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百七十五話 一晩過ごし

 一応の寝床ができると、プレゥオラは立ち去ろうとする。


「家が里の外縁にあるのは、魔物の襲撃に備える意味もあってのことだからな」


 そう笑顔で言い、自分の家に帰っていった。

 これで俺は、この家でオゥアマトと二人きりとなった。

 調度いい機会だからと、今後の予定について話しあうことにする。


「長老に偉大な戦士って認めてもらえなかったんだから、オゥアマトは森の主を倒しに旅しに戻るんだよな?」

「うむ、その通りだ。だがまあ、四、五日は里に滞在するだろうな」

「早く認めてもらうために、旅にすぐ出た方がいいと思うんだけど、それはなんで?」

「僕の従者――あの狼に、この里の雌狼に種付けをしてもらわないといけないからな」

「その理由なら、もっと滞在日数を伸ばしたほうがいいんじゃない?」

「断てぬ毛皮を持つ狼は、行為をすればすぐ孕むので、問題はないと思うぞ」


 発情期のようには見えなかったけど。魔物だから普通の動物とは違うんだろうか?

 よくわからず、あの狼がいる方向に顔を向ける。

 家の壁があって見えないけど、雌たちに囲まれて、満足気な顔をしているような気がした。


「狼のために数日滞在するのはわかった。けどその間、俺たちはこの家に居続けるのか?」

「世話は奉仕者がしてくれるので、そうしてもいいのだがな。それでは僕の友はつまらんだろう?」


 黒蛇族の人たちにかしずか、世話をされる自分を想像して、うんざりした。

 そういった殿様気分に浸って良しとするほど、俺は偉くはないという気持ちが強かった。

 俺が嫌そうな顔をしたからか、オゥアマトが笑顔になって提案をする。


「僕の友には、里の中を案内する気でいるぞ。あとは周囲の散策で暇を潰す。それでどうだ?」

「ここはオゥアマトの故郷なんだし、お任せするよ」


 正直、どこに行きたいかなんて言えるほど土地勘がないので、お任せするしか選択肢はない。

 けど、俺に任されたことが喜ばしいのか、オゥアマトは嬉しそうにしている。


「うむ。いい場所に連れて行ってやるとも」


 ニコニコと嬉しそうにするオゥアマトを見ていて、ふいに空腹を自覚した。

 プレゥオラと出会う少し前から今まで、おおよそ四半日以上、何も口にしていないのだから当然だった。

 里の中なんだし、久しぶりにちゃんとした料理を作ろう。

 そう思って起き上がり、道中採取してきた野草や、簡単に燻して保存していた肉を荷物から取り出す。

 さて作ろうと思い、家の中を見回し、料理ができないことに気が付いた。

 煮炊きする場所――囲炉裏や竈といった料理場が、家の中に一切存在していない。

 そういえば、黒蛇族は生で物を食べる習慣があるので、料理はしないんだった。

 仕方なく、生のまま野草を食べ、燻製した肉を削いで食べる。

 そのとき俺へ、オゥアマトが手を伸ばしてきた。


「友よ。肉を分けてはくれないか?」

「いいけど。オゥアマトは昨日、食いだめしてなかったっけ?」

「いや、僕が食べるのではなく、外にいる狼にやるためだ。腹が膨れれば、その分だけ繁殖行為に励むからな」


 事情を理解して、燻製した肉の大半を渡した。

 ここは森の中だし、少し遠出すれば食べられる魔物と出会えるので、ケチる必要がない。

 オゥアマトは肉を手に家の外に顔を出すと、下手で投げて狼に餌をやったようだ。

 オゥアマトが顔を引っ込めると、少しして肉を咀嚼する音が聞こえてきた。

 そうこうしているうちに、森の中が段々と暗くなってきた。

 どうやら夜が訪れたらしい。


「では寝るぞ、友よ」


 そう宣言したオゥアマトは、その場で仰向けに寝転がった。

 そしてすぐに、すーすーと寝息を立て始める。

 無防備な姿に苦笑しつつ、俺も里の中で一応は安全な場所だしと、熟睡を得るために横になった。

 目を閉じると、ここまでの森林行でたまった疲れがでたのか、引き込まれるようにして眠りに落ちてしまったのだった。





 光が顔に当たる感触がして、俺は目を開ける。

 ぼんやりとした視界がはっきりしてきて、家の出入り口から光が差し込んできていた。

 光を手で遮りながら大あくびをしようとして、オゥアマトの顔がすぐ目の前にあることに気づく。

 驚いて体を離そうとする。だが、できなかった。

 オゥアマトの尻尾がこちらの胴体を押さえていて、逃げられないようにしていたからだ。

 ?がそうとすると、尻尾が締め付けてこようとするので、手を止める。

 その代わりに、オゥアマトを揺すって起こすことにした。


「オゥアマト、オゥアマト。朝だぞ」

「ううんぅ、分かった。起きる……」


 寝ぼけた呟きを放った後で、オゥアマトの目がゆっくりと開いていく。

 開ききると、広がっていた縦長の虹彩が朝日でキュッと狭まり、俺の顔に像を結んでいく様子がよく見えた。

 そして、オゥアマトが驚き顔になり、そして恥ずかしそうに目を反らす。


「す、すまないな、友よ。里で寝たために、寝ぼけたらしい」


 いそいそと尻尾を俺の体から退かし、言い訳めいた呟きをした。

 俺は構わないと身振りしてから、言葉を返す。


「けど珍しいよね。オゥアマトが俺に抱き着いてくるなんて」


 クロルクルで同室に暮らしていたときも、森林行の道中でも、オゥアマトは寝ぼけていても俺に抱き着いてきたことはなかった。


「もしかして、里の中では誰かに抱き着いて寝ていたりした?」


 意地悪な言い方で尋ねると、オゥアマトは失態を恥じるような顔つきになる。


「う、うむ、そのだな。黒蛇族は里の中で寝るとき、誰かと抱き合って寝るのが常なのだ」

「誰かって、親とか兄弟とか?」

「幼いころはその通りだ。成人してからだと、戦士となって旅立つことがが許可されるまで、奉仕者たちと抱き合って寝るのが慣例だったりする」

「それって、もしかして――」


 エロいことを想像して問いかけようとすると、オゥアマトは違うと身振りを返してきた。


「お互いに温め合うことで、朝が楽に起きられるからだ。他意はないぞ」


 焦った感じで言ってきたので、俺の懸念は少しは当たっていたのかもしれないな。

 もしかしたら、奉仕者と関係を持ったら旅に出られなくなるみたいな、忍耐を試す掟だったりするのか?

 懸念を聞こうとすると、オゥアマトからこの話は終わりという身振りを先にされてしまった。


「ほら、友よ。今日は里の中を案内する約束だっただろう。すぐに行くぞ」


 誤魔化すように、家の外へと俺の背を押し始める。

 寝ぼけて抱き着いてきたことが、よっぽど恥ずかしかったんだと分かるので、これ以上追求しないことにした。

 外に出ると、あの狼は相変わらず、雌たちに囲まれて寝そべっていた。

 しかしオゥアマトの顔を見ると、すくっと立ち上がり、すぐに横に並ぶ。

 雌たちも追従しようとしたが、そこにオゥアマトの横に立つ狼が鳴き声を放つ。


「ゥオン」


 一吠えで、雌たちは静々とその場に寝そべり直す。

 従順な様子に、狼は満足そうな顔をした。

 次に、オゥアマトにどこに行くのかと言いたげな顔を向けかけて、別の方向に振り向く。

 どうしたのかと思っていると、戦っているような音が、遠くからかすかに聞こえてきた。

 魔物が里に入り込んだのだろうかと、鉈に手をかける。

 すると、オゥアマトが心配ないという身振りをした。


「あれは早朝訓練の音。子供たちが戦士たちから、手ほどきを受けているのだ」


 調度いいと、オゥアマトは俺と狼を、音のする方向へと案内していく。

 ついていくと、倉庫のような簡素な建物の前にいる、大小の黒蛇族の姿が見えてきたのだった。

  

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