百二十四話 次の目的地
ターンズネイト家の人たちが町を離れる日になった。
俺は、この町で別れることにした。
シャンティとリフリケは、とても名残惜しんでくれた。
「バルト。領地までとは言いませんから、途中まで馬車で一緒に行きませんか?」
「そうだよ、バルトの兄ちゃん。なにも、この町でお別れしなくたってさ」
二人の別れがたい気持ちは分かるけど、俺は首を横に振った。
「いや、ここでお別れだ。ヘプテインさんから、魔の森の情報と紋章付きの手紙をもらえたんだ。すぐにでも俺の目標――魔の森を開放して、俺の先祖みたいに土地持ちになる、その道を進みたいんだ」
俺が真摯に語ると、シャンティとリフリケは理解してくれたようだ。
「分かったよ。バルト、頑張ってくださいね。応援しています」
「兄ちゃん、元気で。けど、また会いたいな」
「ああ、分かった。いつかな。それまで、二人とも、元気で」
シャンティとリフリケが馬車に乗り込む。
ターンズネイト家の当主であるヘプテインさん、その妻のミッノシトさんが、こちらに軽く目礼をする。
こちらも目礼を返すと、彼らが乗った馬車が発車し、護衛や使用人が乗った馬車、食料品が積まれた荷馬車が続く。
そんな馬車列がこの場から見えなくなるまで、俺は見送った。
それから、この町の冒険者組合に行くことにした。
護衛としてシャンティと町の中を巡ったりしていたので、組合の場所は分かっている。
迷うことなく到着して、職員さんに自分の冒険者証を示す。
俺の顔を初めて見るからか、その男性職員さんは事務的に、俺の冒険者証を確認する。
そこで、ちょっと驚いたような顔をした。
続けて、俺の顔や服装をマジマジと見始める。
「おや、この名前。サーペイアルで活躍されたと聞く、『浮島釣り』さんですか。それから、その格好からすると。この町で騒ぎを起こした魔導師から、子供を抱えて逃げ回っていたのも、あなたですね?」
「ええ、まあ。その通りですけど」
「だとしたら、惜しいことをしましたね。この町についた最初に、この組合に顔を出していれば、もう一つ二つ名が付いたかもしれません」
職員さんの言葉に、首を傾げる。
「二つ名って、この町では大したことはしていないと思いますけど?」
「いえいえ。野良とはいえ、魔導師から冒険者が逃げ切るなんて、そうそうないことです。きっと、その逃げ足を称賛して、二つ名が与えられたはずです」
逃げ足を褒められてもなと思いながら、気になった点を聞いてみることにした。
「なるほど。でも、その口ぶりからだと、今からじゃもう二つ名はもらえないって感じですけど、それはどうしてですか?」
「後からの手柄の報告は、原則として組合が認めていないからです」
「あれ? そうなんですか?」
「はい。仮に、ある道で強い魔物が倒されたとします。何日も後になって、あれは俺がやったことだと言ってきても、証拠がない場合は組合は認めません」
「ああ。だから、魔物を倒したときには、討伐部位が必要なんですね」
「その通りです。では、今回の魔導師から、貴方が逃げ切った件を考えてください」
「証明しづらいので、俺の功績とは認められないわけですね。そもそも、この町に来たと、組合に報告すらしてなかったですし」
「はい、ご明察です。それとあの事件の後、あの逃げ切った冒険者とは俺のことだ、って吹聴する輩が多かったのですよ。噂とは着ているものが違うので、すぐに嘘だとバレましたけどね。そのときに名乗り出なかったことからも、より功績を認めるわけにはいかないわけですね」
そんな組合の仕組みを聞いても、ふーんそうなんだ、としか思えない。
というか、二つ名をそうぽんぽんと貰っても、使い道に困る。
特に、魔導師から逃げ切った証明の二つ名って、不名誉にしか思えないんだけどなぁ……。
さて、二つ名の件は横に置いくとして、俺は組合にやってきた用件を済ますそうか。
「それで、この紙に書かれた地名の場所について、話を聞かせて欲しいのですけど」
「はい、そういうことでしたら――ははーん、なるほど。貴族と繋がりを作ろうとしていたわけですね」
紙の下部にある、ヘプテインさんの署名と紋章の印字。
それを見て、職員さんは俺が最近どんなことをしていたかを、大まかに察したらしい。
上手いことやったなって褒めるような視線を、こちらに向けた後で、紙にある地名に目を通し始めた。
「なるほど、なるほど。どれもこれも、魔の森に近く、それでいて魔物の問題を孕んでいる場所ですね」
職員さんが、地名を一つ一つ指しながら、どんな場所かを教えてくれた。
多くは、領域奪還型の主がいる森の近くで、日々魔物に襲われて困っているという感じの話だった。
魔導師と不仲な貴族が有する土地なので、魔導師に応援を頼んで、その森の主を倒してもらうと言うことが出来ないそうだ。
逆に、冒険者組合としては、遠慮なく魔物や森の素材がザクザク獲れるから、稼ぎ所らしい。
けど、紙に書かれたいくつかは、組合としても冒険者を斡旋し難い場所もあるようだ。
「特に、このクロルクルという町は、行っても無駄な場所の筆頭ですね」
「それは、どうしてですか?」
「簡単な話です。この町の周辺は、完全に魔の森に飲み込まれているんです」
衝撃的な発言に、俺は耳を疑った。
「えっ、それじゃあ、その町は森に飲まれて、壊滅しちゃったってことですか?」
驚いて聞き返すと、職員さんは首を横に振る。
「いいえ、町は今でも健在です。森の侵食は高い壁で防ぎつつ、住民は森の恵みを食べ、魔物と野生動物を獲って暮らしているそうです」
「えっ、本当にですか?」
「町の様子のことは、森を抜けて素材を持ってくる、クロルクル住民が語ったことです。なので、確かなことと組合は判断しています」
町が壊滅した事実はないと知って、ちょっと安心した。
「それにしても、なんでまた森に飲まれるようなことに?」
「もともとクロルクルは、この町のように、流通の要として栄えた町でした。ですが他の場所に、もっと流通が便利が町が生まれると、交通量が減っていきました。クロルクルが寂れていく中で、積極的に森を拡張しようとする主が現れ、街道が一気に森に飲みこんでしまったそうです」
「そんな魔物が、居るんですか?」
「居るようですね。もっとも、どんな魔物なのかは、伝わってきていませんが」
そんな職員さんからの情報を聞いて、俺はそのクロルクルという町に、行ってみたくなった。
森に飲み込まれそうな町というものが、興味深いということもある。
けど、その町から森を眺めれば、より魔の森という存在が、どんな場所なのかを知る手助けになると思ったからだ。
「クロルクルに行く方法を、教えてはくれませんか?」
「知りたいというのなら教えますが。あまり、オススメはしませんよ。あの森には、オーガが出るという噂も聞きますし」
「それなら大丈夫です。オーガなら、鉈で斬り殺したことがありますし」
「鉈で、オーガを倒した? あ、もしかして、バルティニーさんって、鉈斬りの二つ名も持っているのですか?」
「はい、そうですけど? 組合に情報が伝わっていないんですか?」
「いえ、情報はきています。けれど、遠くの土地の冒険者の話だと思っていたので、サーペイアルに居たバルティニーさんと結びつかなかったのですよ。そうですか、二つ名を二つも持つのでしたら、森を通ってクロルクルまで行くことも出来るでしょう」
職員さんは勝手に納得すると、俺にクロルクルに行く道筋を、懇切丁寧に教えてくれた。
職員さんが何に納得したか、ちょっと気にはなった。
けど、とりあえずクロルクル方面の町に行く乗合馬車が、もうそろそろ発車するらしい。
なので、職員さんへの挨拶もそこそこに組合を出ると、その馬車に間に合うように、道を走り始めるのだった。




