百三十九話 後のお楽しみ
朝になって、俺はスプートム娼館の外に出た。
色々と張り切ったことと、ウィヤワが底なしだったから、全身がだるい。
このまま別の宿をとって、一日中寝ていたい。
そんな俺とは違い、娼館の戸口まで見送りにきてくれたウィヤワは、とても溌剌とした顔をしていた。
「なんだか、ごめんなさいね。私もたっぷり楽しませてもらっちゃって」
好きでこの仕事についていると言っていただけあって、本当に満足そうにしている。
心なしか、彼女の肌艶が増しているような気もする。
こちらも楽しかったし、ためにもなったけど、それ以上に疲れがきている。
これは男女差なのかなって考えていると、ウィヤワが抱き着いてきた。
「うふふっ。あなたとは体の相性がいいみたいだから、お金が貯まったら、会いに来てよね。また遊べる日を待っているから」
気楽に遊びに誘うような口調に、俺は肩をすくませる。
「俺としては娼館遊びよりも、体の動かし方を路上で教えて欲しいな。昨晩は結局、最初のコツってやつしか教えてもらってないし」
「あら、それはダメよ。私は娼館の娼婦だもの。路上での売りなんてしていないわ。それに、アレを教えるのは、こちらが満足するまで遊んでくれたオマケなのよ」
だから、スプートム娼館でウィヤワを一晩買えと、そう迫ってくる。
「ウィヤワは高いんでしょ。なら、すぐにお金は貯まらないよ。だから、最初のコツってやつを身に着けてから、会いに来るよ」
「あら。あなたなら、金貨二枚なんてすぐに稼げるでしょ。ほら、オーガを生け捕りにできるぐらいなんだから、森に入って倒して売れば、簡単に稼げるでしょ?」
「そっか、金貨二枚か……」
サーペイアルとターンズネイト家で稼いだ分があるので、十日以上もウィヤワを買うことはできる。
それに、クロルクル周辺の森は、魔物と野生動物が豊富そうだ。それらを倒してお金を稼ぐことは、簡単だろう。
けど、一晩で石ゴーレムの核二つ分のお金が消えると考えると、二の足を踏みたくなるなぁ。
「……明日明後日とは約束できないけど、また会いに来るよ。次は、もう少し体の動かし方に比重を置いてくれると、こっちは助かるけどね」
「むぅ、分かったわ。けど、出来る限り早く来てね。待っているから」
次の遊びの先払いのように、ウィヤワは俺の頬にキスをする。
その後で手を振って、娼館の中へと戻っていった。
俺はほんのりと温かくなった頬に手を当てて、娼婦にのめり込む人の気持ちが、少しは分かった気になったのだった。
朝食を屋台で取る。
長く運動して空腹なことと、体の疲れを取るために、朝から肉料理を食べることにした。
柑橘系のジャムを塗って焼いたアバラ肉に歯を立て、スジ肉を煮込んだ香草スープに口をつける。
いい色に焼けた猪ステーキに齧り付いて、脂の美味しさに頬を緩ませる。
お腹がやや落ち着いてきた頃、町の様子が前と少し違っているようなきがした。
通行人たちが、なにかをソワソワと待っているように見える。
俺は追加注文がてら、屋台の店主に声をかける。
「内臓肉の串焼きをください。それでさ、ここの住民が楽しみにするような催しが、近々あったりするの?」
「はいよ、ただいま。あと鉈斬りの兄さんは、昨日にやった魔物の一斉駆除の理由を知らなかったんで?」
「理由? こうやって、美味しい肉を食べられるようにするためじゃないの?」
「あははっ、それも合っていますよ。けど、肉を取るのは副産物ってやつです。本命は、ここと外とを繋ぐ道を、極力安全にするために、魔物の数を減らしたんですよ」
「へぇ……。ということは、住民が心待ちにする誰かが、この町にくるってこと?」
「はい。この町には、定期的に旅の一座と行商の一団が一緒にくるんですよ。ターフロン親分が、楽しみは多い方がいいって、別の町の偉い人にナシをつけてくれたそうで」
「そうなんだ。でも、魔物を減らしたとはいえ、そんな大所帯が森を通るなんて、危なくないか?」
「いえいえ。鉈斬りの兄さんに勝るとも劣らない、凄腕の用心棒を何人もつけてますからね。危険はないですよ。それどころか、用心棒のあまりの強さに、この町に来ようとしているヤツらが、勝手に便乗しようとするぐらいでして」
そういえば、クロルクルから近い町では、多くの人たちがここにこようとたむろしていた。
彼らの中には、ここにくるという劇団と商隊の一行に便乗しようと、待っていた人がいたんだろうな。
なんて考えていると、いい感じに焼きあがった串焼きを、店主が差し出してきた。
受け取って口に入れると、内臓肉特有の濃い滋味が口に広がる。
「もぐもぐ。一座と行商がくるのは分かったけど、そんなに楽しみにすることなの?」
「そりゃあ、この町は娯楽が少ないですから。それと店に並んでいる品物は、森で獲れるもの中心で、あまり変わり映えしませんからねえ。かといって、誰もが森を気軽に行き来できるわけでもないので」
「……なんだか、他にも理由があって口ぶりに聞こえたけど?」
指摘すると、店主はこっそりと秘密を明かしてくれた。
「実は、その行商ってのは奴隷商人でしてね。主に女性の犯罪奴隷を、この町に卸しにくるんですよ。中には、借金が膨らみ過ぎて、どうやっても返せそうにない、女性の借金奴隷もいたりするらしいです」
「……それで?」
いまいち理由が呑み込めないでいると、もっと踏み込んだ説明をしてくれる。
「この町は、男より女が少ないんですよ。とはいえ、男同士でヤルわけにもいかないでしょう?」
「ああー。奴隷を買って、処理をさせようってことか。娼館に通い詰めるよりかは、安上がりだろうしね」
「その通りです。ま、多くの奴隷は、ターフロン親分みたいな強くて金を持っている人か、娼館が買い上げるんですけどね。だから、一足早い新しい娼婦のお披露目って意味合いもあるんですよ」
住民が心待ちにしている理由は分かった。
けど、昨晩に性欲は使い果たして、いま充填している最中だ。
なので、そうなんだ、としか思えなかった。
でも、魔の森に囲まれた町までくる演目や商品がどんなものかは、ちょっとだけ気になったのだった。




