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十六話 冒険者生活、始まる

 開拓村ちかくの魔の森にて、俺は剣や弓を身体にかけたまま、籠を背負って薬草と食べられる木の実、野草、キノコを収集している。

 もちろん、森の際で木を切っている人の邪魔にならないように、少しだけ奥に入った場所でだ。

 周囲には、俺とほぼ同じ年齢で籠を持った人たちが多くいた。

 俺と同じ依頼を受けているのだろう。籠の中にはたくさんの草が入っている。

 けど、彼らの多くは俺みたいに、鉄製の武器を持っている人は少ない。

 ほとんどが落ちていた太い枝を雑に削った、棍棒や杖のようなものばかり。

 使える技能がないからと、食材調達を進められたのが、その見た目からも分かる。

 だけれども、彼らの中にも差があった。

 野草が分かっているような人たちは選んで摘んでいるが、分からないらしい人たちは手当たりしだいに引っこ抜いて籠に入れている。

 そんな人たち中に混ざって、俺も黙々と収集作業をする。

 ちなみに、テッドリィさんはここにはいない。

 彼女は木の伐採する人たちの護衛依頼を受けたらしい。

 俺もそれが良いと言ってはみたものの。


「うっせぇ。新人の最初の依頼は、草摘みって決まってんだよ。つべこべ言うんじゃねぇ、やれ。そうそう、この仕事しているときに守らなきゃいけない、約束事を教えておかなきゃな」


 といった感じで、却下されてしまったのだ。

 何かしらの狙いがあると予想つくが、なんとなく面白くない。

 それもこれも、させられた約束というのが――


 一つ目、森で魔物と出会ったら、木こりがいる方へ戦わずに逃げろ。

 二つ目、他の誰かが戦っていたら、迷わず見捨てて森の外へ逃げろ。

 三つ目、草摘みの最中にも場所を確認して、危険な森の奥へ行かないようにしろ。 


 ――というものだったからだ。

 三つ目は魔の森の中では重要なことなので分かるが、他の二つは納得し難かった。

 こんな森の浅い場所に出る魔物なんて、今の俺でも十分に倒せる相手のはずだからだ。

 故郷でシューハンさんと狩りをした経験があるし。けど、絶対にこの三つは守れと言い返されてしまった。


「もし守れそうもないってんなら、冒険者を辞めるこったな。向いてねぇからよ」


 その上でこう言われては、新米冒険者である俺には先輩へ反論する材料はなかった。

 そんなことを思い出しながら黙々と摘んでいると、大分籠の中身も溜まっていた。

 背負子を直しがてら、背を伸ばして周囲を確認する。

 草を摘んでいる人が、森の中で広がって散在していた。

 中には、俺のかなり先で草を摘んでいる人の姿も見える。

 あまり奥に行くと危険らしいんだけど、こんな森の際近くでは魔物や野生動物は来ないだろう。

 さて、籠の六分か七分まで野草は摘んだし、ここらで一度戻って換金しよう。

 そう森の外へ向かって歩き出して少しすると、やおら嫌な感じが背中に走った。

 故郷で狩りをしていたときにも度々感じた、危険な生き物の気配だ。

 習い性で周囲を確認しようとして、テッドリィさんに戦うのは禁じられていたんだったと思い出し、森の外へと向かって走り出す。

 食べられるか見抜けずに草むらを丸ごと引っこ抜いてくれた人たちのおかげで、脚に草が絡みつくこともなく走れる。

 あと少しで森を抜けると、気を緩めると――


「ぎゃああああああ、魔物だ、助けて!」


 はるか後方から、そんな悲鳴が聞こえてきた。

 そして助けを求める声が、森の中で連鎖的に広がっていく。


「くそっ、人型のに加えて犬の魔物もいやがる!」

「ゴブリンとダークドッグだ。こいつらきっと縄張り争いしていて、こっちにきやがったんだ!」

「来るな、来るなよ。この、来るなあああああ!」

「荷物を捨てて逃げろ! 死ぬぞ!」


 一斉に森の外へと走る人たちの声に混じり、魔物の声も聞こえてくる。


「ギャギャッギャア!!」

「グルワオオオオン!!」

「くそ、放せ。誰か、誰か助けてくれー!」

「ぐがっ。噛みやがった、脚を!!」


 その悲鳴の数々に思わず足を止めていると、肩を掴まれぐいっと引っ張られた。

 思わず鉈へ手が伸びるが、相手が斧を持った筋骨逞しいだけの人だと知って、柄から手を離す。


「おい坊主、さっさと森の外に出るぞ。ここからは護衛の人たちの仕事だ」


 抵抗する間もなくズルズルと引きずられて、森の外まで運ばれてしまった。

 そんな俺と木こりと入れ替わるように、剣や槍を持った数人が森の中に入っていく。

 しかも途中、逃げてきた草摘みの人がすがり付こうとするのを、蹴り飛ばしながらだ。

 そして犠牲者を痛めつけるのに熱中している魔物たちに接近してから、確実に斬り殺して刺し殺す。

 たとえ、その距離に近づくまでの数秒で、犠牲者の息が止められようと、一切武器で牽制はしてなかった。

 加えて、ゾンビやスケルトンにしないためとは分かるが、死体の首を何の感慨もなく切り飛ばす。

 救助の行動じゃないと、思わず目を丸くしてしまう。

 そのまま少し呆然としていると、唐突に後頭部を叩かれた。


「あ痛ッ! って、テッドリィさん!?」

「よぉ。無事みてぇじゃねえか。しかも、食える野草とキノコもちゃんと持ってきやがって。抜け目ねえな」

「いや。襲われるちょっと前に、引き返してきただけで」

「んなこたぁどっちでもいいんだよ。約束を守ったってのが重要なんだからよ」


 よくやったとばかりに頭を乱暴に撫でられて、確信した。


「こんな状況になるって知ってたね?」


 非難めいた口調で問いただせば、少し呆れた様子を見せて頭に腕を回してきて、ヘッドロックで締め上げられる。


「あだだだだだっ!」


 俺が思わず悲鳴を上げていると、そっと呟くような声量で語りかけてきた。


「当たり前だろうが。草摘みの仕事の本当の役割は、足元の草を間引くことと、接近する魔物に対しての警報なんだからよ。遅かれ早かれ、犠牲は出るってもんだ」

「えっ!? そんな――あだだだだだだ!!」


 俺の口を閉ざさせるように、ヘッドロックの強さが上がり、頭蓋骨がミシミシ言っている気がしてきた。

 問答無用だとは十分に分かったので、降参する意思表示で頭を締め上げる腕を軽く手で叩く。

 そうしてようやく、頭の痛みから解放された。

 開放感に浸るのも束の間に、今度はアイアンクローをされる。


「も、もう、なんなんだよ!?」

「いいから聞け」


 思わず怒鳴ったが、重く真剣な声に黙らされた。

 俺が口を噤むと、テッドリィは諭すような声で続ける。


「ああやって、弱くて何も出来ないやつは餌にされる。これが冒険者の悪い面だ。おとぎ話のような、華々しい活躍なんて現実にはほぼない。それでもお前ぇはこの仕事を続けたいのか?」


 そう言われて、テッドリィさんがなぜ草摘みを俺にやらせたのかがわかった。


「嫌な部分を最初に見せようだなんて、けっこう優しいんだ」

「こっちはマジメに言ってんだがなぁ!」


 反省を促させるようにアイアンクローの強さが上がるが、言い分がある。


「あだだだだ! 本当にそう思っただけで、茶化したわけじゃないってば!!」


 弁明すると強さが緩んだので、こんどは冒険者を続けるのかの問いに答えよう。


「俺は冒険者を辞めないよ。将来はご先祖さまのように、魔の森を切り開いて新たな荘園主になるって決めているんだから」

「なんだそりゃ。そういうことはほぼないって――」

「ほぼないなら、少しはあるってことだ。ならその可能性に挑まなきゃ、男が廃るってもんでしょ」

「……変なガキだな、お前ぇは。夢のために死ぬ気なのかよ」

「ふふん、違うよ。将来の夢は、体と器が大きい男だからね。魔の森を切り開くぐらい出来なきゃ、って話だよ」


 将来の目標と夢を語ると、生意気だと言うように顔に爪が食い込んでくる。

 しかし、それはほんの一瞬だけで、直ぐにアイアンクローは解かれた。


「そうかよ。なら、今日のは余計な世話だったな。ケッ、なら明日からは好きな依頼を受けろ。危険そうならついてやっし、何かヘマしたらケツ持ちしてやっから。頑張れよ、バルコニー」


 格好良く決めたといった顔をしているが、生憎俺の名前が間違っている。


「いや、俺の名前はバルティニーだから。バルコニーじゃないから」

「う、うっせえよ。紛らわしい名前が悪りぃんだろうが!」

「えー。間違えたのそっちなのに、そんな風に逆上しなくたって。まあ、なら俗称のバルトでいいですよ。先輩後輩の仲なので」

「おっしゃ、それなら覚えやすい。おら、こんなところで駄弁ってないで、籠の中身を換金してこいよ、バルト。その金とあたしの賃金で、今日は飯をたらふく食うんだからな」


 尻を蹴られて、伐採作業の近くに作られた、草の換金場所へと向かわされる。

 籠に入れた食料を銅貨五枚という値で交換し終えると、魔物が出たことなどなかったかのように、周囲の雰囲気は元通りになっていた。

 まったく、逞しいというか現金というか。

 その精神を見習うべく、銅貨五枚ばかしだと食費で消し飛びそうなので、もう一度野草やキノコを取りに森の中に向かうのだった。



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