百五十七話 想定の外
俺はオゥアマト相手に、フェイントの練習を重ねる。
「ダメだ、それじゃ。見せかけるときは、何かしらの意味がありそうな感じで動くんだ」
「なら――これでどうだ!」
「うむ、いいぞ。その調子だ。だが、わざとらしいから、注意するように」
指示されながら反復練習をして、分かったことがある。
手で攻撃するときは足で、足で攻撃するときは手で、フェイントをかけると効果が高いということだ。
例えば、本命の攻撃が右拳での殴打な場合、殴る前に対角線にある左足を意味ありげに動かす。
すると、相手の目が左足に向き、右拳が視界から外れやすくなる。
その仕組みは簡単だけど、これが難しい。
フェイントで体の一部を大きく動かしすぎると、体制が不十分になって、本命の攻撃の威力が下がってしまう。
かといって、ほんの少し動かすだけじゃ、フェイントに相手が気づかない。
この微妙な匙加減が不十分なようで、俺は延々とオゥアマトから注意を受け続けている。
「見せかけを見せつけようと、意識しすぎだ。あくまで、相手の注意をそらし、攻撃を直撃させるための布石だぞ」
「分かっているって。けど、難しんだって」
「ふん。分かっていない。見せかけは、動きを小さくすることこそが、重要なんだ」
オゥアマトは俺に向かって構え、そして右の手指をワシの爪のような形にする。
その手に俺の目が向かった瞬間、オゥアマトの尻尾が軽く俺の頬を張っていた。
「ぷあ!? なんだよ、いきなり!?」
「どうだ。今のは、指を曲げる動きのみだったが、ちゃんと見せかけとして働いただろ」
ニヤリと笑いながらの言葉に、その通りだったなって納得する。
たしかに、最小の動きで、こちらの注意を引き、生み出した隙を突いてきた。
「いや、でもさ。俺に尻尾はないんだから、尻尾での攻撃は参考にならないんだけど?」
「ふんっ。尻尾のない体でどうするかは、友が考えるべきだろう。僕は、知らないな」
それもそうだけど……納得しがたい。
けど、なにもかも任せるなんて、甘えているよな。
こうして親切に教えてくれるんだから、どうするかぐらいは自分で考えよう。
俺は気合を入れ直して、またオゥアマトにフェイントを仕掛けていったのだった。
数時間もオゥアマト相手に訓練していたので、汗だくだ。
というか、練習中のオゥアマトは、とてもスパルタだった。
「疲れがたまった後こそ、実戦に近い状態で練習ができる機会だぞ。さあ、もう一度」
そんな持論で、俺を休ませてくれなかったのだ。
そうして休憩なく訓練していくと、あまり大きく動こうとする気持ちがなくなってくる。
次第に、フェイントの動きを小さくしながらも、どう相手に注意を向けさせるかに躍起になった。
「その動きだ。そうやって、体力の消費を極力抑えることを、実戦で心がけなければいけないぞ!」
どうやら、オゥアマトが要求する動きの、最低限度のところまではたどり着けたらしい。
そして結果的にだけど、オゥアマトのスパルタ方針が、正しくなってしまったな。
やるせない気持ちで上を向くと、木々の間から見える太陽の位置で、昼時になったことを知った。
「今日はもう、ここまでにしない?」
「なんだ。もうへばったのか?」
「その通りでもあるけど、もともと昼食をとりに、町に戻るつもりだったんだよ。というか、運動しすぎて、お腹が減った……」
スパルタ指導のお陰で、気を抜くとお腹の虫が鳴きそうなほど、胃の中はすっからかんだ。
俺の様子を見て、オゥアマトは小首をかしげ、そして納得した顔になる。
「むむっ。そういえば、人間は食い溜めができない生き物だったな。まったく、すぐに腹が減るとは、不便な体だな」
「そういうオゥアマトだって、俺と出会ったときは腹ペコだったじゃないか」
「あ、あれはだな! だって、何日も食事抜きだったんだぞ。仕方ないだろう……」
俺の切り替えしで、オゥアマトがしゅんと肩を落としてしまった。
どうやら、あのときのことは、オゥアマトにとって忘れたい出来事のようだ。
ことさら蒸し返すつもりはないので、冗談として流すような言葉を選ぶ。
「食事の重要性が分かったところで。ほら、町に戻ろう。オゥアマトは無一文だから、おごってもいいよ?」
「むっ。前にたくさん食べたからな。別に食べなくてもいいんだ」
「でも、俺が食べているところを見たら、食べたくなるんじゃない?」
「ぐむっ。そ、そうなったときは、その、こちらから頭を下げて、奢ってもらうことにする……」
訓練のときとはうって変わって、タジタジ担っている姿が微笑ましく映る。
俺は忍び笑いをして、オゥアマトとともに、クロルクルへと戻っていった。
クロルクルの大門手前に到着すると、人だかりができていた。
その中には、ツリーフォクのときに手伝ってくれた、木こりの人もいる。
どうしているのだろうと見ていて、他にも知っている人たちを見つけた。
ちょくちょく微妙に縁がある、あの五人の冒険者たちだ。
なんでこんなところにと首を傾げていると、向こう側もこちらを見つけたらしい。なにせ、ゲッて顔を集まっている全員が浮かべたし。
オゥアマトと共に近づき、声をかける。
「こんなに集まって、どうかした?」
返答したのは、木こりの人たちだ。
「な、なに、木の伐採をしに、ちょっと森にな」
「そ、そうそう。ツリーフォクの稼ぎを派手に使いすぎちまって、ちょっと懐がな」
理由に納得しかけて、なにか隠している風なのが気になる。
視線を五人の冒険者に向けると、視線を反らされてしまった。
「そっちに何かあるのか?」
「い、いやー。もう、ここは外だし、警戒は必要だろうと思ってー」
「ま、真面目に働かないとなー。もうそろそろ、あの区域から別の場所に住みたいしなー」
棒読みに過ぎる返答を受け、彼らに疑いの目を向ける。
けど、彼らが何をしようと、彼らの勝手だなって判断して、視線を緩めることにした。
「何するか知らないけど、頑張って」
「うむっ。何か企んでいる様子だが、成果を祈っているぞ」
オゥアマトも興味なさそうに、彼らにエールを送る。
俺たちは彼らから離れた後で、クロルクルの中に入るために、大門にいる門番に近づいた。
もう何度も出入りしているので、身振りで挨拶をするだけで、通れるようになっている。
けど、今回はなぜか引き留められた。
「おい、鉈斬り。いま森の中に入っていったやつら、放っておいていいのか?」
「いいって、何がです?」
「おいおい。奴らが、ツリーフォクを倒しに行くだって、さっき喋っていたときに聞いてなかったのかよ」
門番に言われても、正直、ふーんそうなのかって思うだけだ。
「別に、俺以外の人がツリーフォクを倒したって、いいと思いますけど」
「いや、まあ、そうなんだが。いいのかよ、競合相手ができるんだぞ?」
「構いませんよ。ああでも、つい先日にツリーフォクを行商の人に収めたばかりだから、買い取ってくれるのかな?」
そう心配すると、門番が呆れながら教えてくれた。
「鉈斬りがいいならいいがな。行商の方は、男の奴隷が余り気味でな。そいつらに、帰りの荷物を持たせる気でいるらしい。どうせならって、単位の高いツリーフォクの材料を、運ばせるつもりなんだろうさ」
そんな理由があったのかと、木こりやあの五人の行動に納得した。
これ以上のことを知る意味はないので、俺は通用口から壁に囲まれた通路に入って進み、着いた闘技場からクロルクル町内へと出た。
闘技場周辺では、行商の人の店がまだ繁盛しているようだ。
観察すると、売れ残りの商品を、値引きしているらしい。
「さあさあ、大ご奉仕だ! 入り用な者があるなら教えてくれ。代金は勉強させてもらうぞ!」
「これとこれなら――こんなんでどうだ! ええ、まだまだだって。しょうがないなぁ……」
行商が必死に売っているのは、クロルクルが森に囲まれた町で、帰りも森を踏破しないといけないからだろう。
かさばる商品を売って金銭に変えて、多少でも軽くする気でいるんだろうな。
もしかしたら、ツリーフォクの木材を運ぶために、荷を軽くするためかもしれないけど。
どちらにせよ、安売りを始めたことで、お金が足りずに手が出せなかった住民たちが、店に集まっているようだ。
「もうちょい、もうちょっとだけ、お願い!」
「これしかないんだよ。だから、これで売ってくれよー」
どちらも値引きの駆け引きを、楽しそうにしている。
そんな光景を見ながら、行商目当ての客をかすめ取ろうと乱立している、屋台の一つに向かう。
売っていたのは、クレープ生地で、細くして焼いた肉とソース、そして野草を包んだ料理だ。
甘くないクレープなんて、違う世界っぽいなと思い、良い匂いもするので一つ買うことにした。
食べて、まあまあ美味しいかなと思いつつ、今日の昼食は屋台料理で済ますことに決める。
屋台をハシゴして、料理を食べていく。
もちろん、オゥアマトがどうしてもと欲しがったものは、買ってあげた。
そうしてお腹が満足し、訓練で疲れた体を癒すために、早いけど宿で部屋をとって休むことにした。
目を閉じ、眠りに入り、そして――
――けたたましい鐘の音で、起こされた。
ハッとして飛び起き、装備を整えて外へ出ると、空は夕暮れだった。
オゥアマトも少し遅れて出てくる。
「なんだこの、耳障りな音は」
「警鐘なんだろうけど……」
一体何事だと思っていると、武装した人が近くを通りかかり、俺たちを見て足を止めた。
「おい、鉈斬り。あとそっちの蛇の人! 魔物の襲撃だ! 迎撃するぞ!」
「襲撃って、そんなことあるのか?」
「あるとも! なんたって、ここは森の中にある町だからな。けど今回は、毛色が違う魔物がやってきているらしいから、気を引き締めろって報せが回っているぞ」
言うだけ言って、その人は外壁の方へと走っていく。
俺とオゥアマトは顔を見合わせる。
「俺たちも外壁にいこう。上から見れば、どんな魔物か、どこを攻めているかわかる」
「うむっ、そうしよう。念のために、僕は道端の石ころを拾いながら行くとするぞ」
「石を拾うの?」
「もちろん、魔物に投げつけるために使うんだ」
壁の上からじゃ、鉈で魔物は攻撃できないもんなって頷いた後で、俺はオゥアマトと共に外壁へと走りだしたのだった。




