百三十四話 弱者の集まる区画と外壁の上
色々と驚いた強い人が住む区画を去る。
そして、あの五人の冒険者が向かったはずの、弱い人が集まるという区画に向かって歩いていく。
やがて見えてきたその区域は、先ほどの場所とは真逆な感じだった。
多くの建物の外壁がひび割れていて、中には壁が崩落している家もある。
建物のほとんどが居住用なのか、他の場所と比べて、店が少ない。それどころか、屋台の類も一切ない。
道路には多数のへこみがあって、ガタガタだ。
そんな道の脇には、ところどころに椅子や机が置かれている。
ここの住民らしき人たちが、その机に座って、タバコを吸い、酒らしきものを飲みながら、なにかのボードゲームをやっている。
机の上に硬貨が積まれていることから、賭け事をやっているようだ。
そんな彼らの多くは、体に武器や防具をつけていない。
他の場所では、通行人ですら、何らかの武器は持っていたので、少し変に思った。
とりあえず、この場所の様子を見て回ろうと、道路を進んでいく。
椅子や机についている人たちが、俺に顔を向ける。
けど、走り寄ってきたり値踏みしてきたりしてきた他の場所とは違って、まるで新顔をただ見て覚えようとしている感じだ。
俺に興味がないというより、闘技場の出来事を一切知らないような風に見える。
それこそ、彼らにとってこの区域の出来事だけが、世界のすべてであると考えてそうだ。
大して見るべきものはなさそうなので、違う場所に行こうかな。
そう考えていたとき、俺の近くにある机、そこに集まっている人たちが、大声を上げた。
「うわああああ! くそっ、なんで!?」
「これで奴さんの五連勝だぜ。サイコロ運が良すぎだろ!」
どうやら賭けに負けた人たちが、悲鳴を上げているだけのようだ。
賭け事には興味がないので、横を通り抜けていく。
すると、俺の行く先を、賭けで負けたらしき一人が阻んだ。
「……なにか?」
警戒しながら尋ねると、その男はこちらを拝み始めた。
「な、なあ兄さん。少しでいいんだ。銅貨を恵んじゃくれないか?」
「イヤです」
どうせ負けを取り戻すために、賭けに突っ込むに決まっているので、速攻で断った。
そもそも、見知らぬ人にお金を上げる理由がないし。
横を通ろうとすると、また別の人が立ちふさがってきた。
「兄さんは、金に困ってなさそうじゃないか。少しぐらい、オレらみたいな弱者に恵んでくれたって、いいだろうに」
その勝手な言い分に、言い返す気もなくなり、ただ通り過ぎようとする。
するとまた、別の男が立ちふさがり、他にも二人が行く手を遮った。
「どいてよ」
心底邪魔に思って、一言だけ告げる。
賭けに負けたらしき人たちは、俺から力ずくでお金を奪う気になっなのか、身構え始める。
たしか、武器を町中で抜いちゃいけないのが、クロルクルの掟だった。
だから、こちらも素手で構える。
そのまま少しにらみ合いをしていたが、不意に道を阻んでいた男たちの気勢が失われた。
「あんたと戦う気はねえよ。ケガしてもつまらねえし」
「へへっ、すまねえな。ちょっと賭け事で熱くなっちまったんだ」
彼らは愛想笑いと負け犬のような目で、俺の行く先を開ける。
何かの作戦かと思って、俺は警戒しながら歩きだす。
けど、本当に彼らは戦う気が失せたみたいで、肩を落としながら賭け事に戻っていく。
……なんだかよくわからない出来事だ。
釈然としない気持ちを抱えたまま、弱者が集まる区画を通り過ぎていった。
日も暮れ始めたので、今日の観光の最後に、クロルクルの外周ににある壁に上ってみることにした。
外壁に備えつけられた階段を、一段一段上っていく。
五階建てのビルに相当する壁の頂上に続く階段だ。それなりの距離がある。
これほど長い階段は、前世ぶりだなって、ちょっと苦笑いしたくなる。
段々とエレベーターが恋しくなってきた頃、ようやく外壁の上に到着した。
「ふぅ~」
深呼吸をして、動機を少し落ち着けてから、壁の上からの景色を見てみた。
壁の外は見渡す限り、森林が広がっている。
木の高さは壁よりもやや低い程度でそろっているので、濃い緑色の敷物が広がっているようにも見えた。
その木の高さを生かして、魔物が外壁を乗り越えてこれなくするためだろう。クロルクル周辺の木々は、伐採されている。
そして、いままさに木こりによって、木が一つ切り倒されるところだった。
傾いていく木が周囲の枝を折る音の後に、大太鼓を強く打ち付けたような重い音が一つした。
倒木の音によって、一瞬周囲が静まり返ったところに、一陣の風が吹く。
風に揺らめいた枝が奏でる葉擦れの音が、耳に心地よく入ってきた。
この世界では、森の中は危険がとても多い。
だからこうして、ゆったりと森の光景を見て、音を聞いたことはなかった。
これだけで、クロルクルの町にきた意味があったと思う。
もっとも、それは俺が前世の記憶を持っているからだ。
きっと、この世界に生まれ育った人たちには、共感してもらえないだろうな。
そうやってしばし景色に感じ入った後は、当初の目的である、魔の森の観察に移る。
壁の上からでは枝や葉が邪魔して、森の中の状況は見難い。
けど、全く見えないということもない。
木々の間には、ぽっかりと穴があいたように、枝葉が存在しない箇所がいくつもある。
そこに目を集中させれば、森の中の様子を窺うことができる。
俺は外壁の上を移動しながら、断片的に見える森の中の情報を拾っていく。
何匹かずつ集まって行動する、ゴブリンやオークたち。
それより多くの群れで、同種同士で集まって移動する野生動物。
オーガの姿も、一匹だけ確認できた。
そして、今までで見たことのないモノがあった。
それは、ゆっくりと移動している木。
始めはなにかの見間違いかと思ったけど、ゆっくりと周囲の木をかき分けるようにして、移動している姿が見えた。
それは一本――いや、魔物だろうから、一匹だけじゃない。
幹の太さや大きさはマチマチだけど、森の各所に点在して移動している。
あれがどんな魔物かは知らないけど、街道が瞬く間に森に飲まれた理由の一因なんじゃないかって思えた。
新しい魔物を見つけ、それが木でできているのを見て、俺はクロルクルから離れるのは先延ばしにしようと決意した。
ちょうど弓を新調しようと考えていて、魔物の素材の多くは装備品に有用だ。
なら、あの木の魔物を倒して得た木材で、弓を作りなおそうと思いついたからだった。




