百六十一話 戦士とは、自分とは
大門に魔物の大群がとりついた後、ターフロンの判断は早かった。
「大門の直上と周辺警戒に必要な分を残し、他は直線通路の上に移動だ。近接戦の腕に覚えがあるやつは、闘技場へ行け」
指示に従って、人々が移動を始める。
俺も人の流れに従って、闘技場へと向かうことにした。
隣には、楽しそうな顔をしたオゥアマトが走っている。
「なんだか、魔物の群れが襲ってきているのに、平気そうだね」
「ふふん。経験があるからな」
「経験って、魔物に町が襲われる場面にあったことが、あるってこと?」
「もちろんだとも。黒蛇族は、森の中に居を構える種族だぞ。魔物の襲撃など、恒例行事化しているぐらいだ。この町には立派な壁があるぶん、より戦いやすそうだから、心配にすらならないさ」
あっさりと言った台詞に、オゥアマトの強さの理由の一部が分かった。
そして、それほど過酷な環境で育つ種族の中で、さらに立派な戦士ともなれば、尊敬されるのも当然だと納得した。
ここで、俺がオゥアマトにどこかしら抱いていた、侮りが消える。
手助けが必要な人間の常識を持たない亜人種から、尊敬に値する人物だと、認識が変わったのだ。
その心の変化で、自分ではわからないけど、俺がオゥアマトに向ける目つきが変わったのだろう。
オゥアマトが『ようやくか』って感じの、笑みを零す。
「さて友よ。人を壁に囲まれた通路に集めているようだが、この町の住民はどう戦うのか教えてくれないか?」
「それなら――」
前に魔物の大群を通路で殲滅したときの話を、語って聞かせた。
「――って感じだよ。いまの配置もそのときと同じだから、同じ戦法を使うんじゃないかな」
そう締めくくると、オゥアマトは難しい顔をする。
「弱き者を先頭に置いて足止めにし、上から矢を降らせ、弱ったところを戦士たちが後に強襲するとはな。戦う者が前に出て食い止めたほうが、被害が少ないだろうに。いやしかし、この町の弱者は、奉仕心を忘れた者という。それを護るというのも……」
どうやら、自分の常識とは違う状況に、頭を悩ませているようだ。
「ふぅむー。里に入れば里人のしきたりに従えというしな。今回は、指示通りに動くとしよう」
どうにか気持ちに折り合いをつけたようで、悩む素振りはなくなった。
けれど、どこか納得しがたいと、そう思っていそうな顔をしている。
律儀な性格が垣間見えて、思わず顔を見続けてしまう。
すると、オゥアマトが不思議そうな顔を返してきた。
「どうした、友よ。ははん。さては、戦士の横顔に見惚れたな。うむうむ、許すから、大いに見るといい」
嬉しそうにするオゥアマトに、いやいやと首を横に振る。
「そうじゃなくて、オゥアマトでも悩むんだなってね」
「それだと、僕が考えなしのように聞こえるんだが?」
「ああ、言葉が悪かった。黒蛇族の戦士でも、戦いのことで考えるんだなって、ちょっと興味深く思っただけだよ」
俺が弁明すると、オゥアマトは理解してくれたようだ。
「なんだ、そういうことか。だが、戦士が頭を使うのは当然だろう?」
「当然、なんだ?」
前世でも力が強い人の多くは、力押しでどうにかしようとする傾向があった。
まともな教育機関がない今世なら、いわずもがなというものだ。
そんなことを思い出していると、オゥアマトから指摘が入った。
「おおかた、友は戦士のことを、力押ししか知らぬ馬鹿であると思っているのだろう?」
「えっと、その通りだったね」
オゥアマトはやっぱりという顔の後で、偉そうな態度で語り始める。
「ふふん、それは勘違いだ。力が強いだけの愚か者と、戦士は別のものなのだぞ」
「なにがどう違うっていうんだ?」
「愚か者は、すぐに自分の強い部分を振りかざし、他者より優位に立とうとするものだ。だが戦士は、平時は自分の力を極力隠し、謙虚な心を忘れないよう同胞と接し、戦いとあれば先陣をきって走るもののことだ」
「……言っていることは立派に聞こえるけど」
言外に、オゥアマト自身がそうは見えないと含ませる。
すると、大笑いを返してきた。
「あはははっ。うむ、その態度こそ、僕の友だ。まあ、僕も完璧な戦士ではないということだな。完成された戦士であったら、旅を続ける必要はないだろう?」
「ああ、なるほどね。そういわれてみれば、そうだった」
オゥアマトの目的は、旅の中で功績を上げて、故郷に帰ることだったと思い出した。
そう納得していた俺に、オゥアマトが口撃を浴びせてきた。
「なあ、友よ。先ほど愚かといった者の領域に、自分が片足を入れていることはわからないのか?」
「えっ? ……なっ!!」
言われた内容が頭に入り、思わずカッとした。
けど、俺が何か言う前に、オゥアマトが説明をつけたしてきた。
「だって、そうであろうよ。先ほど壁の上から飛び降りようとしたのは、考えなしな行動であっただろうに」
「考えなしって、あれは人助けのためにしようとしたことだから。あと、魔物を倒す手段も考えてあったから!」
「人助けのためであったことは、評価してあったであろうよ。そして呪いを使えば、友が勝っていたのかもしれん。だがそれは、力押しの考えなしと、どう違うのだ?」
俺は言い返そうとして、とっさに違いを口にできなかった。
人助けのためという理由を外せば、強い力を振りかざす愚か者に見えないこともないと、気付いたことも大きい。
「えっと、それは……」
言葉を探していると、オゥアマトが満足そうに頷く。
「ふむ。自覚があるようなら、これ以上は言わなくてもいいだろう。それに、友が考えなしになる行動の原因は、一人で何もかもやろうとする心なようだからな」
たしかに、その気は強い。
前世では、馬鹿にしてくる人と喧嘩してきた関係で、人が離れていった。
今世では、少し人付き合いはマシになったけど、単独行動の冒険者という身分から、自分でいろいろとやることが多くなっている。
それがダメだと言いたげな指摘に、ちょっと心にダメージを負ってしまった。
気落ちした俺を見て、オゥアマトは楽しげだ。
「ふっふっふー。黒蛇族の目は、人の内面をも見透かすのだー……って、冗談だ。引かないでくれ」
「人の内面を、ズバズバ言い当てているくせに……」
「いや、僕の友が単純で分かりやすいだけなのだが?」
言うほど単純なのかなと、自分のことに首を捻ってしまう。
こんな言い合いをしているうちに、闘技場へとやってきた。
誘導する人の指示に従って、俺たちと集まってきた人たちは中へ進む。
闘技場内に完全武装な人たちが、ひしめき合うぐら集まった頃、ターフロンがやってきた。
「この町の危機に、よくぞ逃げ出さずに集まってくれたな。感謝しよう」
演説の枕詞を告げたターフロンに、集まった人から声が上がる。
「この町以外に、行き場所がないやつらばっかりだしな!」
「というか、町から出るには、門を魔物に押さえられた状態だと、壁から飛び降りるしかないしな!」
その言い分に、周囲から笑い声が漏れた。
ターフロンも口元に微笑みを浮かべて、分かっているという身振りをする。
「その通りだ。それ故に、この町を潰そうとする魔物に対し、我々は奮闘しなければ――」
演説の途中で、大門のある方向から、なにか巨大なものが落ちたような重々しい音がやってきた。
「――どうやら、大門が破壊されたようだ。なら一刻の猶予もない。我々もこの場から通路へ入り、押し寄せる魔物と戦うぞ。とりあえずは、要らぬ住民を突破してきた魔物を、随時殲滅することからだ!」
周囲の人たちが威勢のいい声を上げる中、俺は少し落胆していた。
やっぱり、戦う方針は前と変わらないらしい。
思わず、弱者区画の人を助けるために、最前線まで上がろうかと、ふと思った。
けど、オゥアマトに考えなしだと指摘されたばかりなので、その考えは掻き消えてしまう。
俺は頭を掻きながら、どの行動が正しいのだろうかと、頭を悩ませる。
その間、ふとした瞬間に気が付いたけど、大いに悩めって感じの視線を、オゥアマトが向けていた。
どこか釈然としない思いを抱きつつ、行動の正否を一時棚上げして、すぐ始まるであろう戦いへと考えることを変えたのだった。