百五十八話 籠町戦
外壁の上にやってくると、信じられない光景が目に入ってきた。
「魔物の他に、ツリーフォクの大群!?」
思わず声を出してしまった通りに、ゴブリンやダークドッグなどのよく見る魔物に加えて、数十もの届きそうなツリーフォクが、クロルクルの外壁へと近づいていた。
木と似た見た目なため、地滑りで木が町に雪崩れ込んでくるようだ。
俺の見ている区域だけで、この数だ。
町の全周で戦闘音が聞こえてくることから、合計で百を超えるツリーフォクが町に殺到していると考えられる。
なんでこんなことになっているのかと疑問に思っていると、門の上で矢を放ち続けている人の声が聞こえてきた。
「弓矢では効果が薄いから、木の魔物は放っておけ。その他のうろちょろしている魔物を、射殺せ!」
「ツリーフォクは、異様に成長の早い木の種を地面に撒いたら、森に帰っていく。だから無視しろ!」
ベテランっぽい人の指示に合わせて、他の人たちは外壁の上から、ツリーフォク以外の魔物に矢を射かけだした。
「ギイイィィィィ!」
「グワゥン――」
降られた矢に当たり、魔物がバタバタと死んでいく。
しかし、流れ矢が突き刺さっても、ツリーフォクは元気に動いている。
そのうえ、町と森の間にある、木々が伐採された開けた土地の上で、ゆさゆさと体を左右に揺らしていた。
何をしているのかと目を凝らす。
ツリーフォクの茂った枝の中から、ぱらぱらと剥き身の栗の実に似たものが落ちてきた。
それは地面に落ちると、すぐに青い芽が出てきたように見える。
その光景を見て、壁の上にいる人たちの中から、悲鳴が上がった。
「ああ、くそ! あれ除去するの、大変なんだぞ!」
「一日放置すると、根付くし。二日放置すると、細木になっちまうしな!」
そんなに成長が早いのかと驚きつつも、俺も戦闘に参加しないとと弓矢を手に取る。
外壁にとりつき登ろうとしている、虫系統の魔物を中心に、矢を当てていく。
俺の隣では、オゥアマトが拳大の石を手に、ツリーフォクの横を駆け抜けるゴブリンに視線を向けていた。
「ふむ。このへん、だなっ!」
オゥアマトは大きく上げた足を振り下ろし、持っていた石を、そのゴブリンへ投げつけた。
尻尾で体を支えている以外は、野球の投球に似た動きだ。
しかし投げられた石は、プロ顔負けのすごい速さで一直線に飛び、ゴブリンの顔に命中した。
頭蓋が砕けて、赤い中身が飛び出す光景が目に入る。
オゥアマトはその結果に、少し満足そうな顔をする。
「まずまずな一投だったな。さて、もう一発!」
今度はダークドックの横腹に当たり、空いた大穴から内臓が外へ飛び出てきた。
「うむうむ。肩慣らしはこのぐらいでいいだろう。次々といこう」
オゥアマトは楽しくなってきたような表情を浮かべると、止まることなく石を投げていく。
一投につき一匹、着実に魔物を減らすその腕前に、俺は驚きの目を向ける。
すると、すごいだろと言いたげに、ドヤ顔を返されてしまった。
確かにすごい腕前だよなって、ちょっとだけ悔しく思う。
そんなオゥアマトの殺傷力の高い投石に、魔物たちは混乱したようだ。
大慌てで、ツリーフォクの後ろに隠れている。
けど、攻め入ることを諦めたわけではないようだ。
盾にしているツリーフォクを、魔物たちは後ろから押して壁に進ませ、じりじりと接近してくる。
このことに、壁上にいる射手たちは困ったようだ。
「ああ、くそ。あれじゃあ、射っても矢の無駄だ」
「おい! 補充要員に、壁にとりついたやつを落とすための石と、その石を落とす人員を持ってこさせろ! 弓矢持ちは他の場所の援護に回れ!」
指示を受けて、人々が移動を開始する。
俺も移動しようとして、オゥアマトに引き留められてしまった。
「まあ待て。援護は他の者に任せればいいだろう。それよりも、面白いものを見せてやるぞ」
どういうことかと思っていると、縄網の中に大ぶりの石を入れ、それを天秤棒で運んでくる人たちがやってきた。
その人たちは俺たちの目の前に、縄網を置く。
「鉈斬りさんと、黒蛇の人。どうぞ、使ってください。補充人員も、すぐきますので」
そう言い残すと、網から抜いた天秤棒を手に、壁の下へと戻っていってしまった。
ならと、俺は大きな石を一つ手に取る。
抱えるほどの大きさで、かなりずっしりとした手ごたえだ。
攻撃用の魔法の水を体にまとっていない状態だと、遠投なんてできないだろう。
けど、壁にとりついた魔物に落とすなら、申し分ない威力が期待できそうだ。
そう思っていたのだけど、オゥアマトの考えは少し違っているようだった。
「ふむ。久々にやるが、まあ大丈夫だろう」
オゥアマトは別の石に、自分の大蛇の尾に似た、長い尻尾を巻きつけた。
そして、その尻尾だけで、重たい石を持ち上げてしまった。
その後で、くるりとその場で横回転する。
オゥアマトの体が回転するのに合わせて、その尻尾に掴んだ石も移動する。
そうして振り回され、遠心力を得た石が、尻尾から放たれた。
最高速度のピッチングマシーンで発射されたボールのように、大きな石が素早く飛んでいく。
向かう先にあるのは、魔物が盾に使っている、ツリーフォクの一匹。
石は、その胴体に直撃した。
すると、ツリーフォクの幹に、大きな亀裂が縦に走った。
「オオ、オオオオ、オオ、オ、オ――」
裂けたツリーフォクは悲鳴を上げて、葉を舞い散らせながら地面に倒れこむ。
これに慌てたのは、その陰に隠れていた魔物と、別の魔物を狙っていた壁上の射手たちだった。
「ギイイィイ、ギイ!」
「別のツリーフォクに隠れられる前に、一匹でも多く射殺せ!」
隠れていた魔物たちが、散開して逃げる。
それを、少し遠くに移動してしまっていた射手たちが、必死に放つ矢で追いかける。
その間にも、オゥアマトは次の石を尻尾で投げる体勢に入っていた。
「次は、折ってみせるぞ」
決意の言葉とともに、大きな石が先ほどよりも速さを増して、別のツリーフォクに投げつけられた。
宣言通りに、直撃を食らったツリーフォクは、当たった場所から真っ二つに折れて倒れる。
その豪快な倒し方に、唖然としていまう。
けど、茫然とはしていられない。
投石でツリーフォクや壁に張り付く魔物を倒すことは、オゥアマトと応援に駆けつけてきた補充要員に任せることにしよう。
そう決断して、俺は石から弓矢に持ち替え、視界に入る魔物を狙って矢を射かけていく。
小一時間ほど、防衛線をした頃、魔物たちの動きに変化が見えた。
クロルクルを落とすことを諦めたのか、次々に森の中に引き返し始めたのだ。
ツリーフォクたちも、根を蠢かせて、ノロノロと帰っていく。
その光景に、壁上で戦い続けてきた人たちから、安堵した声が漏れ出てくる。
「はぁ~、ようやく襲撃が終わったか」
「この後は、ツリーフォクが撒いた種を、回収して焼き払わないといけないんだよな」
「でも今回は、射殺した魔物以外に、黒蛇の旦那が倒したツリーフォクの木材が入るからな。この戦いの報酬は、期待できそうだぜ」
無事に追い払えたことに、射手全員が気を抜き、この後の楽しみを思い浮かべて笑みを浮かべている。
オゥアマトも、尻尾での投石で暴れたからか、満足した顔になっていた。
俺も安心して、武器を収めようとする。
そのときだった、また警鐘が聞こえてきた。
その音に、壁上で休んでいた人たちが、大慌てで立ち上がる。
「魔物が、また襲撃してきたのか!?」
「いや、待て。警鐘の音がおかしいぞ!」
彼らが耳を澄ませるのに合わせて、俺も周囲の音を注意深く聞く。
すると、先ほどの襲撃とは、警鐘のなり方が違うことに気が付いた。
さっきは町全体に鳴り響いていたが、今回はある一方向からしか聞こえない。
「なんだ、どこの警鐘だ!?」
「音からすると、大門の方角だぞ!?」
この事態は、町の住民にとっても初めてのことなのか、困惑した様子で壁上を大門方向へと走っていく。
俺もオゥアマトを引き連れて、そちらへと向かうことにした。
少し走って、ふと森に顔を向けて、あるものが見えた。
それは、帰っていったはずの魔物が、森の木々の間を、俺たちと同じ方向へ走っている姿だった。
嫌な予感がして、走る方へ顔を向けると、何かがおかしいと思った。
走りながらよくよく観察すると、森の様子が変だと気付く。
――正確に見たままを言おう。
周囲の木々より、頭二つは高く、二回りは幹が太い巨大な樹が、ゆっくりと大門方向に近づいてきていた。
動く木ということは、あれも魔物だろう。
成長したツリーフォクなのかなと考えていると、オゥアマトが俺を掴んで走るのを止めさせてきた。
「うわっ。ちょっと、なんだよ!?」
「おい。この町を捨てて逃げるなら、今のうちだぞ」
脈絡のない発言に、俺は眉を顰める。
「いきなり、なにを言っているんだ?」
質問すると、オゥアマトはイライラとした顔になる。
そして、俺が見た、あの巨大な樹の魔物を指さす。
「アレは、黒蛇族の間で『平原を呑むモノ』と呼ばれている、森の主の一種だ。どうやら、アレは本気で、この町を呑み込む気だぞ」
オゥアマトが樹の魔物の正体を、知っていたことに驚く。
けど、言葉の中に、理解しがたい部分があった。
「あの魔物が町を呑み込むって――」
他の魔物と合同で、襲うことかと聞き返そうとした。
けど、ツリーフォクが種をまき散らしていたことを、寸でのところで思い出した。
「――もしかして、大量の種を植え付けて、植物で町を浸食するってこと?」
「さっき、そう言っただろうに。いいか。早めに町から離れないと、逃げ惑う人で、逃げ道が塞がれてしまうぞ。だから、逃げるなら早い方がいい」
まるで、俺に逃げるように勧めている言葉に、首をかしげる。
「オゥアマトは、逃げない気なんだろ?」
「当たり前だ。黒蛇族の戦士にとって、森の中を旅する目的は、森の主と戦うことだ。戦うことだけでも、名誉なことなのだが、倒せた場合は、自身が次の森の主になれなくとも、故郷で大いに自慢することができるのだ」
オゥアマトの意見は分かった。
けど、俺にも言い分はある。
「オゥアマトが逃げないように、俺だって戦う気でいるんだけど」
「僕の友は、戦士ではない。だから、無理に戦う必要は、ないと思うぞ?」
「俺は冒険者だぞ。森の主を倒すことも、仕事のうちだ」
言いあいながら、真剣な目を向けあう。
少しして、オゥアマトが笑みをこぼす。
「友の気持ちは分かった。もう逃げろとは言わぬよ。それに、この町には、友の生殖相手がいることを失念していた。自分のツガイの住処を守ろうとするのは、雌雄が分かれている生き物には、当然のことだったな。失念していた、許してほしい」
言われたことに、俺は首を傾げかけ、ウィヤワのことを言っているんだと気がついた。
「いや、彼女は俺のツガイじゃなくて」
「うむ、みなまで言うな。金銭での関係とはいえ、体を許せる相手に、変わりはないのであろう?」
それはそうだけどと、口を噤まざるを得なかった。
オゥアマトは笑顔になると、俺の背中を軽く張る。
「戦うと決めたのなら、戦場へと足を動かさないとな。ほら、行くぞ!」
「分かっているよ、もう」
先に走り出したオゥアマトを、俺は追っていく。
視界の先には、大門の周辺に人が集まった光景があった。




