百四十三話 ツリーフォク集め
ツリーフォク探しと討伐は、少し時間がかかったけど終わった。
いまは、ターフロンに貸してもらった木こりたちが、ツリーフォクの幹を切り出している。
二メートルぐらいの長さに切り分け、その丸太を馬で引いてクロルクルまで持っていくそうだ。
「じゃあ、俺は運搬する人の護衛をすればいいんだよな?」
って尋ねると、木こりの人たちが笑顔で首を横に振る。
「いやいや、必要ないよ。クロルクルの木こりってのは、斧で魔物をぶっ殺しつつ、木を倒す商売だから」
「そうそう。暇なら、次のツリーフォクを探して、倒しておいてくれ。そっちの方が、オレたちにとっちゃ嬉しい」
「やっている作業は普段の木を切り分けるのと変わらないのに、木の魔物ってだけで、実入りが倍以上違うしな」
そういうことならと、近くの木に登って周囲を見回し、ツリーフォクがいないか探す。
けど、見える範囲には見当たらない。
移動しようかとも思ったけど、木こりの人たちが作業する、コーンコーンという音が響いているのを聞いて、探すのを止めた。
ツリーフォクは人が近くにいると木に擬態し、発見されると逃げる特徴が見て取れる魔物。
これだけ作業音を響かせていたら、静かに擬態しているか、ここから離れるかしているはずだからだ。
俺は木から降りると、交代で休憩中の木こりに近づく。
「ツリーフォクを探しに行くね。見つけて倒したら、また呼びに来るから」
「おー、行って見つけてこい。それにしても、見つけるなんて、あっさりと言うもんだな」
歩き出そうとして、木こりの苦笑いしながらの言葉に、足を止めた。
「木こりの皆さんは、ツリーフォクを見つけられないの?」
「オレたちは、普通の木とツリーフォクとの区別がつかないよ」
「そうなの? 木こりっていえば、木の区別はお手の物だと思ってたけど?」
「普通の木ならな。ツリーフォクは個体それぞれが、色々な種類の木に化けているから、見分けがつけにくいんだ。森の伐採をしていたときに、擬態しているヤツに偶然に斧を打ち込んで、動き出したのを見てようやくわかるって感じだな」
「じゃあ、その偶然で倒せた個体が、木材として取引されるわけだね」
「いやいや、見つけても逃がすしかないさ。斧で切り倒すには時間が必要だし、鉈斬りみたいに、不思議な鉈で木を焼き切るなんて真似はできないからな」
それもそうかと納得して、俺は木こりたちと別れて、次のツリーフォクを探しに森の奥へと歩いていった。
人が作業する音がしている場所では、ツリーフォクを見つけられない。
その俺の予想は、当たっていたらしい。
木こりの人たちの作業音が聞こえなくなった場所にきた途端に、いままで見つけられなかったツリーフォクを、あっさりと見つけることができた。
すかさず矢で目印をつけてから近づき、攻撃魔法で赤熱化させた鉈で焼き斬って倒した。
木こりの人たちを呼びに行こうとして、だいぶクロルクルから離れた位置まで来ていることに気が付く。
ここまで呼び寄せると、町までの運搬に時間がかかりそうだ。
俺は腕組みして考え、今倒したばかりのツリーフォクを、引きずって持って行ってみることにした。
もちろん、素の状態では持っていけないので、水を体に纏う攻撃魔法を使用する。
全身に水の魔法を薄く纏わせると、ツリーフォクの根で一番太いものを選んで掴んで、引きずっていく。
死んでも、根の機能は多少残っているようで、握っている部分から魔法の水が少しずつ奪われる。
生きているときよりだいぶ少ないので、吸い取られる分は必要経費と割り切って、引きずりながら木の間を通る。
そのとき、ツリーフォクの枝や根が、周囲の草木に引っかかって、思うように移動できなくなった。
仕方がなく、鉈で引っかかる部分を斬り落としてから、また引きずっていっていく。
最初はそうやって移動していたけど、十回以上も同じことをやると、面倒になってきた。
なので、引っかかったら、魔法の水のアシストの出力を上げて、無理矢理引っかかる場所を引き抜いて進むことにした。
魔塊の魔力の減りが多くなるけど、時間がかかるよりはマシだ。
ツリーフォクを引きずって、木こりの人たちの作業音がする方に歩いていると、唐突に音が止んだ。
なにかの非常事態かと思い、俺はツリーフォクを手放し、急行してみることにした。
到着すると、今まさに木こりの人たちが、新たなツリーフォクと戦おうとしているところだった。
「なんで、ツリーフォクが襲ってくるんだ!」
「こんな事態は初めてだぞ!?」
木こりの人たちが慌てて斧を構える中に、俺は飛び込んだ。
「みんな、無事!?」
「おお、鉈斬りさん。ちょうどいいところに!」
「新しいツリーフォクが来たんで、あいつもやっちゃってください!」
もちろん、逃がすつもりはないので、鉈を手に戦いを挑む。
ツリーフォクは、動く根を伸ばして、俺に攻撃をしてくる。
俺は右に左にと避けると、根が地面に当たり、鞭で叩いたような音がした。
あの根はよくしなるから、馬に使う鞭としても最適に違いないって思った。
けど今は、そんなことを考えている場合じゃないなって、接近し終えた俺は鉈を魔法で赤熱化させる。
「でえぃやあああああああ!」
掛け声とともに、鉈を振り下ろして、ツリーフォクの幹に打ち込んだ。
「オ、オオオ、オオオ、オオオ――」
ツリーフォクは鳴きながら、蠢かせた根で俺を絡め取ろうとする。
そうはさせるかと、俺は急いで鉈を振りぬいて離脱した。
「オオ、オオオオオ、オオオ、オオ……」
ツリーフォクは足掻くように俺へと根を伸ばそうとし、途中で力尽きた。
ツリーフォクが死んだ目安である、葉吹雪が宙を飛ぶ。
倒し終えて一息つくと、木こりの人たちが倒したばかりのツリーフォクへ群がった。
「うへへへっ。こいつもまた上玉な肌艶をしているぜ」
「この仕事を命じられたときは、とんだ貧乏くじだと思ってたが、予想外にいいくじだぜ」
早速切り分けようとする人たちに、俺は声をかける。
「あの。もう一匹、あっちにあるんだけど」
「なにぃ!? そういうことは、早く行ってくださいよ。鉈斬りの兄さん!」
「作業しやすいように、馬全頭引き連れて行って、ここまで運んでくるぞ!」
「ひゃっほー! 今日は娼館と酒場で豪遊だぜ!」
木こりの人たちは嬉々とした表情で、俺の背中を押し始める。
俺は押されるままに、置いてきた方のツリーフォクまで案内した。
到着すると、木こりの人たちは斧で枝葉と根を落として、幹の部分だけ馬で引いて持って行こうとした。
「枝と根は、持って行かないの?」
「あんな端材を売っったところで、大した金にならなりませんぜ」
「それにツリーフォクが家具や道具に最適なのは、幹の部分って話ですからね。木や根っこなんて、欲しがる職人はいないんじゃないかって思いますよ」
木こりの人たちは、枝と根に見向きもせずに、幹の部分だけ馬で引きずって持っていく。
……いい弓の素材になるのに惜しいなぁ。
前世の日本で培った、もったいない精神がここで働き、俺は捨てられた枝と根を集めて持っていくことにした。
ツリーフォクの枝と根で作った弓を見せれば、武器屋で買い取ってくれるだろうって踏んでのことだ。
もし武器屋が二束三文で引き取るきなら、これらで自分で弓をまた作って、再びターフロンに売るって手もあるしね。
お金が増えそうな予感に、ウキウキとした足取りで、作業場まで引き返す。
そのときふと、視界の端に動くものを見た。
視線を向けると、人が近くにいるというのに、擬態せずに根で這って逃げようとするツリーフォクがいた。
そういえば、さっき木こりの人を襲ってきた個体も、擬態していなかったな。
なにか擬態をしない理由があるのかなと、首を傾げる。
逃げる姿が見えるので倒してもいいのだけど、そのツリーフォクは見逃すことにした。
なにせ、集めた枝と根を売るか、弓を作るかしないといけないし、ツリーフォクが死んでも根が魔法の水を吸うことがわかったので、なにかの役に立てられないかと調べてみたい。
そんな気持ちで早くクロルクルに戻りたいので、解体作業を増やしたくなかった。
けど念のために、そのツリーフォクが逃げ去る姿を見送ることにした。
周囲に敵影がなくなり、安全が確保されたのを確認してから、俺は木こりの人たちが作業する場所へと戻っていった。