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百三十五話 弱者の仕事

 クロルクルの宿屋に宿泊した。

 他の町によくある感じの宿屋で、値段は結構安かった。

 安さの理由を宿屋の主人に聞くと、教えてくれた。


「ここにきた多くの人は、すぐに家を持ってしまうんだ。宿屋を使うなんて、お兄さんみたいな来たばかりの人か、この町にくる商人。あとは、酔って家に帰るのが面倒になった人ぐらいなもんさ」


 そして値段が安いほど、酔客が寄り付きやすくなるらしい。


「けど、強者区画と弱者区画だと、また事情は別なんだけどね」

「その二つの区画にある宿は、こことは違う感じなんですか?」

「そりゃそうさ。強者区画の宿は、すごく居心地良いって聞くよ。至れり尽くせりで、金がある人なら、普通の宿には戻れないって噂だよ。弱者区画はそれとは逆で。宿代はかなり安いけど、客を押し込めるだけ押し込む部屋になっているらしいよ」

「話を聞くと、強者区画はともかく、弱者区画の宿に人が入りそうもないんですが?」

「いやいや。弱者区画の家は、修繕がされてないからね。雨の日とか冬の寒い日とか、家にいられないって、住民が宿に逃げ込むらしいよ」


 雨漏りや暖房関係で、宿を利用するのか。

 部屋に人をすし詰めにするって話は、冬の暖房費を浮かすための、宿屋の知恵なのかもしれないな。

 色々と教えてくれた主人に頭を下げてから、俺は割り当てられた部屋に入る。

 防犯のために、枕元に手裏剣を何個か置いて、就寝する。

 この用意は無駄に終わり、何事もなく朝になった。

 宿屋を出て、朝食を取るため、道路上にちらほら現れた屋台を巡っていく。

 肉料理が一番安くて、野草のスープ、果物、パンと他の穀物の順に、値段が高くなっているみたいだ。

 クロルクルは森に囲まれているから、人間が作る小麦などの穀物は手に入りにくいんだろうな。

 逆に、肉は森に野生動物や魔物がたくさんいるため、簡単に手に入るに違いない。

 他の客がどんなものを食べているか確認すると、肉と果物を一緒に頼む人が多いみたいだ。

 それに倣って、俺も肉と果物を頼んだ。

 店主は俺から銅貨を受け取ると、顔ほどもある大きな葉っぱを、くるりと巻いて器を作る。

 その中に、細切れの肉をどっさりと入れ、こちらに渡してきた。

 箸やフォークなんかはついてこないようで、最初は葉っぱの器に口をつけるようにして食べて、最終的には手づかみになるようだ。

 果物は、屋台の店主がポンカンのようなものを一つ選び、皮を剥いてこちらに渡す。

 頼んだものを受けとった俺は、道を歩きながら、それらを食べ始める。

 油がたっぷり乗った焼いた肉には、しっかりと塩味がついている。

 ちょっとしょっぱいぐらいだ。

 水気がほしくなってきたので、ポンカンみたいな果物を一房分口に入れ、がぶりと噛む。

 すると、レモンとオレンジを合わせたような味が、口内に広がった。

 なるほど、この果物で口をさっぱりさせて、肉の味に飽きないようになっているのか。

 屋台料理なのに、よくできているなって、ちょっと関心した。

 そうやって料理を堪能しながら歩いていると、不意に遠くが騒がしくなったことに気がついた。

 何が起きているのかと興味が湧いて、騒がしい方に、足を向けてみることにした。





 騒がしかったのは、弱者区画だった。

 といっても、祭りや喧嘩で喧しいかったわけじゃない。

 武装した数十人もの人たちが、手当たり次第に家の扉を叩き、中に居る人に向かって怒鳴っているからだった。


「こら、開けろ! 今日は、あの日だって、通達してあっただろうが!」

「テメエもクロルクルの住人なら、役目を果たしやがれ!」

「そうだそうだ! テメエたちみたいな、なんの役にも立たないヤツらが、この町のなかで生きていけるように、こっちが取り計らってやってんじゃねえかよ!!」


 そうやって怒鳴られて、家の中から人が肩を落としながら出てきた。

 彼らもまた武装していているけど、連れていかれたくないって態度をしている。

 こうして素直に出てくる人もいれば、逃げ出す人もいるようだ。


「あ、窓から逃げやがったぞ!」

「捕まえろ! そんで最前送りだ!」


 何人かが窓から外にでて、通路を走り始める。

 けど、彼らを追いかける人たちの方が、足が速い。

 あっさりと胴体にタックルを食らい、逃げた人たちは全員捕まってしまった。


「やめろー、やめろー! あんな怖い目はもういやだー!」

「オレ以外にも住民はいるだろう! そっちに役目を振ってくれ!!」


 ぎゃんぎゃん泣き言を言うが、容赦なく連行されていく。

 逃げさせないためか、人引き台車に乗った檻の中に、逃げた人たちが入れられた。

 それからも、何人もの人たちが集められていき、だいたい五十人ぐらい集合することになった。

 その光景を見ていた俺に、人を集めまわっていた一人が、近づいてきた。


「おう、ちょうどいい。テメエもこいや」

「こいって、どこにです?」

「あん? もしかして参加するのが初めてなのか? そうかそうか、それならよりいい。なに、オマエに仕事を斡旋してやろうって言ってんのさ。仕事が終われば、たんまり金が入るぜ。危険なところを率先してやれば、娼館の女もあてがってくれるぜ。きししっ」


 うさんくささ全開だけど、何をするのかちょっと興味が湧いた。


「仕事って、どんなものをするんですか?」


 俺がやる気を出したと勘違いしたのか、その仕事とやらの説明をしてくれた。


「なに、冒険者とやることは一緒だ。魔物を殺すんだよ」

「……それだけですか?」

「おう、それだけだ。ま、ここに集めた全員でやってもらうからな。それなりの数が相手ってことはわかるだろ?」

「それは、まあ」


 魔物を倒すだけなら、大したことはないな。

 どうして、弱者区画の住民たちは、嫌がったのだろう?

 何かしらの裏がありそうだけど……。

 いざとなったら、攻撃用の魔法を使おうと決めて、彼らの案内についていくことにした。

 やがて案内されたのは、昨日オーガと戦った、あの闘技場の底だった。

 俺たちだけでなく、弱者区画の他の場所からつれてこられたらしい、他の人たちの姿もあった。

 ざっと、合計で二百人ぐらいかな。

 集められた顔ぶれを眺めると、大半が怯えている人たちで、残りは諦めたような顔をしている。意気込んでいる人は、とても少数だ。

 その少数の中に、一緒に森の中を進んだ、あの五人の冒険者たちの姿を見つけた。

 向こうもこちらを見つけたようで、人をかき分けながら、こっちに近づいてくる。


「やあ、兄さん。奇遇ですね」

「なにかと縁があるみたいね。一緒に行動しましょ」


 にこやかに声をかけてくる彼らの中に、一人だけ不思議そうに俺を見ている人がいた。


「どうかした?」

「あ、いえ。ここに集められた人は、あの区画にいる人だけって聞いたので。あなたがいることが、少し変に思えてしまって」

「変って、どうして?」

「いえ、その。オーガを倒すような強い人は、住民の誰かに誘われて、別の区画に行くだろうって、風の噂に耳にしたもので」


 だから俺がここにいるのは、不自然だと言いたいらしい。


「俺はあの区画に泊まっていたわけじゃないよ。通行中に呼び止められたんだよ。仕事があるって」

「ああ、それなら納得です」


 俺の説明に、胸のつかえがとれた顔になった。

 そんな話をしている間に、クロルクル町内に続く出口が、格子で閉ざされた。

 ざわざわと集まった人たちが騒ぐ中、観客席にこの町の取りまとめ役な、ターフロンが現れた。


「よくぞ集まってくれた。今日は二十日に一度の、大掃討の日だ。諸君らには、この先の壁に囲まれた通路にて、我が手勢が森の中から引きずり出してくる魔物たちと、交戦してもらうことになる」


 ターフロンの言葉に、集められた人たちの目の大半が、陰鬱としたものに変わる。

 きっと彼らは、この仕事をやったことがあり。その困難さを、身をもって知っているのだろう。

 彼らの意気を少しでも上げるためにか、ターフロンは言葉を続ける。


「諸君らの役目は、魔物の足止めである。それ以上のことは期待していない。諸君らが奮闘して魔物の足が鈍らせたのならば、周囲の壁の上から射手が矢で魔物を殺していく。もちろん諸君らは魔物の攻勢を受け止めるので、危険が伴う。だが、それに見合うだけの報酬は約束しよう」


 その報酬がよほどいいものなのか、死んだ目をしていた人の何人かが、気持を入れ替えたような顔つきになった。

 俺は説明を聞いていて、一筋縄ではいかなそうだなと、ちょっとだけ心配になった

 そう考えていたとき、不意にターフロンと目が合った。

 彼は俺の方をじっと見つめ、観客席にいた人を呼び寄せる。

 そして何かを言うと、観客席内で人探しが始まった。

 やがて、ターフロンの前に出されたのは、俺に声をかけてきた男だった。

 二言三言言葉を交わしたあとで、男の方が大声を上げた。


「そんなっ! あの坊主が、鉈斬りだったなんて知らなかったんですよ!?」


 悲痛な叫びに、ターフロンは気分を害したようだ。


「ウルセエ。闘技場の出来事を見もせず、かといって噂話もろくに聞かねえような能無しは――」


 ターフロンは男の襟首を掴むと、筋肉で隆起している腕で釣り上げた。

 そして、観客席から闘技場の中へ、男を投げる。


「――魔物の足止め役に、降格だ!」

「そんなあああああああああ!?」


 落下地点にいる人たちが慌てて逃げ出し、投げ込まれた男は肩甲骨あたりから着地し、ごろごろと地面を転がった。

 しかしすぐに、肩を痛そうに押さえながら立ち上がる。

 大した怪我はしていないようで、押さえている肩を回して、具合を確かめる余裕すらあるみたいだ。

 彼を投げたターフロンは、興が削がれた感じの顔になると、どこかに合図を送る。

 すると、町の外へ通じる闘技場の入り口を塞いでいた、鉄格子が上がった。

 俺は開いた鉄格子の、さらに先の先に目を向ける。

 すると、俺と五人の冒険者が来た時には、閉じられていた外壁の大門が、大きく開け放たれていた。

 もうすでに、何匹かの魔物が、門の内側に入り込んでいる。

 さらに魔物の後ろから、かすかに大勢が移動する地響きのような音が聞こえてきた。

 きっと、ターフロンが言っていた、彼の手下が魔物を大勢連れてきた音だろう。

 闘技場に集められた人たちの顔に、緊張の度合いを増す。

 そこに、ターフロンからの声が降ってきた。


「さあ、仕事に取り掛かれ。クロルクルに住む者は、魔物との闘いからは逃れることはできないのだからな」


 さっさと行けと言わんばかりの言葉に、集められた人たちの半数ぐらいが自棄になったようだった。


「チクショウ! やってやる、やってやるからな!」

「生き残って、金を手に入れて、女を抱いてやる!」

「旨いもの食って、酒をたらふく飲んでやる!」


 わっと声を上げると、彼らは一目散に、開け放たれた大門がある方向へ走り始めた。

 その人の流れに、他の人たちは一人また一人とついていき、あっという間にほぼ全員が走りだす。

 俺は五人の冒険者、そしてなぜかターフロンに投げ込まれた男と共に、その流れから外れた場所でゆっくりと移動を始める。

 俺は弓矢を使うつもりなので、後方に位置するつもりだ。

 けど、冒険者たちと彼は、どうする気なのだろうか?


「俺と一緒にいないで、先に行ったら?」


 そう言葉をかけると、双方から意見が返ってきた。

 まずは、冒険者たち。


「い、いや。オレたちの強みは、仲間同士による連携だからな」

「そ、その通りよ。あんな人ゴミに入っちゃったら、上手く助け合えないわよ」


 続いて、投げ込まれた男。


「弱い奴らがいくら集まったところで、大量の魔物をすべて防ぐことはできない。なら、通り抜けてきた少数を狙って倒すことが、賢い戦い方ってもんだ」


 とりあえず、両方とも考えはあるようなので、放っておくことにした。

 なにせ、ターフロンの手勢が連れてきた大量の魔物が、開かれた大門から入ってきている。

 あれと戦わないといけないなら、冒険者や男を気にするような余裕は、ないに違いないからだ。

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