百四十一話 試作と確認
木の魔物から取った枝や根を持って、クロルクルの町まで引き返してきた。
出て行ってから数時間も経っていないためか、門番の人に呆れられてしまった。
「おいおい。外に出て行ったのは、薪集めをしに行くためだったのか? 薪なら、木こりが働いている場所に行けば、たんまり手に入るぞ」
俺は違う違うと身振りする。
「外壁の上から森を眺めたとき、動く木を見つけたから、会いに行ってみたんだ。この背中のは、その動く木からとったもの」
説明すると、門番は少しキョトンとした後で、驚いた顔になった。
「おい、まさか、木に欺き根這うモノ――ツリーフォクを見破ったってのか!?」
「はい。弓の材料に使えないかなって思って、探しましたし」
証拠を示すために、切って持ってきた根を手に取り、ゴム板のように曲げ伸ばしする。
これで門番は本当のことだと確信したようで、ずいっと俺に顔を寄せてきた。
「倒したツリーフォクの死体はどこにある?」
「どこって言われても……」
森の中を進む目印なんてあってないようなものだから、ツリーフォクっていうらしきあの木の魔物と戦った場所まで、口で説明するのは難しい。
俺が困っていると、門番は肩を落とした。
「森の中にある場所なんて、説明しにくいよな。それにしても、あーあ、もったいねえ」
「そんなに残念がるなんて、あの魔物って貴重だったり?」
「ツリーフォクは、他の木と見分けがつけにくいわりに、工芸用の高級木材になるんだ。一匹まるまる換金すれば、金貨に手が届くってぐらい、珍しい材料なんだぞ」
「へぇ、そうだったんだ……」
それはちょっと惜しいことをしたな。
けど、見つけ方は分かったから、倒したツリーフォクを取りに行かなくてもいいかな。
俺が惜しんでいないからか、門番はまた呆れた感じになった。
「次にツリーフォクを倒しにいくときは、人足を連れて行けよ。人が嫌なら、荷引き用の馬でもいいからよ」
「そうします。また倒しに行くかは、これから作る弓の出来次第だけどね」
門番と別れて、俺は壁に囲まれた通路を通って、クロルクルの町中へと入っていった。
道具屋で弓作りに必要な道具を買った後、取った宿の一室で弓を作成した。
故郷で狩人のシューハンさんから教わった通りに、持ち帰ったツリーフォクの木材を組み合わせて、何張りか作ってみた。
それぞれの弓は、よく曲がり強く戻る根を、弓にどれぐらいの量を組み込んだかで、違いを出している。
まだ弦は張らずに、一つ一つの曲がり具合を確かめていく。
「二、三日、接着剤が、落ち着くまで、養生しないと、本当の具合に、ならないけど――ん、ん゛う!」
具合を確かめるだけで、思わず声が出てしまうほど、どれも強い弓になっている。
でも、ツリーフォクの根を一番多く組み込んだ弓は、唸って力を入れても少ししか曲がらなかった。
この弓は強過ぎて、使い物にならないな。
水を纏う攻撃用の魔法を使えば、完全に引くことはできるだろうけど、引き切る前に弓が耐えられずに破断するだろうな。そもそも、引き放ったとき、耐えられる弦がない気もする。
この弓は失敗作だから除外して、どの弓を今後使うかを選定していく。
……根の量が二番目と三番目に多い弓が、いまの俺にはいい感じだ。
三番目は普段使いに最適な強さだけど、水を纏う魔法の使用を考えると二番目が最有力かな。
とりあえず、この二つは残しておくことにしよう。
その他の弓は武器屋に売ることを考えて、養生が終わった後で、綺麗に見えるように形を整えるかな。
強すぎる失敗作も、好事家に売れるかもしれないから、こちらも同様にしよう。
弓の作成が一段落ついたので、使った道具を片付け、木の切り屑なんかも一ヶ所に集めておく。
その後で、俺は鉈を抜き、かざす。
ツリーフォクと戦ったとき、魔法で赤熱させてしまったので、不具合が出ていないか確かめるためだ。
前世の常識からすると、熱で刀身が曲がり、柄は黒焦げになっていないとおかしい。
けど傍目では、そんな様子はない。
とりあえず、柄を外してみた。
そして、金属の部分だけになった鉈の持ち手、その端を掴む。
「炎を纏わせる、刃の部分を赤熱させる……」
呪文のように小声をだして、攻撃用の魔法で、鉈に炎を纏わせるイメージを固めていく。
十分だと判断したら、魔塊を解して生み出した魔力を使い、魔法を発動させる。
ツリーフォクと戦ったときと同じで、鉈の刃の部分が赤熱し、少しだけ火を吹いている。
鉈の刃が空気を焼く、その匂いと熱さを感じた。
けど、持っている手の感触は、冷たい鉄を持っているのと同じもの。
熱が全く伝わっていないみたいだ。
俺は持つ場所を、少しずつ上へと移動させていく。
刃のついているギリギリまで持っても、握っている手に熱は感じなかった。
けど、それより上――真っ赤な刃に手を触れさせたりはしない。
触ったら火傷では済まないことは、発している熱波から容易に想像がつくからだ。
この魔法では柄の部分は熱くならないと分かったので、俺は魔法を止める。
鉈の刃が、急冷されたかのように、元の色に戻った。
手をかざしてみても、先ほどまで熱々だったのが嘘だったかのように、刀身から熱を感じられない。
指で触れるのは怖いので、床にある木屑を拾い、鉈に振りかけてみた。
少し待っても、煙が木屑から出てこない。
恐る恐る鉈に、指をちょんちょんと触れさせてみた。
全く熱くない。
そこでじっくり触ってみる。
魔法がかかってなかった柄部分よりは少し温かいけど、人の体温が移った程度の温かさでしかない。
どうやら、この刃を赤熱させる魔法は効果を止めれば、すぐに安全な状態に戻るみたいだ。
使いやすい魔法がまた一つ手に入ったことに、俺は喜んだ。
そして、せっかく鉈の柄を外したんだから、本格的な整備をしようと、鍛冶魔法を鉈にしようしていく。
そのとき、妙な感触が伝わってきた。
「……あれ?」
生活用の魔法に使う体細胞から生み出す魔力が、浸透しにくくなっている。
正確に言うと、鉈の持ち手や背の部分はいつも通りなのに、魔法で赤熱させていた刃の部分だけが、遅々としか魔力が通らない。
まさかと思って、今度は鉈の刀身全体を、攻撃用の魔法で赤熱させる。
十秒後に止め、もう一度鍛冶魔法を使用してみた。
予想した通り、先ほどと違って、刀身全体に鍛冶魔法の魔力が通りにくくなっている。
どうやら、攻撃魔法の火を纏わせると、鉄になんらかの変化が起きるようだ。
でも、水の魔法を鉈に纏わせたときは、なんの変化もなかった。
この違いはたぶん、この世界の六属性――四属性二側面区別法の理が、関係しているんじゃないかなと思う。
そのことを深く考える前に、俺は一つ重大なことに思い至った。
この鉈に鍛冶魔法が通じなくなくなったのなら、整備のために砥石を買わないといけないよな。
……いっそのこと、この鉈は火を纏わせる魔法専用にして、新しい鉈を作ってしまおうかな。
予想外の事態だけど、もう夜も更けてきたので、今日はもう寝てしまおう。
一晩じっくり寝てから、どうするかを考えることにしたのだった。




