表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
171/313

百七十話 若い狼と一騎打ち

 飛びかかってきたことに驚いて身を引くと、鼻先で若い狼の魔物の口が閉じた。

 若い狼はそのまま、頭突きを食らわせようとしてくる。


「くっ、この!」


 驚かされた腹いせも含めて、こちら側からも頭突きをしかける。

 お互いの額がぶつかり合い、石を打ち付け合ったような音が響いた。

 ――くぅ、なんて石頭だ。

 頭突きの衝撃で立ち眩みを起し、俺は一歩後ろに下がる。

 頭を振って意識をはっきりさせると、少し遠間に着地した狼が、同じように頭を左右に振っていた。

 どうやら、最初の激突は痛み分けになったようだ。

 お互いにダメージの回復を待つ間に、俺は自分の武器に手をかける。

 すると、花畑の中で観戦している狼たちから、殺気に近いものが飛んできた。

 続けて、後ろからオゥアマトの注意がやってきた。


「友よ。武器の使用は禁止だぞ」

「分かっているって。武器を外して、体を軽くするだけだ」


 狼たちにも聞こえるように、大声で言う。

 先ほどの若い狼の身動きを感じてみて、少しの重量の負担が敗因になると確信した。

 鉈や手裏剣、弓矢などを体から外し、オゥアマトのいる方へと投げ捨てる。

 身軽になり終えると、若い狼がじっとこっちを見ていた。


「待たせた。準備万端、いつでもこい」

「ォワン!」


 手招きして呼ぶと、態度が気に入らないとばかりに、狼はこちらに突っ込んできた。

 相変わらず早いなと思いながら、右に避ける――と見せかけて左に体を移動させる。

 このフェイントに、狼は目測を誤って、体当たり攻撃を外した。

 けど、移動速度が速すぎて、俺の手が届く範囲からすぐに離脱されてしまう。

 身動きが素早いあいてならと、魔塊を解いて作った魔力を用いて、攻撃用の魔法を使用しようとする。

 選ぶのは、水を体に纏わせることで、防御力を上げて筋力のアシストもしてくれる魔法だ。

 その準備をしようとすると、花畑の狼たちから殺気が飛んできた。

 さっき武器に触れたときほど多くはないけど、その濃さが違った。

 魔法を発動した瞬間に、俺の命を取りに来くると実感するほど、背筋が寒くなる威圧感だった。

 くそっ、魔法も使用禁止なのか……。

 俺はすぐに使用を諦め、純粋な身体能力だけで、若い狼と対峙する決意をし直す。

 こうしてまごついている間に、相手は体制を立て直していた。

 ついさっきのように、高速で突撃してくるのかと思いきや、じりじりと間合いを詰めてくる。

 俺は、狼の動きを注意深く観察していく。

 徐々に近づいてくる緊張から、俺の額に汗が浮かぶ。

 やがて、五メートルほどの距離で、狼は一度足を止めた。

 そして飛びかかる前段階のように、地面に四つ足をしっかりとくっつける。

 しかし、すぐにこちらに飛びかかってはこない。

 俺の注意がそれるのを待っているのか、鼻に皺を浮かばせながら、じっとこっちを睨んでいる。

 この状況なら、少し下がって距離を開けるのが、賢い選択だろう。

 けど、あの顔つきの狼から、逃げる気にはなれなかった。

 俺の反骨心が、いい気になっている狼をぎゃふんと言わせてやりたいと、主張しているからだ。

 だから俺は、自分から一歩、近づいてやった。

 この行動に、狼の顔に訝しげなものが混ざる。俺の行動が理解しがたいんだろうな。

 それを見て、さらに一歩前に出る。

 すると狼から、調子に乗り過ぎだと言うように、唸り声が上がった。


「ウルルルル……」


 その様子に、さらに一歩――足を浮かせようとしたところで、狼が飛びかかってきた。

 チキンレースは俺の勝ちだな、なんて馬鹿なことを思いながら、振るってくる前足に手のひらを向ける。

 これで足を掴んで、引っ張って、抑え込めば、俺の勝ちだ。

 けどそんな青写真は、手に狼の前足が当たった瞬間に吹っ飛ぶ。

 なにせ、大男に腕を叩かれたかと思うほどの衝撃を受けて、俺の手が下に弾かれてしまったのだから。


「なっ!?」


 大型犬並みの体格とはいえ、狼の膂力ではないことに、驚きの声を上げてしまう。

 同時に、まずいと感じた。

 俺は強く下に弾かれた手のせいで、お辞儀するような体勢になっている。

 そして、狼は前足を振るった後でも、飛びかかる勢いは止まっていない。

 このままでは、まともに体当たりを食らってしまう。


「くのっ!!」


 気合を入れて体を捩じり、地面に自分から転がる。

 これで、狼の体当たりを間一髪で避けることに成功した。

 素早く立ち上がるが、今度は俺の脛を狙って、狼が?みついてきた。


「ちょ、この、おわ!?」


 右足を上げて避けると左足を狙われ、左足を逃がすと下ろした右足を狙われた。

 逃げる足を負って、カチンカチンと鳴る牙の音に、背筋が寒くなってくる。

 狼は面白く遊んでいるという顔で、執拗にこちらの足を狙う。

 たまらず大きく後ろに跳ぶと、待ってましたとばかりに、狼が飛びかかってきた。

 胸元に頭突きを食らってしまい、息を詰まらせて、後ろに三歩ほど下がってしまった。

 俺に一打を与えて、狼はどうだとばかりに胸を張って見せてくる。


「けほけほ――ああ、くそ。その顔、ムカつくなぁ」


 誇らしげな顔をする狼に悪態を吐きながら、俺は構えなおす。

 そして、次はこちらの番だと襲い掛かる。

 狼は受けて立つと態度で語り、俺の拳や蹴りをひらりひらりと避けていく。

 その余裕っぷりに、少し腹が立ってくる。

 けど努めて冷静さを保ち、素直な攻撃じゃ当てられないと悟る。

 ならと、フェイントを使うことにした。

 オゥアマトや、クロルクルのウィヤワほど上手ではないけど、狼を混乱させるぐらいはできるはずだ。

 俺は蹴りを放つ振りをした後で、拳を突き出す。

 狼はこちらの蹴りを避けようとする素振りをして、代わりに突きがやってきたことに驚き、慌ててかわす。

 当たらなかったので、もう一回フェイント攻撃!

 タイミングをずらされて、狼は避けにくそうに攻撃を避けた。

 効果があると思い、三度目――


「ゥオン!」


 ――生意気だと言いたげに狼が吠えて、蹴りを放とうとした俺の軸足に、体当たりをしてきた。

 ぐらっと体が揺れて、大慌てでたたらを踏んで、倒れないように堪える。

 その間に、狼は俺の横に移動していて、今度は横腹を狙って体当たりしてきた。

 これは避けられないと、腹をくくって踏ん張りを利かす。


「――ぐむっ、ょおおおおおお!」


 腹に狼の体が当たった瞬間に、俺は息を詰まらせながら、その毛皮を両手で掴む。

 そして、そして体当たりで押される勢いのままに倒れ込みながら、ずっしりと重い手ごたえの狼を後ろへ投げた。

 

「ワォォ!?」


 投げっぱなしで空中に放り投げたことに、狼から驚きの声が上がる。

 俺が倒れた状態から起き上がると、狼も立ち上がった状態になっていた。

 その毛並みに、葉っぱや花びらがついているので、少し可愛らしさが上がっている。

 俺がどこを見ているのか悟ったようで、狼は体を振るって体にくっついているものを振り払った。

 こうして、距離を開けて対峙する状況に戻った。

 けどここで、俺は手詰まり感を得る。

 ここまでの攻防で、素の状態だと俺よりもこの若い狼の方が強いと、なんとなくわかってしまったからだ。

 これが普段の魔物との戦いなら、魔法や武器を使った立ち回りで挽回するのだけど、取り決めで封じられてしまっているし……。

 どうしようと悩んでしまったことが、俺の隙になってしまった。


「ゥオオン!」


 吠え声にハッと我に返ったときには、もう遅かった。

 今までで一番の速さで、狼が俺の腹に体当たりする。


「ぐほっ――」


 魚鱗の防具は、刃物を防げはするけど、衝撃を完全に殺す機能はない。

 そのため俺は、内臓に衝撃が入って呼吸が数秒間できなくなり、吹っ飛ばされた先で身動きが取れなくなった。

 はっと息が戻った頃には、俺の体の上に若い狼が乗り、勝ち誇った顔をこちらに向けていた。


「――負けたよ」


 完全に抑え込まれてしまったので、素直に負けを認める。

 そして、確か敗者には歯形がつけられるんだったと思い出した。

 ならと手を差し出す。

 しかし、鼻先でその手を退けさせられた。

 話が違うなって不思議に思っていると、急に俺の額を前足で踏んできた。


「え、なに? あっ、いて、あいたたたたたた!」


 狼の見た目らしからぬ力で、額を前足で押さえつけられた。

 あまりの痛さに振り払う。

 若い狼はひらりと着地すると、俺の顔を見てフンッと鼻で笑い、群れの中に帰っていった。

 いまのは何だったのかと、体を起こした俺に、オゥアマトから声がかけられる。


「友よ、勝負は終わったのだから、こっちに戻って――ぷふふっ」


 顔を向けた俺を見え、オゥアマトが急に笑い出した。

 なんだよと思いつつ、吹き出し笑いを続けるオゥアマトから、先に投げ捨てた装備を受け取って身に着けていく。


「それで、なんで笑っているんだよ」

「いや、だってな。友よ、そのひた、額のアザが、ぷふふー!」


 額の痣?

 なにを言っているのだろうと、鉈を抜いて、その刃に自分の顔を映してみた。

 すると、鮮明じゃない像だけど、俺の額にくっきりと、狼の肉球の跡がついていた。

 大型犬並みの大きさなので、かなり目立つ。

 やりやがったなと、花畑の方を見やるが、先ほどの若い狼がどこにいるかわかず、文句の言い先を失ってしまったのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ