百二十七話 考え違い
五人の冒険者たちと合流した俺は、森に埋もれた街道を歩いていくことにした。
街道を離れるようにと助言を受けていたけど、この五人の冒険者たちの身動きを見て、街道を歩く判断をした。
なにせ、落ちている枯れ枝を躊躇なく踏んで音を立てるし、通り難いからと剣で乱暴に枝葉を斬るし、先ほど襲われた不安からか喋り続けてもいる。
つまり、街道を離れて隠れ進むなんて、できそうもなかった。
このままだと、遅かれ早かれ、魔物の群れと戦闘になることになるだろうな。
けど、先ほどの魔物たちの戦いぶりを見ていて、ちょっとした行動で襲われずに済むんじゃないかなって考えた。
ちょうど、魔物が待ち伏せている気配を感じ取った。
考えを試すために、石を何個か拾い、その気配の方へ一つずつ投げた。
一つ二つでは、その気配に動きはなかった。
けど、三つ以降になると、俺が位置を掴んでいると分かったんだろう、ゴブリンやダークドッグが茂みから出てきて、そのまま森の奥へと逃げていった。
やっぱり、襲いやすく倒しやすい人間だけを、狙っているみたいだ。
少し待てば他の冒険者がやってくるだろうし、ゴブリンやダークドッグたちにしても、戦いで死にたいわけじゃないはずもんな。
そう魔物たちの気持ちを理解しようとしていると、五人の冒険者たちは石を拾って、方々へ投げ始めた。
「……なにしているの?」
意味のない行動の理由を問いかけると、冒険者たちはキョトンとした顔を返してきた。
「いや、オマエが石を投げたら、魔物が逃げただろうに」
「こうやっていれば、魔物が近寄ってこないんだろ?」
行動の意味を理解していない言葉に、ため息を吐きたくなった。
その俺の態度が気に食わなかったのか、一人の男性冒険者がイラッとした表情になる。
「おい、オマエ。オレらよりも、ちょっとばっかり森に慣れているからってな、あんまり舐めんじゃねえぞ。こそこそと後ろで矢を射つしか脳がない、年下の弓使いのクセしてよぉ!」
睨み付けて凄んできた姿を見て、こちらを蔑む言葉を聞いて、俺の気分は氷点下まで落ちた。
「なにそれ。俺に喧嘩売っているのか?」
「ああん? それ以外の何に聞こえる――ごべぼっ!?」
喧嘩を売りたいらしいので、高値で買ってやることにした。
まず相手の腹を爪先で蹴って、発言を止める。
顔が下がってきたので、続けて顎にアッパーを叩き込む。
「や、やろう、もう容赦――げあっ!?」
顎を押さえてふらついているので、太腿に下段蹴りを叩き込んで転ばせた。
その後で、他の冒険者が助けに入ってくると面倒になるので、凄惨な光景に見えるように、喧嘩を売ってきた男性を蹴り転がしていく。
体格は大きくなったし、サーペイアルで漁業をしてそれなりに筋肉はついている。
前世で俺をチビと馬鹿にした奴らと喧嘩をしてきたし、この世界で魔物や人間相手に戦った経験もある。
この程度の相手なら、攻撃用の魔法で水を体に纏わなくても、地力だけでやっつけることは可能になっていた。
さて、散々地面を蹴り転がしてやっていると、その男は助けを求めるかのように、地面に転がったまま剣をこちらに向けてきた。
それを見て、俺も鉈を引き抜いた。
そして、切りかかろうとしたら殺すという想いを込めて、睨みつける。
俺が本気だと分かったのか、男は急に愛想笑いを浮かべながら剣を鞘に収め、謝罪してきた。
「な、生意気言って、ごべ、ごべんなざい」
降参した相手に、なんて返したらいいかちょっと迷い、思いついた台詞を言う事にした。
「次はないから」
「は、はい。わかって、ます」
俺が鉈を収めると、喧嘩を売ってきた威勢はどこへやら、男は必死に仲間たちのところへ四つんばいになって向かっていった。
もしかして、五人でこっちを襲ってくる気かなって、彼らの方へ目を向ける。
けど、それは心配のしすぎだったようだ。
「この短気馬鹿! 喧嘩を売るなら、相手見てやりなさいよ!」
「い、いや、だってよ……」
「喋るな馬鹿! お前が変なこと言ったら、こっちにとばっちりが来る!」
「あれでも、クロルクルの町に行こうとする冒険者だ。こちらと同じく、後ろ暗い過去を持っているに決まっているだろうに」
「そうそう。むしろ、あの若さでクロルクルに逃げるんだから、あたしらよりヤバイ人に違いないんだよ」
喧嘩を吹っかけてきた男が、仲間たちに散々に扱き下ろされていた。
その口ぶりから、なんだか勘違いされている気がする。
というか、ちょくちょくこちらを馬鹿にするような発言が、あったような気がしないでもないんだけど?
俺が少し不機嫌になると、五人の冒険者たちは揃って愛想笑いを浮かべてきた。
そして、俺の機嫌を取るように、女性二人だけが喋り始める。
「あはっ。この馬鹿には、ちゃんと言って聞かせますから、今回は穏便にお願いします~」
「いやぁー、お兄さんお強いですよね~。思わず惚れちゃいそうでしたよ~」
媚び媚びな声が、やけに耳障りに聞こえる。
なので、そういう真似はしなくていいと、身振りで伝えた。
「もういいよ。ここで立ち止まっていてもしょうがないし、先に進むよ」
「は、はい。ありがとうございます。ほら、アンタも!」
「ええぇ!? 殴られたのに――分かった言うよ。あ、ありがとう、ございます」
はいはいと、二人の言葉をぞんざいに受け取って、再び俺は先頭を歩き始めた。
五人はその後ろを静々とついてくる。
静かになったから、不用意に魔物を呼び寄せる心配はなくはなくなったな。
そう思いかけたとき、さっき殴ったのとは別の男性が、こちらに質問をしてきた。
「あの、なぜクロルクルに行くことになったのですか?」
「なぜ?」
「は、はい。おれらは、チンケな詐欺を働いた罪で、多額の借金を背負う羽目になりまして。それで借金奴隷に落とされてはたまらないと、クロルクルに逃げる途中なんですよ。あそこは無法地帯ですから、奴隷にならずにすみますので」
つまり、この冒険者たちは、犯罪者でもあったわけだ。
そして彼らが今まで話した内容を考えると、クロルクルは犯罪者の巣窟に成り果てている感じだよな。
うーん、ここまで来たからには、クロルクルには行きたい。
けど、町の中に住むときにも、注意が必要になりそうだな……。
そんな危惧を抱いていると、質問をしなおされてしまった。
「そんで兄さんほどのお強い方だと、どんな理由から逃げているのかなと興味が湧きまして」
そう聞かれても――
「――何かから逃げているわけじゃない。単なる観光だよ」
「は、はい? か、観光ですか?」
「そう。クロルクルと周辺の森を見て回ったら、また別の町に行く気でいるよ」
クロルクルが犯罪者の町になっているなら、主を倒して魔の森を開放し、街道を再び通れるようにする意味がない。
だから、クロルクルの町の中から、魔の森の情景を見て確認し終えたら、さっさと退散する気でいる。
そう俺は思って言ったのに、五人の冒険者たちは、違う受け取り方をしたようだ。
「そ、そうなんですか――」
質問してきた男性は頬を引きつらせると、急に彼の仲間だけで内緒話を始めた。
けど、この距離でその声の大きさなら、こっちに筒抜けなんだけどなぁ……。
「――お、おい。やっぱりこの人、見た目によらず、危ない人みたいだぞ」
「そうね。きっと、クロルクルに逃げた誰かを、消しにきたに違いないわ」
「ここまで追っ手がくるなんて、よっぽどの大人物の恨みを買ったんでしょうね」
「そんな大物から依頼を受ける暗殺者と考えれば、森の中に潜む魔物の気配を楽々と察知できることにも納得がいく」
「お、おい。オレ、そんな人に、喧嘩売っちまったんだけど……」
なんだか俺が、世紀の大暗殺者のように、思われているみたいなんだけど。
「ねえ」
「は、はいいぃ! なにも、何も言ってません!」
訂正しようと声をかけたら、盛大に怯えられてしまった。
これはもう彼らの中で、俺は暗殺者であると決め付け終わっているようだ。
ここから言葉を尽くしても、勘違いは晴れないだろうなぁ……。
そんな徒労をする理由もないので、彼らの思い違いを放っておくことに決めたのだった。




