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百三十一話 枷付きのオーガ戦

 オーガの雄叫びの後に、ターフロンが演説を始める。


「試験の一番は見ての通り、鉄並みに硬い肌、十人並の筋力、爪と刃は生半可なナイフよりも切れる、オーガとの戦いだ! 貴様はゴブリン四匹を瞬く間に倒してのけたのだ、この戦いでも活躍を期待するものだ!」


 観客たちから、わっと歓声が上がった。

 それを聞きながらも、俺はオーガの様子に気を配る。

 オーガは、足にはまった枷をどうにか外そうとしている。けど、持ち前の腕力をもってしても、足枷は外れないみたいだった。

 その姿を見るに、あっちから襲ってくる心配はなさそうだ。

 警戒は続けながら、俺は鉈を戻して、弓矢を手に取る。

 戦う準備を進める間にも、ターフロンの演説は続いている。


「だが、ただ一人でオーガと戦い討ち果たすことは、いささか無茶に過ぎる。なので、このような物を用意してある」


 言いながらターフロンが掲げたのは、掌大の砂時計だ。


「貴様は一人だけだからな。片側に入っている砂がもう片方へ、一回落ちきるまで生き残れたら、クロルクルの住民として迎え入れることを約束しよう」


 そうは言うけど、掌大の砂時計だ、一分や二分で落ちきるわけがない。

 前世で見た砂時計より造りが甘いことを考えても、五分や十分は落ちるまでかかりそうに見える。

 どれほどの時間がかかるのだろうかって考えていると、ターフロンが俺を慰めるような言葉を放ち始めた。


「なに、心配しなくとも、オーガの首と足にある枷は外さん。そして、どうやら弓矢を使うようだからな、砂が落ちるまで逃げ回ることも許そうではないか」


 寛大そうに言っているが、逃げ回ったところでオーガの餌食になると思っていそうな口ぶりに、俺には聞こえた。

 だから、俺はターフロンに言い返す。


「その砂が落ちきる前に、あのオーガを倒した場合は、どうなるんだ?」


 この質問に、闘技場全体が一瞬だけ静まり返った。

 次の瞬間には、笑い声が木霊する。


「あはははっ! おい、アイツ、オーガを一人で倒す気だぜ!!」

「いいぞ、兄ちゃん! いい啖呵だ! 言ったからには逃げ回らずに戦えよ!!」


 観客が爆笑する中、ターフロンも面白そうな顔をしていた。


「ほほぅ、ならばやってみせるがいい。そのオーガを倒しても、住民として迎え入れるぞ。そして、替えのオーガを捕らえる部隊に、参加してもらおうではないか」


 出来るはずがないという感じの言葉に、見ていろって気持ちになる。

 俺は弓と矢筒を、鉄格子に閉じられた入り口に置く。

 そして、鉈を引き抜いてから、ゆっくりとオーガに近づいていった。

 観客たちは、俺の行動を面白がる。


「あはははっ。弓矢じゃなくて、鉈で戦う気だぜあいつ」

「オーガに会ったことないんだろうな。刃のある武器は、オーガの肌に通じないってのによ」


 そんなヤジを聞き流しながら、オーガの手が届くよりも、二歩離れた位置で立ち止まる。

 オーガは足枷を外すことを諦め、俺と向き合う。

 こうしてオーガと間近で対峙して、分かったことがある。

 枷があるオーガの首と足には、長年つけている証のように、擦過傷が繰り返ったような痕があった。

 そして、体躯がやや痩せている。

 さっき、オーガを捕まえる部隊、とターフロンが言っていた。

 ということは、このオーガは少なくない時間、首と脚に枷をはめられて、檻かどこかに閉じ込められていたのだろう。クロルクルにやってくる人が、『一』の番号を選ぶまで。

 さらにこの試験の条件を聞くと、オーガが勝った場合、檻に戻される未来しかないに違いなかった。

 首と足の枷がされたままなのは、試験を受ける人のためじゃなく、再度捕まえるために必要だからだろう。

 その境遇に、ちょっとだけ同情する。

 かといって、助けようとは思わない。

 俺は冒険者だ。

 魔物を殺し、その体の一部を奪うことで、日々を生きている。

 なのに境遇が可哀想だからと、このオーガを助けようとしたら、それは偽善よりも醜悪な行いだ。

 そう理屈で納得しようとしていることに、小物の言い訳めいているなって自嘲する。

 大きな男を目指しているならと、オーガと目と目を合わせながら、戦う理由をこう告げることにした。


「俺のために、死んでもらう」


 人間の言葉は通じていないだろうけど、俺のこの一言の意味合いは通じてくれたらしい。

 オーガは俺を強敵と認めるような目になると、左腕を上げ、右腕を下に垂らす、変な格好になる。

 枷があって満足に足が動かせないために編み出した、独自の構え方だろうか。

 俺は疑問を抱きながら、鉈を両手で構えて、じっとオーガと向かい合う。

 お互いに隙を窺って動かずにいると、観客席からの声も段々と静まってきた。

 やがて、風以外の音が消え、静寂が耳に痛いほどになる。

 少しして、見入っていた観客が何かを手放してしまったのか、何か硬いものが落ちた甲高い音が響いた。

 音が鳴った瞬間に、俺はオーガに駆け寄った。

 オーガは近づく俺を見て、上下に開いていた両手をワニの口のように閉じることで、攻撃しようとしてくる。


「ヲアアアアアアアアア!」

「だあああああああああ!」


 俺は横に跳んで手爪の攻撃を避けながら、オーガの腹に鉈を叩き込む。

 背が伸び膂力も上がった今なら、オーガの皮膚を斬れるのではないかと思っての行動だ。

 けど、俺の考えは外れた。

 オーガの腹には打撲痕はあるが、刃で切れた痕はない。

 やっぱり無理かと思いながら、オーガが振るってくる手をしゃがんで避ける。


「ヲゴオオオオオ!」


 オーガは枷で両足が拘束されているにも拘らず、体を傾けたり、腕の振るい方を変えて、手爪で俺を切ろうとしてくる。

 俺は体運びで避け、鉈を盾にして防ぎつつ、後退した。

 オーガは追いかけようとするが、両足にはまった枷で、つんのめる様にして立ち止まる。


「ヲルルルルゥゥ」


 オーガは枷に向かって憎らしげな声を上げると、立位前屈のように体を曲げ始めた。

 そして、両手を地面につけると、顔を俺の方へと向ける。

 短距離走のスタート時のような姿を見て、嫌な予感がした。

 俺が身構え直すと同時に、オーガは左右の手と両足で地面を蹴った。


「グヲオオロロアアアアア!」


 雄叫びを上げながら、両手を交互に地面につきながら、両足は揃えて地面を蹴り、こっちに迫ってくる。

 まるで疾走する野犬のようだと思っていると、本当に犬のように、オーガは俺を噛もうとしてきた。


「くっ、このッ!」


 噛み付きを避けながら、オーガの背中に鉈を当てる。

 けどやっぱり、刃は通じなかった。

 仕方がないと、俺は体の内側にある魔力の塊――魔塊を解して攻撃魔法用の魔力を精製する。そして、その魔力で生み出した水を、体表とタイツ状の魚鱗の布で作った防具の上に纏わせる。

 すると、前に倒したオーガもそうだったけど、このオーガも魔力を感知できるようで、俺から一気に距離を離した。

 そして警戒する素振りで、こちらを観察し始める。


「ヲウゥルルルルル……」

 

 まるで、このまま襲い掛かったのでは負けると思っているのか、一向に近づいてこない。

 俺から近づいてみても、迫った距離の分だけ、オーガは逃げる。

 でも、逃げはするが、戦う意思がなくなったというわけではないみたいだ。

 なにせ、オーガは虎視眈々と、俺の隙を窺う目をしているんだから。

 けど観客からは、オーガが戦意喪失をしたと見えたんだろう。

 ブーイングが飛んできた。


「この腰抜けオーガ! なにやってやがる!」

「折角面白くなってきたところだってのに、戦えってんだよ!」


 先ほどまでの静寂が嘘のように、周囲から轟々と声が振ってくる。

 俺とオーガはそれを聞いていないかのように、一定距離を保って対峙し続けた。

 けど、このまま長引くと、魔法で魔塊の消費し続けている分だけ、俺が不利になる。

 ここは少し強引にでも、決着をつけるべきだろう。

 そう考えて、走り寄ろうとしたその瞬間、オーガが一気に動き出した。

 迎え撃とうと構えるが、オーガは俺の直前で方向転換して、何処かへ獣のような四足の動きで走っていく。

 行き先を確認して、まずいと思った。

 なにせ、腰を抜かしたままの、五人の冒険者がそこにいたのだから。


「さっさと逃げろ!」


 冒険者たちに注意しながら、俺は纏った魔法の水のアシストで、脚部の力を増大させる。

 そして増した速力で、オーガの後を追う。

 オーガに迫ってこられている冒険者たちは、震えながら武器を振り回し始めた。


「くおおおぉぉぉ、くるなあああ!」

「近づかないでええええ!」

「ヲオオオルゥウウウウウ!」


 オーガは、俺が追いつくより先に、冒険者たちに近寄り終えていた。

 けど、目的は彼らを殺すことではなく、彼らが持っていた剣を奪うことだったようだ。

 男性冒険者の手から、力づくで剣を奪うと、足にはまっている厚い木板の枷に突き立てた。


「ヲオオオアアアアアア!」


 そして雄叫びと共に、渾身の力で剣を捻る。

 ぶ厚いとはいえ木の板だ。

 剣の刺突力とオーガの力の前に、あっけなく破断するのは当然だった。

 オーガは壊れた枷から片足を抜くと、もう肉薄する寸前まで近づいていた俺へと、大きく踏み込んだ。


「ヲオオオルルルアアアアアア!」


 そして雄叫びを上げながら、無茶な使用で曲がってしまった剣を、叩きつけにきた。

 ターフロンの言うところの、十人並の腕力による振り下ろしだ。食らわずに武器や防具で防いだとしても、あの剣で押しつぶされてしまうだろう。

 普通なら、一度避けての仕切り直しをするべき場面。

 けど、両足が枷から解き放たれたいま、長々と戦うのは悪手に感じた。

 なので俺は、体に纏わせた魔法の水の力を信じて、オーガが振るってきた剣を鉈で迎え撃った。

 重たい金属同士が合わさったような音が、周囲に響く。

 続けて、金属が折れ飛び、空中を飛んだ後、地面に突き刺さったような音がした。

 観客からのヤジが止まり、静寂があたりを支配する。

 その静けさを破るように、俺はすぐに動き出した。

 折れた剣を持つオーガの首を狙い、刃を魔法の水で覆った鉈を振るう。

 オーガは自身の圧倒的な腕力を信じていたことから、俺が平然と反撃してくるとは思わなかったようだ。

 呆気なく、鉈が当たる。

 けど、オーガは自分の皮膚にも、絶対の信頼を置いていたのだろう。

 俺が鉈で攻撃しても怪我を負わないと、そう思っているような目だった。

 だが、その考えは甘い。

 魔法の水を纏った鉈の刃は、オーガの首が豆腐だったかのように、楽々と斬り裂いていく。

 首に入っていく刃を自覚したのか、オーガは信じられないと言う顔のまま、頭と胴体が斬り離された。

 頭を失った首から、間欠泉のように、赤い血が吹き上がる。

 オーガならではの生命力なのか、そんな状態なのに、折れた剣を持つ腕が持ち上がっていく。

 だが、攻撃を完了する前に膝が折れ、近くにいた五人の冒険者の真ん中に倒れた。


「ひいいいいぃぃぃ!?」

「いや、いやあああ!!」


 首がなくなったオーガが自分たちを攻撃する気だと勘違いしたのか、冒険者たちは半狂乱な状態になると尻で後退る。

 その様子を見ながら、俺は斬り飛ばしたオーガの首を拾うと、周囲に見せつけた。

 そして、ターフロンに顔を向ける。


「これで、試験は終わりでいいんだな?」


 確認のために尋ねると、ターフロンが硬い口調で問い返してきた。


「貴様、何者だ?」


 単純に名前を返そうとして、ふと思い立って、芝居がかった口調をしてみることにした。


「俺は、バルティニー。オーガを鉈で斬り殺したことで二つ名を得た、『鉈斬り』のバルティニーだ!」


 二つ名を理由を含めて自分から告げると、観客たちが納得するような動きをする。

 そんな異名があるなら、オーガを楽々せるなというように。

 それはターフロンも同じことだった。


「ほぅ、若い見た目の割りには、二つ名持ちの冒険者だったのか。しかも、オーガを斬り殺した故の名とはな。そうと知っていれば、そのオーガの枷を外し、見栄えがよくなるよう演出できたのだがな」


 身勝手な言い分を聞いて、俺は言い返す。


「俺が聞かれたのは、どの番号を選ぶかだ。二つ名の有無は、聞かれちゃいなかったが?」

「あはははっ。うむ、その通り。なにせ、こんなクロルクルにくるようなヤツは、自分が勝手につけた二つ名を言いふらすような輩が多くてな。聞いても意味がないと、そう判断していたのだ。オーガを殺したと豪語したやつが、実際に戦わせて瞬殺されでもしたら、興ざめも甚だしいだろ?」


 少し茶目っ気を含ませた言い方をした後で、ターフロンは改めて俺と五人の冒険者たちに喋りかける。


「これにて試験は終了。諸君ら六人には、クロルクルの住民になる許可をやろう。もっとも、諸君らの戦いぶりを見た観客らが撒き散らす噂によって、待遇に差が出ると思うがな」


 ターフロンが意味深な言葉を告げると、観客たちは帰り支度を始め、闘技場の出口の格子が上がり始める。

 その光景を見ながら、なにはともあれ町に入ることはできたなと安心した。

 そして、腰が抜けて動けなさそうな五人の冒険者に手を貸してやることにしたのだった。



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