百五十九話 射撃戦
俺たちが大門の上に到着すると、ターフロンが陣頭指揮を執っていた。
「矢と石の補充を急がせろ! それと念のために、町の全周に見張りを置くのを忘れるなよ!」
「はい、直ちに!」
「あと油をあるだけ集めさせろ! 明かり用、揚げ物用の区別なく、すべてだ! 木の魔物は燃えやすい。壁や門に近づいたら、浴びせかけ、火をつけて殺す!」
「あ、あんなデカ物を火だるまにする量をですか?」
「当然だ、急げ時間がないぞ! 魔物たちは、この町の出入り口がこの大門にしかないと知っているに違いない。ここを抑えれば、住民が外にでることができなくなるとな! 防ぎきらねば、袋のネズミなるぞ!」
ターフロンの指示に従って、人々が必死な顔で移動していく。
その様子を少し見ていたら、今度は大門から闘技場まで伸びる、高い壁に囲まれた通路が騒がしくなってきた。
壁上から視線を落とすと、貧弱な装備をつけた人たち――恐らく弱者区画の住民たちが、次々に闘技場から吐き出されている。
だんだんと人が詰ってきた通路を観察していて、眼下から喜怒哀楽が入り混じった声が上ってきた。
「弱者区画の全員を無理やり動員させるなんて、何が起きているんだ!?」
「魔物の大群が襲い掛かってきてんだろ。それで、この通路に引っ張りこんで、オレたちに戦わせる気なんだろ!!」
「今までにない規模で、町が落とされるかもって話だぞ! それでオレらは、門が壊された後の防衛なんだとよ!」
「マジか、クソォ! この町には大門以外に脱出路がないんだろ。なら、ここで戦って追い払うしか、住む場所を守れねえじゃねえか!」
事実や噂も入り混じり、事情を知らない風だった人たちも、いまの事態に気がついたようだ。
漏れ聞こえてきた、弱者区画の全員を動員しているという言葉は真実なのだろう。
闘技場に近い方から通路の五分の一ぐらいの通路が人で埋まり、その規模はまだ増えているように見える。
その人数に安心するとともに、こちらも戦闘準備を整えないとと気合いを入れた。
壁上にいくつも積まれた矢束に近づき、矢筒の許す限りに矢を補充していく。
オゥアマトも、大石が積みあがった場所に陣取って、石の具合を手で撫でて確かめている。
そうこうしていると、森の方を見ていた人が張り上げた大声が聞こえてきた。
「魔物の大群、動き出しましたぜ!」
「やつら、じわじわとこちらに近づいてきているようでさ!」
壁上にいるほぼ全員が、森に視線を向ける。
すると、ツリーフォクの大群が一塊になり、ゆっくりとした歩みで木々をなぎ倒しながら、クロルクルに近づいてくる様子が見えた。
その後ろには、別種の魔物の大群。さらに後ろに、森の主らしき巨樹の魔物が続く。
この圧倒される光景に、壁上の人の顔が青くなる。
そして、ターフロンは舌打ちし、取り巻きを引き寄せた。
「チッ。一丁前に、軍隊みたいな動きを……おい、試作の『杭射ち』を持ってこい」
「え、あの、あれはまだ形になっただけのはずですが?」
「今使わずにいつ使うと思っている! いいからさっさともってこい! 失敗作も含めて全部だ!」
「は、はい! す、すぐに!」
怒鳴られた人が人員を集め、十数人が壁下へと階段を駆け下りていった。
その姿を見送った後で、ターフロンは鷹揚とも余裕とも取れる態度を、周囲に見せつける。
「いいか、貴様ら。こちら側はすでに、迎撃する準備を万端に整えてある。何も恐れることはない」
壁上の人たちは、魔物の大群から目を離し、ターフロンに視線を向け始める。
「魔物の様子が普段と少し違うとはいえ、やることはいつもと変わらない。近づいてくるなら矢を射掛けろ。門にたどり着いた奴には、石を落とせ。ただの矢がツリーフォクに効かないことを心配しているなら、奴らは火に弱いからな、火矢にして射ち込むといい」
ターフロンの自信あふれる態度を見てだろうか、壁上の人たちの顔にあった悲壮感が薄れていく。
「堅実に戦えば、倒せない相手ではない。倒せなくとも、甚大な被害を与えれば魔物は逃げ帰る。ならば、いま我輩たちがやるべきことは、なんだ。魔物の大群を見て、顔を青くすることか? いや、違う!」
ターフロンが手を振り上げて、迫りくる魔物たちの方に指さす。
壁上の人たちは、つられるように、そちらへ顔を向けた。
「我輩たちがやるべきことは、魔物の隙を見定め、そこを突いて一匹でも多く殺すことだ! たくさん殺せば、その分だけ町は安全になる! 分かりやすい単純な理屈だろう!」
ターフロンが野獣のような笑みを浮かべると、壁上の人たちも口を笑みの形に曲げる。
「そ、そうだ。やることは、いつもといっしょだ!」
「怖気づく必要なんてない! やることをやればいいんだ!」
威勢のいい声が上がってきたところで、ターフロンがもう一度、大仰な身振りとともに支持を出す。
「分かったならば弓矢をとれ! 弓矢が扱えないものは、矢と石を壁上に運び入れろ! 各々が役割を果たせば、日が落ちる頃には、魔物たちは逃げ帰っているだろう!」
「「「「うおおおおー、やってやるぞー!!」」」」
扇動された人たちが意気を上げる。
その姿を見て、ターフロンがこの町の支配者である理由が分かった気になったのだった。
魔物の大群との戦いは、クロルクル住民側の攻撃から始まった。
「引けー! 狙えー!」
号令役の指示に合わせて、油を染み込ませた布を先端に巻いた矢を番え、射手たちが弓を斜め上に構える。
静止している彼らの前を、火のついた松明を持った人たちが走っていく。
松明の炎を受けて、すべての矢が火矢に変わる。
その後で、号令役が大声を放った。
「総員、放てー!」
「「「放てー!!」」」
射手が復唱と共に、火矢を放った。
まだ明るい空の中を、オレンジ色の火の玉が突き進む。
その火はやがて重力に引かれ、魔物の大群の先頭にいた、ツリーフォクの大群へと降り注いだ。
ツリーフォクたちが密集していたこともあり、ほぼすべての火矢が、その幹に突き刺さった。
「オ、オオ、オオーー」
「オオオ、オ、オオオオー」
火矢の熱さに驚くような声が、ツリーフォクたちから出てくる。
それを聞き、ターフロンが大声を放つ。
「いいぞ、効いている! そのまま火矢を射ち続けろ! 森が火事になろうと構わなくていい!」
「はい。総員、次矢を番えろー!」
号令役が指示し、射手たちが次の火矢を準備する。
一方で、火矢を受けたツリーフォクの数匹から、黒い煙が出始めた。
どうやら、引火しやすいところに当たったらしい。
そのことに、ツリーフォクを盾に使っている、他の魔物たちが慌て始めた。
そして、手が使える人型の魔物が、前に出てくる。
ツリーフォクに刺さった火矢を抜いて、生きながらえさせようとしているんだろう。
けどそこに、次の火矢が降ってきた。
ツリーフォクだけでなく、人型の魔物にも矢が突き立つ。
「ギィィキイイイ!!」
「ブゴブゴオオ!!」
人型の魔物は火矢で燃えはしないが、当たればやっぱり痛いんだろう。
必死になって矢を抜くと、ツリーフォクの後ろに、再び隠れて出てこなくなった。
当たり所が悪く絶命し地面に倒れた個体の上を、ツリーフォクたちが轢き越えて進む。
どうやら、魔物の仲間意識が働くのは、生きている間だけのようだ。
死んだ人型の魔物を乗り越えた、ツリーフォクたち。
だが、二度の火矢を受けて、その火勢に耐えきれない個体が現れてきた。
「オ、オオ、オオオオオ――」
悲鳴を上げて、何本も火矢を受けた一匹が、炎上を始める。
燃えて苦しそうに動くその個体が、別の個体へと倒れかかっていく。
だがその前に、逆に体当たりをしかけられ、炎上した個体が地面に倒れる。
非情にもその上を、ツリーフォクたちが動く根で踏みつけ、乗り越えていく。
俺が見ている位置からではちゃんとは見えないが、煙が上がらなくなったのを見ると、火は根で踏み消されてしまったようだ。
けど、大群の同種に踏みつけられて、炎上していたツリーフォクも無事では済まなかったのだろう。
倒れた場所から起き上がる気配はない。恐らく、死亡している。
そんな光景は、クロルクル住民側が放つ火矢を受け、燃え上がるツリーフォクが出るたびに現れた。
それを見て、射手たちは喜ぶ。
「火がつけば、勝手に向こうが仲間を殺してくれるぞ!」
勢いづいた射手たちが、号令役の指示に合わせて、火矢を間断なく放つ。
ツリーフォクたちの中から、燃え上がる個体が増えていく。
それでも、魔物の進行は止まらない。
ある一定距離を超えたところで、俺とオゥアマトが動き始める。
「じゃあ、やろうか」
「おうとも。ここにいる皆に、僕と友の力を見せつけてやろう!」
俺は弓矢を番えると、自分で矢に巻いた布に火をつける。
オゥアマトは尻尾に大きな石を掴み、数回腰を捻って準備運動をする。
「お先にどうぞ。外さないでよ」
「なら、そうさせてもらおう。友も、『呪いの矢』をしくじらないようにな」
オゥアマトは壁上で、体をぐるりと横に回転させる。
その勢いを、尻尾に掴んだ大きな石に与えると、ツリーフォクへ目がけて投擲した。
少し遅めの砲弾のような勢いで飛んだ石は、見事に命中し、一匹の幹を裂き割る。
命中したことを見て驚く人々の目を気にせず、オゥアマトは次を投げる準備をしだす。
一方で俺は、火矢の威力を高めるために、少し細工をする。
オゥアマトが『呪いの矢』と言っていたように、鏃に攻撃用の魔法で作った火を纏わせるのだ。
火のついた布の中で、魔法をかけた鏃が一気に赤熱化する。
前に魔法の実験で鉄を溶かしてしまった経験を活かし、溶解するギリギリまで温度をあげた。
その後で、火矢をあまり受けていないツリーフォクを狙い、矢を放つ。
ツリーフォクの幹に当たった、鏃を赤熱化させた矢から、炎が吹き上がった。
「オ、オ――オオオオオオオオーー!!」
すごい勢いで体が燃えることに、そのツリーフォクが驚愕含みの悲鳴を上げる。
そして、燃える体を、別の個体に押し付けた。
寄りかかられたツリーフォクは、体当たりで弾き飛ばそうとするが、その前にその体が引火する。
「オオオオ、オオオオー!」
火だるまになりつつあるその二匹を、他のツリーフォクたちが協力して押し倒し、踏みつけて消火しながら乗り越えていく。
けど、踏みつけた根が焦げていることを、俺は見逃さなかった。
そして、焦げた根を持つツリーフォクたちの移動速度が、他より下がったこともだ。
かなりの効果がある様子を見て、オゥアマトに声をかけながら、もう矢を番える。
「この調子でいけば、外壁にくるまでに、ツリーフォクの数を大量に減らせそうだな」
「減らすのではなく、全滅させる気で動くのはどうだ?」
「全滅させる前に、ツリーフォクって盾がなくなった魔物が、逃げだすかもしれないけどね」
「ふむっ。それはそれで困るな。ほどほどにしておく方がいいか?」
俺たちは喋り合いながら、同じ方法で、他のツリーフォクを倒していく。
少し経つと、俺の矢筒の矢と、オゥアマトの投げる石が尽きてしまった。
矢はすぐに手に入ったものの、石は大きくて重いため、補充がなかなかやってこない。
そんなときだった。
木や鉄で作った装置っぽいものを抱えた、数十人が壁上に上がってきた。
そして、射手を押しのけて、外壁に持ってきたものを組み付け始める。
「ごめんよ! 早くしないと、ターフロンの兄貴にどやされるんだ!」
町の支配者の名前を出されて、射手たちは仕方がないと場所を明け渡す。
そして火矢を撃ち続けながら、その装置が何なのか見ている。
俺も組みあがる装置に目をやり、それが見たことのあるものだと気が付いた。
サーペイアルの大型漁船で使ったことがある、大きなボウガンだ。
けど、漁船にあったものよりもかなり大型で、歯車やハンドルがくっついている。
変な見た目に首をかしげていると、どうやら組みあがったらしい。
変な形のボウガンが合計四つ、外壁の上に備え付けられていた。
作業をしていた一人が、ターフロンに呼びかける。
「新型の機械弓、用意できました!」
「ならお前らで、勝手に魔物たちに射ち込め。杭は持ってきてあるな?」
「もちろんでさ! けど、兄貴が射たなくていいんですか? 試射するの、楽しみにしてたじゃないですか」
「試射を体験するのは、この戦いが終わった後。完璧な攻城用の機械弓が出来上がったあとで、たっぷりとするから気にするな――そこの矢の補充が追い付いてないぞ、補給役は足を動かせ!」
ターフロンは他に指示を飛ばしながら、さっさとやれと身振りする。
大型ボウガンを組み付けた人たちは、彼に頭を下げると、弓の部分に水筒の水をかけ始めた。
俺はそれを見て、ツリーフォクの根で作ったボウガンだと気付いた。
弓部が濡れたボウガンにとりついた人が、ハンドルを回し、それとともに弓が轢かれていく。
かなりぐるぐると回しているのに、引かれる速度が異様に遅く見える。
けどやがて、ガチリと、拳銃の撃鉄を起こしたような音がして、ボウガンの弦が引かれきった。
「杭を乗せろ! 狙いを合わせろ!」
「弦を巻き上げるのに時間がかかるんだ。狙いがついたら、即座に射て! そしてすぐ装填作業だ!」
そんな指示のもとで、人の腕ほどの長さと太さがある、鉄の杭がボウガンの溝に入れられる。
そして、各々が勝手に引き金を引く。
ガコンッと、ボウリングでガーターを出した音を大きくしたようなものが響いた後、目覚ましい速さで杭が直進していく。
やがて飛んだ杭はツリーフォクに衝突し、円形にその幹をくり抜いた。
それだけに止まらず、その後ろにいた個体に突き刺さって、ようやく止まる。
ものすごい威力に驚いていると、大型ボウガンを発射した人から悲鳴が上がった。
「ああ! くそ、弦が切れた!!」
「バカ! ツリーフォクの根を細く裂いて作ったやつだから、巻き上げる前に水をかけなきゃ切れちゃうって、言ってあったろ!」
「うっせえ! 弓に水をかけるなんて、普通はしないから、忘れてたんだよ!」
ぎゃーぎゃーと口喧嘩しながら、予備の弦を張りなおし始める。
手持ちの弓のように、すぐに引っ掛けられる構造じゃないらしく、ボウガンを分解してから組み付けている。
その様子に、射手たちは笑顔を浮かべる。
その笑いは、頼もしい兵器がやってきたことで、心の余裕が生まれたからだろう。
けど、その笑みはすぐに凍り付くことになる。
「おい! 通用口を開けてくれ! 魔物が、魔物がくる!!」
「中に入れて! 開けて!」
悲痛な声は、大門のある方向からだった。
誰が叫んでいるか見たらしき人が、大声を上げる。
「魔物の襲撃があったから、外に出てた奴らは全員死んだと思ってのに、生き残っていたのか!?」
「あいつら知っているぞ、なんだったか――そうだ、腰抜けだ! ゴブリンにしょっぱい戦いをした、あの腰抜けたちだ!」
「おいおい、見てみりゃ、かなりの数生き残ってやがるぞ。三十人以上はいる!」
三十人と聞いて、首を傾げる。
腰抜けは、あの五人の冒険者の通称だ。
彼らがツリーフォク探しに連れて行った、木こりの人たちを入れても、全部で二十人ぐらいだった。
なのに、三十人以上いるといわれて、人数が合わないと思ったのだ。
確かめるために、俺は大門を上から見下ろせる位置まで移動する。
見ると、たしかにボロボロな恰好の三十人以上の人たちがいて、その中にあの冒険者たちもいたのが見えたのだった。




