百五十話 クロルクルの怖さ
ターフロンが帰っていった後も、俺は闘技場周辺にできつつある、行商たちの店を冷やかしていく。
そこでばったりと、この町への道中を一緒に歩いた、あの五人の冒険者たちに出くわした。
向こうから先に声をかけてくる。
「ああ! 久しぶり!」
「色々と活躍しているって、聞いているわよ」
「久しぶりです。その様子からすると、今から森に行くんだよね?」
他の人たちが行商に浮かれている中、戦う装いの彼らが少し硬い表情をしていることから、俺はそう予想した。
冒険者たちは、困った表情をしながら、返答する。
「ええ、まあ。あの通路で魔物と戦ったときの報酬は、もう使い果たしちゃったからな」
「もらえたお金は、もともと少なかったからね。これでも節制した方なのよね」
「へぇ、そうなんだ。それで、どの魔物を倒しに行くんだ?」
この五人とは知らない仲じゃない。
俺は森を散策して地形を把握しているので、彼らの目当ての魔物が居そうな場所に目星がつけば、教える気でいた。
けど、彼らは「違う違う」と手を振ってくる。
「オレたちが狙うのは、とある行商から逃げ出した奴隷だ」
「前金を気前よく払ってくれたし、死体でも見つけて持って来れば、後金を払ってくれるのよ」
「探している最中に、魔物に出くわしたら、倒して討伐部位を持って帰る気ではいるぞ」
彼らの言葉を聞きながら、その逃げ出した奴隷というものに、心当たりがあった。
それはオゥアマトのことじゃないかって、問いかけようとする。
そのとき、こちらい走り寄ってくる一団が見えた。
俺は五人の冒険者と共に、そちらに顔を向ける。
すると、冒険者の一人が、近づいてくる人たちのことを説明してくれた。
「あの集団の中にいる、商人風の人が、その行商だよ。きっと周りにいる人たちは、オレたちと同じ依頼を受けたヤツらだろうな」
そんな人たちが向かう先は、どう見ても、俺だった。
どうやら、逃げ出した奴隷というのは、オゥアマトのことで間違いなかったようだ。
「彼らの目的は俺なようだから、君ら五人は離れていてよ」
「え!? それはどういう……」
「君らが探すはずだった奴隷らしき人を、俺がすでに森で拾っていたってことだよ」
疑問に返答すると、五人は俺と近づいてくる行商とその仲間たちを交互に見る。
その後で、とばっちりを受けないように、少し離れた位置に移動した。
彼らが退避するのとタイミングを合わせたように、俺の前にその行商が立つ。
「お前か、ウチの商品を勝手に持って行った盗人は」
ぞんざいに言い放つ行商の風貌は、どことなく真っ当な商売をしてなさそうな、あくどい方向に胡散臭さが目立った。
そんな人に開口一番に泥棒扱いされ、俺は悩み事を抱えていたせいもあり、とても機嫌が悪くなる。
「会ったばかりで、その言いぐさはなんだよ。そもそも、お前は誰だ」
つんけんとした言い方で対応すると、行商も喧嘩腰で言い返してくる。
「こんな辺鄙で危険な町に、親切にも奴隷を届けてくれる、優しい優しい行商さまじゃ、コラ! いいから、ウチの商品を返しやがれ!」
「知るかよ! というか、俺がその商品とやらを持ってないのが、見てわかんないのか!」
「じゃかあしいわ! どこかに隠しやがったんだろ! さっさと出せ、コラぁ!!」
「そもそも、なんで俺がその商品を持っていると思っているんだ! 根拠を言えよ!」
「言ってやろうじゃねえか! この町に入る試験に、黒いトカゲの獣人が出たと聞いたぞ! その獣人と、お前が仲良さげに歩いているってこともな!」
どうやら、この商人に依頼を受けた人の中に、試験を見ていた観客がいたようだ。
けど、そうと分かれば、反論のしようがある。
「はっ。語るに落ちたな。俺の知る獣人は、トカゲじゃなくて蛇族だ。そして首に、奴隷の証である首輪はない。それに、奴隷だろうが犯罪者だろうが、試験を通ったらこの町の住民になるんだぞ。もし俺が知る蛇族が、お前の奴隷だったとしても、もう関係ないはずだ」
言い争っているうちに来たヤジ馬にも聞こえるように、理論立てた説明をしてやった。
周囲に集まったのは、なんらかの過去から逃げてきた、ここの住民たち。
彼らの口から、俺の意見に賛同するような声が、ちらほら上がる。
「鉈斬りの言う通りだよなぁ。試験を通って住民になったなら、もう奴隷とは言えないよなぁ」
「そもそもあの行商が、自分の商品に逃げられた間抜けなのが悪いんだよな。それを拾ったかもしれないってだけで、鉈斬りに因縁つけにくるなんてな」
「つーかよ。森で拾った物は、拾った者のものだろ。なのに、返した場合の礼金の交渉もなしに、タダで返せってのはよぉ……」
周囲の声を聴いた行商は、ヤジ馬たちの賛同を得られなかったからか、実力行使に移ることにしたようだった。
「ええい。お前ら、その小僧を叩きのめせ。痛めつければ、奴隷の居場所だって吐くはずだ!」
行商が命令をするが、周囲にいる十人ほどの仲間の反応は鈍い。
「あいつって、試験でオーガを一対一で斬り殺し、なおかつ新しいオーガを捕まえる立役者だった、あの鉈斬りだろ」
「最近では、ツリーフォクを一撃でぶった切ったって、噂で聞いたぜ」
「そんなの相手にしろって。倍額積まれても、割に合わないよな……」
ひそひそ相談し合っている口振りから、彼らは金で雇われただけの、クロルクル住民のようだ。
俺の活動を噂で聞いていたようで、完全に尻込みしている。
その様子を見て、行商はやけになったように叫ぶ。
「そいつを一番叩きのめした奴には、女の奴隷を報酬でくれてやる! だから、やれ!」
この一言で、行商に雇われた人たちは、やる気になったようだ。
「報酬に女を出されたんじゃ、やらないわけにはいかねぇよな」
「お、おい。上手くいったらよ。その女奴隷、俺たちの共有財産にしねえか?」
「幸い、町中での戦いだ。鉈斬りだって素手で戦わなきゃならない。勝ち目はあるはずだ」
そんなに女の奴隷が欲しいのかと思いながら、ついつい鉈に伸ばしそうになった手を止めた。
たしか、町中で武器を戦いのために抜いちゃ、ダメだったよな。
武器の使用が禁止ならと、ファイティングポーズで構える。
チビだった前世、とくに格闘技は学んでなかったけど、喧嘩の中でこの構えが相手を殴りやすい上に防御しやすいと、そう学んでいた。
一方で、行商側の人たちは、構えらしい構えをとらずに、殴りかかってきた。
「悪いが、女の奴隷を手に入れるためだ!」
一人が大振りで突き出してきた拳を横に避ける。
そのすぐ後で、一歩踏み出しながら、その男の顔にに右のストレートを叩き込んだ。
殴られた衝撃に仰け反り、口内が切れたのか、口の端から血が流れ出てくる。
「ぐべっ!――ペッ、くそぉ」
「一人で突っ走るから、そうなるんだ。相手は一人なんだから、一斉に攻撃すりゃいいんだよ!」
血の唾を捨てる一人を叱咤して、残りの九人が俺を取り囲もうとする。
その前に、正面にいる一人へ、走って近づいていく。
「くそ、くるな!」
破れかぶれに振るわれた拳を、腕で受ける。
衝撃はあったけど、全く痛くなかった。
身に着けているタイツ状の防具が、最高級の魚鱗の布でできているお陰だろうな。
防具のありがたみを再実感しながら、俺は走る勢いのままに、その男の足に飛びついて抱え込んだ。
「よっおっと!」
「おぅわわわわっ!?」
足を抱え上げながら、力任せに男を俺の後ろへ、転がすように投げる。
俺を包囲しようとしていた人が、転がってきた仲間に驚いて、連携が乱れた。
その間に、囲いから抜けて、ファイティングポーズを構え直す。
ここまでの攻防で、俺が素手でも容易い相手じゃないと分かったのだろう。行商側の人たちは、慎重になった。
俺の隙を窺いつつ、機会があれば、全員で襲い掛かろうという気構えを見せている。
このまま長期戦になると、女の奴隷欲しさに他の人が参戦してくるかもしれない。
目指すデカイ男がどんなものか考えないといけないのに、そんな面倒を続ける気はない。
俺は魔塊をほどいて魔力を生成すると、攻撃用の魔法で水を作り、魚鱗の防具の下――肌の上を薄く覆った。
そして、行商側の一番頑丈そうな人に目をつけると、無遠慮にそちらに歩きだす。
「えっ、なんでオレの方に――ええい、クソ!!」
破れかぶれな様子で全力で殴り掛かってきたので、左腕で受ける。
水の魔法を纏っているため、俺は小揺るぎもしない。
そのことに驚愕する顔を近くで見つつ、俺はその男の胴体を殴りつける――ように見せかけて、全力で手のひらで押した。
男は息を詰まらせながら体をくの字に曲げると、後ろに勢いよく吹っ飛んだ。
「くぅ――ほおおおぉぉぉぉーーー!!!」
飛んだ先で胴体着地してからは、叫びながらゴロゴロと地面を転がっていく。
やじ馬たちが巻き込まれないように避けていく。
やがて、その男は家屋の一つにぶつかると、失神してしまったようだった。
その派手なやられっぷりを見せられて、行商に雇われた他の人たちは、戦意を失ったようだ。
「ああ、止め止め。降参だ」
「女の奴隷は欲しいが、その前に死んじゃ意味がねえよ」
口々に諦めの言葉を放つ彼らに、雇っていた行商は食って掛かった。
「おい、戦え! 相手は一人だけだろうが!」
「バカ言うなよな。こっちはすげぇ真面目に戦ってんのに、鉈斬りのやつ手加減してきてくれているんだぜ」
「つーか、手加減しても人を吹っ飛ばすやつと、本気で戦いたくない」
敗北を認めるように、雇われていた人たちは、両手を上にあげた。
これで、あとは行商と話をつければ、自体は終わりだな。
そう考えていたとき、件の行商は意外な行動をとった。
「ええい。お前らが戦わないなら、自分でやる!」
啖呵を切った行商は、俺と向き合う。
素手での喧嘩に自身があるのかと見ていると、護身用に持っていたらしき剣を抜いた。
それを見て、雇われていた人たちが大慌てする。
「おい、馬鹿、止めろ!」
「町中で武器を抜くな! 今ならまだ間に合う、仕舞えって!!」
「うるさい、腰抜けどもが! そこに突っ立って、あの小僧がやられる姿を見ていろぉおおおおおおお!」
行商は剣を腰だめに構え、切っ先を俺の方に向けると、突撃してきた。
それを見て、俺は反撃のために武器を抜いていいのか、判断がつかなかった。
とりあえず、避けるか、危なければ魚鱗の防具と水の魔法で防ごうと、心と体の準備する。
しかし、行商が武器で攻撃する姿勢を見せたそのとき、周囲にいたヤジ馬から数人が飛び出してきた。
そして、すごい速さで近寄ってくる。
俺を狙う新手かと、警戒度を引き上げた。
けど、彼らが向かっていくのは、行商の方。
しかも、むき身の武器で、斬りかかっている。
この予想外の事態は、行商にしてもそうだったようで、あっさりとその人たちの同時攻撃を食らってしまっていた。
「な、なぜ……なぜ、こちらに、攻撃を……」
血を噴きながら恨みがましく言う行商へ、一人の男が止めを刺しながら、理由を告げる。
「町中で刃物で攻撃するのは、治安の維持のために、ご法度だ。破ったヤツがいたら、誰でも殺していいことになっているのさ。そして禁を破って死んだヤツの財産は、倒した人のものになるってわけだ――って聞こえちゃいないか」
死体と化した行商を蹴り転がし、攻撃した人たちが、身ぐるみを剥いでいく。
その顔は嬉々としている。
「くくくっ。まさか、行商が町で武器を抜くなんて、オレたちはついているな」
「騒ぎを聞きつけて、もしやって待機していてよかったぜ。それにこいつ、奴隷商だろ。奴隷の分配ができるぜ」
「この人数なら、一つずつ分けられるぐらい、女の奴隷はいるだろ。取った後の残りは、別の奴隷の行商や娼館に売って、その金を全員で分ければいいだろ」
当たり前に語る姿に俺が驚いていると、ヤジ馬の中に、彼らの行いを羨ましげに見ている人がいることに気が付いた。
どうやらその人たちも、行商が武器を抜いて俺を攻撃しようとしたら、襲う気だったようだ。
けど、他の人たちに動きを邪魔されて、前に出られなかったみたいだった。
少し前まで、普通の町みたいだと思っていた評価を、変えなきゃいけないな。
この町の仕組みとに呆れていると、行商の身ぐるみを剥ぐ彼らが、俺に顔を向けてきた。
「おい、鉈斬り。臨時収入にありつけたのは、お前のお陰だからな。オレたちが分けた後で女の奴隷が余れば、一人ぐらい回してやってもいいぞ」
「要らないよ。その行商の他の財産にも、興味はないね」
好きにしろと身振りして、俺はこの場から離れることにした。
立ち去る途中で振り返り、死んだ行商の財産について相談し合う彼らの姿を、もう一度だけ見る。
彼らの、利益を得るためになんでもやるバイタリティーは、見習うべきところがある。
けど、ああいう大人になりたいかといえば、違うよなぁ……。
俺は彼らから視線を外すと、なりたいデカイ男を形作ろうと、再び悩み考え始めたのだった。




