百四十四話 お試し中
ツリーフォクを三匹、クロルクルへと運び終えた。
事前の約束通りに、俺が四割、木こりの人たちに六割に分けて、代金がクロルクル独自の通貨である木板で支払われた。
大まかに計算すると、俺が金貨で一枚半で、木こりの人たちは、銀貨で数枚ずつといった感じだ。
手にした報酬に、木こりの人たちはとても嬉しそうにしている。
「木を三本運搬しただけで、こんなに貰えるなんて、笑いが止まらねえな!」
「だな! 今日は奮発して、ちょっと高い店にでもいくかな!」
「鉈斬りの兄さん! 次にツリーフォクを倒すときも、オレたちに声をかけてくれよ!」
満面の笑顔な木こりの人たちに、俺は苦笑いしながら手を振って別れを告げる。
クロルクルの町中に入り、普段使い用の鉈を作る鉄を買うためと、ツリーフォクの枝と根を売るため、見つけた武器屋に入った。
「いらっしゃい。何をお探しで?」
「鉄の塊を買いに。あと、弓の素材を売りに来たんですけど」
「あー、そういうのは、この店じゃ無理なんですわ。この前の道を少し行ったところに、素材を取り扱う店があるので、そっちに持っていってくださいよ」
「そうなんですか。失礼しました」
俺は軽く頭を下げて武器屋を出ると、教えてもらった店に足を向ける。
到着すると、その店は周りより少し大きな建物なのに、とても雑多な感じを抱く。
なにせ店の前には、空樽に乱雑に入れられた錆びた武器があり、大小さまざまな石が積まれていて、覗いた店の中には布や獣の革がたくさんあったのだから。
異様な雰囲気の店に少し尻込みしながら、俺はその店の中へ声をかけた。
「あのー。弓に使える素材を持ってきたんですけどー」
「はいよー。いま行くから、店の外で待っとれ」
返事から数分経って、店の奥からとても痩せた老人が出てきた。
「待たせたな。それで、弓に使える素材を持ってきたそうだな」
「はい。ツリーフォクの、枝と根です」
言いながら差し出すと、老人は眉を寄せた。
「ツリーフォク自体は希少なので、高値で買ってやりたいが、幹材じゃなく、枝と根かね。枝は固すぎて、根は柔らかすぎて、弓の素材としちゃ半端なんだがなぁ」
買い渋る様子を見て、俺は自作の弓を見せる。
「これはその枝と根で作ったものです。同じ弓を、ターフロンが買い取ってくれましたよ」
「ほう。ちょっと拝借するよ」
老人は弓を手に取ると、弦を弾いたり戻したりしながら観察する。
「ああ、なるほど。単一じゃなく、組み合わせて作るのか。弓工房の連中が、色々な種類の木を買っていくのが不思議だったが、これを見て合点がいったよ」
老人は俺に弓を返却した後で腕組みし、俺にある提案をしてきた。
「ツリーフォクの枝と根を一組として売れるので、高値で買い取ってやろう。だがそのためには、その弓の作り方を、こっちに教えてもらわないと、弓工房の連中に宣伝しずらいんだがね」
今度は、俺が腕組みして考える番になった。
弓の作り方は、故郷でシューハンさんから学んだ。
けど、別種の木材を組み合わせて弓を作るのは、さほど特別な方法というわけじゃないとも教わっていた。
重要なのは、どの木材をどのぐらいの比率で組み合わせるかで、それは作る人独自のレシピだとも。
でもそれは裏を返すと、材料さえ分かっていれば、あとは試行錯誤で到達できるという意味でもあるんだよな。
だから、ツリーフォクの枝と根という二つの材料しか使わない弓なんて、弓の職人の手にかかれば、あっという間に比率を解明されてしまうに違いない。
それなら、ここで秘密にしても、あまり意味がないよな……。
「分かりました。弓の作り方も教えます。その代りに、買い取り額に色を付けてくださいよ」
「こっちは弓工房に、その枝と根を高値で売りつけてやる気でいるからな、どんと任せておきな」
素材屋の老人は、俺が持ってきた総量を確かめると、何やら土の地面に数字らしきものを書いていく。
少しして計算が終わったのか、老人は足で計算式を消した。
「銀貨十枚――いや、十五枚でどうだ?」
出来上がった弓を渡す代わりに、ターフロンに銀貨十枚相当の木板を数枚受け取ったことを考えると、妥当な金額だろうなって判断した。
「はい。それでいいですよ」
「よしっ。取引成立だ。ちょっと待ってな、金持ってくるから」
老人はツリーフォクの枝と根を持って店の中に戻り、木板を持って戻ってきた。
「これが銀貨十枚の板で、これが銀貨一枚の板だ」
説明してくれながら、老人は俺の手にその木板を渡した。
俺は念のために、板に描かれている模様の中にある、銀貨何枚分なのか書いてある場所を見て確認する。
老人が言った通りのものだったので、懐に収めようとして、別件を思い出した。
「そうだ。鉄の塊ってありますか。あったら欲しいんですけど」
「これからのお得意さんになりそうだし、工房に武器作りを依頼でもする気なんだろうから、良い鉄を持ってきてやろう」
老人は俺の手から銀貨一枚分の木板を一つ取り上げると、店に戻り、ボーリング球よりも大きな鉄の塊を台車に乗せて戻ってきた。
「ほれ、ご所望の鉄の塊だ。台車を貸してほしいなら、別料金だ」
「いえ。手で持っていきますから」
持ってみると、十キロ以上は確実にあり、十五キロには届かなそうな感じだった。
これで新しい鉈を作っても、だいぶ余るだろうけど、その分は別の武器に転用すればいいかな。
「それじゃあ、ツリーフォクの素材が手に入ったら、また持ってきますね」
「おう。あの枝と根が弓作り用に人気出たら、もう少し高く買ってやるからな」
老人に見送られながら素材屋を離れ、町の中を歩きながら、今日一日で手に入った木板を頭の中で確認する。
うーんと、金貨二枚には少し足りないな。
手持ちからその少しを出せば、ウィヤワに会いに行くことはできる。
けど、魔物の素材を売って手に入るのが、この町独自の通貨なことを考えると、貨幣は残しておきたい。
近々来る行商と劇団のために、散財は控えるべきかな。
それに、ウィヤワに教えてもらった、人に察知されずに動くコツも、まだ身についていないしなぁ。
そもそも、鉄の塊を抱えたままでは格好がつかないもんな。
そんなもろもろの理由から、今日のところは大人しく宿に引き返して、新しい鉈を作ることに決めたのだった。
鍛冶魔法で、今の体格に合う大振りな新しい鉈を作り、余った鉄で予備の鏃を拵え、六方手裏剣の補充も行った。
それでもまだ鉄が余っているので、どう使おうかと考える。
火の攻撃魔法を纏わせると、鍛冶魔法が通じなくなっちゃうようだから、予備の武器にしてもいいと思う。
でも、いまある武器は、鉈が二本にナイフが一本、弓矢に手裏剣と、だいぶ多い。
これ以上武器を増やしても、使い道に困るだけだよなぁ……。
いっそ、売却用の武器にしてしまおう。
この町では剣を持つ人の割合が多いから、片手剣でも作ろうか。
いや、これからもお世話になるだろうし、木こりの人たちのために、斧にしよう。
余った鉄を全て使う気で、両手持ちの大斧の刃を作成していく。
形と重量のバランスを整えて、木の持ち手を差し込む穴を作り、その周りを補強した。
そうして完成した斧の出来栄えに、俺は満足する。
しかし目を斧の横――穴を開けたり形を整えたりして出た、余りの鉄に向けると、ため息が出てしまう。
「はぁ~。また、作るか考えないと」
余っているのは、ティースプーンを作るのが、せいぜいな量だ。
とりあえず一まとめにしてから、何に使うかを考えていく。
道具にして売るほどの量はないから、火の魔法を纏わせた鉄をどう整備するかの実験に使うべきかな。
俺はひとまず、小さな解剖刀みたいなナイフを作った。
そしてその刃に火の攻撃魔法を纏わせて、赤熱化させる。
少しして魔法を止め、出来ないとはわかりつつ、鍛冶魔法で刃を弄ろうとする。
けど、やっぱり魔力の浸透が弱く、ナイフの刃は柔らかくならない。
普通の鍛冶魔法は細胞からの魔力を使ってやるけど、攻撃魔法と同じく魔塊から解した魔力でやってみたらどうだろうか。
試しで、魔塊の魔力を浸透させて、指で形を変えてみようとする。
しかし、意外なことが起きた。
俺がそう曲げようと思った形に、ナイフに新しい刃が生えたのだ。
「うわっ!?」
驚いて手放すと、新たに生えた刃は砂粒でできていたかのように、あっけなく崩れた。
ナイフを拾い上げて確かめるが、刃が生える前と同じだ。
刃に鍛冶魔法が通じないのも、全く同じ。
どうやら、あの生えた刃は、魔塊の魔力から生み出された、土の攻撃魔法だろう。
試しに、手のひらに魔塊からの魔力を集め、鉄の錐を思い浮かべながら、魔法を発動させてみる。
すると、手のひらからまっすぐに、鉄串のような金属が生えた。
突いてみると、ちゃんとした金属の感触がある。
けど、魔法を止めると、崩れて細かい砂になってしまった。
新しい魔法を思いがけず習得できたことは良しとして、いまは火の魔法を鉄にかけた場合の探求をしないといけない。
その後も色々と試してみたものの、やっぱりその鉄には鍛冶魔法は通じない。
「ああ、もう。じゃあ、これならどうだ!」
上手くいかなかったのでやけになり、ナイフの刃を限界まで赤熱化させる。
ナイフの刃は赤を通り越して黄色に、やがて白く変化した。
それに伴って、ものすごい熱波とまばゆい光が、刃からふりまかれる。
その段になって、俺はナイフの刃の熱さへの恐れから、冷静さを取り戻した。
慌てて止めようとする直前、ナイフの刃がドロリと溶け、部屋の木の床に落ちた。
「うわわわっ。床が燃える、水、水!」
大慌てで、生活用の魔法で生み出した水をぶっかけて、燃え始めた床の鎮火と溶けた鉄の冷却をした。
水浸しになった床を、生活用の風の魔法で乾かしてから、焦げた床にめり込んでいた鉄を、指でつまみ上げる。
こんな状態になったら、鍛冶魔法が通じないんだから、使いようがないよな。
そう思いながら、なんの気なしに、鍛冶魔法をこの鉄に使ってみた。
すると、あっさりと魔力が通じ、押さえている指の形に変形する。
予想外の出来事に、思わず疑問が口に出た。
「一度溶かせば、また鍛冶魔法が通じるってことなのか?」
もしそうならと思って、火の攻撃魔法専用にした鉈に目を向けた。
でも、あれだけの量の鉄の塊を溶かすなんて、そうそうできないよなって肩を落とす。
これ以上は調べようがなくなり、俺は火の魔法を纏わせた武器の整備を、鍛冶魔法や他の魔法でやることをあきらめた。
その代りに、まだまだ寝るには時間があるので、ウィヤワに教わった動きのコツを、一人部屋の中で反復練習することにしたのだった。