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百七十三話 黒蛇族の長老

 待っていると、黒蛇族戦士が現れ手招きしてきた。

 どうやら俺も入っていいようなので、オゥアマトと共に苔むした長老宅に入る。狼は中に入ることを嫌がり、家の外で寝そべった。

 外が苔と蔦だらけだったけど、中には植物は浸食してきていないみたいだった。

 壁には、魔物か野生動物の頭蓋骨や大腿骨らしき物、そして槍や鉈などの武器が飾られている。

 原始的な作りの家だけあって、未開の部族の家屋という感じがする。

 視線を前に向けなおすと、屋内の陰になっている部分に、一人の黒蛇族が座っている。

 暗がりに褐色の肌が溶け込んでいるようで、うっかり見逃しそうな感じだ。

 じっと動かずにいるあの人が、きっと長老なんだろうな。

 失礼にならないていどに、よく観察してみて、少し驚いた。

 長老という割りに、見た目がとても若かったのだ。

 皺は体のどこにもなく、肌や鱗はみずみずしく艶めいている。

 けど、若くして長老になった、という感じでもない気がした。

 なんというか、長老の体からは、若人特有の気力の発露が感じられないのだ。

 逆に、熟成しきり老成に達した、重く静かな雰囲気がある。

 例えるなら、朽ちる直前の老樹のような気配だ。

 もろもろを鑑みて、どうやら黒蛇族は見た目年齢が若いままで止まる、定命種族なんだろうと思った。

 少しの観察を終えて、黒蛇族の仕来りに疎い俺は、オゥアマトの仕草を真似ることにした。

 オゥアマトが座るように座り、頭を下げるように下げる。

 そうして少し待つと、長老らしき声がやってきた。


「旅人となったオゥアマトよ。今日はどのような要件で、この地に戻ってきたのかね」


 長老の声は不思議な響きがあった。

 抑揚が常に平坦で感情が希薄なのに、重ねた年月を感じさせる言葉の重々しさがあった。

 そんな声に喋りかけられて、オゥアマトから緊張した雰囲気が流れてくる。

 

「この度は、森の主を倒した証を持ち、帰郷いたしました。つきましては、偉大な戦士として僕がふさわしいか、長老に判断していただきたく思います」


 いつになく大真面目なオゥアマトの様子を、俺はちょっと意外に思った。

 黒蛇族戦士にだって、大して態度を変えなかったのに。

 それほど、オゥアマトは長老が苦手ということだろうか?

 そんな疑問を抱いている間に、オゥアマトが差し出した巨樹の魔物の根の一部を、黒蛇族戦士が受け取る。そして黒蛇族戦士が、長老に近づいて手渡す。

 顔を下げたままで、視線で長老を見ると、受け取った根をじっと見つめていた。


「力強き魔物の波動を感じる。確かにこれは、森の主の一部に違いはなさそうだ」

「で、では!?」


 オゥアマトが嬉しそうな声を上げ、長老はゆるゆると首を横に振る。


「この目は節穴ではない。オゥアマト、君の実力では単独でこの魔物は倒せぬだろう?」


 断定に近い言葉に、オゥアマトは素直に返答する。


「はい。多数の人が援護に動き、僕とこちらにいる友の力で、その魔物を倒しました」

「であろうな。単独でなした功績ではない故に、偉大な戦士とは認められぬ」


 厳しい言葉に、オゥアマトが意気消沈する。

 しかしそこに、幾分優しさが含まれた、長老の声がやってくる。


「協力しあっても、森の主を倒した功績は認めるものだ。今日認められないことに腐ることなく、鍛錬を積みなさい。そうすれば早晩の内に、今度は単独で森の主を倒せるようになるはずであるからな」

「は、はい。ありがとうございます! これからも鍛錬に励みたいと思います!」


 オゥアマトの返事に満足そうに頷いて、長老は次にこちらに視線を向けてきた。

 その瞬間、内面まで覗かれているような、言いようのない悪寒に襲われる。

 なるほど。こんな視線を受けるのなら、オゥアマトが普段と態度を変える理由には十分だ。

 言いしれない不安感に恐々としていると、長老が喋りかけてきた。


「君が、オゥアマトの友という、客人だね?」


 傍で聞いている分には分からなかったけど、直にかけられる言葉には、思わずひれ伏したくなるような重みが感じられた。

 これは長老だと変な納得をしながら、声が震えないように区切り区切りで返答する。


「はい。名前を、バルティニーと、申します」

「そうか、バルティニーか。オゥアマトの友が人間とは驚いた」


 全く驚いていない口調で言われて、どう返答すればいいか迷う。

 その間に、長老が話を進めてくれた。


「前に人間の客人が里に訪れたのは、とても昔のことだ。里の皆が珍しがって君に近寄ってくるであろうが、邪険にはしないで話し相手となって欲しく思う」

「分かりました。そのときがくれば、きちんと対応すると約束します」

「頼むぞ。では、プレゥオラ」

「はい。オゥアマトと客人を連れ、住む場所を手配してまいります」


 長老に呼ばれ、黒蛇族戦士が返答する。

 どうやら、プレゥオラとはあの人の名前らしい。

 長老はプレゥオラの言葉に頷くと、座ったまま目を閉じて動かなくなる。

 寝ているというよりも、瞑想しているという方がしっくりくる感じだ。

 そして、これで長老との面談は終わりなようだなと気付く。

 プレゥオラに視線を向けると、外に出るぞという身振りをされた。

 面談が終わって安堵した空気を纏うオゥアマトが先に動いて、家の外へと向かう。

 その動きを倣って、俺も外に出ることにする。

 苔むした家から数歩進むと、オゥアマトが癒しを求めるように、付き従う狼に抱き着いた。


「はぁぁ~……身も心も緊張で冷え切ったので、温めてくれ」

「ゥオン」


 狼は仕方がないなという風に鳴き、されるがままになっている。

 俺はオゥアマトの情けない姿を笑おうとして、汗が目に入った。

 なんで汗がと額を手で拭うと、じっとりと湿っていた。

 どうやら、知らず知らずのうちに冷や汗をかいていたらしい。

 それほど、長老との面談は心身に負担をかけていたのだろうか?

 実感が薄くて首を傾げると、プレゥオラが笑みを浮かべる。


「オゥアマトよ。あの方の静かな威圧に耐えられる胆力なくば、偉大な戦士とはなれんぞ。しかし客人には失礼した。どうやら久々の人間とあって、あの方も少々はしゃいでしまったらしい」


 感情の起伏が見えなかった、あの長老が嬉しがっていたって?

 信じられずに、目をぱちぱちさせてしまう。

 すると、プレゥオラが苦笑いを浮かべた。


「長く生きた黒蛇族の感情は、同族でも分かり辛いものだ。客人が疑うのも無理はないことだ」


 気にするなと身振りまでされて、俺はなんだか申し訳なくなった。

 プレゥオラの苦笑いが強まり、話題を変えてくれた。


「さてと、二人が住む場所を見繕わないとな。比較的痛みが少ない空き家があるが、そこでよいかな?」

「はい、俺は構いません」

「僕もそれでいい。うむ、体が温かくなって元気になった。助かったぞ」

「ゥオン!」


 オゥアマトに撫でられた狼も、返事のように鳴く。

 それを見て、プレゥオラは頷いてから、森の中を先導し始めた。

 俺とオゥアマト、そして狼はその後に続いて、歩き出したのだった。


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