百二十九話 袋小路の闘技場
門を入ってから、壁に囲まれた直線状の通路がずっと続く。
そこを歩きながら、俺は頭上を確認する。
壁の上部には、凹な形が連なっている。
今は誰もいないけど、魔物がこの通路に入ったら、射手があそこから矢を放つ仕組みのようだ。
視線を前に向け直すと、ちょっとした違和感に襲われた。
首をかしげ、それが何か確かめようと、振り返る。
おっかなびっくり歩いている五人の冒険者たちの向こうを見て、再び顔を行き先に向け直す。
分かり難いけど、どうやらこの通路、先に行くに従って、幅が狭くなっているようだ。
通路では壁しか目に入らないので距離感がつかめないため、途中で立ち止まり前と後ろを見て、見た目の差を確認しないと分からないようになっているみたいだった。
つまり、もしも魔物の大軍が一斉にこの通路に入ったら、途中で詰まるような仕組みになっているわけだ。
きっと、クロルクルが魔の森に囲まれてから、魔物に対抗するために作った工夫だろうな。
なかなか興味深い町だなって思いながら、通路を進んでいく。
やがて、通路の先に壁が見えた。
行き止まりかと思いきや、壁の下部に鉄格子がはまった入り口がある。
あれがクロルクルに入る、第二の門ってことなのか?
ともあれ、突き当たりまで進むと、兵士風の屈強な男が五名、際どい服を着た笑顔な美女が一人いた。
あの人たち――というか女性が、門番が言っていた、受付の人だろう。
近づき、女性に声をかける。
「あの、数字を伝えるのは、ここでいいんですか?」
女性は笑顔で首肯する。
「はい、その通りでございますわ。そちらは、六名様でお一組でしょうか?」
笑顔で丁寧語だけど、とても事務的に聞こえる不思議な声だ。
前世ではよく聞いた、機械音声みたいだ。
「いえ、俺は一人だけです。あっちの五人は、別の組です」
「そうでございましたか。では、番号をお聞かせ下さいませ」
「俺は一です」
後ろの五人に身振りして、女性に番号を伝えさせる。
「お、オレたちは、十だ」
「お一人様のお方が『一』を選択。五人様のお方たちが『十』でございますね。畏まりました。それでは、この男が皆さまを、待機室へとご案内いたします。そこにて、少しばかりながら、旅の疲れをお癒し下さいませ」
女性の言葉を受けて兵士風の一人が、先導するように歩き始める。
行き先は、この行き止まりにある入り口の、さらに奥みたいだ。
俺と五人の冒険者は、その後についていく。
一本道の通路を進んでいき、とても重そうな扉を兵士が引き開ける。
そこは、三段ベッドが幾つも並ぶ大部屋だった。
「時間が来たら呼びに来る。食事は出ないが、水はそこにある。思い思いの場所で休め」
男が指す大部屋の端には、大きな壷が置いてあった。
そちらに目を向けている間に、案内してくれた男は去っていった。
休めと言うなら休ませてもらおうって、まずは壷の蓋を取って中身を確かめる。
どの壷にも半量ほどの水が入っていて、変な匂いはないため、飲んでも大丈夫そうだ。
俺は生活用の魔法で水を出せるので必要ないけど、あの五人は違うだろうなと顔を向ける。
すると彼らは、汚れた体のままベッドの上に倒れて、寝息を立てていた。
森の中では、大して休めてなかったしなって、その姿を見て俺は苦笑する。
でも、俺は寝る気にはならなかった。
この後に誰かと戦わせられると、そう予想しているからだ。
ベッドの一つに腰かけ、携帯食を齧りながら武器の整備をして、兵士風の男が呼びに来るのを待つことにした。
体感で小一時間ほど経った頃、兵士風の男が部屋の中に入ってきた。
「おい! 今から案内する! さっさと起きて、ついて来い!」
男の怒声に、俺は立ち上がり、寝ていた五人の冒険者たちはベッドから飛び起きる。
「うひゃ!? な、なんだ!?」
「黙ってついてこい。さもなきゃ、町の外へ放り出すぞ!」
「は、はいぃ!?」
五人はわたわたと、自分たちの荷物を持ち上げる。
俺たち全員が移動の準備を整えたのを見て、兵士風の男は先導を始めた。
けど、大部屋の外は一本道だ。行く先は決まっている。
通路を奥へ奥へと進むと、外の光が見えてきた。
その光の中へと入ると、途端に人々の歓声が耳に入った。
ハッとして周囲を確認する。
俺のいる場所は、三メートルほどの壁で、円形に囲まれている。
出口らしきものは、入ってきた場所の対面に一つだけあるが、鉄格子がはまっている。
視線を上に向けると、すり鉢状の壁――いや、観客席が見えた。
すでにそこには、多数の人の姿がある。
どうやらここは、前世のコロッセオのような建物の中らしい。
つまりここで、誰かに戦わされるらしい。
悪趣味だなと思いかけて、この建物の本来の目的が別にあることに気がついた。
クロルクルの外壁からここまで一直線な作りを考えると、この建物の本来の目的は、侵入してきた魔物に対する最終防衛拠点ということになるだろう。
そう考えながら、再び周囲を確認していく。
俺がいる場所にある高い壁は、魔物が乗り越えられないように、上に反しが作られている。すり鉢状の観客席に射手を配置すれば、一方的に矢で射ち殺す事が可能。そして出口は鉄格子で閉ざされている。
つまりこの建物は、侵入者の殺し場所として作られているわけだ。
さらに言えば、ここを通らなければ町に出入りできないので、入出管理がしやすいと言うメリットもありそうだった。
ということは、俺たちがここで戦わせられるのは、普段は使わない場所を有効活用するためだろうな。
勝手にそう解釈していると、誰かの声が建物内に響き渡った。
「ようこそ、クロルクルに! 我輩はクロルクルを『実力で』預かっている、ターフロンという者だ! 我輩は諸君らの到来を、心より歓迎するものである!!」
声の発生源を辿ると、観客席の中にある玉座っぽい椅子に座る、筋骨隆々なスキンヘッド男がいた。
浅黒い肌なので、第一印象はボディービルダーだ。
そのスキンヘッド男――ターフロンは、良く通る大声をさらに放ってきた。
「歓迎はするが、クロルクルは魔物の領域に囲まれた、厳しい場所である! それゆえ、弱き者、特技のない者を、この町に受け入れることはできん! 諸君らは、今日この場で、己が実力を我々に示さねばならん!!」
ターフロンの言葉は予想していた通りだったので、やっぱりなという感じしかない。
けど、俺とここまで同行した、五人の冒険者たちは違ったようだ。
「き、聞いてねえ! そんな話、聞いてねえぞ!」
「そ、そうよ! 理不尽だわ! 横暴よ!!」
口々に抗議すると、ターフロンから怒声が飛んできた。
「黙れえぇい!! 不服なら、町から出て行け! 止めはせん!!」
出て行けと言われて、五人にはクロルクルしか行き場所がないのだろう、黙ってしまった。
ターフロンはその様子を見て、話を進めることにしたようだ。
「さて、諸君らには、先ほど数字を選んでもらった。一人でやってきたものが『一』を、五人でやってきたものが『十』を選んだそうだ。この場に集まった、クロルクル住民たちよ、どちらから見たい!」
聞かれて、観客席の人たちは口々に言葉を発する。
「久々の一だ! 早く見てえ!!」「久々だからこそ後回しで、十を先だ!」「一だ!」「十がいい!」「一!」「十!」
多数の人が声を一斉に放ったので、大滝の下にいるような、轟音にしか聞こえなくなる。
けど、ターフロンは違うのか、分かったとばかりに手を上げて、人々の声を押し止めた。
「では、まずは十からにしよう。お楽しみは後に取って置いたほうが、期待感が高まるからな!」
観客たちはその判断を歓迎するように、わっと拍手を上げた。
十ってことは、五人の冒険者たちが先ってことだな。
彼らに目を向けると、戸惑っている様子だ。
しかし、ここまで案内してくれた兵士風の男にせっつかれて、中央まで歩いていく。
そしてターフロンが、五人に声をかける。
「さあ、これから諸君らには戦ってもらう。武器を手に取れ、覚悟を決めろ! では、闘技の十番、開始だ!!」
ジャーンと銅鑼のような物が鳴り、閉じられていた出口の格子が上がり始めた。
それと共に、その向こうから何かを追いたてる、人の声と物音がしてくる。
「いけいけ! やつらを倒せば、お前らは自由だぞ!」
「どうしたどうした! さっさといけ!!」
格子が上がりきった直後、出口から逆走するように、十個の影が走り出てきた。
「なっ、ゴブリンだと!?」
「十匹もいるわよ!!」
「実力を示せって、こいつらを殺せってことか!?」
五人の冒険者が武器を抜きながら出した声の通りに、それは素手のゴブリンたちだった。
「ギグガアアアア!」
「ギギイイイイイ!」
十匹のゴブリンは現れると、周囲の壁へと飛んで、どうにか乗り越えられないかと頑張り始める。
やがて無理だと悟ると、一様に顔を五人の冒険者、そして俺が立つ入り口へと向けた。
すると、十匹が一斉に雄叫びを上げる。
「ギギイイイアアアア!」
「ググアアアアアアア!」
耳障りな声で叫びながら、五人の冒険者へと走っていく。
まるで、彼らを倒さない限り、ここから出られないと、本気で信じているかのように。




