百七十六話 訓練の光景
大きな黒蛇族の人が、子供たちにあれこれ指導している。
その中にはプレゥオラと、昨日俺に質問をしてきた子供たちの姿もある。
「約束通りだからな、まだまだ鍛えてやるぞ!」
「も、もう、動け――どあっ!? 尻尾、危なっ!」
「ほれ動けるではないか。休むのはまだまだ先だ。それとも、その歳で奉仕者となる決意をするか?」
「うぐぐっ、やるよ、やるってば!」
プレゥオラにけしかけられて、地面に倒れていた子が起き上がる。
そして、プレゥオラ目がけて突進していく。
それを尻尾の一撃で倒し、もう一度起き上がらせ、また挑ませて尻尾で転がす。
無理やりでも立たされ、精根尽きて動けなくなって、初めて休憩が与えられるようだ。
しかし、少し休んで体力が回復すれば、子供にまた同じことをやらせる。
他の大人たちも同じ方法で子供たちを鍛えているので、プレゥオラの教え方が特殊なのではないらしい。
とてもスパルタだ。
なんというか、子供が潰れてもいいと考えてそうな、危ない教育のように見える。
こんな育成をくぐり抜けて、ようやく戦士になれるのか。
奉仕者の人たちが乱暴を働かれても、文句を言わずに世話をするはずだと納得する。
なにせ奉仕者は、多かれ少なかれ同じ目にあって、脱落を自分から選んだ。そんな自分がくじけた難事を突破した人に、畏敬の念を戦士に抱かないはずがない。
そしてそんな戦士と、客人だからと同格に扱われている俺が、気に入らない人がでるのは理解できることだ。
昨日、こちらをじっと見ていたあの奉仕者は、俺を妬んでいたんだろうな。
そんなことをつらつら思い浮かべている間に、土だらけになった子供たちが全員地面に倒れ込んでいた。
大人たちは仕方がないという顔をして、一時休憩を取って子供たちの回復を待つ気らしい。
よくやるなと思っていると、大人たちがこちらを向いた。
嫌な予感がする。
「おーい、オゥアマト。それとお客人。二人も訓練に参加しないかね?」
プレゥオラがそう声をかけてきた。
転がる子供たちの姿を見れば、拒否したくなる提案ではある。
けど、もちろんやるよなって顔で見られたら、こちらは逃げる気がなくなるってものだ。
オゥアマトもやる気らしく、意気込んだ顔で、腰の鉈を外す。
「もちろん参加するとも。旅によって、僕がどれだけ強くなったか、その目で確かめてもらおう」
オゥアマトは鉈を地面に置くと、大人たちへと歩いていく。
俺もそれに倣い、武器を全て地面に置くと、彼らへ近づいた。
すると、大人たちはわくわくとした顔になり、名を知らない一人がオゥアマトの前に立つ。
「では、手合わせだ」
「おうとも。手加減はいるか?」
「ふふっ。それはこちらの台詞だ」
会話が終わった瞬間に、二人とも突進する。
そしてすぐに手足と尻尾による、激しい攻防が始まった。
地面に転がっていた子供たちは、戦いの余波を食らわないように、這って二人から離れていく。
戦いは一進一退な様子だけど、オゥアマトが若干有利に見えるな。
観察をしていた俺の前に、誰かが立った。
顔を向けると、プレゥオラだ。 俺がどの程度やるのか、楽しみにしてそうな顔をしている。
「お客人には、この私が相手となる」
「よろしくお願いします」
そう言って構えかけて、ふとした疑問を口にする。
「武器や魔法――呪いの使用は禁止で、戦うんですか?」
問いかけに対して、プレゥオラが一層面白そうな顔つきになる。
「求めるのであれば、どちらもありで戦ってもいいぞ。そちらの小屋には、訓練用の武器が収めてある」
どうすると視線で問わる。
慣れない徒手空拳で戦うよりは、戦いになるだろうし。
「じゃあ、武器あり、呪いありでお願いします」
「ならばそうしよう。ふふふっ、オゥアマトが友に選ぶわけだ」
変な納得のされ方に、俺は首を傾げる。
そして、地面に伏せている子供たちが、俺に馬鹿を見る目を向けていることが気になった。
粗末な小屋に置いてある訓練用の武器を、俺は物色していく。
武器といっても、ちゃんとした武器の形状じゃなく、様々な長さに整えられた円柱状の鉄の棒だ。
太さも様々あって、指ほどの幅から、柱のようなものまである。
どれがいいかなと探し、普段使っている鉈に近い物を選んだ。
俺が時間をかけて選んだ一方で、プレゥオラはとっくに選び終えていた。
長さが一メートル半はありそうな、長い鉄の棒。
槍として使うのか、それとも長剣扱いなのかは、戦ってみるまで分からないな。
訓練用の武器を手に戻ると、オゥアマトが二人目と戦うところだった。
視線を巡らすと、一人目が目を回して木にもたれている姿が目に入る。
どうやってかはわからないけど、オゥアマトが勝ったらしい。
ならそれに続かないとなと、プレゥオラに向かって構える。
するとまたもや、周囲に転がっている子供たちから、止めておけばいいのにという視線が飛んできた。
逆にプレゥオラは、戦いが楽しみでしょうがないという顔がくる。
「用意はよいかな?」
「はい、いつでも」
了承した瞬間に、武器を繰り出してくるだろうな。
その予想は大当たりで、プレゥオラは鉄棒の下端を両手で握ると、こちらに目覚ましい速さで突き出してきた。
どうやら長剣のように扱う気のようだ。
いきなりの攻撃だったけど、予想していたので体運びで、回避に成功した。
オゥアマトと何度か訓練した感じで、この一撃ではないだろうと思い、後ろに下がる。
この予感も的中で、プレゥオラは突いた棒を横なぎにした後で、こちらに斜めに振るってきた。
少しだけ早く俺が移動していたので、その攻撃は空振りに終わる。
距離を少し離して、お互いに構えなおす。
「小手調べとはいえ、オゥアマトが認めた友だけあり、やるものだ」
プレゥオラが、先の割れた舌を口先に出し、チロチロと振る。
なんとなく、この戦いを面白がっている気がした。
逆に俺は、ここまでの攻防で冷や汗をかいていた。
戦った感触から、プレゥオラはオゥアマトよりも強い気がしていたからだ。
内心、普通に戦ったんじゃ勝てないなと、そう実感している。
となると、どうにか勝機を作れそうなのは、俺が魔法を使った場合だけだな。
けど魔法を使う前に、どれだけ俺が食い下がれるかを試したい。
安易に魔法に頼っていたら、この額に足跡をつけたあの狼に、お返しすることが遠くなってしまう。
ふぅ、っと息を吐き、全神経を戦いに集中させる。
俺の気配が変わったことがわかるのか、プレゥオラも構えを少し変え、棒を担ぐような恰好になる。
「――来い」
プレゥオラの言葉に、俺は返事はしない。
だが代わりに、鉈大の棒を手に突っ込んでいく。
近づき、プレゥオラまで五歩分の距離――棒が斜めに振るい来た。
俺は両手で棒を握り、攻撃を防ぐ。
激しい衝撃。手が痺れかける。
プレゥオラが次の攻撃への予備動作が見える。いま攻撃を棒で防いだら、手から落とす。
受けるのはまずい。
プレゥオラが攻撃を開始するのに合わせ、地面に伏せる。
後頭部に風を感じながら、四つん這いの体勢で前へ。
三歩分の距離に近づく。
プレゥオラの戦意が高まるのを肌で感じ、素早く横に転がる。
さっきまでいた場所に、棒の先が突き刺さったのが見えた。
プレゥオラが棒を上げる間に、さらに接近。
二歩分の距離。手を伸ばせば、こちらの棒が相手の足に当てられる。
足元を狙って攻撃――しようとして、なにかに横に吹っ飛ばされた。
どうして?! プレゥオラの両足、棒の端は視界に見えていたのに!?
吹っ飛ばされ先で、急いで転がり起きる。
すると、プレゥオラの尻尾が、元の位置に戻ろうと動いている姿が見えた。
そういえば、黒蛇族は尻尾があったんだと、失念していたことに歯噛みする。
今の攻防ではずみかけている息を意識して整え、頭と体に酸素を供給していく。
その間に、プレゥオラの構えがまた変わった。
棒の先を下に向けたその持ち方は、俺が地面を這って攻撃することを警戒しているようだった。
なら次の手だと考えていると、プレゥオラが言葉をかけてきた。
「今のは、なかなかにいい動きだった。どのような状況でも、こちらを攻撃することを諦めない点が、最もよかった」
「……それはどうも」
余裕綽々な賛辞に、単純な戦い方では冷や汗すら出させられそうにないと悟った。
その上にプレゥオラの顔が、先ほどよりもやや本気の度合いを増したように見える。
小手調べは終わりということだろうと思い、俺も次の手札――魔法を使った戦いをすることに決めた。