百五十三話 狩り集め
前にツリーフォクを捕りにきたときに、倒した一匹の解体作業をしていた場所に、他の個体が集まってきたことがあった。
仲間が倒されると集まる習性でもあるのかなと、今回試してみることにした。
すると、それが大当たりした。
「これで、三匹目!」
「オオ、オ、オオオ、オ、オ……」
鉈を攻撃用の魔法で赤熱化させて、解体場所に来たツリーフォクに斬りつける。
幹を中ほどまで焼き斬られ、そのツリーフォクは悲鳴を上げ、葉を散らしながら地面に倒れた。
動かないことを確かめて、俺は木こりの人たちを呼び寄せる。
「それじゃあ、運んじゃってください」
「おうよ。力入れて、移動させるぞ!」
「「「よーっせー!」」」
木こりの人たちと荷馬は、ロープや梃子を使って、倒したばかりのツリーフォクを移動させていく。
移動する先には、解体中のツリーフォクが二匹、地面に横たわっている。
そこに三匹目がほどなくして加わると、木こりの人たちが、手ごろな大きさの丸太に切る作業を再開しだした。
俺は周囲を見て、魔物がいないことを確かめてから、水筒に口をつけて喉を潤していく。
飲み終わり水筒をしまうと、オゥアマトが鉈を片手に近づいてきた。
鉈の刃は綺麗なものだけど、その手足と尻尾には、赤い汚れが付着している。
それは、この場所に近づいてきた、魔物や肉食の野生動物の血だった。
「そっちも片付いたようだね。任せちゃったけど、大丈夫だった?」
「おうとも。倒したモノは、一か所に積んでおいたぞ。しかし、肩慣らしにもならない相手に、拍子抜けだった。いっそ、手ごわいと評判のオーガとやらでも、出てはこないものかな」
武器を使うに相応しい相手が欲しいと言いたげに、二度ほど手の鉈を振る。
その様子に、俺は苦笑いした。
「出てきたら、木こりの人たちが腰抜かして、作業どころじゃなくなるから、来ないでほしい気もするけどね。あと、オーガの体に、鉄の武器は通用しないからね」
「そうなのか? 皮膚が硬かろうと、切りつける場所はいくらでもあると思うが? うむ、これは。本当に刃が通らないかを、調べねばならんな」
戦う気でいるらしく、ふんすっと鼻息を吐いてみせてきた。
本当にオーガが出てきたら、戦わせてあげようと思いつつ、周囲の音に耳を傾ける。
ツリーフォクが根で這い動くときに出る、特徴的な足音が近づいてきていた。
それに伴い、他の魔物らしき足音も、いくつか聞こえてきた。
「じゃあ、さっきの通りに、俺がツリーフォク、オゥアマトがその他だ」
「うむ、異存はないぞ。木などと戦っても、面白くないからな。それに、僕の友の不思議な鉈で斬ったほうが、倒すのが早いしな」
「不思議って、オゥアマトのいうところの、呪いで刃を熱くしているだけだよ」
「そうと知ってはいるが、傍目から見れば、不思議な鉈にしか見えないな」
カラカラと笑って、オゥアマトは森に住む大蛇のように、するすると移動を始める。
目で追っていくが、あっという間に森の中に消えていった。
もう気配を探らないと、どこにいるかすらもわからない。
それは魔物側も同じようで、ほどなくして悲鳴が上がり始めた。
「ギョギィィイーー!」
「バゥオォン――」
様々な鳴き声が上がるが、オゥアマトの声は上がらない。
その代わりのように、木の幹や地面に肉が叩き付けられる音と、骨が力任せに圧し折られる音が木霊する。
音しかわからないが、危険はなさそうに聞こえた。
さて、俺の方も、ツリーフォクを倒さないと。
鉈の刃を魔法で赤熱化させて、視界の先に見えた個体に向かって、走り寄って行ったのだった。
倒したツリーフォクは、合計で七匹となった。
ちょっと狩りすぎたらしくて、解体作業が追い付いていない。
木こりの人たちも一生懸命に作業しているけど、まる三匹、手つかずな状態になっている。
けど、幸いなことに、この付近にいるツリーフォクは倒し切ってしまったようで、八匹目は時間を置いても出てこない。
「日暮れまでには、解体を終わらせて、行商が持ってきた珍しい酒で宴会するぞお前ら!」
「「「分かってらぁ! よーせー、よーせ!」」」
大鋸を二人一組で掴み、前後に移動させて、ツリーフォクの幹を輪切りにしていく。
それを何組か同時でやるので、丸太ができるのは速い。
けど、その他の作業――例えば、枝葉を落としたり、できた丸太を馬で運ぶ準備をしたりと、なにかと時間がかかる。
俺は、やってくるゴブリンやダークドックの相手なんかをしつつ、ツリーフォクの枝を鉈で落としていく。
オゥアマトも魔物の相手をしつつ、手や足で枝を折り取ってくれて、少しでも作業速度をアップしようとしてくれている。
鉈を使ったほうが便利なはずなのに、振るう相手は強敵と決めているようで、ツリーフォクの枝に振るうことはしていないけど。
やがて、倒したツリーフォクは、すべて解体された。
その頃になると、木こりの人も、運搬に従事した馬も、疲労困憊で汗だくになっていた。
最後の丸太を荷馬に括り付け終え、木こりのリーダー役の人は、その丸太に寄りかかりながら号令を発する。
「ぜはーぜはー、ひ、引き上げるぞ! 町に戻って、賃金もらって、豪遊だ!」
これで仕事が終わりだと、木こりの人たちは疲れ切った体にむち打ち、丸太を押して町の方へと移動する。
俺とオゥアマトも、枝と蔓で作った背負子を持って、その後に続く。
これは、魔物を倒し切り、解体作業の手伝いもなくなった頃に拾い集めた、ツリーフォクの枝と根、そして魔物の討伐部位を集めた袋が入っている。
「オゥアマトに、量を多く持ってもらっちゃっているけど、平気?」
「もちろんだとも。竜と祖を同じにする黒蛇族だからな、このぐらい軽いものだ」
それはやせ我慢ではないことは、オゥアマトの腕にある、肉塊を見ればわかる。
よく運動したからと、町への道中に食事をするため、魔物の肉を切り取ってきたのだ。
オゥアマトは先割れた舌で唇をなめると、キロ単位でありそうな肉塊を、一つずつ丸呑みにしていく。
よく見ると、骨ごと切った肉もあるが、かまわずに飲み込んでいっている。
喉によく詰まらないなと感心してみているうちに、あっという間に、肉塊はオゥアマトのお腹に収まってしまった。
「けぷっ。人間の作る料理も上手いが、僕には野趣あふれる生肉を丸呑みする方が、好みに合っているな」
満足そうに膨れたお腹を撫でる姿を見ながら、気になったことを尋ねる。
「黒蛇族って、食べ物を噛んだりしないの?」
「うん? 噛みはするぞ。ただし、獲物の肉を食いちぎるときだけだが」
オゥアマトはニィと笑うと、自分の指を頬の内側に入れて横に引っ張り、俺に歯を見せてくる。
蛇族というだけあって、人でいう犬歯に当たる、牙しかないのかと思いきや、先が尖った歯がみっちりと並んでいた。
閉じた状態で見ると、トラばさみみたいな『W』のような山形に、歯がかみ合っている。
肉食獣のような白くて綺麗な歯は、至近で見ると、なんとなく大理石を見ているような気がしてくる。
じっと観察していると、オゥアマトは見学はお仕舞と言いたげに、指を口から外した。
そして、ぐっと胸を張る。
「僕の歯で噛んだら、友の指など、やすやすと切れてしまうぞ。注意することだな」
「たしかに。それだけ立派な歯なら、鉄の板だって穴を開けられそうだよね」
「ふむっ……今度試してみるか」
俺の冗談に、オゥアマトは腕組みして、真剣に考え始めた。
本当にやる気なのかなと首を傾げた後で、また別の話題で雑談しながら、俺とオゥアマトは木こりを護衛しつつ、クロルクルへ戻っていったのだった。