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百四十九話 気分転換と行商

 俺が目指すデカイ男は何かと、考えに考えても、とても漠然とした形にしかならない。

 それどころか、なりたくないと思う人物像が、浮かび上がってきてしまう。

 人をやたらと見下したり、力で他者を従えようとしたり、自分の意見を押し通さないと気が済まないような、前世で俺を馬鹿にしてきた奴らと同じにはなりたくない。

 なら、その逆――人をやたらと持ち上げて褒めたり、誰かに支配されたがったり、他人の意見に流されるような存在になりたいかというと、それはまた違う。

 人の役に立ちながらも、自分の芯をしっかりと持っていないと、デカイ男ではないと思う。

 けど、その芯に何が相応しいかが分からない。

 前世の偉人やドラマの主人公、はたまたこの世界に来てから出会った人たちを参考にしようとするけど、あまりピンとこない。

 それからもあれこれと手法を変えて考えてみたけど、これだというものは思い浮かばなかった。

 なりたい自分がよくわからないなんてと、落ち込みそうになる。

 ちょうどそのときだった。

 宿の外、クロルクルの町中が、急に人の声で騒がしくなった。

 ベッドで寝ていたオゥアマトは、その騒ぎに気付き、飛び起きる。


「どうした。襲撃か!?」


 寝ぼけ眼で鉈に手をかけるその姿に、俺は苦笑する。

 そのあとで、騒ぐ声から、発している人の感情を読み取った。


「いや、嬉しそうな声だから、襲撃じゃないね。きっと、行商と演劇の一座がやってきたんだと思うよ」

「……なんだ、人騒がせな。寝直す」


 オゥアマトはまたベッドに横になると、尻尾を体に巻き付けなおして、寝ようとし始める。

 一方で俺は考えがまとまり切れない気分転換に、やってきた行商を身に外に出てみようかなと思った。


「オゥアマト。俺は出かけてくるけど、君はどうする?」

「寝る。僕のことは心配せずに、出かけてくるといい。くああぁぁ~~」


 オゥアマトは大あくびをすると、目を閉じて寝息を立て始めた。

 そういうことならと、俺はオゥアマトにシーツをかけてから、宿から出かけることにしたのだった。





 町の中は、お祭り騒ぎになっていた。

 嬉しそうな顔の住民が向かう先にあるのは、クロルクルの中央にある、あの闘技場だ。


「くそっ、出遅れた。もう観客席は埋まっちまったよな」

「仕方がないから、町中に出てくるところで、出待ちしようぜ」

「どんな商品があるか、どんな演目をやる気か、探りを入れないとな」


 人の流れのあちこちから、そんな感じの声が聞こえた。

 よほど心待ちにしていたんだろうなと、俺も闘技場へ向かってみることにした。

 近づいていくと、闘技場の周辺が少し変わっていた。

 よく観察すると、どうやら普段にはない簡易型の店舗が、いくつも作られていた。

 その数はかなり多く、十や二十じゃきかない気がする

 俺は行商がくるとだけ聞いていたから、てっきり少数の人がくると思っていた。

 けど店の数を見ると、かなり大人数の行商が、クロルクルにやってきているようだ。


「まだ準備中だよ。商売は明日からだ!」

「けど、並べている商品は見てってよ。手を触れずに見る分には、タダだからね」


 商売を始める前から、行商らしき人たちが、周囲に集まった人たちに売り文句を発している。

 町民たちが当たり前の顔で見ていることから、この場所で行商が店を開くことが、通例になっているんだと分かった。

 準備を進める行商の様子を見ながら移動し、どんな商品を持ってきたのかを見ていく。

 クロルクルに至る街道が、森に飲まれてしまって、馬車が使えない。

 なので、荷馬や荷鳥チチックに品物を積んでくることが、運搬の限界なようで、品数はどこも少なめだ。

 けど中には、商品で溢れている店もある。

 それは、自分の足で移動できる商品を扱う、家畜を売る店と、奴隷を売る店だ。

 どちらの店も数店舗あるようで、そのどの店の近くにも、黒山の人だかりができていた。


「この家畜を番で買えば、生ませて増やすだけで、この町で一生暮らしていける……」

「おい、見ろよあの奴隷。いい体してやがるな、そそるぜ。どこの娼館が買い付けるか見ておかないとな」


 あふれ出た欲望が呟きになったような言葉が、人だかりの端々から聞こえてきた。

 興味が湧いて、俺も家畜や奴隷の店に、視線を向ける。

 家畜の店では、ポニーに似た馬やチチックが多く、バッファローのような牛と、イノブタっぽい豚も、少数売られているようだ。

 奴隷の店には、老若男女、種族も色々な人たちが並んでいる。

 クロルクル内で比率の多い男性に向けてなのか、女性の数が多い。

 戦闘に向いてそうな、屈強な男性の姿もあるな。

 でも、多くの奴隷の目は鋭く、何かしらの罪を犯した末に、奴隷に落とされたんじゃないかという印象を受ける。

 そうやって見ていっていると、唐突に人だかりが左右に割れた。

 そちらに視線を向けると、人が割れてできた道を、ターフロンが手下を連れて、悠々と歩いていく姿があった。

 奴隷を扱う行商たちもターフロンの姿を見つけ、大慌てで商品のいくつかを店の前に立たせる。

 どれもこれも美しい女性ばかりだ。

 たぶん、クロルクルの一番の実力者であるターフロンに、取り入る気なのだろう。

 ターフロンは並んだ女性たちを見回し、とある店に近づく。

 並んだ美しい奴隷たちの中で、一番綺麗な人がいる店だ。

 その綺麗な女性も、自分の美貌に自身があるようで、勝者の余裕を示すかのように、やんわりと微笑んでいる。

 ターフロンはその女性に近づき――その横を素通りした。

 そして、店の中に隠れるようにしていた、お世辞にも美しいとは言えない顔と体形の、十代に見える少女の顎を掴んだ。


「ふむふむっ。良い素材だ。染め甲斐がある」

「ひぃっ」


 悲鳴を上げる少女に、ターフロンは舌なめずりをすると、その店の店主に声をかける。


「おい、こいつをもらう。いくらだ」

「え、あ、あの、本当にその奴隷で……」

「三度は言わんぞ、いくらだ」

「は、はい! えーっと、その子はたしか、盗みの常習で犯罪奴隷になった――き、金貨で五枚です」


 店主が値段を言うと、ターフロンはじろりとにらみつけた。


「ほぅ、これが金貨で五枚とは、ずいぶんと金額を上乗せしたな」

「い、いえ、そんなことは……この町にくる経費を、回収しないと……」

「なあ、いいことを教えてやろう。この町の中では誠実に商売をすることだ。真っ当であれば、この住民も真っ当に売買をする。だが、あまりにアコギな真似をすると、ここが無法地帯であったと体験する羽目になるぞ」


 ターフロンはそう釘を刺すと、周囲に見えるように金貨を一枚ずつ取り出し、店主に計五枚支払った。

 店主は怖がりながら金貨を受け取り、ターフロンは少女を抱えて、立ち去って行く。

 周囲の人たちは、店が開く前にターフロンが奴隷を買ったことを咎めようとせず、一番美しい女性が買われなかったことに安堵している様子だ。

 そして、自分が買われると思っていた女性はというと、信じられないという顔で固まっていた。

 一方で俺は、ターフロンの行いを見ていた。

 あれはあれで大物な振る舞いだけど、俺が漠然と抱くデカイ男の姿ではないなと、判断を下していたのだった。

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