百三十話 ゴブリンとの戦い
十匹のゴブリンと、五人の冒険者たちの戦いが始まった。
ゴブリンたちは人数で勝っているが、素手では不利だと思ったのか、十匹が一斉に一人だけを狙って殺到する。
「ギギギィガ!」
「ギャギャイ!」
「やらせるか! オオオオオオオオ!」
狙われた冒険者の男性は、雄叫びを上げながら、剣を振り回して威嚇する。
ゴブリンたちはそれを見て、半数が跳びかかる素振りで威圧していく。
残りは地面に四つんばいになって、じりじりと近づき始めた。
狙われている男は、近づいてくる方と、跳びかかろうとする方の、どちらを注意したらいいか迷っているみたいだ。
「くそっ、近づくな。うおっ、た、助けてくれ!」
助けを求められて、仲間が援護に回る。
けど、どうやらそれも、ゴブリンたちの予定の内だったみたいだ。
ゴブリンが狙いを変えて、援護にきた女性の冒険者に跳びかかる。
「ギギ――ギギッイイイ!」
「えっ、きゃあ!?」
咄嗟に剣を振るって対応するけど、攻撃が浅い。
跳びかかったゴブリンは、体に浅い傷を負わせられたが、その女性に組み付いた。
そして、腕の防具のない場所に噛み付く。
「ガギギ!」
「痛い! この、なにするのよ!」
彼女は悪態を吐きながら、噛んできたゴブリンに剣を突き入れた。
この一撃は見るからに致命傷だ。
けど、噛んでいるゴブリンが息絶える前に、また何匹かのゴブリンが彼女に跳びかかる。
「えっ、ちょっと! わわわっ!?」
一斉に跳びかかられた衝撃で、彼女は尻餅をついた。
そこに、跳びかかったゴブリンたちが群がった。
「ちょ、なにするの、やめ、止めなさい!!」
「ギギギィ!」
「グギィ!!」
ゴブリンたちは、彼女の服や装備に手をかけると、無理矢理引き剥がそうとする。
剣を振り回して抵抗している。
その光景に、観客から下品なヤジが飛ぶ。
「いいぞーやれやれ! 姉ちゃんの服を引っぺがせ!」
「服をビリビリに破いて、裸にしてやれ!」
そんな応援と、剣でつけられていく多少の傷などお構いなしに、ゴブリンたちは装備を奪おうと必死だ。
そこに、別の冒険者の男性が救援にきた。
「離れろ!!」
力任せに剣を振るうことで、女性の上からゴブリンを退避させることに成功する。
だが、逃げたゴブリンの一匹の手には、彼女から奪ったと思われる短剣が握られていた。
その短剣を手にしたゴブリンが、鳴き声を上げる。
「ギギィ!」
「「「ギャィ!」」」
他の八匹のゴブリンたちは戦うことを止め、短剣を持つゴブリンの近くに集まった。
そして、短剣持ちを後ろに庇う隊形になる。
五人の冒険者たちを倒すために、奪った短剣を生かそうとしている。
どうやら本当に、この森のゴブリンは頭がいいみたいだな。
冒険者たちも、並みのゴブリンじゃないと分かったようで、気を引き締め直したようだ。
「おおおりゃあああ!」
「いくわよ!」
「ギギガガア!」
「ギャイギャイ!」
そこからは、お互いに必死になって戦い始めた。
ゴブリンは、短剣持ちを主軸に、一人ずつ倒そうと動く。
冒険者たちは防御を固めつつ、あえて素手のゴブリンを狙い、確実に数を減らす作戦のようだ。
こうなると、装備の差で、冒険者たちが有利だな。
実際、着実にゴブリンの攻撃を防御しながら、時間をかけてでも確実に一匹ずつ倒していっているし。
けど安全な方法な分だけ、戦う姿はとても地味だ。
面白みにかけるからか、観客からブーイングが飛んでくる。
「ゴブリンごときに、腰引けた戦いをしてんじゃねーよ!!」
「チマチマ戦ってんじゃねえよ! もっと派手に倒せ!!」
安全な場所から勝手なことを言っているなって、思わず呆れてしまう。
冒険者たちも耳を貸す気はないようで、また一匹のゴブリンを協力して倒した。
すると、観客は応援する対象を、ゴブリンたちに変える。
「おい! 短剣奪ったヤツ! もっと積極的に、圧力をかけていくんだよ!」
「素手のヤツらは、一人の手足にかじりついてでも、動きを止めろ!」
観客たちは、思い思いの助言を口々にしている。
ああやって言うのはいいけど、人間の言葉がゴブリンに通じるのかなって、首を傾げてしまう。
俺と同じ考えの観客もいるようで、どうにか助言しようと、身振り手振りを交えて助言する観客の姿もある。
短剣を持つゴブリンは、騒がしくなった周囲を警戒するように、顔をめぐらす。
そして、動きで助言する観客を見つけ、何かを悟ったようだった。
「ギィ――ギギギィ!!」
「「ガィギイ!!」」
七匹まで減ってしまったゴブリンたちは、また一斉に攻撃を仕掛けた。
冒険者たちは冷静に対処しようと、身構える。
そのときだ。
生命線とも言える短剣を、ゴブリンは投げつけた。
これに、狙われた男性冒険者は慌てる。
「なっ!?」
慌てて剣で短剣を弾くが、その隙に他のゴブリンたちが襲いかかる。
「ギギギイイイ!」
「ガガギイイイ!」
「ぐっ、くそ、手を噛もうとするな!」
剣を手放させようとしているのか、群がったゴブリンたちは、執拗なまでに手首や手を噛もうとしている。
このままでは、また武器を奪われてしまうと考えたようで、彼の仲間の一人が助けに入ろうとした。
「いま助けに――ぐおッ!?」
だが、助けに行く前に、悲鳴を上げて体勢を崩した。
その人の太腿に、ゴブリンが縋りつくようにして立っている。
よく見ると、そのゴブリンの手には、先ほど投げつけて弾かれた短剣が握られていた。
どうやら地面に落ちた短剣を拾って、冒険者の太腿に突き刺したようだ。
ゴブリンに群がられた男性に目を奪われた隙をつく、見事な攻撃だ。
って、ゴブリンに感心している場合じゃない。
なにせ、この戦い方の変化は、観客の助言によるものに違いないはずだからだ。
もしかして、クロルクルまでの道に出た魔物の頭が良かったのは、この見世物の戦いで生き残った魔物が戦い方を伝えたからなのか?
真実がどうかはまだ分からないけど、冒険者とゴブリンの戦いの行方も分からなくなってきた。
「いいぞー、やれゴブリン!」
「怪我したやつの武器も奪い取れ!!」
戦況が分からなくなったからか、観客たちの歓声も勢いを増す。
声援の後押しがあるからか、ゴブリンたちの動きが、よくなったように見える。
逆に、冒険者たちは応援してくれる味方がいなくて、萎縮している。
それでもくじけることなく、着実に怪我を少なくする戦い方で、ゴブリンの数を減らしていく。
一匹倒されるごとに、観客から大きなため息が出るなんて、変な光景だな。
少しして、いよいよゴブリンの数が四匹になり、冒険者より少なくなった。
これはすう勢が決まったなと判断していると、突然ゴブリンたちは戦うのを止め、冒険者たちに背を向けて走り始めた。
この闘技場のような建物の中で、いま逃走に使える場所は一ヶ所だけ。
そう、俺が立っている、この入り口だ。
冒険者たちはゴブリンが逃げたことで一息ついているし、ゴブリンたちは俺を襲う気満々だ。
特に、短剣持ちは、俺を殺してでも外に出て行くという目をしている。
俺の試験は別にあるはずなので、戦っていいのかなと疑問に思った。
けど、何もせずに襲われるのはイヤなので、手裏剣をゴブリンと同数取り出す。
そして、一匹につき一つずつ、投げつけた。
「ギグッ!」「ギァ!」「ゴゴッ!」
三匹の胴体に手裏剣が命中して、動きを鈍らせることに成功する。
けど、最後の一匹には、手にした短剣で弾かれてしまった。
「ギギギィ!!」
走る勢いのままに、短剣でこちらを刺そうとしてきた。
けど、動きは単調だし、狙っている場所もバレバレな攻撃だ。
冷静になってよく見れば、避けることは容易い。
短剣をかわしつつ足を引っ掛けて、ゴブリンを転ばせる。
その間に、俺は鉈を引き抜き、立ち上がろうとするその後ろ頭に叩き込む。
「だあッ!」
「ギッゴベッ――」
後頭部を斜めに割られて、短剣持ちのゴブリンは息絶えた。
そこに他のゴブリンたちが、近づいてくる。
食らった手裏剣を抜いて利用しようとしているけど、掴み方を誤って自分の手を傷つけてしまっている。
それでも、素手よりマシだと考えているのか、持った手裏剣をナイフのように突き出してきた。
けど、手裏剣と鉈のリーチの差で、俺の攻撃が当たるほうが早い。
一匹の首を、鉈の刃で横に斬り裂いた。
斬り返し、もう一匹の即頭部を、鉈の重量を生かして叩き砕く。
最後の一匹の攻撃を避け、その頭頂部を鉈で割った。
こうして、あっという間に四匹片付けると、観客席が静まり返った。
その後で、わっと歓声が上がる。
「よくやったぞ、兄ちゃん!」
「そういう、勝っても負けても見ごたえのある戦いを、こっちは見たかったんだ!」
さっきまでゴブリンを応援していたのに、一転して俺に賛辞を送ってきた。
現金なその様子に、俺は気分を悪くする。
応援するからには、どんな結果を見ても、一方だけを贔屓にするべきだと思ったからだ。
モヤモヤとした気分を追い払うように、俺は鉈についた血を振るって払う。
そして、疲れた様子の五人の冒険者を追い越し、この闘技場の中央まで進み出た。
「それで、俺は何と戦えばいい! それとも、あのゴブリンを殺したことで十分なのか!」
大声で観客席に尋ねると、クロルクルの取りまとめ役らしいターフロンが口を開く。
「その威勢は好むもの! では、前座はこれまで! ここからは、久々となる一を選んだ猛者の戦いぶりを、披露してもらおうではないか!」
ターフロンが身振りすると、出口の鉄格子が上がる。
やがて、俺の相手を連れてくる人たちの声が聞こえてきた。
「くそっ、大人しくしろ!」
「入り口を閉じるように伝えろ。もしコイツが勝ったら、また捕まえなきゃならないんだからな!」
どこか焦った声が聞こえると同時に、俺と冒険者たちが通ってきた入り口に、鉄格子が下りた。
そして、俺の対戦相手だけが闘技場の中に入ると、出口の鉄格子もすぐに下ろされた。
明るい場所に出てきたので、相手の全容を見えるようになった。
二メートルぐらいはありそうな背丈があり、厚い板状の木の枷がはまった両足で立っている。
両腕は自由のようだけど、首には頑丈な鉄の首輪が付けられ、長い鎖が後ろに伸びていた。
そして――
「――その真っ赤な肌と、額の二本角。お前は、オーガだな?」
問いかけると返答するように、前に出合い倒した個体よりも一回り大きい、目の前にいるオーガが吠えた。
「グッオオオオオオオオオオ!!」
その力強い雄叫びに、五人の冒険者は腰を抜かしたようにへたり込み、安全なはずの観客たちも身を引く。
一方で俺は、オーガが相手なんて思ってなかったなって、気楽なことを考えていたのだった。