百三十六話 壁に囲まれた通路での戦い
クロルクル内にある、高い壁で囲まれた長い通路。
その中ほどで、集められた弱者区画の住民たちが、武器を構えて魔物の到来を待っている。
そこに、森の中から魔物を引き連れてきた人たちが、すれ違っていった。
「今回は、いつになく大量だから、気張れよ!」
「足止め、頑張ってくれよ!」
逃げ足自慢なのか、つむじ風みたいな速さで、一気に闘技場まで逃げていく。
逃げる彼らを追いかけて、かなり多くの魔物と少数の野生動物たちが、開かれた大門を通った。
そして追いかけづつけて、集まった住民たちと衝突する。
「ギギィイイアアアア!」
「グルルルルウウウウ!」
「くそ、くそおおおお!」
「やってやるうううう!」
魔物は住民たちを蹴散らそうとし、住民たちは魔物の行く先を食い止めようとする。
人間は武器を使い、魔物と野生動物たちは粗末な道具や自分の肉体を用いて、お互いへと攻撃していく。
「グギィイィ――」
「痛ぇ、いてぇよおおお!」
双方に怪我をする者がでてくる。
けど、どれほどの数を集めたのか、ひっきりなしに大門を通って通路に入ってきている。
数の差による圧力で、最前線にいる人たちが、支えきれずに交代を始めた。
そんな様子を、俺は弓矢を手にしながら、少し離れた位置から見ている。
なぜ矢を魔物に向かって放たないのかというと、ターフロンに投げ入れられて肩を痛めた男に止められているからだ。
「弱っちいヤツらが押されることは想定内なんだ。集まった魔物が、この通路内に入りきるまで、矢を打つのはやめてくれ」
「それはまた、どうして?」
「ここの魔物はな、矢とかの遠距離武器を打ち込むと、逃げ出す性質があるからだ」
俺がクロルクルにくる際にも、待ち伏せを弓矢で追い払ったりしたっけ。
きっと、同じことを、ここに来る人や、出ていく人もやっているんだろう。
だから魔物たちは、遠距離武器は危ないものって認識して、射かけられたら逃げるようになったのかな。
そうなると、壁の上にいるっていう、射手からの射撃は、まだ行われないことになるんだけど。
疑問に思っていると、突然にホイッスルのような音が鳴り響いた。
すると、通路の先で開いていた大門が、閉じ始めた。
「ギギギィ!?」
魔物の多くは閉じ込められると気が付いたようで、慌てて引き返そうとする。
けど、野生動物は狂乱して暴れ回るし、魔物も集まった数が数だけあって思うように移動出来ていない。
やがて門が閉じられると、少数は外へ出られたようだったけど、多くが逃げ遅れてしまった。
そのときだった。左右の壁の上に、弓矢やボウガンを持った人たちが現れた。
「放てえー!」
壁上の誰かが号令すると、魔物や野生動物に向かって、弓矢が雨のように降り注いだ。
「ギャギャガアアアー!」
「グルアアアンオオオ!」
体の各所に弓矢が刺さり、数多くの悲鳴が上がった。
どうやらもう弓矢を射ってもいいようなので、俺も曲射で集まっている魔物へ矢を放つ。
狙いをつけなくても、あれだけ集まっているので、なにかには当たる。
さんざん矢でつるべ撃ちにされて、魔物と野生動物たちはバタバタと倒れていく。
だけど、退路を断たれているからか、覚悟を決める個体が出るのも早かった。
「ギギイイイイイイ!」
「ブヒリウウウウウ!」
あるゴブリンとオークが、手の道具を振り上げて鳴き声を上げる。
すると、右往左往していた魔物たちが、一斉に闘技場のある方向へと逃げ始めた。
その流れについていくように、生き残りの野生動物たちも走りだす。
通路の真ん中に陣取っている側からすれば、魔物が一斉に襲い掛かってきたようなものだ。
大慌てで、迎撃の体制になる。
こうして、二度目の衝突が起きた。
「グギイイアアアアア!」
「こっちに来るんじゃねえ!」
魔物は死にもの狂いで、住民たちの戦列を突破しようとする。
住民たちも必死に、追い返そうとする。
混戦になり、壁の上からの矢の援護は期待できない――って俺は思っていた。
しかし、壁の上にいる射手たちは、住民も魔物もお構いなしに、矢を降らせ始める。
「なっ!?」
暴挙に驚いて、思わず声が出てしまった。
少し離れた位置にいる、俺たちに矢は振ってこないが、住民たちの中には矢が刺さった人も出始めている。
「ぐあああああっ、くそ。だからこの役割は、イヤなんだ!」
「魔物だけ狙えよな、この下手くそお!!」
住民たちは魔物や野生動物と戦いながら、壁上へ文句を言う。
けど、射手たちは意に介した様子はなく、矢を撃ち続ける。
「あはははっ。この仕事がイヤなら、強くなって闘技場で力を証明するか、町から出ていくこったな!」
「武器や道具作りで貢献するって方法も、アリだぜ!」
「どちらもできないお前らだからこそ、壁役ぐらいしか任せられねえんだけどなぁ!」
安全地帯で弓矢を放ちながら、射手は文句を言う人たちをゲラゲラと笑う。
彼らを引きずりおろしたくなったけど、いまは詰めかけてくる魔物と野生動物の処理が最優先だ。
弓矢を引いて、危険そうな人を援護するために、矢を放っていく。
一匹ずつ着実に減らしていくが、用意してある矢の数より、向こうのほうが多い。
あっという間に打ち尽くしてしまい、ここからは鉈と手裏剣の出番だ。
俺が前に出ようとすると、冒険者たちと肩を痛めた男に止められた。
「矢が降っている中に行くなんて、危ないですよ」
「そうだぜ。お前さんはターフロンの兄貴に気に入られているんだ。このまま闘技場に戻ったって、お咎めはないはずだ」
俺を説得しようとする彼らの目を見て、その本心を探る。
なんとなく、俺の護衛と称して、闘技場まで引き返したいという思惑が見えた気がした。
彼らの気持ちは分かる。
けど、目の前の困難から逃げ出した人を、ターフロンや町の住民たちは受け入れない気もしていた。
だから、俺は彼らの意見を無視して、戦列へと向かう。
そして、住民たちの間をすり抜けてきたゴブリンに、鉈を叩き込んだ。
「ギギィ、ベグ――」
もうちょっとだったと言いたげな鳴き声を残して、ゴブリンは倒れる。
死んで動かないことを確認してから、俺は住民たちの間に潜り込んだ魔物を中心に、狩っていくことにした。
頭、首、胴体狙いで、鉈を振るう。
一対多になりそうになったら、六方手裏剣で何匹かを足止めして、連携を乱して一匹ずつ仕留めていく。
こうして素早く魔物を仕留めていくからか、壁上の射手は俺の近くに矢を降らせてこない。
彼らだって、好んで味方に矢を当てたいわけじゃないようだ。
こうして俺の周囲だけ、ぽっかりと穴が開いたように、矢が降らなくなった。
このことを、近くで戦っていた住民たちが気付いて、俺の近くに集まってきた。
人が集中してくると、段々と戦いにくくなってきた。
離れろと言っても、頭上から降ってくる矢を怖がって、きっと離れようとはしないだろう。
なので、俺の周囲にいる人に、指示を出してやることにした。
「隣にいる奴と二人一組で、一匹ずつ狙え。多少後ろに逃がしたって、行先は闘技場の中で、袋小路だ。町の中に入られる心配はしなくていい」
年下の俺に指示されて、ムッとした顔をする住民もいた。
けど、俺は彼らのことは構わずに、魔物たちの中へ突出する。
その際に、全身に薄く魔法の水を纏わせ、魔物たちの攻撃で傷つかないようにしている。
俺という寄る辺を失った住民たちは、慌てて仲間を組み始めたようだ。
「お、おい、二人組になるぞ。このままじゃ、また矢が降ってくる」
「いま後ろを見たら、二十人ぐらいが呑気に突っ立ってやがる。魔物を通して、ヤツらにも働かせなきゃ不公平だ」
そんな声の後で、倒される魔物たちが上げる悲鳴の頻度が上がる。
そして、傍観していた冒険者たちとあの男が、大慌てで戦う声もしてきた。
「うわわっ! 来たぞ!」
「後ろに逃がしているんじゃねえよ! しっかり足止めしろ!」
「うるせえ! お前だって足止め役だろうが! お前がやれ!」
前と後ろで言い合いながらも、住民たちは魔物の進行の足止めをし続けているようだ。
その間にも、俺は鉈でときどきパンチで、魔物を次々と沈めていく。
「おおおお、りゃああああああ!」
「ブグギイイイイ――」
水の被膜を纏わせた右ストレートで、オークの猪のような頭を粉砕し、体を後ろへ吹っ飛ばす。
何匹かの魔物と野生動物が巻き込まれて、地面に倒れ込んだ。
間断が開いた隙に、鉈を大きく空振りして、少しでも血脂を刃から払い落としておく。
鉈は重量で獲物を叩き切る武器なので、刃の鈍りはさほど重要じゃないけど、切れ味は少しでも戻しておくことに越したことはない。
どれほど戻ったかは、ダークドッグで試し切りをして確かめた。
「だああああああああああ!」
「ギャヒイインン――」
顔を半分ほど抉り飛ばし、ダークドッグは倒れる。
俺が散々暴れたものだからか、多くの魔物たちから目をつけられたようだ。
魔塊に余裕はあるし、体力もまだまだある。
次はどう蹴散らそうかと考えていると、その魔物の群れの奥から雄叫びがやってきた。
「グウオオオオオオオオアアア!」
叫んだナニカは、集まっている魔物たちを蹴散らしながら、こっちに近づいてくる。
ダークドックをもう一匹倒しながら、そちらに顔を向ける。
特徴的な赤肌と二本角を見て、オーガだとわかった。
前に闘技場で戦った個体よりも、さらに筋肉が盛り上がっていて、やけに強そうにみえる。
いや、闘技場にいた個体は、飼育されていて弱っていたようだった。
こっちに来るオーガの見た目こそが、クロルクル周辺のオーガの本当の姿なんだろうな。
そんなことを冷静に考えながら、鉈に魔法の水を纏わせようとした。
そこに、壁上から声が降ってきた。
「鉈斬り! オーガは生け捕りにする決まりだ! 引き付けながら、生け捕りの仕掛けがある闘技場まで、連れて行ってくれ!」
「なんなら、そこら辺にいる使えないヤツを餌に、闘技場までおびき寄せたっていいぞ!」
射手たちめ、壁上は安全だからって、勝手なことを言うなよな。
けど、引き付けながら闘技場まで下がるのなら、やってやれないことはないか。
俺はオーガの胸に鉈を斬り当てて、ヤツの敵愾心をこっちに強く向けさせる。
「さあ、ついてこい!」
「ゥガアアアアアア!」
俺に挑発されたとわかっているんだろう。
オーガは雄叫びを上げると、周囲の魔物を巻き込みながら、俺に攻撃しようとしてくる。
俺はゴブリンを引き裂いたその手爪を避けつつ、牽制するように鉈を振い、大きく後ろに下がった。
これで俺が逃げ腰だと思ったのか、オーガは獰猛な笑みを浮かべる。
そして他の住民たちは無視して、俺だけを狙って追撃してきた。
狙い通りだけど――
「――引き付けながら移動っていうのも、なかなか難しいな!」
周囲にいる人への警告代わりに、大きな独り言を放ちながら、闘技場へと下がっていく。
オーガはさらに追ってきて、住民たちの戦列を超える。
これから先、オーガが俺に興味を失って、反転して住民たちに襲い掛かったら大混乱になる。
だから俺は、適度に攻撃したり生活用の魔法で顔に水をかけたりして、敵愾心の維持に努めつつ、闘技場まで逃げていく。
俺に遊ばれていると思って怒ったのか、オーガは赤い肌をより赤くして、どうにか俺の体を爪で引き裂こうと頑張り始める。
終いには、掴みかかって噛みつこうとまでしてきた。
間一髪で掴む手を避けながら、どうにか闘技場の中まで逃げ切ることに成功する。
追ってきたオーガも中に入ってくると、入り口に鉄格子が下りた。
これで、オーガはここから外に出られない。
けど、オーガを捕まえる仕掛けって、あったっけって周囲を見回す。
すると、最前列の観客席にいる人たちが、鉤爪付きの鎖を持っている姿が目に入った。
仕掛けって、ずいぶんと原始的で人力なものなんだ。
そう呆れている間に、観客席にいたターフロンから号令がかかった。
「やれぇい!」
「とりゃあああ!」「そりゃああ!」
前列にいる人たちが、オーガに向かって鎖を投げた。
かなり距離があるため、多くは外れたが、数本がオーガの腕や体に巻き付く。
そして、鉤爪がオーガの体にかかり、鎖がピンと伸びた。
「ググゥウウガアアアアア!」
「なにしている、もっと鎖を投げないか!」
ターフロンの声に、またいくつもの鎖が、引きちぎろうとしているオーガに飛んだ。
鎖と鎖が絡まり、鉤爪に鉤爪が重なっていく。
少しすると、オーガの体は、すっかり鎖で絡みつくされてしまった。
怪力なオーガとはいえ、十本以上の鎖に雁字搦めになっては、身動きが取れないようだ。
憎々しい視線を、ここまでおびき寄せた俺と、号令を発していたターフロンに向ける。
俺は警戒しながら構えているが、ターフロンは落ち着き払った様子で、新たな命令を出す。
「枷をつけてやれ」
出口の格子が上がり、分厚い木の枷と鎖付きの鉄の首輪、そして赤く熱された鋲を持った人たちが現れた。
「ウグオオアアアアアアア!」
何をする気か悟ったのか、オーガが暴れるが、絡みついた鎖で満足に身動きが取れない。
その間に、オーガの足に木の枷が、首に鉄の首輪がつけられた。
首輪の合わせ目にある穴に、熱された鋲が入れらると、器具で押しつぶされる。
これで、首輪が溶接されて、外れなくなったようだ。
枷がはまったオーガの姿に、ターフロンは満足そうに告げる。
「新たな『一』の試験官だ。丁重に飼ってやれ」
枷をはめた作業員たちが、そのままオーガをどこかへと引っ張っていった。
それを見送ってから、ターフロンは立ち上がり、腰に差していた幅広な剣を抜く。
「あとは、通路内にいる魔物の掃討だ。このまま弱者に任せていたのでは、日が暮れても倒しきれないだろうからな」
観客席にいた人たちは、ターフロンの言葉に苦笑すると、全員で移動を始めた。
ほどなくして、闘技場の底に集まり、そのまま壁に囲まれた通路へと攻め入っていく。
俺が水の魔法を解きながらその様子を見ていると、ターフロンが隣に立って声をかけてきた。
「よくやった、鉈斬り。お前は十分に働いた。後は休んでいていい」
「……そうですか。ならそうさせてもらいますよ」
俺は鉈を収めると、お言葉に甘えて休むことにした。
でも、戦況は気になるので、通路の横にある壁上に行き、上から住民たちの戦いを観戦することにしたのだった。