百五十五話 夜に出かけて
ツリーフォクの根の特性を知り、俺は素材屋へと向かった。
水に濡れると、その根で作った弓が、使えなくなるかもしれないと伝えるためだ。
夜なのに素材屋は空いていて、そして結果的に、心配は杞憂だった。
「根が水を含むと、ものすごく曲がりにくくなるって特性だろ。弓工房の連中から、話が伝わってきているぞ」
「えっ、知っていたんですか?」
「もちろん。オレや工房の連中だって、扱う素材の特性を調べるもんだ。まあ今回、ツリーフォクの根の特性が分かったのは、根の曲がりを矯正しようと湯で煮たからだが」
知っているならいいやと安堵していると、素材屋の店主が微笑みかけてきた。
「心配しなくても、根は相変わらず弓の素材として重宝されているぞ」
「水を吸うと、引っ張りにくくなるのにですか?」
「むしろ、その特性のお陰で、活用法が広がったな。機会弓の弓部を、ツリーフォクの根を指ぐらいの長さに加工したものに変え、水をかける。すると、従来品と同じ威力が出たんだ。お陰で、小さな板を作れば済むから、量産化しやすく軽量化もできて、弓工房が喜んでいたぞ」
怪我の功名といおうか、機会弓――ボウガンに使う利用法を思いつくなんて。
弓は作れても、機械部品の素人である俺では、考えつかないことだ。
けど、改めて言われると、なるほどと頷きたくなる。
なにせボウガンは、普通の弓とは段違いに、強く引っ張らないといけない弓を備えている。
そのために、足をかける部分や、弦を巻き上げる機構がついているものもあるぐらいだ。
サーペイアルの大型漁船にあった大型のボウガンも、全身で引かないといけないほど、強い弓が使われていたっけ。
そうやって納得していると、店主が呆れ顔を向けていた。
「その様子を見ると、わざわざ素材の特性を伝えに、この店にやってきたんだろ。律儀な奴だな」
「そうですか?」
「そうとも。普通のやつは、売った後の素材のことなんて、気にもしない。何かしら特性を掴んでも、売り買いの雑談で伝えてくることはあっても、伝えるためだけに店に来る奴なんて、滅多にいないぞ」
そういうものかと首を傾げかけて、納得できる話だと思いなおした。
俺もこの世界で冒険者となって、色々と魔物の素材を組合に売ってきた。
けど、売った素材が、そのあとでどう使われているかを、特に考えたことはない。
今回の弓の件だって、ツリーフォクの素材で自作した弓を持っていたから、特性をたまたま知れただけだ。
弓を作ってなかったら、特性を知ろうともしなかったに違いない。
でも、いままで売った素材の中に、誰も知らない特性が潜んでいる可能性もあるな。
なにせ、鉄に攻撃用の魔法の火を纏わせた後は、その鉄に鍛冶魔法が効かなくなるなんて、誰からも教えられなかったし。
あ、そうだった。
オゥアマトに鉈をあげちゃったから、また作らないといけないんだった。
「あの、鉄をまた売ってくれますか?」
「おっ、店に用件があったのか。鉄塊なら在庫があるぞ。前と同じ量でいいか?」
前に買ったときは、鉈を作っても大分余っちゃったから――
「――半分か三分の一ぐらいの量で、いいんですけど」
「半分って。この店では、あれが売る最低量だぞ。あの塊を何個分って感じで、武器工房から発注を受けているんだからな」
鉄の量に、規格があるらしい。
なら仕方がないなと、前回と同量の鉄を買おうとする。
けどその前に、店主がはたと気づいた顔をした。
「そういえば……ちょっと待ってろ」
一度奥へと引っ込み、やがて一抱えほどの麻袋を持って戻ってきた。
こちらにその袋を手渡してきたので、受け取って中身を見る。
すると、手のひら大から指の先ほどまである、色々な大きさの鉄の破片が、ぎっしりと詰まっていた。
「あの、これは?」
「それはな、鉄の塊の大きさを統一するときに出た端材だ。ある程度まとまれば、鍛冶魔法で一塊にするんだ。しかし、まだ端材の量が少なくてな。そうして袋に詰めていたってわけだ。だが、お前さんにしたら、ちょうどいい量だろ?」
麻袋の重さを確かめると、確かに前に買った量の半分ほどの重さだった。
「助かります。それで、いくらですか?」
「そうだなぁ。端材をまとめる手間賃を引いて、銅貨で二十枚でいいぞ」
鉄の値段としては破格なので、即決した。
もちろん、クロルクル独自の通貨である、木札で払った。
「まいど。それで、他に入り用なものはあるかい?」
「いえ、鉄だけです。ありがとうございました」
「おうよ。またツリーフォクを仕留めたら、枝や根を売りに来てくれよー」
店主に見送られて、俺は店を後にした。
その後、宿へととんぼ返りし、さっそく鉈を作り入る。
そのために、買った鉄の端材を、鍛冶魔法で捏ねまとめるところから始めることにしたのだった。
新しい鉈を作り終わり、もうそろそろ寝ようかなと背伸びする。
そのとき、上機嫌なオゥアマトが部屋に戻ってきた。
「お帰り。なにか楽しそうなことをやってきたみたいだね」
「おお、わかるか。友よ」
オゥアマトはウキウキとした足取りで部屋の中に入ってくると、ベッドの縁に腰を下ろす。
けど、内心の嬉しさが漏れ伝わっているのか、尻尾の先が小刻みに揺れている。
「それで、何をしてきたの?」
「ふふん。遊んできたのだ。もちろん、ただの遊びじゃないぞ。人間が作った、道具を使う遊びだ」
「道具って、例えば、どんな遊び?」
「そうだな。僕がやったのは、印のある場所に鉄の玉を転がり止める遊びだろ。調整が狂った弓で、十歩離れた位置の的を射る遊び。あと、数字の書かれた六面体を振って、駒を進める遊びもしたな。それから――」
オゥアマトの話によると、二十種類に届きそうな遊びを、満喫したらしい。
よくやるなと思っていて、ふと、オゥアマトが手ぶらでいることが目に入った。
そう、ツリーフォクを売って手にした、クロルクルの通貨が一枚も残っていない。
そして、オゥアマトが語る遊びがどこか、前世の祭りで現れる景品屋台にあるものに似ていることにも気づいた。
「もしかして、その遊びって、有料だった?」
「安いので銅貨数枚、高いので銀貨一枚を参加料として払うんだ。多くの遊びでは、参加者が払った金を、一番成績がいい者が独り占めしていたな」
どうやら、遊びではなく賭け事を、オゥアマトはやってきたらしい。
「それで、稼いだお金を、すべて使ったわけだ」
「あの札は、この町でしか使えないのだろう。なら後生大事に持っていても、意味がないからな。ぱーっと使ってやった。あっはっはー!」
結果を見ると賭けに負けたはずなのに、オゥアマトは物凄く楽しそうに笑っている。
けど、全部使わなくてもいいのにと、俺は少しもったいなく思った。
「お金があったんだから、そのボロボロの服を買いかえてから、遊んだらよかったのに」
オゥアマトが着ている服は、俺と出会ったときに来ていた、薄汚れた薄手の貫頭衣だ。
あれだけお金があれば、ちゃんとした服の一着や二着、余裕で買えたはずなのに。
けど、オゥアマトは俺の指摘に対して、小首をかしげてきた。
「この恰好のどこがまずいのだ? 人間の町に入るのに必要だという、胸元や股間は隠せているだろう?」
そういうことを問題にしているんじゃないと言いかけて、オゥアマトの口ぶりに疑問がわいた。
「それって、その服をくれた人が教えてくれたの?」
「そうとも。僕をだました商人が、出会ったときに裸のままでは目をつけられると、この服を渡してくれて、理由も教えてくれたんだ」
「……もしかして、オゥアマトがいた集落って、住んでいる人が裸で過ごしていたりする?」
「おお、よくわかったな。その通りだとも」
「えっ、本当に?」
「黒蛇族は男女同一の体を持つため、人のように異性の目を気にするという理由で、胸や股間を隠す意味がない。それに、肌は枝や虫刺されに負けないほど強靭だ。ほら、服を着る意味がないだろう」
なるほどと頷きかけて、いやいやと首を振る。
「黒蛇族だって、祭りのときぐらい、着飾ったりするんじゃないの?」
「ふむ、ないとは言えないな。だが、羽飾りや腕輪に首飾りは、戦士や呪い師のみが許される装いだ。人間みたいに、奉仕者も着飾ったりはしないものだ」
文化が違うからと言えばそれまでだけど、オゥアマトにとってみたら、服なんて気にするほどの価値もないようだ。
俺はどう説明したものかと、服が体を隠したり、保温したりする意味以外に、どんな理由があるかと考えていく。
けど俺の考えがまとまるまえに、オゥアマトがこちらに指を向けてきた。
「そういえば、僕の友の姿を改めて見ると、この町の人が着る服とは違う、なかなか見ない装いだな。そして、あまり見ない装いとは、人間の中では、変だと指摘されるのではなかったか?」
そう言われ、自分の恰好に目を落とす。
全身タイツの上に、胸元と腰回りを覆う服をつけているように、傍目から見える姿だ。
前世なら、じょんぐウェアの上に、短パンとランニングをつけているひともいたので、あまり変に人の目には映らなかっただろう。
けど、この世界の人たちから見ると、異質な服装という風に見えなくもない。
その言い訳に窮した俺は、話を変えるように、魚鱗の防具についての話を始めた。
「これ、服じゃなくて防具だからな。これ一枚で、刃物を通さない、すごい一品だぞ」
「ほう、そうなのか。どれどれ――」
オゥアマトは俺の腕をつかむと、袖の部分に逆の手指の爪を走らせた。
「――おおー、布に見えるのに、僕の爪で裂けない!? いいな、この防具!」
話を変えたことに気づいていない様子で、オゥアマトが食いついた。
ならと、話を膨らませていく。
「だろ。この防具の素材は、俺が獲った魔物のものなんだ」
「ということは、もとはその魔物の皮だったのだろう。よく、こんな強靭な皮を貫けたものだ」
「実は、これは海に住む魔物で――」
サーペイアルの話をすると、オゥアマトは珍しい海の話に、興味津々となった。
俺はオゥアマトが求めるままに海での話を続け、夜がさらに更けていったのだった。




