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百五十四話 調べもの

 ツリーフォクを七匹分収めると、行商たちに大変感謝された。


「いやー、ありがたい。この木材だけで、この町まで危険を冒してやってきたかいがあったというものです」

「少々、こちらの見込みよりも多くて、森を抜けるまで運ぶことが大変そうですがね」


 それも嬉しい悩みなんだろう、全員の顔がほころんでいる。

 喜んでいるのは彼らだけではない。

 解体作業を頑張ってくれた、木こりの人たちもだ。


「うっしゃー! これでまた、豪遊できるぜ!」

「いいなー。うちは妻に、行商の品を買うから手を付けずに持って帰れって、言われちまっててよぉ」

「おいおい。この町で所帯持ちなんて、勝ち組だろうがよ。奥さんの尻に喜んで敷かれてろ」


 ツリーフォクの売買に関係した、全員が笑顔だ。

 こういう、誰もが得をしている光景を見ると、俺も嬉しくなってくる。

 けど、喜んでばかりもいられない。

 分け前は貰ったので、今度は運んできたツリーフォクの枝や根、魔物から取った討伐部位の換金をしないと。

 俺はオゥアマトを連れて、行商や木こりの人たちと別れ、町中へと向かうことにした。

 その最中、闘技場へ延びる、高い壁に囲まれた一直線の通路を歩いていると、オゥアマトは声をかけてきた。


「友よ。大きな男になりたいと言っていたが、すでに片鱗はあるように見えたぞ」


 いきなりな話題に、俺は小首を傾げた。


「片鱗って、何を指して言っているのさ?」

「それはもちろん、人が喜ぶことをして、僕の友も喜んでいたところだな」

「……それって、普通のことじゃない?」


 前世の価値観からすると当然なのだと思うのだけど、オゥアマトに言わせると違うらしい。


「たしかに、自分の行いで他者が喜ぶことを見て、己を誇ること自体は、当たり前のことだろう。しかし、多くの者は、自分の働きによってその者たちは喜んだのだと、傲慢に思う部分があるものだ」


 一度言葉を止め、オゥアマトはこちらの目をじっと見つめてくる。


「だが、僕の友には、そのような驕りは一切見えなかった。喜ぶ彼らの姿を見て、純粋によかったと喜んでいただろう」

「それは、その通りだけど……」

「そのように、他者の喜びに応じて、自分も嬉しさを得るような人を、器が小さいとはとても言えまい」


 オゥアマトは自然の理を語る口調だ。

 けど、俺は変な部分を褒められているようにしか感じず、あまりピンッとこなかった。

 首を傾げると、オゥアマトは笑みを返してきた。


「分からずともいい。むしろ、無意識にそういうことをやってみせてこそ、当人が持つ自然な器というものだ」


 勝手に納得されて、釈然としない。

 少し不満な表情を俺が浮かべていると、オゥアマトはこちらの顔を指さしてくる。


「片鱗はあっても、まだまだ未熟だな。大きな男には、遠そうだ」


 そう言われてさらにムッとすると、オゥアマトはニヤリと笑った。


「そういうところが、まだまだなんだ」

「むむむ……ほら、いくよ」


 言い返す言葉が見つからなかったので、情けないけど、話を打ち切るために、俺はオゥアマトに先行するように足を速めたのだった。






 ツリーフォクの枝や根、そして討伐部位の換金が終わった。

 それなりの数の、クロルクル通貨の木札を手に入れ、俺とオゥアマトは今後の予定について話すことにした。


「俺は売らずに残したツリーフォクの根で、実験をしたいんだけど。オゥアマトは何かしたいことある?」

「うーむ。この通り、金が手に入ったからな。衣服や道具で、良さそうなものがないか調べ回ろうと思っている」

「なら、ここで分かれて、あとで宿の部屋に集合ってことにしよう」

「それでいいぞ。ではな!」


 オゥアマトは言葉を放つと、道を闊歩して去っていった。

 俺はツリーフォクの根を持って宿に戻り、部屋の中に入る。

 武器を体から外して床に置き、ベッドに腰かけた。

 そして、俺の片腕ほどの長さがある、ツリーフォクの根を、じっくりと調べていく。

 相変わらず、ゴムのようにしなやかに曲がり、手を離せば復帰する謎の木材だ。

 その独特な感触を楽しみ終えると、水筒を取り出して、ツリーフォクの根に数滴の水を垂らしてみる。

 ツリーフォクが生きているときと同じとまではいかないけど、根は垂らした水を吸収した。

 水を吸った部分に指をあててみると、濡れた感触はない。

 ぐっと押しても、水が出てくることはなかった。

 どうやら、スポンジとして使うことはできないみたいだ。 

 次に、どれだけ水を吸収するか、試してみる。

 水筒の水を細く垂らして、根に吸わせ続けてみた。

 水筒が空になれば、生活用の魔法で補充して、同じように吸わせていく。

 補充を三回した後で、ようやくツリーフォクの根は水を吸わなくなり、床に水が滴り落ちた。

 最初よりも、ずしっと重くなった根を両手に持ちなおし、ぐっと曲げてみる。


「んっ……んんんぅー!?」


 ゴムらしい弾力はそのままだけど、渾身の力を込めないと曲がらないようになっていた。

 どうにか少し曲げて手を放す。

 すると、元の形に素早く戻った後で、小刻みに震える。

 次に、軽く手で振ってみる。

 見た目は普通の棒だけど、しなりがよくきいた感触が伝わってきた。

 こうして性質を確認すると、糸を張るだけで簡易の弓にできそうだって感じてしまう。

 けど、よくよく確かめてみると、根が歪んでいる場所で曲がりやすい方向が変わるようで、そのままの形で弓に加工することは難しいみたいだ。

 そうそう、うまい話はないよな。

 肩をすくめつつ、今度は根を削ってみることにした。

 水を含んで密度が上がったのか、鉈の刃が入りにくくなっている。

 それでも力任せに削り取ると、削った場所と削りカスから、水が染み出てきた。

 もしかしてと、削り取った部分を手にとり、曲げてみる。

 けど、水はあふれてこない。

 続いて口に入れて、噛んでみる。

 すると、水を含んだスポンジを噛んだときのように、じゅわっと生木くさい水が出てきた。

 どうやら、傷つけられると水が出てくる性質のようだ。

 面白いなとは思ったけど、それだけで、何の役に立ちそうにない。

 口にある生木くさい水と根の破片を、部屋に備え付けの桶へ吐き出して捨てる。

 結局のところ、手ごろな長さに整えて、硬くてよくしなる棒として使うぐらいしか、使い道が思いつかない。

 そこで、ハッと気になったことができた。

 俺はツリーフォクの枝と根で作った自作の弓を取ると、生活用の魔法で出した水を浴びせた。

 すると、根を組み込んだ部分だけ、あっというまに水が乾いた。

 嫌な予感がしつつ、弓を引いてみた。


「やっぱり、かったい!」


 まるで鉄板になったかのように、弓が引けなくなってしまった。 

 これじゃあ、雨の日や川に飛び込んだ後などに、弓矢が使えない。

 どうしようかと、腕組みして考える。

 少しして、魔法で脱水できないかと、ひらめいた。

 試しに、ツリーフォクの根で実験してみた。


「根から水を抜く、水を抜く……」


 イメージを固めるために言葉に出しながら、俺は魔塊をほどいた魔力を手に集めていく。

 魔力のままではダメそうな感触だったので、まず根にその魔力で生み出した水を浸透させた。

 その後で、根に含まれた水を、魔力で作った水が取り込むイメージをする。

 続けて、一気に根の外へと引きずりだす想像を、鮮明に思い描いた。

 ずるっと皮がむけるような感触がして、ツリーフォクの根から俺の顔よりも大きな水の玉が抜け出てきた。


「よっしっ――って、桶、桶!」


 実験の成功に喜んだ瞬間に、イメージが崩れたからか、水玉から水が落ちて床を濡らし始めた。

 慌てて桶を下に置いて、その上に水を落とすようにした。

 すべての水が落ち終わった後で、もう一度根の曲がり具合を確かめる。

 すると今度は、最初の時よりも楽に曲がるようになっていた。

 どうやら、もともと根が含んでいた水分も、引き抜いてしまったようだ。

 けど、この魔法を使えば、弓が濡れても元に戻すことができる。

 安堵して、さっそく弓から水を抜こうとする。

 けどその前に、確かめたいことがあった。

 俺は攻撃用の魔法で作った水を体に纏うと、弓を握り、魔法のアシストを使って弦を引いていく。

 弓を掴む手にある水が吸われるが、構わずに弦を引いていく。

 時間をかけて、どうにかいつも弓矢を放つ位置まで、弦を引くことができた。

 けど、これ以上引くと、弓よりも弦が切れてしまいそうな感じがする。

 ならと、意を決して、この位置で弦から弓を放した。

 その瞬間、弓が一瞬より短い時間で元の形に戻り、俺の周囲に弓が巻き起こした風が舞った。

 それだけに止まらず、弦は真ん中から千切れ飛び、切れた端が俺の頬を打つ。

 当たった衝撃は、水の魔法を纏ってなければ、頬が引き裂けたと確信するほどだった。

 そんな現象を巻き起こしたというのに、弓本体は何事もなかったかのように、損傷がなかった。

 ここまでの弓の挙動に、俺は少し驚いた

 けど、この方法で矢を放てば、すごい威力で飛んでいくに違いないとも思った。

 しかし、魔法の水を体と弓に纏わせる必要がある上、一度使うと弦が切れてしまうし、元に戻すには魔法で脱水する必要がある。


「……どんな相手にでもいの一撃として、使えはするだろうけど」


 ため息に交ぜてそんな言葉を吐いてしまうぐらいに、使い道が限定される難しい方法だなと、肩をすくめたのだった。 


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