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百四十話 木の魔物

 劇団と行商が来ると知った次の日、俺は矢の補充などの用意を整えると、クロルクル周辺の森に出かけることにした。

 一度闘技場の中にいき、高い壁に囲まれた通路を通り、大門横の通用口へ進む。

 門の番人が俺を見つけて、声をかけてきた。


「よぉ、鉈斬り。ターフロンさんに娼婦を宛がわれたって聞いたが、どうだったよ」

「楽しかったけど、終わり際はお互いにぐったりだったよ」

「あはははっ、それはすごい。それで、その女を自分で買うために、森に一人で出稼ぎか?」

「そんなんじゃないよ。あと、一人なのはいつもの通りだから」


 喋りながら通用口を通ろうとすると、一つ注意を受けた。


「この町じゃ、どんな魔物や動物でも、食い物として全身を換金できる。荷物持ちを連れたほうが、より稼げるぞ」

「それは次の機会だね。今日はとりあえず、森の中をもっと知りにいくだけだから」

「そうか。怪我ないようにな」


 門番と別れ、俺は森の中に入った。

 そして木々に飲まれた街道から離れるように、森の奥へと進んでいく。

 クロルクルの町は、魔の森のただ中にある。

 そのため、町から少し離れただけなのに、かなり森の緑が濃い感じがした。

 近くにある葉っぱを一枚手に取り、観察する。

 前世や森の際で見たものよりも、少し厚みがあり、生きる力強さを感じた。

 立ち並んでいる木も、内側から木肌を破らんばかりに、太く大きく成長している。

 そんな生命力のある植物が、ここでは見渡す限りに存在していた。

 たぶん、どの魔の森でも、深部はここと似た光景なんだろうな。

 森の草木の匂いを感じながら、周囲を警戒しつつ前に進む。

 魔物や野生動物の楽園で獣道だらけだからか、藪漕ぎが必要なほど、下草は生い茂っていない。

 けどそれは、草むらの中に身を隠すことが難しい、ということでもある。

 木々に飲まれた街道沿いには、たくさんの草むらがあったのは、魔物たちがあえて残しているのかもしれないな。



 さて今回、俺が狙っているのは、ゴブリンやオークなどのありふれた魔物でも、食料になる野生動物でもない。

 見つけたいと思っているのは、クロルクルの外壁上から見えた、動く木の魔物だ。

 先日、壁のある通路内で大量の魔物と野生動物を倒したけど、そのときは一匹も見かけなかった。

 不思議に思ったけど、魔物の大量駆除は、街道の安全を確保するためだと知ったとき、ある予想を立てることができた。

 それは、木の魔物は街道近くにはいないか、居ても魔物を連れて逃げる人を追いかけなかったんだろうってこと。

 この予想を確かめるために、俺はこうして街道から外れた森の中を歩いて、木の魔物を探している。

 けど、歩けど歩けど、見つからない。

 立ち止まって周囲を見回すと、木々だらけの光景が目に入る。

 遠目でも木の魔物は樹木そのものな見た目だった。違いは動くか動かないかだけ。

 もし人が近づくと木に擬態する特性をもっていたら、普通の木と区別することは難しいだろうな。

 俺は少し考え、近くの木を登って、高い場所から周囲を観察することにした。

 木の中ほどまで登り、観察に邪魔な枝葉を鉈で落として、視界を確保する。

 その後で、木の魔物がいないか、周囲を見回していった。

 観察すること数分。

 少し遠くに、木々の間を移動中の、木の魔物を発見した。

 俺はすかさず弓矢を握り、その魔物に狙いをつけ矢を放つ。

 弓から飛び出した矢は、枝葉のない空間を通り抜け、木の魔物の幹に突き刺さった。

 その様子を確認した俺は、素早く木から降りて、その魔物がいる方向に向かって走る。

 ほぼ一直線で駆け続け、矢が当たった付近に到着した。

 数分と経っていないのに、動く木の魔物の姿はない。

 焦らず、矢が刺さった位置と同じ高さに目を向けて、周囲を確認していく。

 どれもこれも、人ひとりでは腕が回らないほど、太い幹をした気にしか見えないな。

 ……けど、見つけた!

 幹に刺さった矢を、巧妙に枝に茂った葉っぱで隠していたから、見つけるのに時間がかかった。

 正体を看破した俺は鉈を抜くと、その木――に擬態している木の魔物に近づく。

 初めての相手だから、全方位を警戒しながら、徐々に接近していく。

 鉈の当たる距離になると、俺は思いっきり鉈を振り上げた。

 すると、斬られてはたまらないとばかりに、木の魔物が動き始めた。

 

――ギゾギゾギゾ


 木がしなる音と、大量に何かが滑らかに動く音が、同時に鳴っているような音が聞こえた。

 俺は警戒して、大きく後ろに跳ぶ。

 その瞬間、木の魔物の根元が持ち上がり、多数に枝分かれした根が飛び出す姿が見えた。

 それだけじゃない。

 人の顔を模した木の仮面のようなものが、幹の中央に浮かび上がった。

 その顔は、ギチギチと音を立てながら、大きく口を開く。


「オオ、オ、オ、オ、オオ」


 木の洞に風が入り込んで鳴っているみたいな、声とも音とも取れないものが、その口から発せられている。

 俺は、出てきた根、鳴く口、そして動き始めた枝葉に注意を向ける。

 前世には絶対にいない生き物だ。

 一度戦ってみて、勝つにせよ引くにせよ、どんな相手か確かめておきたいな。

 俺は鉈を構え、再び徐々に近づいていく。

 けど、木の魔物は戦いを拒否するように、意外なほどに滑らかに動く根を蠢かせて移動して、距離を取ろうとしている。

 戦いを忌避する性格の魔物なのか?

 俺は小首を傾げながらも、それなら一撃で倒そうと、鉈に攻撃魔法の水を纏わせる。

 続けて足にも薄く魔法の水を纏い、アシストの力で一気に接近して切り倒してしまおうと考えた。

 けど、俺が攻撃用の魔法を使った瞬間に、木の魔物の動きが変わった。


「オオ、オオ、オオオ、オ、オ」


 再び特有の鳴き声を上げると、逃げるのを止め、こちらに蠢く根をいくつも伸ばしてきた。


「!? この!」


 予想外の動きに面食らいながらも、俺は鉈で根を切り払った。

 鉄並みのオーガの肌すら斬り裂く攻撃だ。

 木の魔物の根は、綺麗な断面が見えるほど、鋭利に切断された。

 けど、蛇のように伸びてくる根は、まだまだたくさんある。

 俺は鉈を振り続けて、そのことごとくを斬り刻んでいく。


「でぇやあああああ! とやあああああ――あっ?」


 調子よく切っていったある瞬間、唐突に鉈が根に食い込んで止まってしまった。

 どうしてと鉈に目を向けると、纏わせていた魔法の水が、いつの間にかなくなっていた。

 急いで補充しようとして、ある光景を見て驚き、つい声を上げてしまう。


「根が、魔法の水を吸い取っている!?」


 そう。鉈が根に触れている部分から、纏わせた水がどんどんと失わられていた。

 俺は力任せに鉈を引き抜くと、事実を確かめるべく、生活用の水を手から出して、その根に当てる。

 すると、スポンジみたいに、あっという間に吸収してしまった。

 どうやら、魔力で生み出した水なら、どんなものでも吸収する特性があるようだ。

 それどころか、魔力で作った水を取り込むと、より根が元気に動くようになったみたいだ。

 どうやら、こちらが使う魔法を吸収して、なんらかの変化が起きているようだ。

 その様子を見て、ふと思い出した。

 サーペイアルの海にいた、ホヤとナマコを足したような魔物は、魔力で作った水を飲ませると大きくなる特性があったっけ。

 ということは、魔物の中には、種族もいるってことか……。

 なんでもかんでも、魔法で解決できるほど、この世界は甘くないらしい。

 そのことを教えてくれた木の魔物は、俺が得意な水の魔法が効かない可能性が高いなんて、皮肉が効きすぎだ。

 俺は魔物の根に吸収される前に、鉈と足に纏わせていた水を解除した。

 その途端、木の魔物が鳴き始めた。


「オ、ォオ、オオオ」

「もっと寄越せって言いたいのか? 嫌に決まっているだろ」


 独り言に近い返しをしながら、俺は戦い続けるか引くか考える。

 そこである思いつきが浮かび、二つの選択肢をひとまず棚上げすることにした。


「水が吸われるんだったら。これなら、どうだ!」


 俺は生活用の魔法で、手から火を生み出して、木の魔物の根を炙ってみた。

 すると、嫌がるように、根が俺から距離を取った。

 それどころか、木の魔物は一転して、逃げようとし始める。


「オ、オオ、オオオオオオ」

「火が苦手だと分かれば!」


 俺は走って接近しながら、こちらを追い払おうとする根を、手から出した火で炙って退けさせる。

 そして、幹近くまで接近し終わると、鉈を力の限りに叩き込んだ。


「でぇやああああああああ!」


 渇いた木に刃を打ち込んだような、渇いた高い音がした。

 鉈は魔物の幹に深く入り、かなり大きな傷をつける。

 けど、太い幹に大して、この一撃は軽傷って言えるほど、小さなものだ。

 これぐらいじゃ、木の魔物に致命傷は与えられない。

 そんなことは、十分に承知していた。


「水と同じように、火を鉈に纏わせる……」


 俺は口から言葉を出してイメージを強めながら、魔塊を解した魔力で、火の攻撃用の魔法を使用した。

 すると、鉈の刃が赤熱し、火を噴き上げ始めた。


「オオ、オオオオオオオ!」


 幹を焼かれる痛みがあるのか、木の魔物は大きく鳴き始めた。

 効いていると分かり、俺は鉈で無理やり横に引き裂くように力を籠める。


「おおおおおぉぉりゃああああああ!」


 固まったバターの塊に冷たいナイフを入れたときのような、重たい抵抗と共に徐々に押し入る感触が、手に伝わってきた。

 赤熱した鉈で徐々に燃え裂かれる感触に悶えるように、木の魔物の根が地面の上で暴れ回っている。

 暴れる根が俺の足に当たるけど、全身を守る魚鱗の布の防具のお陰で、大したダメージはない。

 気にせずに、鉈を横へと押し続け、やがて振り抜けた。


「オオ、オ、オ、オ……」


 幹を横一文字に、赤熱した鉈で焼き裂かれると、木の魔物は段々と力を失っていった。

 やがて、根の動きが止まり、茂っていた葉っぱが花吹雪のように散り始める。

 その様子を見て、何気なしに手で炭化していない部分の幹を押してみた。

 すると、切り倒された木のように、徐々に後ろへと傾き始める。

 慌てて退避すると、周囲の木々の枝葉を折りながら、地面に横倒しになった。

 重たい音が響き、空へ逃げ飛ぶ野鳥のものらしき羽音が聞こえた。

 どうやら無事に倒せたようだとほっとしながら、俺は木の魔物の死体を見分していく。

 触った感じ、幹や枝は普通の木と、大して変わりがないように思えた。

 木こりや材木を扱う職人なら違いが分かるかもしれないけど、俺は狩人のシューハンさんから弓矢に使える木の選別しか習っていないのだからしょうがない。

 けど、そんな俺でもわかるほど、自由に動き回っていた根は、とても弾力性があるとわかる。

 ぐっと折り曲げると、抵抗しながら形を変える。

 片手を放すと、曲げる前と同じ形に戻った。

 強い弾性のゴム板か、筋トレ用の曲がるスプリングに近い感触だ。

 いくら折り曲げても、木の繊維が破断しないようにも見えるな。

 弓矢に使うには曲がり易すぎるけど、組み合わせしだいでは使えないこともない感じだ。

 試作を考えて、この木の魔物の根と太めの枝を、大量に持って帰ることにした。

 木の枝と周囲の木に絡んでいたツタを組み合わせ、簡易な背負子を制作。

 その背負子が耐えられる限界まで、木の魔物の根と枝を積み、森の中に来たばかりだけど、クロルクルの町まで引き返すことにしたのだった。

 

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