百四十七話 黒蛇の戦士
オゥアマトを連れて、クロルクルの大門の前に到着した。
俺が一人だけでなく、獣人を連れて戻ってきたことに、門番の人に驚かれてしまった。
「おいおい、どこで見つけてきたんだよ、そのトカゲ獣人。この森には獣人はすんでねえはずだぞ?」
俺が答えようとするより先に、オゥアマトがなぜか胸を張りながら言葉を出す。
「むっ。僕は黒蛇族のオゥアマトだ。トカゲと間違えないでもらいたいな!」
「おお、そいつはすまねえな。オレらからすると、獣人の種族の違いって分かりにくいんだよ。悪かったな、蛇族の――嬢ちゃんか? それとも、小僧か?」
門番の人が疑問顔で尋ねたことで、性別を聞いていなかったなって気が付いた。
改めてオゥアマトを観察すると、中世的な顔立ちで、顔の頬に黒い鱗が生えているので、男女のどちらかよくわらない。
さて、どちらなのかと思っていると、オゥアマトはやれやれと肩をすくめていた。
「竜と祖を同じくする黒蛇族と、人間とを、同じに考えないでもらいたいな。性別などという分別は、僕の種族にはないのだ」
意外な発言に、俺と門番の人は目を丸くする。
「性別がないだって?」
「そうとも。黒蛇族は全員が雌雄のそれぞれの生殖器を持っていて、卵生なので乳をやる必要も陣痛もないという、人間より優れた種族なんだぞ」
ほらとオゥアマトが服の裾をまくり上げると、鱗のある体が露わになった。
その胸は貧乳の女性ぐらい盛り上がっているが、たしかに乳首はない。
そしてオゥアマトの口振りから察するに、授乳の必要がないのに膨らんでいるのは、筋肉が詰まった胸板だからなんだろうな。
目を下に向けると、臍のない、つるりとしたお腹が見えた。
さらに下へ視線をやり――俺が発言する前に、門番の人が指摘する。
「イチモツが、ないようだが?」
そう、オゥアマトの股間部には、雌のほうはあれど、雄の証であるものが見当たらなかった。
雌雄二つの性器があるはずじゃないのかと、俺は首を傾げる。
オゥアマトは門番の指摘を受けると、服を戻した後で、股間を手で押さえた。
「人間は出しっぱなしのようだが、黒蛇族のモノは通常体内に格納されているのだ。もしや、それを見せろと言うまいな」
オゥアマトの態度は、そう言われても絶対に見せない、と雄弁に物語っている。
裸体を恥ずかしげもなく見せたオゥアマトでも、男のアレを他人に見せるのは恥ずかしいらしい。
もしかしたら、通常は体内に収めているらしいので、人間が股間を見られるよりも羞恥心が強く働くのかもしれないな。
前世とは違う世界ならではの人種の違いを、俺は興味深く思った。
そして、門番の人へのオゥアマトの紹介は、このぐらいでいいだろうと判断する。
「ということで、中に入ってもいい?」
「あ、ああ、いいぞ――っと、その蛇族の子は、入町試験を受けてもらわないといけないからな」
「分かっているって。道々、説明しながら進むから」
「そういうことなら、いいか」
俺とオゥアマトは、大門横の通用口から、壁に囲まれた大通路に入る。
すると、通路内にいるたくさんの人の姿が目に入った。
不思議に思って、俺は振り返って門番の人に尋ねる。
「もしかして、まだ行商が来ていないんですか?」
「その通り。まあ、一日ぐらい遅れることは、よくあることだ」
そうなんだと納得しながら、もしかしたら、逃げ出したオゥアマトを探しているのかもしれななと思った。
けど、行商がまだ来ていないのは、幸運だな。
今のうちに、オゥアマトに試験を通過してもらって、クロルクル内に逃げ込める。
そんな皮算用をしていると、オゥアマトが突いてきた。
「なあ。試験とはなんだ?」
「クロルクルに入るには、この道のさきにある建物の中で、魔物と戦わないといけないんだよ――」
詳しいルールの説明をすると、オゥアマトは理解して頷く。
「そうか。『一』、『二』、『四』の中から、一つ数字を選ぶんだな。なら、二を選ぶとしよう」
「なんでその数字を選ぶか、聞いてもいい?」
「なに、簡単な話だ。一はオーガ、四は恐らくゴブリンなのだろ。ならば、何が出てくるかわからない、二を選ぶのは当然の流れだろう」
「……そういうもの?」
「そういうものだともさ」
オゥアマトがそれでいいならと理解し、別のことを尋ねる。
「武器はどうする。その石のナイフじゃ、魔物と戦うのに威力不足だろ?」
「ふふ、気にすることはない。これでも竜と同じ祖を持つ身だからな。お腹さえ減っていなければ、殴る蹴る、尻尾で薙ぐで、だいたいの魔物は倒せるのだ!」
と言っているものの、やっぱり武器が弱いのは、見ているこっちが心配になる。
なので、昨日自作したばかりの方の鉈を、貸し出してやることにした。
鉈を差し出すと、オゥアマトは顔は渋々、尻尾の先を嬉しそうに揺らしながら受け取る。
「必要はないと言ったのに。だが、同格者の親切を無下にするわけにはいかない」
口で建前をつぶやきつつ、オゥアマトは鉈を抜いて状態を確かめ始めた。
しかしすぐに、縦長の瞳孔を持つ瞳が、キラキラと輝き始める。
「おおー、いい刃物だ。黒蛇族の剣とは形状が違うし、大きさも少し小さめだが、戦士の僕が持つにふさわしい業物だ」
微妙な褒め言葉と共に、チラチラとこちらを見てくる。
どうやら、相当その鉈を気に入って、暗に欲しいと態度で言っているつもりらしい。
その姿を見て、俺は苦笑いしつつ、ちょっとだけ意地悪をしてみたくなった。
「助けられた恩も返していないうちに、俺の鉈を欲しがっていいの?」
「うぐっ。それは、その……そ、そう。恩返しを上乗せするということで、どうか?」
「どうかって――そんなに情けない顔で、物欲しそうな目をしないでよ。分かった、その条件でいいから」
単に意地悪していただけだし、気に入ってくれた人が使ってくれた方が、製作者としても嬉しいしね。
オゥアマトは俺が許可を出すと、自分の物だと示すように、鉈を掲げた。
その後で、ハッとした顔になり、俺に頭を下げてきた。
「お前の武器を奪うような形になり、申し訳ない。この鉈に一目ぼれして、どうしても欲しくなってしまったのだ」
「いいよ、鉄さえあれば自分で作れるしね。なんならその鉈、黒蛇族の武器と形が違うそうだから、オゥアマトの要望通りに形状を変えようか?」
どうせあげるのだから、使いやすくしてやろうと提案した。
すると、オゥアマトは驚愕したかのように、目を見開き、縦長の瞳孔がキュッと細まる。
「なんと!? 呪い師でありながら、この鉈を作った鍛冶師でもあるのか!? うむむっ、そうなると、お前の方が僕より格上ということに……」
オゥアマトは言葉の途中から、ブツブツとなにか呟き始めた。
けど、俺には関係なさそうな葛藤なようなので、放っておくことにしたのだった。
闘技場で、オゥアマトの試験が始まった。
事前に伝えてあった通りに、オゥアマトが挑むのは、単独の『二』の試験だ。
数字が魔物の数を表していると分かっているので、問題はどんな魔物が二匹出てくるか。
けど、それを気にするのはオゥアマトの役割だ。
傍で見ている俺は、出てくる魔物よりも、観客席にいる人の少なさが気になっていた。
俺のときは、満員に近い人がいた。
でも、いまは空席が多く目立つ。座っている観客も、とりあえず見に来たという態度だ。
そんな空気の中で、クロルクルの顔であるターフロンが観客席に現れた。
そして、オゥアマトに視線を向けると、少し考えるような素振りをする。
「ほう、今日は蜥蜴――いや、蛇族か。ふむ、まあいい。二の試験、開始しろ!」
なにかの疑問を投げ捨てたような態度で、ターフロンが号令を発した。
同時に出口の格子が上がり、闘技場の中に魔物が二匹放たれた。
それは共に、猪顔で人型の姿をしている。
「……オークか」
ゴブリンとオーガときたので、なんとなくそうじゃないかなって、予想はついていた。
予想はしていたけど、オーク二匹と単独で戦うのは、実は難しいんだ。
正確に表すなら、この闘技場という閉じた空間で戦うときは、という但し書きが入る。
なにせオークは、足が遅い代わりに、腕力が強めだ。
加えて、直線的に走る場合のみ、段々とスピードが上がっていくという特性がある。
なので、俺的にオークの楽な倒し方は、木に隠れながら矢で射殺すことだ。
腕力があろうと、走る速さが上がろうと、どちらも木で防げるからだ。
けど、この闘技場には隠れる場所がない上に、真正面からの戦いを強いられてしまう。
そのうえ、オークの方が数が多い。
もし挑戦者とオークの実力が同じだったら、突破は無理だ。
最低でも倍、安全に勝つには三倍は実力が欲しいところだろう。
そんな状況で戦う、オゥアマトの実力やいかに。
俺が注目する中で、オゥアマトは呑気に鉈を肩に乗せ、こちらに顔を向けてきた。
「なあ。あれを倒せばいいのか?」
「その通りだ。オークはもう戦う体勢に入っているぞ。目を放すなよ」
俺が忠告しても、オゥアマトはやれやれと肩をすくめるだけだった。
「やっぱりそうなのか。こんな小兵に、この鉈を使うのは、もったいないなぁ」
完全に油断しきっている態度に、オークが二匹とも、怒りの声を上げて突進を始めた。
「ブゥピギイイイイイイイイ!」
「ビィグイイィィィィィィィ!」
素手のオークが、ドシドシと足音を立てながら、オゥアマトへ体当たりしようと近づいていく。
一歩ごとにスピードが上がる姿は、大型バイクを思い起こさせる。
衝突すれば骨折では済まなさそうな突進に、オゥアマトは目を向けた。
けど、鼻で笑うだけだった。
「ふんっ、突っ込むしか脳のないブタめ。戦士である僕が、まともに戦ってやるものか」
オゥアマトは言いながら、三メートルはある長い尻尾を振る。
いや、尻尾がまるで大蛇になったかのように、ひとりでに動いたように見えた。
オゥアマトの尻尾は、オークの一匹の足に絡みつくと、無理矢理に釣り上げた。
その後で、そのオークをもう一匹へと、力任せに叩きつけた。
「ブギブギーーー!?」
「ブゴビゴーーー!!」
絡み合って倒れたオークたちは、何が起きたか分かっていない様子で罵り合っている。
そんな二匹に、オゥアマトは近づいていく。
そして尻尾の端で一匹の足首を掴むと、尻尾が伸びる限界まで高く持ち上げた。
「戦い方も醜いブタめ。武器どころか、手足を使ってやる気力すら出ないぞ。もういい。共にぶつかり合って、潰れ死ね」
オゥアマトは言い放つと、尻尾が霞むような速さで、持ち上げたオークをもう一匹へと叩きつけた。
「ブギゥ――」
「ブゴォ――」
二匹のオークが頭をかち合わせ、額が割れた。
けど、それでは死ななかった。
だからだろう、オゥアマトはもう一度オークを尻尾で釣り上げ、叩きつけた。
それからなんども、持ち上げては叩きつけ、振り上げては叩きつけた。
最初は悲鳴を上げていたオークも、十を超えるころには声がなくなり、二十を超える頃には体を動かす気配すらなくなっていた。
その残虐な戦い方に、ただでさえ少なかった観客は静かになった。
闘技場内には、オーク同士の骨と肉が潰れ合う音だけが響いていく。
やがて、叩きつける回数が五十を超え、オークの顔も手足も滅茶苦茶に折れ曲がった頃に、ようやくオゥアマトは尻尾の動きを止めた。
「ふんっ。実につまらぬ相手だった」
ゴミを捨てるように、ぽいっと打ち付ける道具に使ったオークを、闘技場の端へと尻尾で投げた。
その後で、オゥアマトは尻尾の先を、興味深そうな目で戦いを見ていた、ターフロンに向ける。
「おい、そこの偉そうなお前。これで町の中に入っていいのだな?」
「その通り。歓迎するぞ、蛇族の戦士。出自がどうあれ、試験を通ったからには、貴様はクロルクルの住民として認められる」
「ふんっ、そうか。ならこんな場所に、もはや用はないな」
オゥアマトはターフロンに背を向けると、俺に近寄ってきた。
出口はオークが入ってきた場所――つまりオゥアマトがいる向こう側だ。
なので、こっちに来なくてもいいのにと、俺の方からも近づいていく。
すると、驚きと呆れが混ざった顔を、オゥアマトがした。
「先の戦いを見て、僕の尻尾の圏内に、警戒なく入ってくるなんてな」
「俺と戦う気がないのは、様子を見ればわかるからな。警戒する必要なんてないだろ?」
それに、もし尻尾で捕まえられてしまっても、水の魔法を体に纏ったりすれば、対応可能だしな。
なので気負いもせずに、クロルクルの町中にいこうと、オゥアマトの肩を叩いた。
すると、苦笑が返ってきた。
「くははっ。なんとも豪胆なことだ。うむ、より気に入った。お前に僕の友となる権利をやろう」
「……友達って、権利でなれるなれないが決まるものじゃないだろ?」
「人間はそうかもしれないが、黒蛇族の戦士と友になるのは、必要なのだ」
そういうことなら――
「――はいはい、ありがたく受け取らせていただきます。そんなことより、さっさと町の中へいこう」
「むっ。戦士の友という立場を、ぞんざいに受け取らないしないでほしいぞ」
オゥアマトは少し不満げだったが、俺の後についてクロルクルの町中へと踏み入った。
さて、どこに向かおうかなと、新し友達を連れて、俺は町中を進むことにしたのだった。




