百七十八話 腹ごしらえ
訓練が終わったら、お腹が減った。
それは、土塗れで疲労困憊な子供たちも同じようだった。
「うへぇ~……疲れたー、お腹すいたー」
「もう動けないー……」
子供たちがそう呟いて訴え始める。
すると、奉仕者らしき大人の黒蛇族が数人、それぞれ上半身を覆うほど大きな毛玉のようなものを抱え持っている。
その人たちがこっちに来るのを見て、子供たちが急に起き上がり、嬉しそうな顔になった。
「ごはんだー!」
「ウサギだー!」
どうやら、あの大きな毛玉の正体はウサギで、あれが子供たちのごはんになるらしい。
様子を観察すると、奉仕者の人たちは毛玉を地面に置くと、真ん中に手を差し入れて横に開く。
丸まっていたものが伸びると、ウサギらしき腹と顔、そして長い耳が出てきた。
どうやら既に死んでいるらしく、動いてはいない。
仰向けになった大きなウサギを、奉仕者が包丁でお腹を裂いていく。
その後で、毛皮を剥ぎ取り、その皮の上で身を適当な大きさにぶつ切りにした。
作業が終わって奉仕者が手を止めると、切り身の肉に子供たちが群がった。
「モモの部分、いただきー!」
「オレは頭と腹回りー!!」
「ああ! 肝をもってくな! よこせ!!」
わーわーと騒ぎながら、子供たちが肉の争奪戦をし始めた。
訓練でくたくたになっていたのに、いまはとても元気な様子を見せている。
殴ったり蹴ったりしての争奪だが、周りで見ている大人の黒蛇族たちは、微笑ましそうに見るだけで止めようとしない。
たぶん、この食事風景も訓練の一環なんだろうな。
そんな様子を見ていた俺に、擦り傷や痣ができたオゥアマトが近寄ってきた。
「友よ。ウサギが欲しいのなら、用意させるぞ?」
どうやら、肉を欲しがっていると誤解されてしまったようだ。
たしかにお腹は減っているけど――
「――あれを食べる気にはならないなぁ……」
子供たちが食べる肉には、骨や筋がそのまま残っている。
黒蛇族は丸呑みで食べるから気にならないようだけど、人間の俺が食べられるようなものじゃない。
それに、いつ狩ったのか、どう保存していたのかが分からない生肉を食べるなんて真似、病気が怖くてできない。
俺が食事を拒否することが意外だったのか、オゥアマトは不思議そうな顔になっていた。
「それではどうするのだ?」
「いや。里近くの森で獲物を狩って、ついでに外で煮炊きして食べるとするよ」
狩りに出るため、置いていた武器をつけ直していく。
その俺の横で、オゥアマトも鉈を装備した。
「狩りに出るというならついていくぞ。戦士ともあれば、食料は自分で獲ってこそだからな」
「とかいって、オゥアマトもあのウサギを食べたくないんじゃないか?」
「おお、分かってしまうか――実を言うと、アレは脂が乏しくて、さほど腹にたまらないのだ」
美味しいかどうかじゃなくて、腹持ちがいいかどうかが基準なのか。
理由はどうあれ、一緒に狩りに行ってくれるというのなら歓迎だ。
話している間に狩りに行く準備が終わったので、プレゥオラに離れることを言おうと探す。
すると、訓練用の武器を入れる小屋の裏手から、身長ほどの大きさの両手剣を持って現れた。
もしかしてと思っていると、プレゥオラがこちらに笑顔を向けてくる。
「二人とも狩りに行くのか? ちょうどいい、私も行くつもりだったので、一緒に行こうではないか」
「……オゥアマトと同じで、あなたもウサギが嫌いなんですか?」
「嫌いではないが、弱い獲物の肉を食べるよりも、強い獲物の肉を食った方が、より力が付きそうだとは思わないか?」
聞かれても返答に困るなと思っていると、オゥアマトが頷いていた。
「うむ、まさしくその通り。生き物が持っていた力は、肉を通じてこの身に宿り直す。ならば、強いモノを食べる方がいいに決まっているからな」
それが、黒蛇族固有の食事に対する考え方らしい。
常に強さを求める姿勢に、感服したくなった。
しかしそんなことより、空腹を癒す方が先だ。
「理由はどうでもいいから、さっさと狩りに行こう。このままじゃ、空腹で狩りをするどころじゃなくなるし」
「人間は運動量に関係なく、毎日食べないといけないんだったな」
プレゥオラの言葉には、どこか懐かしそうな響きが含まれていた。
その点を言及する前に、オゥアマトがしみじみと頷く。
「友と同道していると、大量に食べてためることのできない体は不便だと実感させられる」
「オゥアマトが言うほど、不便だとは思わないな。それに食いだめができなくたって、人間は保存法をいくつも生み出している。それを駆使すれば、さほど飢えずにすむし」
不憫がるなと文句を言うと、プレゥオラが笑った。
「黒蛇族と人間とは、体の仕組みが異なる生き物だ。単純に優劣をつけられるものではないぞ。そんな言い合いをするより先に、狩りに向かおうではないか」
プレゥオラは俺とオゥアマトの背に手を当てると、里の外へと押していったのだった。
狩りは順調に終わった。
とった獲物は、牛に似た形をしたオオトカゲ。前世で言う、恐竜ぽい生き物だ。
これを狙ったのには、プレゥオラの強い勧めがあったためだ。
「見てわかる通り、脂の細かな筋が入り込んでいて、とても腹持ちがするいい肉だ。倒すのに苦労した甲斐がある」
プレゥオラは嬉しそうに、捌いていく。
苦労したと言ってはいるけど、それほど大した相手ではなかった。
このトカゲは草食の恐竜らしく、牙や爪がなくて、驚異は少し硬めの皮膚と突進だけ。
俺とオゥアマトで足を一本ずつ鉈で斬って動きを鈍くし、プレゥオラの大剣で頭をかち割って、それで終わりだった。
それぐらい楽な戦いで得たにしては、不釣り合いなほどに、肉は脂で艶めいている。
霜降りの和牛ぐらいのサシが入っているのに、肉は薄っすらとしたピンク色。
この肉なら生で食べられそうだと思う一方で、豚肉に似た質感の見た目なので火を通したいとも思う。
そんな不思議な感想を抱く肉を、オゥアマトとプレゥオラは生のまま口にしていた。
「はぁぐんぐんぐ。うむっ、やっぱりこのトカゲ肉は、ずしっと腹にくる!」
「肉もいいが、内臓もまた絶品なのだよな。ほら、オゥアマト。肝を半分くれてやろう」
食事をする二人の横で、俺は鍛冶魔法を使い土で密閉型の竈を作る。
できたら中に、俺の取り分の肉を切り分けてから置き、付近で集めた落ち葉や枝に火をつけて竈の下へ。
火が大きくなったら、そこらの生木の枝を細かく折って火に入れて、煙で燻していく。
火が強くなり過ぎないように、ときどき火のついた薪を間引く。
その薪の上に、鍛冶魔法で作った土鍋を置き、生活用の魔法で水、薄切りにした肉、採っておいた野草や砕いた木の実、割ったオオトカゲの骨を入れる。
とじ蓋をして、かたりと蓋が鳴らないように上に重しを置き、、火に薪を足し、煮込んでいく。
煙や臭いが外に出ないようにと気を付けて作業しているけど、やっぱり閉じ込めきれなくて、かすかに煙と肉出汁の香りがしてきた。
横で生肉を食べていたオゥアマトたちも、臭いが気になるのか、しきりに先割れた舌を出し入れする。
「プレゥオラ。この美味しそうな匂いに、ここらの魔物が寄ってくるだろうか?」
「いまはまだ臭いの漏れが少ないため、心配はいらないように思うが、警戒は必要だろう」
自分たちの取り分をささっと腹に収めると、二人は周辺の警戒をしてくれる。
俺も周りの気配を確かめながら、料理を続けていく。
小一時間ほどして、鍋と燻製が出来上がった。
この間に、魔物や野生動物が近くにやってはきていない。
運がいいうちに、さっさと食べてしまおう。
鍋の蓋を開ければ、常夜鍋もどきができていた。
調理の片手間に小石を鍛冶魔法で変形させて作った匙で、鍋の中身を口へと入れていく。
肉と骨からの出汁と脂で、煮えた野草や木の実にいい味がついている。
塩を入れるのを忘れていたけど、これはこれで十分な感じだ。
手早く食べてしまおうと急いでいると、プレゥオラとオゥアマトが物欲しそうな顔をこちらに向けていた。
一人分だけなので、分けてあげるわけにはいかねいけど――
「――味見する?」
「いいのか!?」
「頂きたい。人の作る料理は、久々に味わうので楽しみだ」
二人に二口ずつ、鍋の中身を分けてあげた。
美味しそうに味わい、二人は満足気な顔になる。
その間に、俺は鍋の中身を片づけ、火を落としておいた竈から燻製肉を取り出す。
付近の大きな葉っぱを数種類取り、それで肉を何重にも包んだ。
あとは、竈と土鍋を鍛冶魔法で土に還して処分する。
その最中、オゥアマトが質問してきた。
「この煮た骨は食べないのか?」
「人間の顎じゃかみ砕けないからね。欲しいならどうぞ」
そう返答すると、オゥアマトだけでなくプレゥオラも、土鍋の中にある割れた骨をつまんで飲み込んだ。
「これも、いい匂いがして美味い」
「生のときの血の匂いもいいが、茹でた匂いもいいものだな」
そんな感想を言い合う二人をよそに、俺は料理の痕跡を全て消した。
あとは戻るだけなのだが、ここでプレゥオラから提案がきた。
「里の子供たちに配る食料を確保するため、料理の匂いに寄ってきている獲物を狩り集めるので、手伝ってもらいたい」
美味しいオオトカゲを教えてもらったからと、俺は了承する。
オゥアマトも二人がやるならと、参加することにしたようだ。
周囲の気配を探ると、別方向から何匹ずつ、こっちにゆっくり来ている感じがする。
気配のする方向を指して二人に教えると、各個で狩るようにとプレゥオラから身振りが返ってきた。
了解と返し、俺たち三人は森の中でバラけて移動し、木の裏などに隠れて獲物がやってくるのを待つ。そしてやってきた順に倒していく。
結果は大猟で、全員で限界重量まで獲物を持って、里へと引き返していったのだった。