百六十五話 戦い終わって
「おー、えー、おー、えー!」
魔物の群れと巨樹の魔物との戦いで疲れた体を鞭打ち、住民たちが掛け声とともに綱を引く。
綱は残っている外壁に取り付けた滑車を通り、立ち上がりかけている大扉につながっていた。
「おー、えー、おー、えー!」
大扉がゆっくりと上がり、やがてもとあった位置まで戻った。
けど、その周囲の壁自体が壊れているので、金具を取り付けて終わりというわけにはいかないみたいだ。
そこで、とりあえずの応急処置として、木材や石材で無事な外壁部とつなぎ、倒れないようにしていく。
壁に空いた隙間も、魔物が通り抜けないように、埋めていった。
作業を手伝い終えれば、今度は壊れた通路内にある、魔物の死体の片づけが始まる。
けれど、巨樹の魔物が進行とともに、手下の死体の多くを踏みつぶしてしまった。
多くの魔物は、土石と骨交じりのひき肉となっていて、使い物にならない。
ツリーフォクとオーガの死体は、もともとの頑丈さもあって原型をとどめていて、どうにか素材の回収は可能だろう。
そんな感じなので、早急に手が必要なのは、巨樹の魔物の解体ということになる。
燃えた部分を除外し、手ごろな大きさの丸太に加工していく。
ツリーフォクの根が弓に利用され始めたからか、枝葉や根に至るすべてが、町の共有財産化された。
大まかに解体作業が終わると、今日は解散となった。
地面にまき散らされた、ツリーフォクや巨樹の魔物の種は、少しの間放って置くらしい。手ごろな長さに成長したときに切り落として、外壁の補修材として使うらしい。
ちなみに、前のときみたいな、戦勝の宴はない。
まあ、食糧の当てである野生動物は今回いなかったし、倒した魔物の多くが潰れて使い物にならないんだから、当然だろう。
その代わりに、ターフロンは戦った人たちを労うために、クロルクル内通貨を大盤振る舞いした。
「その金で、好きなことをするがいい」
戦った人たちは嬉しげに、通貨を持って町の方々へ消えていった。
彼らが呟いていたことを聞くに、酒か商売女を買う用途で使う気らしい。
俺とオゥアマトは、功績が著しいと、より多くの木札を貰った。
ありがたく受け取りはしたけど、困惑の方が強い。
こんなに木札を新たに流通させて、クロルクル内の経済は保たれるのだろうかって心配を、俺はしたからだ。
一方で、オゥアマトの理由は違うらしい。
「なあ、友よ。こんなに貰っても、この町でしかつかないものなど、使い道に困るのだが」
「前みたいに、遊びで消費したら?」
「うむむっ。それもいいとは思うのだが、一度やっただけで十分で、二度目はやろうとは思ってなかったのだが……」
「なら、服や防具を買ったらいい。今回の戦いで、そのボロボロな服が、もっとボロボロになっちゃっているし」
俺の指摘に、オゥアマトは顔を下に向ける。
オゥアマトが着ている服は、ボロ布寸前なありさまで、どうにか体にくっついているという感じだ。
どこかの切れ目が繋がってしまったら、すとんと落ちてしまうような危うさが漂っている。
オゥアマトは、そんな自分の恰好を見て頷く。
「そうだな。服を買うことにしよう。それと、使い勝手がよさそうな戦道具を見つけたら、それも買ってみるとしよう」
「なら、店のある場所まで一緒に行こう」
提案すると、オゥアマトにきょとんという顔をされた。
「なにを言っているんだ、友よ。それほど金があるのだから、この町の褥相手のもとにいくのではないのか?」
性的な話題がオゥアマトからきて、ぎょっとした。
どうにか平静を保って、首を横に振る。
「いや、戦いで疲れちゃったから、今日はやめておく。他の客で娼館は大賑わいだろうし、この木札は今日明日に腐るようなものじゃないから、後日にするよ」
「友がいいというなら、それでいい。では、買い物にいくとしよう」
「うん、そうしよう。途中で腹ごしらえもするよ」
「ふむっ。僕も戦いで暴れて小腹に余裕ができたな。肉を食いに行こう」
「いいね、肉。疲れた体を癒すためにも、がっつり食べよう」
食事のことを言い合いながら、俺たちは壊れたままの通路の壁を乗り越えて、町中の道へと出たのだった。
疲れた体を回復させるため、俺とオゥアマトは宿の中で、昼過ぎまで寝ていた。
長く眠って、眠りが浅くなってきた頃、ベッドの端が揺れる感触がして、とっさに飛び起きた。
その勢いでベッドから飛び降り、眠気眼で俺のベッドにいるであろう人を睨む。
扉に鍵をかけていたのに入り込んできたことと、俺だけでなくオゥアマトですら、その誰かが部屋に入ってきたことに気づかなかった。
その二つの点で、侮れない相手だと、瞬時に判断したためだ。
飛び起きたせいで、武器を掴むのを忘れてしまったけれど、こちらには魔法がある。
強敵相手でもどうにかなるだろうと、眠気の残滓で霞む目を凝らす。
段々と俺のベッドに腰掛ける相手の姿がはっきりしてきて――俺は警戒を解いた。
それと同時に、ベッドの上で静かに戦闘態勢になっていたオゥアマトに、平気だと身振りする。
「顔見知りだよ。彼女が前に言った、娼婦のウィヤワだ」
「……ほぅ。僕の友の相手とはどんな人かと思っていたが。なるほど、惚れるに値する女傑だな」
オゥアマトは警戒を解かないまま、ベッドから出てきた。
一方で、女傑と評されたからか、ウィヤワは面白くない顔をする。
「私はそんなに勇ましくないわ。だって、人肌恋しさのあまりに、こうして夜這いに来てしまうほどだもの」
体にしなを作って、媚びる仕草をする。
それが演技であることは、俺もオゥアマトも見破っていて、黙って部屋に入ってきたことを問いただす目を向ける。
すると、ウィヤワは肩をすくめた。
「黙って部屋に入ったことは謝るわ。ちょっと、匿ってもらおうと思ったの」
ウィヤワの身動きの凄さを知る俺としては、その言葉が信じられなかった。
「匿うって、誰から?」
「それはもちろん、大量のあぶく銭を抱えて押しかけてきた、無粋な連中からよ。うちの娼館は高級店なの。お金を払えば誰だってやれる店じゃないって、あの人たちはわかってないのよ」
「それでなんで、俺たちの部屋に?」
「私は昨日、娼館にいなかったことになっているのよ。お得意様への出張ってことでね」
つまり、昨日は俺とこの宿で楽しんでいた、ということにしたいらしい。
そのぐらいならと引き受けかけて、ふと違和感を抱いた。
「その割に、こんな昼過ぎまでどこにいた?」
「あら、勘のいい子。それを聞いちゃうの?」
ウィヤワの態度が、酷薄な感じになった。
なにか地雷を踏んだなと、彼女が襲い掛かってきても大丈夫なように身構える。
少しの間、お互いに見つめあっていると、宿の外が騒がしくなってきた。
隙間のある木窓から、人々が話す声が聞こえてくる。
「おいおい、なんだよ。そんなに慌てて。なにかあったのか?」
「お前、知らないのか?! ターフロンの兄貴が、死んじまったんだよ!」
「死んだ!? なんでだ!!」
「なんでも昨日戦った後、つい最近購入した女奴隷とお楽しみの最中に、うぐっ! ――って心臓を患って死んでしまったらしい」
「マジか。いや、その死にざまは、あの人らしいちゃあ、あの人らしいな……」
ターフロンが死んだという噂は拡散中なのか、木窓の向こうから、同じ話を何人もの人がしているようだ。
俺も町中でその噂を聞いていたら、頭から信じたことだろう。
腹上死なんて死因は、ターフロンの豪快な性格にあまりにも似合っている。
けど、目の前に剣呑な雰囲気のウィヤワ――いや、暗殺者ばりに気配と動きが読めない女性がいると、話が違ってくる。
「ウィヤワがやったんだ?」
「あら、どうしてそう思うのかしら?」
ウィヤワはとぼけながらも、目の端のきつさが、ほんの少しだけ上がった。
その態度の変化を見て、匿ってほしいという事情を察した。
アリバイ作りを手伝うことは、ウィヤワが先ほど語った通り。だけど、その理由はしつこい客から逃げるためじゃない。
ターフロンが死んだとき、他の場所にいたという理由が欲しいからだ。
そう気づいた俺は、危険を承知で、自分から戦う構えを解いた。
ウィヤワが不思議そうにするのを見ながら、内心で緊張しつつ、ベッドに戻って寝転ぶ。
さらに困惑度合いを増した様子の彼女に向って、俺はベッドの上を手で軽く叩く。
「昨日は俺と一緒ってことにするんでしょ。なら、同じベッドに寝ていないとおかしいんじゃない?」
緊張が言葉に出ないように、あえて軽口に聞こえる口調を選んだ。
そして、余裕があるかのように、口に微笑みを浮かべる。
上手くできた気はしないけど、俺の伝えたいことは、ウィヤワに伝わったようだった。
「あらあら。事情を知っても、助けてくれるんだ? もしかして、この場はとりあえず収めて、あとで売る気なのかしら?」
「そんなことしないよ。ただウィヤワとターフロンのどっちに、恩と義理があるか考えただけ」
「その判断で、この町の住民全てを敵に回したとしても?」
「俺は冒険者だからな。やばくなったら、この町からでていけばいい。幸いに、ここの住民はこの町の外に居場所がないらしいから、別の町や村で会うこともないだろうし」
理由を語りながら、そもそも、と言葉を続ける。
「ウィヤワが証拠を残しているとは思えないから、発覚の心配はしてないよ。さっき聞こえてきた噂でも、自然死っぽい言い方をされていたから、他殺は疑われていないだろうしね」
「ふーん。自分の命惜しさに、私に取り入る気ではないんだ?」
「まさか。面と向かっての戦いで、ウィヤワに負けるつもりはないよ」
「私の気配や動きが見切れないのに、随分な自信ね」
「手段を択ばなきゃ、ウィヤワに致命傷を与える方法は、いくつか思い浮かぶからね」
俺が攻撃用の魔法を使えることを、彼女には教えていない。
なので、魔法を使用すれば、先制打を与えられるはずだ。
仮に先制に失敗しても、魔法の水を体に纏えば向こうの攻撃は通じなくなるため、こちらが勝つチャンスはいくらでも作れる。
そのため、ウィヤワがどんな手を持っているか知らないけど、俺は余裕ある態度を崩さずに済んだ。
こちらの様子を見続け、不意にウィヤワは態度をいつもの状態に戻した。
「一丁前の口に免じて、あなたとは戦わないで置いてあげる。正直言っちゃうと、お気に入りの子だから、殺したくなかったのよね」
微笑み、ベッドの縁に腰掛けると、すぐ横に倒れてきた。
俺はウィヤワの頭の下に腕を差し入れて、腕枕をしてやる。
こうして俺たちが一応の落としどころを掴んだ横で、オゥアマトは理解できないという顔をしていた。
「お前たちは、戦うのではなかったのか? なのになぜ、戦わずに和解した上に、隣同士で寝ているのだ??」
オゥアマトの常識では考えられないのか、しきりに首を傾げている。
その様子に、俺はもう大丈夫だからと身振りして、オゥアマトに警戒を解かせた。
そして、ウィヤワに顔を向ける。
「理由を尋ねてもいい?」
「喋れるだけで言うと――あの人はこの町の運営を、上手くやり過ぎたのよ。秩序のない町に、無法なりのしきたりを作ったりね。さらに今回、彼主導で森の主らしき魔物まで倒してしまった。このままだと、この町周辺の新たな領主を主張するようになるって、危惧した人が出てもおかしくないでしょう?」
その人物は尋ねるなと、ウィヤワはこちらに目で教えてきた。
もし聞いたら、俺たち間の戦いのゴングが鳴ってしまうんだろうな。
なので、聞かずに別の話題に移ることにした。
「ウィヤワはこれからどうするの?」
「どうするって、スプートム娼館にずっといるわよ。追い立てられない限りはね」
「あれ? クロルクルから離れないんだ?」
「ここの生活は気に入っているわ。娼婦稼業だって性に合っているしね」
「なら、大門が直って外に出られるようになるまで、何回か通おうかな。戦いの報酬はたくさんもらったけど、この町でしか使えない通貨だしね」
「うふふっ。そうしてくれると助かるわ。あなたと交わるの、とても好きだから、楽しみに待っているわ」
アリバイに十分だとお互いが判断するまで、実際のピロートークのように、顔を至近に合わせながら会話を続けていく。
俺たちの横では、まだ納得がいっていない顔のオゥアマトが、こちらに訝しげな目を向け続けていた。
人名間違え訂正しました