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百四十六話 黒蛇の事情

 鹿っぽい動物を獲って戻ると、オゥアマトは横になったままだった。

 その目の前に獲物を置くと、目を輝かせる。


「これ、食べていいのか?」

「どうぞ。そのために獲ってきたんだしね」

「ありがとう! お前、良い奴だな!」


 オゥアマトはがばっと起き上がると、手にしている打製石器のナイフで切り分けようとし始めた。

 石のナイフなのにそれなりに切れるようで、皮が裂かれていく。

 けど、内臓を取り出すために、お腹を切ることには苦戦している。

 筋肉って意外と硬いんだよねと、ナイフを貸してあげることにした。


「ほら、これ使いなよ」

「おおー、ありがとう!」


 にっこりと、蛇の頭を人間風にしたような顔で微笑まれた。

 不気味に思う人もいるかもしれない表情だったけど、俺としては愛嬌を感じた。

 オゥアマトはそのまま鹿っぽい動物のお腹を裂き、内臓を外へと出し始める。

 作業が手慣れているので、元は狩猟民なのかも。

 オゥアマトは出した内臓の中から、心臓と肝臓と腎臓を切り分ける。

 何をするのかなと見ていると、それを一緒くたに手に乗せて、誰かに掲げるように上に持ち上げる。


「竜祖よ。この糧の力を、僕の身に加えたまえ――あ~~~」

「えっ?」


 祈りのような言葉の後に、オゥアマトは口を大きく開けた。

 開けたのはいいのだけど、人だったら顎が外れてそうなほど、かぱっと大きく開いたことに驚いた。

 驚く俺をよそに、オゥアマトは手に乗せた心臓などを、その口の中に落とし入れる。

 そして口に入れたものを、一噛みもせず丸呑みにしていく。


「ん……んっぐ……」

「……ええぇぇ」


 オゥアマトの喉が呑み込む臓器の形に膨れ、それがゆっくりとお腹へと向かっていく。

 前世の教育資料映像で見た、蛇の食事風景そのままだ。

 オゥアマトの丸呑みで膨れた部分は、みぞおち部分からさらに下に行き、やがて下腹の部分で落ち着いた。 

 そんな衝撃的な食事風景に驚いて失念していたけど――


「――肉を生で食べて大丈夫なの?」


 前世でも衛生管理された牛肉ならまだしも、他の肉は極力火を通した方がいいとされていた。

 ましてや、オゥアマトが呑んだのは血が滴っている内臓だ。

 そんな物を生食なんて、危険極まりない気がする。

 俺がそう心配すると、オゥアマトはケラケラと笑い始めた。


「あははははっ。まったく、人間は軟弱だよなあ。黒蛇族では、獲物は生で食べるものなんだぞ」


 オゥアマトは笑いながら、今度は獲物のお腹の部位を片腕ほどの大きさに切る。

 その肉塊を、またもやそのまま口に入れ、丸呑みにした。

 少しすると、先ほど入った内臓肉の上に乗っかるように、オゥアマトのお腹の真ん中が膨れ上がった。

 オゥアマトはそれからも、獲物の肉を大きく切り取っては口に放り込んで丸呑みにしていく。

 最終的に、鹿っぽい動物の下半身の肉を丸々収めきってしまった。

 そして、オゥアマトのお腹は、臨月を迎えた妊婦以上に膨れている。


「けぷっ。あー、食った食ったー。これで五日は飲まず食わずで生きられるや」

「それだけ食べれば分からなくはないけど、五日も飲まず食わずは無理なんじゃないの?」

「いやいや。蛇族は人間や他の獣人と違って、完璧な食い溜めができるんだぞ。ああ、これありがとうな」


 オゥアマトは満足そうに、膨れたお腹を摩りながら、使い終わったナイフを返してきた。

 俺はナイフを受け取ると、血と脂で汚れた刃を、そこらで生えている草で拭って仕舞う。

 その後で、オゥアマトの気分が落ち着いていることを確認してから、気になってきたことを尋ねることにした。


「オゥアマトはさ、クロルクルにくる行商から逃げてきたのか?」

「うむっ、その通りだ。この首輪をはめれば三食約束すると言ったのに、僕の力強さに気づくと怖気づいて、ご飯をくれなくなった。約束が違うからな、勝手に抜けださせてもらった」


 えっへんと胸を張る姿に、俺は頭を抱える。


「あのさ。その首輪は、奴隷の印だって気付いている?」


 問いかけると、気分を害した顔を返してきた。


「むむっ。僕は戦士だぞ。奴隷じゃない」

「ああ、商人に騙されたのか……」


 たぶんオゥアマトは、人の文化と関わりの薄い、未開の部族の人なんだろう。

 食事情がかなり変わっているので、これは合っていると思う。

 その人間の常識に疎いところを騙されて、奴隷として連れてこられてしまったんだろうな。

 オゥアマトが逃げ出した奴隷だったら、クロルクルにくる行商人に返して、恩を売って安く物を買おうと思っていたんだけどなぁ。

 裏事情を知ると、オゥアマトを奴隷として返す気にはなれなくなった。

 とはいえ、鉄の首輪をつけたままだと、オゥアマトがどこかの町に落ち延びたときに、また奴隷としてどこかに連れて行かれる可能性もあるよな。


「……その首輪、外せないよね?」

「合わせ目が閉じられているから、壊さないと無理だな。でも、なんで外すんだ? こんな立派な装飾品、壊すのは惜しいけど?」


 奴隷の証の首輪を、オゥアマトはプレゼントされた物だと思っているらしい。

 なんと言うべきか考えて、事情の説明はせずに説得することにした。


「いやさ、それだけ頑丈な鉄の首輪をつけたままだと、首が痛くなりそうだと思って。それに、その首輪って色も地味で飾り気もないし、偉大な戦士のオゥアマトには似合ってないと思うんだけど」


 半分ぐらい飾り立てた言葉を言うと、オゥアマトは腕組みした後で、うんうんと頷いた。


「それもそうだな。こんな首輪なんて、僕には似合わないよな。よし、外しちゃおう」


 オゥアマトは言うや否や、首輪に両手をかけて、力ずくで壊そうとし始める。


「その首輪は頑丈そうだから、手じゃ外せないんじゃない?」

「ふふんっ。満腹になった僕の力にかかれば、こんな、ちゃっちい、首輪、なんてえええー!」


 オゥアマトは渾身の力を込めて、首輪を引きちぎろうとする。

 実際その腕力は大したもので、見るからに頑丈そうな鉄の首輪が、ギリギリと音を立てている。

 けど、オゥアマトを騙した行商人は、その腕力を知っていたようで、それに耐える首輪を用意していたようだ。

 つまり、オゥアマトがどれだけ唸ろうと、首輪は壊れない。

 それなのに、オゥアマトは意地になって、首輪を手で引きちぎろうとしている。


「ふうううぅぅぅぅ!!」

「ああ、もう。外してあげるから、手をどかして」


 俺はオゥアマトの真正面から手を伸ばして、鉄の首輪に触れる。

 そして鍛冶魔法を使って、魔力で首輪の強度を弱めていった。

 少しして、指で粘土を掻き裂くように、首輪を切った。

 壊れて外れた首輪を見て、オゥアマトは驚きの目をむけてくる。

 

「お前、呪い師だったのか!?」


 壊れた首輪を地面に投げ捨てると、オゥアマトは殊勝な態度で深々と頭を下げた。


「食料をくれ、首輪をはずしてもらったこと、感謝する」

「……なんだか、さっきまでと態度が違う気がするんだけど」


 俺の呟きを聞くと、オゥアマトは態度を戻した。


「呪い師は、戦士と同じ偉大な存在だ。敬意を払うのは、同然だからな」

「その呪い師って、俺のこと?」

「そうとも。手から水を、火を生み、偉大なお方になれば大軍を口から吐く炎で焼き殺す存在が、呪い師だ」


 生活用でも魔法を使える人のことを、どうやら呪い師と、オゥアマトたち蛇族の文化では言うようだ。

 呪い師の説明を終えると、オゥアマトは腕組みして考え始めた。


「何を考えているの?」

「むっ? ああ、お前が呪い師だとすると、施しを受けた礼を言うだけでは、不義理になるなって」

「不義理って……もし俺が呪い師じゃなかったら、礼を言うだけで済ます気だったの?」

「当然。戦士でなく、呪い師でもない者は、奉仕者だ。彼らは強き者に献身することが喜びだ。その奉仕者に強者が礼を言うなんて、最上級に褒めている。これ以上に、何が必要なのか?」


 本気でそう思っている様子だ。

 俺たちとオゥアマトたちでは、文化的な価値観が違っているらしい。

 けどまあ、言い分はわからなくはない。

 税金を払うってことは、ある意味で国という巨大な強者に奉仕しているとも受け取れるからな。

 それはさておき、オゥアマトがどう俺に礼をするかは、いったん棚上げしてもらおう。

 面倒を避けるために、行商が出す捜索者に発見される前に、痕跡を消しながら移動しなきゃいけないし。


「話は後でもできるから、とりあえず一緒にいこう」

「うむっ。何かしらの礼ができるまで、お供させてもらうとしよう」


 オゥアマトに指示しながら先に進ませて、俺は足跡などの痕跡を消しながら後に続く。

 逃亡奴隷を匿うのなら、無法地帯のクロルクルしかないよな、なんて思いながら。

 

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