
てっきりテッドリィさんが二杯飲むから頼んだかと思っていたら、片方は俺の分だったらしい。
「生まれて初めて酒を飲むんだけど?」
もちろん、前世を含めての初だ。
「おいおい、冒険者になったからには、酒を飲めるようにならねぇと締まらねぇぞ。おらおら、持てよ」
「まあ受け取るけど。俺の年齢で飲んでも良いの?」
「ひとり立ちした男なら、酒は嗜むもんだぞ。あと、生まれてから直ぐに酒飲む地域だってあんだからな。お前ぇ、十三、四だろ、なら問題ねーって」
ならいいかと、テッドリィさんがしているように、木のジョッキを掲げる。
「生者は命の水溢れる杯を持て、死者に連れてかれぬよう飲み干すぞ。乾杯!!」
「え、えっと、乾杯!」
前口上にはついていけなかったが、とりあえず最後の一言だけあわせ、木のジョッキを打ち合わせる。
そして、テッドリィさんがエールを飲む仕草を真似して、俺もジョッキを傾けていく。
「くはぁ~~。おら、最後までぐっといけぐっと」
「んぅぐっ、んぐんぐ」
ジョッキの底を指で持ち上げられてしまい、俺はこぼさないよう慌ててジョッキの中身を飲み干した。
「げほげほげほ。はぁはぁ、けぷっ。これ、そんなに美味しくない……」
エールという酒は、少し花のような香りのする、気の抜けた薄苦い炭酸水という感じだ。
なんとなく胃と喉の辺りが暖かくなってきたので、アルコールはちゃんとあるようだが、とても薄い気がした。
「あはははははっ。初めてはそんなもんだ。さあ乾杯は終わったんだ、飯を食うぞ。たらふく食えよ!」
「口の苦さをとりたいから、言われなくても食べるよ」
俺はまず、茶色い蒸しパンを手に取って齧る。小麦の味が口いっぱいに溢れ、噛むたびにほのかな甘みがしてくる。
たしかエールも小麦から作られるはずだけど、何で片方はあまりにも苦くて、片方は甘く感じるのか。
そんな疑問をつい感じながら、机の上にある料理の数々をもう一度目にする。
食材はこの近辺で取れるものが主体なのか、野草とキノコと何かの肉の炒め物や、木製の深皿に入れられた野菜と内臓肉のごった煮、塩が噴いてるスペアリブ焼き、などなど。
蒸しパンを始めとしたこの料理を見ると、前世の中華系大衆食堂を思い出す。
料理自体は雑多で色々なものがあるが、ベースとなる料理法がしっかりある感じが、よく似ている。
「うん。美味しい! 肉のキツイ塩味も、なんだか凄く美味しい!」
そんな風に自分用の木皿に取り分けながら、料理をぱくついていると、テッドリィさんがあらぬ方向を見ながら声を上げる
「おら、店員! 頼んでたエールがきてねぇぞ! ちんたらしてねぇで、追加をさっさと寄越せ、料理が冷めんだろうが!!」
すると、両手一杯に木のジョッキを持った女性の店員が怒った顔でやってきて、机の上にドンと全部置いた。
「頼まれた分だよ、お好きなだけどうぞ!!」
「おう、悪かったな。これで許してくれや」
テッドリィさんが銅貨二、三枚をチップで手渡すと、店員は一転して上機嫌になる。
「頼みたいことがあるなら、言ってよ。最優先で持ってきてあげるから」
「同性相手に色目使ってんなよ。用がありゃ呼ぶから、さっさと行けよ」
「あら残念。女性相手でもいい人かと思ったのに」
「そんなわけあるか。おら、さっさと仕事に戻れ」
迷惑そうに手で店員を追い払うと、ジョッキの一つを掴んで一気に飲み干した。
「くはぁ~~。おい、バルトも一つ飲めよ」
「エール苦手なんで――分かったから、無言で押し付けてこないで!」
仕方なく受け取り、ちびちび飲みながら、料理を食べることに邁進する。
テッドリィさんも料理を食べるが、エールの方が消費が激しい。
なので俺と足して二で割ると、料理とエールの消費が釣りあう感じだ。
そうして時間が経って、腹が八分まで埋まったので、食べるのを止める。
まだまだ料理は残っているが、テッドリィさんが食べ終えたら、誰かに上げればいいだろう。
と思っていたのだが、エールで赤ら顔になったテッドリィさんが不思議そうな顔をして問いかけてきた。
「おい。そんなもんしか食えないわけじゃねぇんだろ。ならなに遠慮してんだ?」
「遠慮も何も。腹いっぱい食べるのは、はしたないんじゃないの?」
問いかけ返すと、テッドリィさんは心底呆れたという顔をした。
「馬鹿か、お前ぇは。冒険者ならな、腹がはちきれるまで食うもんなんだよ。上品な一級民じゃあるまいし、料理が残すのが偉いなんてあるわきゃないだろが!」
なるほど。それが流儀と言うなら従いましょう。
むしろ、前世日本人だった影響で、残さずに食べていい方がストレスなく食べられるし。
「そういうことなら、まだまだ入るからもっと食べるよ」
「おう、そうだ。がっつり食って、ばんばん依頼をこなしゃ、お前の夢である体と器が大きい男になれる!」
アドバイスかと思ってテッドリィさんを見ると、なんとなく目が据わっている気が……。
「あのー、酔ってない?」
「ああん? 誰がだ、あたしがか!? けっ、こんな程度で酔うか!!」
否定されたし、言葉はハッキリと受け答えしてて、体や手が揺れているわけじゃないけど、目がなんだか眠そうだ。
「えっと、無理して飲まないでね?」
「ふんっ、心配すんな。限界量は分かってる。頼んだ分を飲んだって大丈夫なんだ」
そういうことならと、これ以上は指摘せずに食事を続けていく。
言われた通りに、はちきれんばかりに料理を詰め込んでみると、ほぼ全て食べ切れた。
残った蒸しパンは、非常食用に持って帰ろう。
「おーし、食べ終わったな。じゃあ、こっちも飲み干すな」
エールでぐっぐっと喉を鳴らして、テッドリィさんも食事を終えると、チップに二枚の銅貨を机に放って席を立つ。
「ありがとうございましたー。お気をつけてー」
「おうよ。バルト、行くぞ」
店員の声に見送られ、テッドリィさんを先頭に村の中を歩いていく。
酒量が分かっているという言葉は嘘ではなかったようで、しっかりとした足取りに思わず安心する。
そうして、どこに連れられていくかと思っていると、村の外にあるテントがずらっと並んでいる場所だ。
嫌な予感を感じていると、開いている一角にテッドリィさんが荷物を下ろし、何かを取り出して作業し始める。
そして、俺が手伝うと申し出る前に、手早くテントを建ててしまった。
「おっし。これで寝られるぞ」
「……もしかしなくても、これが寝床だよね?」
「人が多いこの村じゃ、宿なんて取れねぇし、取れてもめっちゃめちゃ高いんだよ。だから、冒険者はこうして、村の外で天幕張って暮らすのが当然なんだ」
その理由はなんとなく想像してたから分かるんだけど、問題にしたいのは別のことなんだよね。
「いや、ここに二人で寝るのかなって」
そう。狭く見えるテントの中で、並んで寝るのかどうかだ。
ほら、一応俺は男で、テッドリィさんは女なわけだし。問題があるんじゃないかなと思うんだ。
その点について問いただそうとすると、地味に痛いデコピンを食らってしまった。
「馬鹿が。なに考えてるんだ」
「そ、そうだよね。一緒に寝るわけが――」
「お前ぇ程度の実力で、あたしを組み敷くなんて出来るわけねぇだろが。変なこと心配してねぇで、さっさと寝ろ!」
「わあー、それは安心だー」
俺が棒読みの言葉を言っていると、テントの中に連れ込まれ、そのまま就寝する運びとなった。
家族以外の女性が隣にいることを意識してしまって、寝られない。
仕方がないので、目を瞑って魔塊を回して魔産工場を動かし、瞑想代わりに体の魔力の通り道を観察することにした。
そうしている間に、いつの間にか眠りに入っていて、ハッとして起きたときには朝になっていたのだった。




