百六十六話 別れの時期
ターフロンが死んで、クロルクル内は一時混乱が起きた。
けど、どんなときでも、統率者は自ずと出てくる。
「ターフロンの兄貴は、誰かに殺されたわけじゃねえ。この町を守って、愛する女を抱いて、やるべきことを終えて逝っちまったんだ。なら、オレたちのやるべきことは、その意思を継いで、この町を守っていくことだろうよ! こんな情けない姿を見せてたら、ターフロンの兄貴が夢枕に出てきて、怒鳴ってくるに違いねえぞ!」
ターフロンの取り巻きだった男が、混乱する人々に演説している。
「たしかに将来に不安があるかもしれねえけど、それはまず置いておいてくれ! オレたちがやるべきことは、山積みだろうが! まずは大門とそのあたりの外壁を修復しなきゃならねえ。次に壊れた闘技場までの一本道を再建するのか、それとも別の形にするのかも考えなきゃならねえ! 足踏みしているような時間はねえだろうが!」
心からの訴えに、住民たちの混乱が収まっていった。
そして、その男を中心に住民全体がまとまり、外壁の修復をし始める。
同じ仕事をして、同じ飯を食う間柄になり、より結束が固まっていくように見えた。
この町の経済関係も、その男は通常通りに動かしていく。
行商の一団にも、護衛をつけて送り出してやっていた。
ターフロンの取り巻きだっただけあり、やり方を真似ることで、そつなくこなせちるようだ。
そんな風に住民たちが混乱を徐々に脱する姿を横に、俺とオゥアマト、そしてウィヤワは連日森の湖に通っていた。
ウィヤワが同行しているのは理由があってのこと。
まず、彼女は一時的に娼婦ではなくなっている。
俺が先の戦いでもらった報酬を、全て娼館に払って『一時身請け』というものをしたからだ。
この仕組みは、身請けする方とされる方とで、相性を確かめるためなのだそうだ。
期間は特に決められていないらしいが、季節が一つ終わるまでに結論を出すのが通例だという。
その間にお互いに気に入ったら、自動的に『本身請け』に移って、娼婦は足抜けということになる。
要は、結婚前の婚約期間のようなものらしい。
もっとも、ウィヤワ自身は本身請けされる気はないので、遅かれ早かれ娼婦の身分に戻ることになる。
ではなぜ、俺が彼女を一時身請けをしているかというと、あの独特な体の動かし方を一対一で教えてもらうためである。
「偽装のお願いを聞いてもらったし、口止め料も兼ねてね」
そうウィヤワから持ち掛けられて、こちらが了承した形だ。
彼女からの提案なのに、一時身請けで報酬を全て支払うなんてと思う人もいるかもしれない。
けど、クロルクル内の通貨なんて、もうそろそろ町から出る俺にとって、価値のないものだ。
ならいっそ、さっさと手放してしまった方が、後腐れなくていい。
そんな事情で、俺は森の中の平和な湖畔で、ウィヤワから特訓を受けていく。
そこにオゥアマトが同行しているのは、ウィヤワ流のフェイントを見て覚えるためらしい。
「人用に特化した動きだが、見どころはあるからな。見物に金を寄越せというのなら、僕の友と同じように払う用意はあるぞ?」
そう提案したオゥアマトもクロルクルから出ていく気だと知ると、ウィヤワはオマケだと言って、見学を許可した。
それから三人で、日中は湖畔で過ごし、夜は同じ宿に泊まる。
宿は同じでも、オゥアマトだけは別の部屋だ。俺とウィヤワに対して、気を利かせてくれたらしい。
俺とウィヤワが同室になると、好きで娼婦になったぐらいの彼女が、大人しくしているわけがない。
「たーっぷりと、愛し合いましょうね♪」
毎夜毎夜誘惑されて、俺も嫌ではないので応じてしまう。
そんな濃密な日々を過ごしていく間、大門の修復は進められ、三十日と建たずに元通りになった。
これでとりあえず、町の修復はひと段落させ、町中や町の周辺に伸びている木を伐採する方に舵を切ると噂に聞いた。
巨樹の魔物を倒して、この周囲の森は主が不在な状態だ。
魔物は次の主になろうと、お互いが争う状況に変わっているので、木々の伐採には最適な時期だろうな。
そういえば、森の主を倒した人は、この領域の領主になれるはずだ。
ターフロンが死んだいま、どうなっているのだろう。
寝物語に、ウィヤワに尋ねてみた。
「この町には法がないんだから、その仕組みも無効よ。他の場所で認定を受ければ別でしょうけど、頭目は死んじゃっているしね。って、そんなことよりも、もう一回しましょうよぉ~」
そういうものかと納得して、連日の相手で弱点を知り抜いたウィヤワの体を、彼女が降参するまで虐め抜いてあげたのだった。
大門が修復されてから、数日が経った。
ウィヤワから身のこなしの基礎は身についたとお墨付きをもらったので、俺はクロルクルから出ていくことにした。
「ありがとうね、ウィヤワ。楽しかったよ」
「私も楽しかったわ。達しすぎての気絶なんてさせられたの、あなたが初めてなんだから」
お互いに笑顔で言葉を交わし、なんとなくというタイミングで、すっと分かれた。
味気ない別れだけど、なんどなくこれが合っている気がする。
やっぱり俺たちの関係性は、娼婦と客の間柄だったなって、ちょっとだけ苦笑した。
大門に向かって歩いていくと、屋台で売られていた、丸焼きにされた鳥を丸呑みしているオゥアマトがいた。
オゥアマトは丸焼き鳥を腹に収めると、ニヤリとこちらに笑いかける。
「どうやら、振られたようであるな」
「振られたというか、もともと脈がなかったって感じだったかな」
「いやいや。友が押しに押して、この町に留まることを選択すれば、ウィヤワとやらは伴侶になることに同意したと思うぞ」
「……そうは見えなかったけど?」
「いやいや、丸見えであったろうに――待て。人の男女は分かり合えぬ定めと聞いたことがあるな。ふむ、雌雄別だと、こういう弊害もでてくるのか」
オゥアマトはなにやら難しいことを考え始めたらしい。
その思考がひと段落つくまで待ってから、俺は喋り始める。
「それで、オゥアマトはこれからどうするの?」
「ふむ。一度、黒蛇族の里に帰ろうと思っているのだ。森の主を、独力ではないにせよ、倒したからな。その報告をせねばならんのだ」
オゥアマトがずだ袋から出したのは、巨樹の魔物の根っこの一部っぽい木だ。
どうやら、一つくすねていたらしい。
「森の主を倒した報告って、たしか立派な戦士と認められるためってやつだよな?」
「うむ。倒した証を見せた上で戦った状況を語り、長老に資格ありと認められれば、晴れて偉大な戦士となれるのだ」
「そっか。じゃあオゥアマトとも、この町でお別れだね」
少し残念に思いながら言うと、きょとんとした顔を返された。
「なにを言っているのだ、友よ。黒蛇族の里に招待するに決まっているであろう。なにせ、お前は僕の友なのだからな」
「……え、なに? どういうこと?」
話の流れが急に変わったので、理解するのが遅れた。
「えっと。つまりオゥアマトは、俺を黒蛇族の里に連れていきたいって思っているってこと?」
「そうとも。だが、里だけではないぞ。友が望むなら、緑肌の森人にだって、合わせてやろうとも」
オゥアマトの言葉を聞いて、面白そうだと思った。
黒蛇族の里や緑肌の森人っていうのは、きっと冒険者の多くは見る機会すらないものに違いない。
なら、このチャンスを逃しちゃ駄目だろうな。
「分かった。招きに応じるとする」
「おお! 僕の友なら、必ずそういうと確信していたぞ!」
「調子いいんだから。それで、ここから黒蛇族の里まで、どのぐらいの日数がかかるかわかる?」
「ふむー……どうであろうな。冬の季節の前にはつけると思うが、正直分からん」
「分からないの!?」
「黒蛇族の旅人は、森の中を進まねばならん掟だ。なので、ふらふらと気の向くままに、今まで進んできたのだ。いまは帰るべき方角がわかるだけで、距離がどれほどあるかは知らぬ。可能な限り直線で戻る気ではいるが、さてどれほどかかることやら……」
遠い目で言われてもなぁ。
けど、オゥアマトだけしか黒蛇族の里の場所はわからないので、案内を任せるしかない。
同行する決断を早まってしまったかもなって思いながら、オゥアマトと共にクロルクルの大門を通り抜けて、森の中に踏み入ったのだった。
次から、新章になります。
が、明日は更新をお休みします。
そして以下、オマケのif話です。
若干、キャラ崩壊気味なので、お気を付けを。
「僕の友よ。この町に残るのか?」
オゥアマトの問いかけに、俺は頷いて答えた。
「この町とその周辺を、俺の領地にする気でいる。ウィヤワに手伝ってもらえば、根回ししてもらえるからね」
「……あの人は、信用できるのか?」
「できると、俺は信じているよ。というか、ウィヤワからそう持ち掛けられたことが大きいんだ」
「……すっかり骨抜きになってしまったようだな。あったはずの戦士の片鱗が、友の中に見えなくなった」
「そうかもしれない。けど、俺が目指していたのは、戦士ではなくてデカイ男だ。その足掛かりに、この町と周囲を俺は手に入れる」
「ふっ、そうか。では達者でな、僕の友よ。もう会うこともあるまい」
オゥアマトが去っていくのを見送ってから、俺は後ろに手を伸ばす。
こっそりと近づいてきていたウィヤワの腰を捕らえ、ぐっと引き寄せる。
「いいの? 私みたいな商売女に乗り上げて、こっちの口車に乗っちゃっても?」
「いいんだ。ウィヤワこそ、俺に必要な女性だ。それに、そちらこそ俺から離れられないんはずだぞ」
「あんッ♪ もう、道端では止めてね。けど、ベッドの中でなら、じっくりたっぷりと愛し合ってもいいわ」
蕩けた笑みを浮かべるウィヤワの口を、俺は自分の唇で塞いだ。
ターフロンの後釜の、そのまた後釜に俺は就いた。
攻撃用の魔法、優れた鉄の武具を作る腕、そしてオーガすら一人で倒す武勇を前に、クロルクル住民は素直に従うことを選択した。
もっとも、圧政を敷く気はない。
俺の目的はお山の大将となって、ふんぞり返るためではなく、この周辺領域の主になるためだ。
クロルクル住民を力と褒美でまとめ上げた後、新たな森の主を倒しに向かった。
俺が倒したという証拠のために、近くの町から冒険者組合の職員を派遣してもらった。
俺が魔法を自重なく駆使し、あっさりと倒してみせる。
そして、証拠の品を職員に預けた。
「これで俺が、この森とクロルクルの領主と認めてくれるな?」
「そ、それは、その。ちょっと難しいかなと……」
「ほう、それはどういうことかな?」
「それがその、この周辺はもともと、貴族さまが収めていた領地でして。それが森に飲まれたからと、新しい領主が立つことを許すかどうか……」
「そうかそうか。では、その領主とやらに話をつければいいんだな? 貴族には伝手があるから、そちらから手を回してもらうとするよ」
という会話があり、縁のあるターンズネイト家に頼んで、その問題の貴族とやらに話をつけてもらった。
どうやら大して力のない貴族だったらしく、下手に出た丁寧な文字の手紙で、俺をこの町と周辺領域の領主と任じてくれた。
そして、領主として『アモルファルト』の姓を名乗ることを許すとも書いてあった。
あと、税を納めるようにとも書かれてあった。だが、森に飲まれたままで交通が不便という理由で、拒否させてもらうことにした。
なにせ、クロルクルは無法の町のままの方がいい。
法を入れるなんて、長年住んで無法の空気に染まった俺と住民たちは、耐えられそうもないからな。
どうせ強くは言ってこれないんだ。このまま俺の思うがままに、やらせてもらおう。
手紙を仕舞いおえると、俺の背中にウィヤワがもたれかかってきた。
出会って十年近くは経つが、いまでもとても美しく、そして好色なままだ。
「ねぇ、あなた。もう待ちきれないわ。早くしましょうよぉ」
「もちろんだとも。その前に、町にきている各方面の刺客はどうなった?」
「それはもう、私の手飼いの子たちにお願いして、森の魔物の餌になってもらったわ。そして、あの子たちがなり替わって、こちらにとって都合のいい報告を上げているわ」
「なるほどな。ふふっ、このままいくと、いない人から報告が勝手にくる、幽霊が闊歩する町だと噂になりそうだな」
「あら。もうすでに、あなたのせいで変な名前ついているじゃない。毎夜女性を侍らす好色者が領主になった、無法の町だってね」
「好色とはひどいな。俺は求められるがままに、愛してあげているだけだというのに」
「そうね。手飼いの子たちの褒美で、あなたの愛の味を覚えさせてあげちゃったことは、私の失策だったわ。もっともそのお陰で、肉欲に溺れてあなたから離れられなくなっちゃったから、あの子たちは裏切れないのだけどね」
ウィヤワは言いながら俺の手を引き、執務室よこの寝室に案内する。
そこには、一糸まとわぬうら若き少女が五人、熱に浮かされた様子で俺を見ていた。
俺はその少女たちに身振りで待てと命令し、まずウィヤワを抱く。
俺が愛する彼女が絶頂の果てに失神してからが、少女たちの番だ。
俺たちの求愛行動に触発されて、少女たちは触れるだけで達しそうなほど出来上がる。
その様子を見て、俺は花を一輪ずつ手折るような気持ちで、少女たちを一人ずつ快楽の底へと叩き落してやったのだった。
if end――好色無法の悪逆領主、バルティニー・アモルファルト
 




