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百七十四話 戦士と奉仕者と

 プレゥオラに案内されたのは、大樹の根本に作られた原始的な家だった。

 落ち葉が屋根に積もっていることから、少なくても一年は放置された空き家なようだ。


「ここを使ってもらうことになるのだが、まずは修復が必要か三人で調べるところから始めたい」


 いいかと問われて、俺とオゥアマトは了承する。

 中に入ってみると、見た目はそんなに傷んでなさそうだった。

 でもとりあえず、目だけでなく手や足を使って、床板や壁に柱などの腐食具合を詳しく確かめていく。

 すると、床板のうち数か所が変色していて、踏みぬきそうなほど柔になっている部分も見つかった。

 きっと雨漏りで腐食したはずなので、屋根の修理もしないといけないらしい。

 柱の一つに虫食いを見つけたけど、取り換える必要があるほど食われてはいないようだった。

 土でできた壁には穴はなく、修復は必要なさそうだ。

 そうやって確かめ終え、床板と屋根を直しにかかる。


「直す材料は私が手配しよう。その間に、二人は床板の傷んだ箇所に印をつけ。できれば、雨漏りする屋根の場所も、特定しておいてくれ」

「うむ、そうしよう。顔が広い人の方が、ものを頼みやすいからな」

「よろしくお願いします」


 俺が頭を下げてお願いすると、プレゥオラが苦笑いに似た表情を浮かべた。


「客人は人間だから、身に着けた仕来りが違うことは知っている。だがこの里にいる間は、あまり人に対して下手に出ない方がいい」

「それは、どうしてですか?」

「君は呪い師であり、断てぬ毛皮を持つ狼に挑める強さもある。であるなら、自分は強く有能なのだという態度を崩してはならん。奉仕者たちがどう対処していいかが変わらず、混乱してしまうからな」


 偉い人は偉い態度を取るべき、っていう考え方なのかな。

 理屈はなんとなくわかるけど、実行できるかはちょっと自信がない。

 するとオゥアマトが笑顔で、こちらの首に腕をかけてきた。


「僕の友は優しいからな。奉仕者たちに高圧的な態度は取りにくいだろう。なら、僕が主に喋るから、友は黙っていればいい」

「……そんなんでいいの?」

「いいとも。黒蛇族の中には、簡単に奉仕者と喋らない戦士の方が威厳があると、思っている者もいるからな」


 そういうことならと納得し、オゥアマトの言うとおりにすることにした。

 ともあれ、まずは家の修復だ。

 プレゥオラが家の外に材料を取りに行き、俺たちは床板の傷んだ部分へ、印代わりに鉈の刃で傷をつけていく。

 その傷んだ部分から直上を見て、雨漏りする屋根の位置をだいたい把握する。

 オゥアマトと共に外にでて、オゥアマトが木伝いに屋根に上り、俺が下で大まかな位置を指示して、傷んだ箇所を特定していく。

 そうしていると、プレゥオラが戻ってきた。

 その後ろには十人ほどの黒蛇族が、家の修復に必要な材料を手についてきている。

 外見から年齢は分からないけど、オゥアマトやプレゥオラより、線が細い気がした。

 観察をしながら、先ほど話し合った通りに、俺は黙ることにする。

 対応を任せるために、オゥアマトに視線を向けると、ちょうど屋根の上から飛び降りて着地するところだった。


「さて。直すべき場所には既に印をつけてある。さっさと直してくれ」


 オゥアマトが偉そうに言うと、十人の黒蛇族は恭しく頭を下げて、家の中や屋根の上に向かう。

 すぐに修復が始まったんだけど、作業中の黒蛇族たちの顔は嬉しげに見える。

 人間の常識では、いきなり用事を言いつけられたら、不満を抱くのが当然だ。けど、そんな様子はない。

 俺たち――主に戦士であるオゥアマトに奉仕できることを、喜んでいるようにしか見えない。

 文化が違うんだろうなと思っていると、こちらに近づく別の足音が聞こえてきた。

 振り向くと、五匹ぐらいの狼の魔物を連れた人が、こちらに近づいてきている。

 オゥアマトもその姿を確認したのか、付き従う狼と共に、その人に接近した。


「話を通してはいなかったのに、耳が早いな。それでそれらが、僕の従者に宛がう雌か?」


 オゥアマトが問いかけると、狼を連れた人が頭を下げて言う。


「はい。子をなすに適齢なものばかりですので、お気に召していただけるかと……」


 どこか緊張を含んだ声に、オゥアマトは傍らにいる狼を軽く押して、五匹の雌たちに向かわせる。

 狼は最初はあまり気のりしていない態度だったけど、雌たちにすり寄られると、まんざらでもない様子に変わった。

 魔物でもオスだもんなって、現金な様子が微笑ましくなる。

 そのとき、こちらに誰かからの視線がきた気がした。

 気配を辿って目を向けると、屋根を修復中の黒蛇族の一人と目が合う。

 なんの用だろうとじっと見ていると、さっと顔をそらされてしまった。

 どうしたんだろうと首を傾げかけたとき、オゥアマトが大声を上げた。


「貴様! 僕の友を、不躾に値踏みしたな!」


 怒り心頭といった声に、先ほど俺を見ていた人が震え上がったのが見えた。

 なにも俺が見られていただけで、そう怒らなくてもと口を出そうとして、プレゥオラから喋るなというジェスチャーがきた。

 どうやらこれも、黒蛇族ならではの仕来りで、オゥアマトもあえて怒っているようだ。

 なら俺が口出すするべきじゃないなって、成り行きを見守ることにする。

 オゥアマトは尻尾の力を使って、さっと屋根の上に飛び乗ると、俺を見ていた人に近づく。


「どういうつもりで、僕の友を値踏みした?」


 問いかけた人は、伏せて拝むような体勢になる。


「あるまじき態度だったと反省しております、お許しください」

「いいや、許さん。僕が友と認め、長老が滞在を許可した客人に対して、あまりにも礼を失している」


 オゥアマトの尻尾が翻り、伏せていた人を上から叩いた。

 その威力に、弱っていた天井に穴が開き、叩かれた人が家の中に落ちる。

 やり過ぎだろと思っていると、オゥアマトも一瞬だけ、やってしまったという顔をしていた。

 けどすぐに表情を取り繕い、他の人たちに威圧的に命令をする。


「その穴も塞いでおけ」

「はい。承知いたしました」


 命令を受けた人たちは頭を下げると、作業を再開する。

 先ほど尻尾で打たれた人の心配を、欠片もしている様子はない。むしろその表情から、あの罰は当然だと思っている節すらうかがえた。

 奉仕者たちの態度に一抹の恐ろしさを感じていると、俺の隣にオゥアマトがきた。

 そして小声で喋りかけてくる。


「これが戦士と呪い師など、黒蛇族の強者が奉仕者にする態度だ。友には難しいだ」


 まさしくその通りだと思いつつ、あることを尋ねる。もちろん、他の人には聞こえないほどの小声でだ。


「先ほどの俺を見ていた子供たちとは、随分対応が違うように思うんだけど?」


 オゥアマトはその通りと頷き、理由を話してくれた。


「子供たちは、将来戦士になるかもしれぬ存在だ。ゆえに教え諭すことで済ませるのだ」


 だから成人して奉仕者となった人と、扱いが違うのは当然という論調のようだ。

 視線を理知的に見えるプレゥオラに向けるが、当たり前のことだと事態を受け止めているように見える。

 ……どうやら、黒蛇族はとても厳しい身分制の種族らしい。

 前世の知識と、今世の生まれ故郷が奴隷に優しい場所だったこともあって、奉仕者への扱いに眉を顰めそうになる。

 けどそれが黒蛇族の社会だと理解して、ぐっと表情を出すことを堪える。

 そうしてむっつりとした表情をしていたからか、作業する奉仕者たちからの視線はやってこなくなった。

 それから一、二時間ぐらい経ち、家の補修が完了した。

 作業を終えた奉仕者たちが、俺たちの前に並ぶ。オゥアマトに尻尾で打たれた人も、後ろの方で小さくなって立っている。

 立ち並んだ姿を見て、プレゥオラとオゥアマトが順に声をかける。


「作業、ご苦労だった。解散してよい」

「修復した箇所はよさそうだ。働きに満足しているぞ」


 高圧的な態度での礼なのに、奉仕者の人たちは一様に嬉し気な表情になり、一礼して去っていった。

 その光景に、俺の常識が揺らいだ気がする。

 心地の悪さを感じていると、オゥアマトが修復の終わった家の中に誘ってくる。


「よし、友よ。これで家の中で休めるな。まずは旅の疲れを癒すとするぞ」


 そう言って俺を中に引っ張る姿は、奉仕者の人たちに対する態度と全く違う。

 黒蛇族の里は面倒くさそうな仕来りのある場所だなと思っていると、五匹の雌に囲まれて満足気に地面に寝そべる、あの狼が目に入った。

 不安感を感じている俺とは真逆のリラックスしている姿に、考えすぎなのかなと肩を落としたくなったのだった。


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