百二十五話 道中の町にて
森に閉ざされた町――クロルクルを目指して、俺は近くの町で下りることにした。
町の雰囲気は、どこか寂しい感じがする。
町の規模にしては人通りが少なく、店も閉じているところが多い。
どうやら、流通路だったクロルクルへの道が魔の森に閉ざされたことと、より便利な迂回路が他の場所に出来た影響で、寂れてしまったようだった。
でも、魔の森に近い町という立地からだろう、冒険者をそれなりに見かける。
彼らの中で、冒険者組合に向かっているらしき、獲物をぶら下げて歩いている人を見つけた。
その後についていって、組合に向かうことにした。
着いた冒険者組合の建物は、かなり大きくて立派なものだった。
けど、入ってみると、冒険者と職員さんの数が少なくて、中が広い分だけ閑散とした印象を受けた。
昔は、クロルクルを通る行商の護衛仕事なんかで、賑わっていたんだろうな。
ちょっとだけ無常感を覚えながら、俺は暇そうにしている職員さんに声をかけた。
「すみません。クロルクルに行くには、どうしたらいいですか?」
「ん~? クロルクルに行くなら――って、見かけない顔だな?」
初顔だと指摘されて、俺は冒険者証を差し出そうとする。
けど、職員さんは面倒臭げに、手で制してきた。
「必要ない。クロルクルに行きたいってことは、この町に留まる気はないってことだろ。なら、冒険者証それを見ても仕方がないし」
職員さんはやる気なさげに、俺の方をじっと見てくる。
「クロルクルに行く道を教えてもいいが、何しに行くか、聞いてもいいか」
なんでそんなことを聞くのか分からなかったけど、素直に応えることにした。
「魔の森の中にある町に行ってみたい。その町から、魔の森を見回してみたい。ただそれだけです」
「……それって、観光目的ってことか?」
職員さんが呟くように聞いてきた言葉は、言いえて妙な感じだったけど――
「――ええ、まあ。簡単に言ってしまえば、そうなるんじゃないかなと」
「ふーん。物好きも居たもんだな。いや、その口ぶりだと、クロルクルのいまの状況を、知らないんだな」
状況と言われても、森に飲み込まれそうな町だよなって、首を傾げてしまう。
すると、職員さんは仕方がなさそうに、クロルクルの現状を語って聞かせてくれた。
「クロルクルは、いま無法地帯化しているんだ」
「無法地帯、ですか?」
「ああ。行き来が魔の森に寸断されたことで、あの町は常に魔物と森の侵食の脅威に晒されている。そんな状況の中で、通常の法が守られるはずもない。戦えもしない人が上に立っていたら、町が終わりになりかねないからな。今じゃ、町を守れる強い者が偉い、ってことになっているらしい」
職員さんは少し言葉を切ると、視線だけで控えめに、周囲にいる冒険者たちを指す。
「つまり、強い冒険者やならず者があの町に行けば、良い目を見られる。だからこそ、この町には冒険者がそれなりに集まってくるんだ。特に、品性が怪しげな連中がな」
「はぁ、そうなんですか」
職員さんに言われても、あまりピンッとこない。
なにせ前世から今まで、無法地帯と言われる場所に、行ったことがないし。
でもそんな町なら、ヘプテインさんから貰った手紙の効力はないに等しいだろうな。
それに、腕力を背景に我が物顔で振舞う人が居るのに、それを容認しているなんて、嫌な場所だなとも思った。
あまり長居する気にはなれなさそうなので、観光を終わらせたら立ち去ろうと心に決めた。
「それで、そのクロルクルに行くには、どうしたらいいんですか?」
「簡単だよ。クロルクルに向かう街道に沿って、ずっと歩いて行けばいい。森に飲み込まれていても、敷設された石畳の痕跡は見えるから、迷うことはないはずだ」
「分かりました。ありがとうございます」
お礼を告げて、冒険者組合を立ち去る。
言われた街道を進みつつ、冒険者向けらしき店から、水飴で固めたナッツバーみたいな携帯食を、試しに一つ買う。
その場で食べて味を確かめてみると、良くもなく悪くもない感じだ。
これぐらいの味なら不満はないので、クロルクルでちゃんとした食事が取れるか不明だし、大量に買い込むことにした。
シャンティの護衛の報酬に、数枚の金貨と多くの銀貨を貰ったので、支払いには困らない。
値切ることなく銀貨で気前よく払うと、その店の店主に近くに寄るようにと身振りされた。
近づき、耳を寄せると、こそこそとあることを教えてくれた。
「大量に買ってくれた、オマケだよ。クロルクルに行く気なら、街道の上を歩き続けることは止めたほうがいいよ。街道は道しるべと考えて、少し離れた森の中を進んだほうが安全だよ」
「分かりました、ありがとうございます」
理由は教えてくれなかったけど、俺は助言に従うことにした。
サーペイアルに住んで以降、あまり本格的な森歩きはしてなかったので、感を取り戻すにもちょうどいい機会だしね。
町を出て街道を歩いていく。
少し遠くに、木々が茂る姿が見えた。
けど、そのあまりの生い茂っぷりに、俺は眉を潜めた。
前世のテレビで『廃道を行く』みたいな番組があったけど、何十年使われていないという道でも、草は茂っていても立木で塞がれている道というものはなかったように思った。
そして、冒険者組合の職員さんの口ぶりからは、森に街道が飲まれたのは、そう昔じゃない雰囲気だった。
道が木で寸断されるには、時間が足りないように思えた。
この世界には魔法っていうものがあるぐらいだし、前世とは木々の成長スピードが違っても、おかしくはないかな?
釈然としないものを覚えつつ、俺はクロルクルへの道を歩き続けていくのだった。
入れ替わっているとの、多数のご指摘、大変ありがとうございました。
助かりました。
次からは、気をつけます。