百二十八話 クロルクルに到着
歯医者に行っていて遅れました
クロルクルに向かう道中、森の中で野宿する。
夜になる前に、街道から外れた場所までいって、大きな木に背を預ける。携帯食料を一つ食べてから、夜襲されても対処できるように、うとうとする浅い寝方で睡眠を確保していく。
道中で拾った五人の冒険者たちも、俺の近くに集まってから、誰かを見張りに立てて、交代で眠り始める。
彼らは焚き火をしようとしたようだけど、落ちている生木を使っていたらしく、上手く行かずに諦めたようだ。
この夜は結局、魔物の襲撃はなかった。
朝日が木々と葉の間をすり抜けて、森の中を明るくする。
その光景を薄目で見て、俺は軽く体を解し、携帯食料を食べた。
けど、寝足りないのでもう少し、うとうとすることにする。
少しして、ちょっと眠いけど十分な睡眠が確保とれたと判断して、背を預けていた木から離れ、背伸びする。
ようやく俺が動き始めたからか、五人の冒険者たちも移動仕度を始めた。
彼ら全員の頭がふらついているのを見ると、どうやら上手く眠れなかったらしい。
たぶん、夜の森に広がる深い闇から、絶えず聞こえてる木ずれや草の揺れる音が気になってしまったんだろうな。
そんな彼らは、街道に戻って進むことを再開しても、歩き方に精彩を欠いていた。
徹夜明けのように目が定まっていなくて、注意が前方にしか向いていない、そんな感じだ。
彼らだけだったら、魔物の餌食になっていただろうなって、その様子から思う。
だって、行く先に待ち伏せがまたいるんだから。
「よッ、と!」
拾った小石を投げ入れて、存在を見破っていると、待ち伏せている魔物たちに知らせる。
前は二、三個投げれば、逃げていった。
けど、今回は五個ぐらい投げたのに、退散しようとしない。
どうやら、あの五人が寝不足だと見抜いて、こちらを侮っているらしい。
ならっと、弓矢を構えて、当てずっぽうで、待ち伏せがいる茂みに矢を打ち込んでやった。
「――しッ!」
「ギャーギャ!?」
悲鳴が上がり、茂みがガサガサと鳴った。
そこでようやく、五人の冒険者は我に返ったかのように、武器を構えて周囲を警戒し始める。
けど、彼らが警戒する前に、待ち伏せ場所にいた魔物たちが、森の中へ逃げていった。
俺は弓から鉈に持ち直すと、矢を射ち込んだ茂みに接近する。
草を掻き分けると、胸を射ち抜かれて口から血を吐きながら、這って逃げようとするゴブリンがいた。
決死の反撃にこられると困るので、姿を見た瞬間に、俺はその頭に鉈を叩き込んで止めをさす。
ゾンビ化防止に首を刎ねてから、鉈の刃でゴブリンの矢傷を開き、矢を引き抜いて回収した。
そこら辺にある葉っぱで血を拭いとって、矢筒に収める。
死体を放って歩き出そうとすると、冒険者たちから声がかけられた。
「あ、あの。ゴブリンの耳を回収しないんですか?」
いつもなら、討伐証明である耳を回収して、冒険者組合で銅貨数枚と交換する。
けど、それは普通の町村を拠点に、冒険者活動をしているときだ。
「討伐証明の部位を持っていって、クロルクルで換金できるんですか?」
クロルクル住民は魔物の素材を他の町まで持っていく、って噂を聞いたことがある。
なら、クロルクル内では、換金できないんじゃないかな。
そう思っての質問に、五人の冒険者たちは首を傾げる。
「え、それは、なあ?」
「えーっと、どうなんだ?」
彼らも知らなさそうだ。
なら、ゴブリンの耳は換金できないものと、考えておいたほうがいいかな。
「血の臭いに、他の魔物や野生動物が近づいてくるかもしれないから、ゴブリンの耳なんて取らずに行くよ」
声をかけてから、俺は先に進んでいく。
それから五人の冒険者たちは、ゴブリンの死体の近くに少し留まっていた。
けど、俺が歩みを止めないのを見てか、慌ててこちらを追いかけ始める。
そして俺が先頭で歩き、五人は徹夜明けの顔で着いてくる状態に戻ったのだった。
森に飲まれた街道上を歩くこと五日。
ようやく、木々の間から、町に巡らせた壁らしきものが見えた。
「やった、町だ!!」
「クロルクルについたぞ!!」
ここまで同行してきた五人の冒険者たちは、我先にと走り出した。
周囲の警戒を忘れているその姿に、ちょっと呆れてしまう。
けど、彼らは慣れない森歩きで、心身共に疲れ切っているようだったので、無理はないかなって思い直した。
俺はゆっくりと後を追いながら、近づくたびに段々と明らかになってくる、クロルクルの外観を見ていく。
見えるのは、自然石を積み上げて、セメントか何かで固めたような、高く長い壁。
その壁は、高さが五階建てのビルぐらいで、ぐるっと円形状に延々と町を囲んでいるようだ。
この世界でもあまり見ない異様な姿に、興味をそそられる。
さらにクロルクルに近づくと、その町の周囲で働く木こりの姿が見え、斧で木を打つ音が聞こえてきた。
そして、草を刈り取り集める人や、彼らの護衛らしき武装した人たちの姿もある。
なんだか、教育係だったテッドリィさんと行った、あの開拓村の焼き写しのようで、ちょっとだけ安心する。
働く彼らは、俺の方を一瞥すると、すぐに仕事に戻っていく。
そんな様子を見ながら歩いていって、もうすぐでクロルクルの外壁に到着――というところで、言い争う声が聞こえてきた。
その大部分が、あの五人の冒険者のものだ。
なにがあったのだろうと近づくと、門番のような人たちと、押し問答をしているようだった。
「なんだよ! 町に入るための試験って!」
「そうだ! クロルクルは、どんな人でも受け入れる町じゃないのか!」
男性冒険者二人が率先して、威勢良く吠える。
勇ましい様子だけど、門番たちの様子をもっとよく見たほうがいい。
なにせ、面倒だから殺そうかなって思ってそうな、剣呑な顔つきをしているんだから。
折角、ここまで連れてきて、殺されては徒労になっちゃうので、両者の間に止めに入った。
「はいはい、止め止め。そんなに喚き散らしていると、魔物がやってくるよ」
俺の注意に、冒険者側が黙り込んだ。
とりあえず言い合いは終わらせたので、事情を聞くために、俺は門番たちへ顔を向ける。
「それで、さっき『試験』とか聞こえましたけど、何をするんですか?」
気楽な感じに尋ねると、門番たちの顔に浮かんでいた険が取れた。
「話が分かりそうなヤツだ。ソイツらは身内か?」
「いえ、たまたま道中が一緒だっただけの、他人ですよ」
「身内ならソイツらに聞けと言うつもりだったが、なら試験の内容を教えてやろう」
随分と偉そうな態度で、その門番は語り始める。
「ここに着た者たちは、まず数字を選ぶことになる。そっちのバカどもだと、『一』、『五』、『十』から。オマエなら、『一』、『二』、『四』からだ。その選んだ数字で、試験内容が変わる。慎重に選ぶことだな」
あまりに偉そうに言うので、こちらも口調を変えることにした。
「数字の意味は、教えてくれないんだな?」
「教えん。オマエが勘で選べ。それも試験の内だ」
ふーん、やっぱりな。
なら、どの数字を選ぼうかな。
俺と五人の冒険者で、選択する数字が違うのは、なにかしらの意味があるはず。
唯一、『一』だけが同じなのが引っかかるなぁ……。
そうやって、どの数字を選ぼうと考えていると、冒険者たちがまた騒ぎ始めた。
「兄さん。こんなことを言わるなんて、理不尽ですよね!」
「兄さんの力で、こいつらやっつけて、中に入っちまいましょう!」
「町に入るのに試験がいるなんて、馬鹿げているんだから、そうしましょうよ!」
不用意な発言に、門番たちが身構える。
意味もなく、戦ったり殺したりする気はないので、彼らの言葉は無視することにした。
門番が提示した数字には、試験を受ける人と、同数の数字が含まれているな。
それが意図したものだと考えれば、選んだ数と同数の人と戦って、勝てれば町に入れるって感じだろうか。
そうなると、数が少ないほど強くて、数が多いほど弱い人と戦うんじゃないかな。
ふむー。俺は一人だけだし、多対一になるよりかは、強い相手でも一対一で戦う方がいいだろうな。
そう決めて、俺は門番に告げる。
「分かった。俺は『一』を選ぶ」
「一だな。ふっ、せいぜい頑張れ。そっちの五人は、どの数字だ」
門番に問われて、五人の冒険者は慌てている。
どうやら、俺が素直に数字を選ぶとは考えていなかったようだ。
そういえば、彼らは俺を暗殺者か何かと、誤解しているんだった。
そんなアウトローが、門番の指示に従うなんて、考えもしていなかったんだろうな。
けど、俺があっさりと従ったことで、口撃の手段が失われてしまったため、冒険者たちは急いで相談を始めた。
なんとなく長くなりそうな雰囲気だったので、横から口を挟むことにした。
「一は俺が選んじゃったんだから、五か十を選んだら?」
俺は出任せな理由で、彼らにその二つのどちらかを選ばせようとした。
なにせ、俺が先ほど立てた予想が正しければ、彼らが一を選んだら、とてつもなく強い相手が現れるはずだからだ。
それこそ、最低でも五人の冒険者相手に、一人で勝てるほどの強者が出てくるだろう。
そんな相手に、申し訳ないけど、彼らが勝てるとは思えなかった。
なので、まだ可能性がありそうな、選択を選ばせようとしているわけだ。
けど、そうとは気がつかない様子で、五人の冒険者は五と十のどちらかを選ぼうかって、相談を始めた。
「おい、どっちにする?」
「あえて、数字の大きいほうにした方がお得なんじゃないか?」
「そうね。真ん中の選択を選ぶのは、ちょっと抵抗がある気がするわ」
相談の末に、彼らは十を選んだ。
門番はそれを聞いて、頷く。
「分かった。こっちが一で、そちらが十だな。ならこの扉から、真っ直ぐ進んで、突き当たりにいる建物の受付に、その数字を言え。もっとも、真っ直ぐ進むしか、道はないんだがな」
意味深な言葉を言った後で、閉ざされた鉄格子の脇にある、一人がやっと通れるほどの小さな扉を開けてくれた。
その言葉がどういう意味かは、中に入ってみて、すぐに分かった。
なにせ、外壁と同じ高さの壁に囲まれた通路が、延々と真っ直ぐに伸びていたのだから。