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百七十七話 訓練終わり

 戦いが再開されると、プレゥオラの攻撃は熾烈になった。

 その手に握られた長い棒が、右に左に斜めに振り回される。

 それを俺は避け、鉈大の棒で防ぎ、魔法を効果的に使える機会を待つ。

 しかしその間にも、プレゥオラの攻撃は激しさを増していく。

 棒だけの攻撃が尻尾も加わり、蹴りも出てきた。

 そして俺がどれだけ耐えられるか探っているかのように、徐々に威力と速さが上がっていく。


「くっ、の!」


 右に避けると見せかけて左に移動し、上から叩きつける尻尾の攻撃を避ける。

 プレゥオラの目が少し笑い、棒で突いてくる――と見せかけて、再び尻尾で攻撃してきた。

 ここでフェイント!?

 驚きながら、足払いにきた尻尾を、跳んで避ける。

 空中にいる俺に向かって、今度は本当に棒で突いてきた。

 手の棒で防ぐ。プレゥオラの攻撃の軌道は曲がったけど、肩口に当てられてしまった。


「ぐっ――わわっと」


 衝撃に呻き、転びそうな体勢をどうにか耐えた。

 そうしている間にも、プレゥオラの攻撃はやってくる。

 崩れた体勢を立て直しつつ、対処していく。

 こちらが守り続けていると、プレゥオラから関心したような声がやってきた。


「よくもまあ、ここまで防ぐものだな。君の実力上限をやや超える程度で戦っているつもりなのだがな」

「それはもう必死だから――ねっ!」


 返事をしつつ、少し緩い攻撃に魔法を使うチャンスが来たと思った。

 左にステップしながら、右手をプレゥオラの顔に向ける。

 細胞からの魔力を使う生活魔法で、向けた手から水を発射した。

 プレゥオラの顔にかかり、目に水の膜が張る。

 ここだと、鉈大の棒を叩きこもうと踏み込もうとする。

 けど、嫌な予感がして、後ろに飛びのいた。

 俺が進もうとした場所に、プレゥオラが尻尾を叩きつけるような恰好で停止していた。


「ふむふむ、勘もいいな。そして呪い師としての勘所もなかなかだ」


 プレゥオラは水膜が張った目のまま、俺のいる場所に顔を向けてきた。

 人間だったのなら、思わず目を固く閉じたり、手で拭ったりしそうなのに、そんな素振りは全くない。

 それどころか、目に水が入っていてもこちらの姿が見えているようだ。

 顔に水を浴びせても効かないのかと残念がっていると、プレゥオラが大きく息を吸うような真似をする。

 それを見て、ここまでの攻防が頭をよぎった。

 こちらの実力や技術を披露すると、プレゥオラはすかさず似た対応をしてきた。

 まさかと考え、大きく距離を取る。

 その瞬間、プレゥオラの口から火が吐かれた。

 離れていた俺に火はかからずに済み、周囲の地面に疲れ伏している子供たちから歓声が上がる。

 火吹きの大道芸のようだが、プレゥオラは何かを口に含んだ様子も、手に火種を持ってもいない。

 ということは、プレゥオラは偉大な戦士でありながら、口から魔法を放つ呪い師でもあったようだ。

 そういえば、竜と祖を同じにすると、オゥアマトが語っていたなと思い出す。

 プレゥオラが火を吹く姿を見ると、なるほどと納得したくなった。

 少しして口から出る火の勢いが収まってきたので、もう一度対峙しなおした。


「さて、お客人。どうする?」


 プレゥオラの問いに、やるべきことは決まっていると腹をくくった。

 鉈大の棒を右手に、左の手のひらを前に向けながら突撃する。同時に、プレゥオラの攻撃の兆候に目を凝らす。

 棒を突き込んでくるのを見て、こちらも棒を振るって攻撃を防いだ。

 プレゥオラがすかさず、二撃目の準備に入る。その間に、さらに接近する。

 横なぎの攻撃を、また棒で防ぐ。威力が乗った一撃に、俺の手が痺れる。

 構わずにさらに接近すると、尻尾による攻撃がきた。

 ここだと、俺は手をプレゥオラの顔に向ける。

 選択する魔法は、水でも火でもなく、風だ。

 生活魔法で可能な限りの強風を、プレゥオラの顔に吹きかけた。


「――ぷあっ!?」


 ドライヤーとは比べ物にならない強風を顔に吹きかけられ、プレゥオラは目を閉じて顔を横に背ける。

 変な息のつき方が聞こえたから、風で呼吸ができなかったのかもしれない。

 本当にそうだったら運が良かったなんて思いながら、勢いが弱まった尻尾の攻撃を避け、さらに接近する。

 鉈大の棒で攻撃しようと振りかぶり――手が痺れていたせいですっぽ抜けてしまった。

 左手も添えればよかったと、後悔している暇はない。

 さらに一歩前進し、殴りつけられる距離まで近づく。

 この失策のせいで、プレゥオラの視界が復帰し終えてしまっていた。その上、こちらに殴りかかる体勢に移行しつつある。

 これで後は、どっちが先に拳を当てられるかになった。

 ここが決め所だと、不用意に見せたらプレゥオラも使ってくるんじゃないかと控えていた、攻撃用の魔法の使用に踏み切る。

 力よりも早さが必要な場面。殴るのに必要な体の要所に、ほんの薄く攻撃魔法の水を纏わせる。


「らぁあああああああ!」


 先に届けと念じながら、拳を繰り出した。

 魔法の水のアシストによって、瞬間的な速さで拳がプレゥオラの腹に向かう。

 明らかに、プレゥオラの拳がこちらに当たるよりも、先に到達する。

 その事実に喜び、実際に俺の拳の先がプレゥオラの腹部を触った。

 ――まさにそのときだ。プレゥオラの尻尾が、目にも止まらない速さで、俺の体を横へと吹っ飛ばした。

 太い丸太で思いっきり殴られたような衝撃に、俺は息を詰まらせる。

 そして地面をゴロゴロと転がり、土塗れになった。


「げほっ!」


 詰まった息を無理やり吐いて起き上がろうとして、俺の目の前に棒の先端があった。

 辿ると、プレゥオラが笑みを浮かべて立っている。


「さてこれで、こちらが一本先取だ。異存はあるか?」

「……いえ、俺の負けです」


 素直に降参して両手を上げると、プレゥオラも突きつけていた棒を引く。

 その後で、俺が上げていた手を取ると、ぐっと引き上げて立たせてくれた。

 するとなぜだか、周囲に転がっている子供たちから、驚きの声が上がる。


「うわー、いいなー。あんなこと、されたことないぞ」

「武器ありで、あれだけの攻防しただから、なっとくだけどな」


 事情がわからずに周囲を見ていると、プレゥオラが説明してくれた。


「黒蛇族の中では、訓練中に倒れた相手を助け起こすことは、教え手が実力を認めた証なのだよ。だから、助け起こされた経験がない子供たちが、ああやって驚いているわけだ」


 不思議な仕来りだなと思っていると、プレゥオラがさらに小声で言う。


「これで客人――いや、バルティニーは里の者に一目置かれるようになる。昨日のような、奉仕者から値踏みされることもなくなるはずだ」

「まさか、手を抜いて」


 こちらを勝たせてくれたのかという質問は、途中で遮られた。


「それこそまさかだ。黒蛇族の戦士は、訓練で手抜きは一切しない。教える相手の実力を伸ばすために手心を加えることはあれど、その他の理由で手抜きは一切しない」


 そう名言した後で、恥じるような顔になる。


「それに先ほどの最後の一撃は、腹に攻撃を当てられそうでムキになった、教え手の領域を超えた過剰な一発だ。あの瞬間は、本気も本気であったとも言える」


 その本気を引き出したからこそ俺の実力を認めたと、言外に告げている気がする。

 少し感動しかけていると、雰囲気をぶち壊しにするオゥアマトの声が響いた。


「これで三人抜きだ! さあ、次は誰が相手をしてくれるのだ!!」


 打ち身がいくつかある体で吠える姿に、俺とプレゥオラは苦笑いを浮かべた。

 そしてその後、プレゥオラが調子に乗っているオゥアマトを、本気で物理的に沈めにかかった。


「どうしたオゥアマト! 旅を許された戦士の力を、周囲に見せつける絶好の機会だぞ!!」

「あはははっ! 今も昔も、プレゥオラは強いな!!」


 楽しげに蹴り殴っている二人の激しい動きを見て、自分はまだまだ実力が足りないなと改めて自覚したのだった。

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