十五話 活気のある開拓村
開拓村に着いた時点で護衛の仕事は終わったので、俺とテッドリィさんは商隊から離れた。
それで、この村にある冒険者組合の事務所に行こうとしているのだけれど。
「なんだか、歩くのにも一苦労な感じだね」
規模が小さな村だというのに、夏休みの東京都心かと思うほどに、人が溢れていた。
「まぁな。魔の森を切り崩せる格好の機会となりゃぁ、国にとっても一大事だしな」
テッドリィさんは返事をしてくれたが、どことなく不機嫌そうな声色だ。
観察してみると、人に歩く先を塞がれる度にイラッとした顔をしている。
人が多い場所は苦手みたいだ。
前世の人が多い日本の記憶がある俺でも、凄い人ごみだと思うのだから、人の多さに慣れていない今世の人だともっと酷い印象を抱くのかも。
あまり気が長くなさそうなテッドリィさんが爆発する前に、早く組合に行ってしまおう。
「組合の事務所って、どこにあるか分かる?」
「あー、商隊の護衛の話じゃ、魔の森に近い村の奥に作っているって話だったっけか」
軽く背伸びし、さらにはジャンプして――まだ十四歳になる前だから背が伸びきっていないだけだ――人ごみの先を見る。
みっちりと道に詰まった人の先の先に、なんとなくそれっぽい建物が見えた。
場所さえ分かればこちらのものだと、テッドリィさんの手を取る。
すると、なぜか慌てた感じで振り払われた。
「な、なにしやがんだよ、行き成り!」
「なにって、はぐれないように手を繋ごうなって」
「……へっ。なんだよ、迷子になるのが怖えぇのか? 見た目通りにガキだな、お前ぇは」
小馬鹿にしたように笑われた。
あいにく心配しているのは、『テッドリィさんが』人ごみではぐれないかなのだけど。
言わない方がいいだろうと判断して、再度手を取る。
理由を言っていたからか、テッドリィさんが渋々といった感じで握り返してきた。
その顔が少し赤い気がするのは、彼女が荒っぽい口調と態度に似合わないぐらいに純真だからだろう。人ごみの熱気で、という可能性もなくはないだろうけどね。
では、前世の記憶を生かして、人ごみの間を縫って行こうとした。のだけれど――
「お、おい。いつまでも握ってられねぇし。さ、さっさと行くぞ」
こんなことを言ってきたので、ちょっと意地悪がしたくなった。
「人数が凄いんですから、ゆっくり行ってもいいと思うけど?」
「う、うっせぇな。いいから、早く行くんだよ!」
テッドリィさんは言うやいなや、聞き分けのない子供を引きずる母親のように、俺をぐいぐいと引っ張り始めた。
その際に、邪魔な人ごみを力ずくで掻き分けるようにして行くので、退かせられた人たちは迷惑そうで苛立った顔を向けてくる。
このままだと、いつか喧嘩に発展しそうだ。仕方ないから、俺が引っ張るようにしよう。
「そんなんじゃ、あまり前に進めないよ。ほら、人ごみはこうやって移動しなきゃ」
「おわっ、ちょ、待て、待てってば!」
移動する人たちの間に生まれる隙間を狙って、俺はテッドリィさんを引っ張って移動する。
これほどの人なので、ぶつかったり押したりはした。
でも軽くなので、軽く視線を向けられる程度で済んでいる。
そうして移動していって、目星をつけていた建物に到着した。
「ここがきっと、組合の事務所だよね」
なんたって、ヒューヴィレにあった建物を一回りほど小さくしただけの外観なのだし。
人ごみを抜けたちょっとした達成感を抱きながら見ていると、繋いだ手の先から恨めしそうな声が聞こえてきた。
「お、お前ぇ。よくもあんな場所で、引きずってくれたな」
振り返ると、引っ張られてきただけなのに、疲れた表情のテッドリィさんがいた。
睨んでくる目はどこか弱々しく、ガラの悪い言葉もキレがない。
なんだか酷いことをしてしまった気がしてきたので、謝ろう。
「ごめんね。でも、早く行こうっていったの、テッドリィさんだったよね?」
「そ、そりゃあ、そうだけどよ。猫のように、狭い隙間を行かなくたってよかっただろうが」
「力ずくで掻き分けてたら、喧嘩になるよ。人が多くてイライラしているのは、ここにいるほぼ全員なんだから」
「そんときゃあ、ボコってやりゃあいいだけだろう」
やっぱり売られた喧嘩は買う主義の人なのか。
このことを肯定しても否定しても面倒なことになりそうなので、話を切り上げようと繋いでいる手を二回ほど強く握ってやる。
すると、驚いた後に思い出したような顔をして、大慌てで手を振り払って離されてしまった。
「も、もう事務所の前なんだから、手を繋ぐ必要はねえだろ!?」
年上の女性が顔を真っ赤にしながら言うので、思わず悪戯心が生まれた。
「いやー。女性の手を握るのなんて久しぶりで、つい離しがたくって。柔らかくていい感触だったし」
冗談半分で言うと、テッドリィさんは腕を後ろへと回して、俺から手を隠す。
「う、嘘つけよ。剣を振ってるから、ごつごつしてるって、自分でも分かるんだぞ!」
「いやいや。男性と女性ってだけで、柔らかさが違うからね。試してみる?」
手を差し出すと、隠していた手を出してパシッと叩き落されてしまった。
「おい、コラ。優しくしてやってるからって、あんまりこのあたしをナメんなよ。張ッ倒すぞ?」
底冷えのする目で睨まれるが、照れ隠しだと分かりきっているので余り怖くはない。
でも、底意地悪く女性をからかうのは、器の大きな男じゃないなと、態度を改めることにする。
「はい。これからは、からかうのは程ほどにしておくよ。でも、手が柔らかいって感じたのは本当だよ?」
「うぐっ。お、お前ぇは!!」
に一気に顔が赤くなると、俺の頭を拳で叩いて、一足先に事務所の中に入ってしまった。
俺はというと目に星が浮かび、あまりの痛さで言葉が出なくて、頭を押さえてうずくまってしまう。
しかし、この痛みは罰だと受け入れつつ、テッドリィさんが純真すぎて年上なのに将来が心配になってしまうのだった。
テッドリィさんから少し遅れて入った冒険者組合の事務所は、外と同じく盛況だった。
その所為だろうか、ヒューヴィレには机と椅子が置いてあったのに、この事務所内には足の長い机のみだ。
人が机の回りでたむろして、何か飲んでいるのを見ると、ここは立ち飲み屋かと勘違いしそうになる。
そんな建物内を見回して、男性の職員と話しているテッドリィさんを見つけた。
俺が近づいていくと、一睨みされてしまった。
「おい。さっき言ってた通り、こいつがあたしのツレだ。よろしくしてやってくれ」
「はいはい。まったく、二つ名通りの人ですね」
「うっせ。おい、この職員の兄ちゃんが最初の最初を教えてくれっから、ちゃんと聞けよ」
それだけ言うと、どこかに行こうとする。
呼び止めようと口を開けると、喋るなとばかりに睨まれた。
それでも声をかけようとすると、目つきがさらに鋭くなる。
これは駄目だと理解して、口を静かに閉じると、満足したようにテッドリィさんは事務所から去っていった。
姿を見送ると、先ほどの男性職員さんが声をかけてくる。
「いやぁ。『苛烈な』テッドリィさんを教育係につけるなんて、勇気がおありですね」
「選んだのはヒューヴィレの職員さんですよ。というか、テッドリィさんって有名人なんですか?」
「ええ。冒険者としての腕が良くて、男勝りの性格ですからね。どうしても目につきやすく、話題に上る回数も多くなるというものですよ」
そんな人を教育係にしてもらって喜べば良いのか、当の本人に教える気があるのかが分からないことを嘆けばいいのか分からない。
とりあえず、話を流してしまおうと半笑いだけしておく。
この職員さんはそれでなんとなく悟ってくれたらしく、話題が移る。
「では、冒険者証を見せてください。何が出来るかで説明する内容に違いがありますので」
求めに従って手渡すと、少し驚いたような顔をされた。
「ほうほう。バルティニーさんの技能は、剣と弓、鍛冶と魔法に読み書きですか。剣はともかく、その他はどれも人材が足りないので、この村では引く手あまたで仕事に困りませんよ」
手放しで褒めるような言葉に、思わず鼻白んでしまう。
「どれも、それほど習熟しているわけじゃないので、あまりあてにされても困るんですけど?」
「そりゃあそうでしょうとも。若いお歳で習熟しているのでしたら、冒険者ではなくその道に進むものですよ。依頼する人だって、そこは弁えてます」
そこで冒険者証を俺に渡してから、職員さんは本格的な説明を話し始めた。
「では、まずは剣と弓に関しての話です。この村ではいま、魔の森の伐採を大々的に行っております。剣ではその作業員の護衛を、弓では森の中で獣や魔物の数を減らす仕事が多くあります。護衛は固定給ですが、狩りは基本給に持ってきた証拠の数で上乗せされます。もちろん、食べられる獲物であれば、さらに報酬が上乗せされます。ここまでで質問はありますか?」
そういうことなら、思ったことを尋ねてみようか。
「森で野草とかキノコとかを取るのは、狩りに含まれないんですか?」
「今は森を切り開くことが重要ですので、そういう誰でも出来る仕事は良い技能がない冒険者に斡旋します。こちらは完全歩合制です。まあ、草とキノコを判別する能もない人だと実入りが悪いのですが、仕方のないことです」
「なら次に、剣の仕事より弓の仕事の方が難しそうですけど?」
「その分、給金に反映されています。弓の腕がよければ、一度の仕事で大金を稼ぐことだってありますよ」
上手い話には裏がつきものなので、眉唾な話だと思っておこう。
これ以上の質問はとりあえずないので、説明を進めてもらうよう身振りする。
「続いて、鍛冶と魔法と読み書きについてです。鍛冶は建設道具や武器などの作成の、魔法は食堂での調理の、読み書きはこの事務所での書類作成の手助けが仕事となります。危険がないだけ給金はやや低めですが、技能を持つ方も少ないので、歓迎される働き口ですよ」
「それって、どの程度のことが出来れば良いっていう、基準はあるんですか?」
「駄目なら一日で追い返されるので、これが基準といえば基準ですね。長く続いている人を例に考えますと――鍛冶なら金属の形が変えられたら。魔法は調理に多量に必要な水が出せて、手先が不器用でなければ。書類作成は、せめて読める字を書けるなら。という感じですね」
なら、どれでも出来そうだ。
いや、書類は難しいかな。長いこと文字は書いてないし、元々字は上手いほうじゃないしな。
「そのどれかをやれば、いいんですか?」
「いえ。教育係がついた新人は、その方の指導で選ぶ依頼が決まります。バルティニーさんの場合は、テッドリィさんが決めるのです」
「そうなんですか。でも、ならどうして技能に沿った説明をしてくれたんですか?」
「準備をしてくるので時間つぶしに説明しててくれ、と頼まれましたもので。こちらとしましては、鍛冶や書類仕事に仕事がありますよと、バルティニーさんにご紹介できただけでも十分ですね」
結局はテッドリィさん次第なのかと思っていると、職員さんが好奇心を抱いた表情になって顔を少し寄せてきた。
「しかしながら、随分と丁寧な口調をなさいますね。やはり一級民の子だったことはありますね。これでしたら冒険者としてではなく、事務職員としても働けると思いますよ」
向こうの言いたいことが上手く分からず、はぐらかすことにした。
「お世辞でも、ありがとうございます。だけど職員さんでも、税の支払い方が違うだけで上下に分けるような言い方をするんですね」
「税の? ああ、随分と古くさい区分けを教えて貰っていたのですね。いえ、本来ではそちらが本当なので、真っ当な教育を、と訂正しなければいけませんね」
よく意味が分からないので首を傾げると、より詳しい説明が始まった。
「土地持ちの国民の家は長年続いているので、自分たちを準貴族だと豪語する人もいるわけでして。そういう方々は、人頭税を払う人々を二級民と蔑むわけです。逆に、貴族でもないのにえばっているヤツだという蔑みを込めて、一級民とこちらは呼ぶ。元々はこういった成り立ちなのですが、時間の経過と共に慣用句として定着してしまったのですよ」
どちらが上か下かなんて言い張るなんて、お互いに器が小さい話なことだ。
けれど、土地持ちの開祖は、今世のご先祖さまのような立派な人ばかりではないんだな。
今世の価値観に当てはめると、きっとそういった人たちは、太った豚のような醜い見た目をしているんだろう。
「……よく考えたら、この村もそんな土地持ちが生まれようとしているんですよね」
領域を収めていた魔物の主がいなくなった、付近の魔の森を切り開いて、新たな生活の場に作り変えている真っ最中なのだし。
「ええ。魔物を倒して開放した冒険者たちは、擦り寄ってくる人たちにうんざりして、土地の所有権を売りに出してしまいましたし。それを買い取るのは決まって、大金を払ってでも一級民と呼ばれたいなんて下心のある、場所を治めるということを何も分かっていない下種ばかりですよ」
なにやら土地関連で嫌な思いでもしたのか、職員さんの口ぶりが過激だ。
なんと返したらいいかと困っていると、購入したと思わしき荷物を背負ったテッドリィさんが、タイミングよく事務所に戻ってきたところだった。
「おっ、説明は終ったみてぇだな。よっしゃ、じゃあ早速、お前ぇには働いてもらうかんな」
言いながら近づくと、対応してくれていた職員さんに耳打ちした。
なぜか不服そうな顔をした後に、俺に皮紙が二枚手渡される。
内容はというと、何の技能もない人が受けるはずの、薬草採取と食材採取の依頼だった。




