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十二話 冒険者組合

 行商人とその護衛の人たちと、ヒューヴィレの町の中で別れた。


「いやー。鍛冶で野盗の武器の修復をしてくれて助かりましたよ」

「こっちも助かりました。直した剣と腐った革鎧を買い取ってくれただけじゃなくて、鍛冶の手間賃まで頂いちゃって」


 お蔭で、大分お金に余裕が出来た気がする。


「いえいえ、正当な報酬ですよ。それで、これからどうされるのですか。鍛冶屋に奉公に行く気でしたら、ご紹介しますよ?」

「それも魅力的ですけど。護衛の人たちと話していて決めました。とりあえず、冒険者として活動してみます」


 そう決めたのには理由がある。

 俺が目標に掲げている、今世のご先祖さまのように魔の森の解放を目指すには、冒険者となるのが一番の早道なのだそうだ。

 魔の森の情報がくるのが一番早いし、実力者として知られれば貴族の私兵に取り立てられる。

 なにより、魔の森に本当に近い開拓村に行く資格が得られるのが、移住者と商人以外では冒険者だけという話なのだ。

 この俺の目標のためにお膳立てされたような職業なのだから、もうなってみるしかない!

 駄目だったら、駄目だったときに考える。

 心の中で決意を新たに固めていると、行商人のおじさんも納得したようだ。


「そうですね。若いときに、多少の無茶無謀をしておくと良いと思いますよ。では、護衛に道案内させましょう」


 馬車から離れて近づいてきたのは、野盗が襲ってきた日に一緒に見張りをしていた、あの人だった。


「そうとなりゃ、オレが案内してやるよ」

「はい。よろしくお願いします」


 そこで行商人とは別れ、二人で冒険者の組合がある建物へと向かう。

 道を進みながら周囲を見ると、貿易の中継点の町だけあって、ヒューヴィレは人が多くいる。

 方々の出店や屋台では、今まで見たことのない絵柄の陶器や香草も売っていた。

 色々と見ていると、ぐっと頭を押さえられた。


「こら。あまりキョロキョロするな。スリのカモにされるぞ」

「……いるんですか?」

「ああ。坊主と同年齢以下のやつらと、すれ違うときには気をつけろよ。見つけたり捕らえたって、町中だと盗人だって殺しちゃいけないんだしよ」

「注意するのが、そこですか」


 けど、指摘を受けたから分かるが、獲物を狙う視線が色々な場所から向けられては離れる。

 人が多くて詳しい場所までは分からないが、悪いことをする人は多そうだ。


「けど、罪を犯したら犯罪奴隷にされるのに、スリをするんですね?」


 という純粋な疑問に、馬鹿と言いたげな手つきで頭を叩かれた。


「そりゃあ、重犯罪者だけだ。スリや置き引きのような軽犯罪だと、奉仕活動、鞭打ち、罰金のどれかを選ぶことになる。大抵の悪いやつらは、鞭打ちを選ぶ。奉仕活動は期間が長いし、罰金は重い。鞭打ちなら、傷跡が残るだけで、死ぬことは少ないしな」


 そういう仕組みなのかと納得しているうちに、どうやら組合の事務所に到着したらしい。

 西部劇の映画に出てくる酒場を大きくしたような、変に開放的に見える建物だった。

 少し気圧されていると、バシッと背中を叩かれた。


「冒険者組合には、前途有望な若者って言ってやるから心配するな。行くぞ」

「は、はい。でも、後ろから押さないで下さい!」


 そうして中に入ると、内装も西部劇の酒場っぽかった。

 板張りの床の上には、丸机が何個も置いてある。そこには暇そうにしている人たちが、木の杯を片手に数字が書かれた札で遊んでいる。

 硬貨を積んでいるのを見ると、賭け事をしているみたいだ。

 建物の置くにはカウンターがあり、そこには数人の職員らしき人が立っている。

 俺は背を押されて、職員の一人の前まで歩かされた。


「よお、新しい冒険者を一名連れてきてやったぜ」


 そして、カウンターの手前でドンと押されてつんのめる。

 まったく、何をするんだと非難の目で見てから、職員の女性と向かい合う。

 すると、まるで兄弟を見るような目で、微笑ましげにしている姿が目に入った。


「あら、ふふふっ。初めまして、小さく可愛らしい冒険者さん」


 前世から一貫して嫌いな言葉である、『小さい』といわれてムッとする。

 というか、いまの俺は年齢的には平均以上はあるはずなので、小さくはない。筋肉もそれなりにあって細くないので、可愛いといわれるような体格じゃない。

 憮然としていると、その職員さんから一層微笑ましげに見られてしまった。


「ここで登録するのでいいのよね。じゃあ、年齢と名前をお願いね」

「今年で十四歳。名前はバルティニーです」

「どこの出身?」

「えっと……ここから数日移動したところにある荘園です」

「奴隷上がりなの?」

「いいえ。荘園主の子供でした。兄が二人いるので、ひとり立ちするようにって」

「ああ。じゃあ、一級落ちの二級民ってことね」


 知らない言葉だと思ったが、疑問を挟む前に次の質問がきてしまう。


「なら次に、出来ることを言って」

「えっと、出来ることですか?」

「ええ。出来ることがわかれば、仲間を紹介しやすくなるから」


 理由は分かったけど、どこまで提示していいものやら。

 鍛冶、狩り、魔法は一応出来るけど、本職の人には一歩劣るから、紹介された仲間に大言壮語だと思われるのも嫌だし。


「こいつの出来ることは、簡単な鍛冶と、易しい魔法だったな。武器は、剣と弓だったよな」


 どう伝えるか悩んでいたら、連れてきてくれた護衛の人が喋ってしまっていた。

 何を勝手にと睨むが、なぜか良いことをしただろといった顔を返される。


「ふふっ。特技はちょっとした鍛冶と魔法。武器は剣と弓を使うってことでいいかしら?」


 職員の女性の人は微笑みながら、特技の確認をしなおしてくれた。

 間違いではないので、それで良いと頷いて返す。


「じゃあ、『冒険者証』を発行するから、ちょっと待っててね」


 職員さんが奥に引っ込むと、なにかを打ちつける音が響く。

 少しして、革紐をつけた薄いメダルのようなものを持ってきて、手渡してくれた。

 表面にはバルティニーという名前。裏には交差した剣と弓矢、少し開けて杖とハンマーのイラストが刻まれている。

 これが冒険者証かと、ちょこっと魔力を使って素材を調べた。

 返ってきたのは銅の硬貨と似た感触。銅の合金製みたいだ。


「これで、貴方も一人の冒険者ね。さて、そんな新米君に注意事項を伝えがてら、ちょっとお得な提案があるんだけど。聞いていく?」


 わざわざ言ってくる、そのお得な話に興味が沸いた。


「はい。聞かせてください」

「そう、よかった」


 そこで言葉を切ると、一枚の皮紙を机に広げて見せる。

 文字が書かれていて、注意事項――というよりも約束事が並んでいる。

 受けた依頼は果たすこと。無用な諍いは起こさないこと。組合に不利益を持ち込まないこと。

 そんな感じのことが十個ほどあった。

 目を動かして読んでいると、職員さんが少し怒った顔をしているのが目に入る。


「どうかしたんですか?」

「もう、なんで文字が読めることを言わないの。二度手間じゃない。ほら、冒険者証を渡して」


 何で怒られていか分からず、言われたとおりに手渡した。

 再び奥にいき、先ほどよりも大きな音を立てて何かを打ちつけ、また戻ってくる。

 少し荒い手つきで返された冒険者証を見ると、裏面には新しく文字が入った瞳が刻まれていた。少し斜めにずれているのは、怒っていて手元が狂ったからに違いない。

 そう思っている間に、職員さんは怒気を追い出すように息を吐いた。


「ふぅ……それで、その紙に書かれていることは分かったかしら?」

「はい、大体は。常識的な範囲で人に迷惑をかけなければいいってことですよね」

「一級民の子だったようだし、その常識を信じるわ。さて、説明しなくてもよくなったし、次は提案ね。冒険者としての仕事を学ぶのに、先輩をつけるかどうかって話なの」

「仕事だけじゃなくて、この注意事項を先輩が実地で教えてくれるってことですね」

「そういうことよ。理解が早くて助かるわ。それで、どうするの?」


 少し考えよう。

 メリットとしては、先輩から依頼の見極め方や戦い方を学べる。もしかしたら、そのまま仲間にしてくれる、ということもあるかもしれない。

 デメリットとしては、その教えてもらっている期間は、先輩の言うことは絶対だろう。変な人に当たると、ただ働きさせられるかもしれない。

 考えてみると、どの先輩にあたるかという運の要素はあるけど、メリットの方が大きい気がする。

 俺には、冒険者としての知識が、まったく足りていないし。

 あと、たぶんだけど。あまりに変な先輩を、つけることはないだろう。新人に逃げられたら、人足働き系の冒険者組合は成り立たないだろうし。


「……分かりました。先輩をつけてください」

「そう良かったわ。組合預かりの借金奴隷になっちゃった冒険者から、良い子を選んでおくからね」


 言葉が少し理解できず、聞き返す。


「借金奴隷なんですか?」

「あら。一級民の子だったのに、奴隷はお嫌い?」

「いいえ、嫌いじゃないですけど。どうして借金奴隷になったのかなって」


 奴隷に落ちてしまうほど儲からない業種なのか、と思ってしまう。

 すると、職員さんは訳知り顔になった後で、理由を教えてくれた。


「冒険者って戦う業種だから、装備品にお金が結構かかるのよ。普通は貯めたお金で装備を買うんだけれどね、お金がないときに運悪く武器が壊れることがあるわけ。そのときは、組合がお金を貸して、装備を整えさせるの。返済は労働でってことでね」


 装備がなくて働けない人に、金を貸して装備を整えさせて働かせて、組合に利益を入れさせるってわけだ。


「この仕組みを利用して、先に借金して良い武器を買う、って方法もあるわよ。でも、信用のない人には大金は貸せないから、新米君には取れない手だけどね」

「その点は大丈夫ですよ。武器は持ってますし」

「うーん、革鎧ぐらいはつけた方がいいとは思うけど、武器に弓を使う子なのよね……その点は、宛がった先輩と相談しなさいね」


 職員さんは紙束を取り出し、ぺらぺらと捲っていく。

 軽く覗くと、その紙一枚一枚に名前と借金額が見えた。どうやら組合預かりの借金奴隷のリストらしい。

 職員さんはその中のある一枚を掴む。それ以降も一通り見た後で、その紙を抜き出した。


「新人教育に適した人が見つかったわ。連絡を入れるから、顔合わせは明日になるわ。宿を決めてないなら、新米君は組合事務所の寝室で泊まってほしいのだけれど」

「ここにですか?」

「ええ。新しく登録した人の中には、大きな町にきたってはしゃいで、翌日の昼に遅れてくることもあるの。だから、先輩をつけることにした人には組合事務所に泊まるのを推奨しているの」


 日本人だった俺からしてみれば、時間に遅れるなんてありえないことだ。

 しかし、この世界では時計を見たことがないし、人が時間に対してルーズになってしまうのも分かる気がする。

 時間をきっちり守るのは、前世でも日本人ぐらいなものとも言われていたしな。


「そういうことなら、ここで泊まります。宿泊料は幾らですか?」

「決まったお金は受け取っていないわ。けど、この周囲だと銅貨五枚程度が相場ね」


 なら、銅貨を五枚――いや、今後を見越して六枚渡しておこう。

 両親の選別に加えて、野盗の装備を行商人に売り払ったから、お金には余裕があるし。

 カウンターの上に六枚銅貨を乗せると、職員さんはすごく良い笑顔を向けてきた。


「ありがとう。やっぱり、一級民の子だと話が伝わりやすくていいわ」

「あれ? 払わない人もいたりするんですか?」

「そうね。十人の新人が宿泊利用したとして、払わないのが五人、銅貨を一枚か二枚払うのが三人、四・五枚が二人ね」

「あの、それだと六枚以上払う人がいないんですけど?」

「それは百人に拡大して、ようやく五人ほどだからよ」


 うーん。ということは、選択肢を誤ったかな。

 金持ちの子だと思われたかもしれない。

 いや、今世では器の大きい男になりたいんだし、この場面は多めに払っておくのが当然の選択だろう。

 現に、職員さんには好印象を持たれたようだし、結果的に良かったと思おう。

 そうして話が終わり、泊まる場所に案内してくれようとして、一緒にきた護衛の人から待ったの声がかかった。


「ちょっといいかな。職員のキミ、思わず目を奪われてしまうほどに可愛いね。どうかな、この後で食事でも行かないか?」


 呼び止めた理由がナンパとは。

 恐らく、組合事務所に入ったときから狙いをつけて、俺の冒険者登録をダシに近づこうというつもりみたいだ。

 職員さんの迷惑そうな目と共に、非難の目を向ける。

 すると、俺の肩を強めに叩き、演説を始めた。


「いいか。良い男ってのは、こういった綺麗な女性を見たら口説くんもんだ。むしろそうしなければ、女性に対して失礼だ」

「……職員さん、ものすごく迷惑そうな顔で見てますけど?」

「ふふん。それは嫌がっているフリだ。こっちがどんな口説き文句を語るか、試しているのさ。そして男は、そういった女を必死に口説き落とす。それこそが、男と女のありかたってもんだぞ。それに大きな男になる気なら、言葉一つで女性を落とし、何人も囲えるようになるよう目指してみろ」


 『大きい男』というフレーズを使いさえすれば、俺がホイホイ釣られると、そう思っているのだろうか?

 でもまあ、この状況でこの職員さんを食事に誘うのは、簡単だと思うけどね。


「そういうことなら早速。この辺りに、安くて良いお店はありますか? 教えてくれたら、お礼に奢りますよ?」


 これは暗に、ナンパをかわす材料として、俺を使いませんかと提案したわけだ。

 フリなら断るだろうし、本当に嫌がっていれば乗ってくるはずだ。

 まあ、助かると言いたげな顔を見れば、どっちか分かるというものだけど。


「あ、こら抜け駆けすんなよ。いまはオレが――」

「あら、そういうことなら、新米君にお勧めな安くて美味しい場所があるから、仕事終わりに連れて行ってあげる。でも、女性を誘うなら見栄を張ってでも、高いところに連れて行く、って言った方がいいわよ。心への響き方が違うから」

「そういうことでしたら、冒険者で大成したときに、また誘わせてもらいます」

「ふふふっ。期待しているわね、新米君」


 茶目っ気ある言葉をかけて、職員さんが事務所にある宿泊場所に俺を案内する。

 背後には、ナンパを失敗した男が突っ立っていた。


「ええぇ……嘘だろ……子供にナンパ勝負で負けるなんて……」


 声に振り向くと、すごくショックを受けている顔を拝めたのだった。


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[良い点] おもしれー
[一言] 両親の選別に加えて、→ 餞別
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