百二十三話 次への道しるべ
ターンズネイト家の屋敷に戻ると、ヘプテインさんが呼んでいるとのこと。
見苦しくない程度に服装を整えながら、武器を家令のバルチャンに預けた。
部屋に入ると、俺がこの家に来たときと同じように、座るヘプテインさんの横に、ミッノシトさんとシャンティが横に立っていた。
俺が中に入り、部屋の扉が使用人によって閉められる。
ヘプテインさんはそれを待ってから、口を開いた。
「魔導師と君とで、どんな戦いぶりをしたのか、聞かせてもらいたい」
用件だけを端的に告げる言葉を受けて、俺はレッフーンとの戦いを掻い摘んで報告した。
きっと、先に帰したリフリケにも、同じ事を聞いているはずだ。
なので、嘘はつかずに、少し表現をぼかした感じで、伝えていく。
俺が攻撃用の魔法を使えることは、前々から察していたようで、ヘプテインさんたち三人は驚いた様子はなかった。
やがて、レッフーンを倒して首を刎ねたところまで、俺は語り終える。
「なので、赤服の魔導師は、二度とシャンティやリフリケを襲うことはないでしょう」
そう締めくくると、ヘプテインさんは手指を組んで硬い表情をする。
「なるほど、顛末は分かった。リフリケを無事に連れ帰ってきたその手腕、褒めようと思う――」
そう言いながらも、その顔は褒めるという表現には相応しくない、厳つい顔だ。
言葉と表情の違いについて、俺が不思議に思っていると、ヘプテインさんは続きを話し始める。
「――だが、君が攻撃魔法を使うことのできる魔導師であるとなると、素直にそうもできないのだよ。なにせターンズネイト家は、その始まりから先祖代々、魔導師嫌いな家系なのでね」
それは変な物言いだと思った。
「俺は冒険者ですし、魔導師としての教育を受けたことないんですけれど?」
「それが本当だとしても、攻撃魔法を使える人物を、吾が雇っていることが問題なのだ。ターンズネイト家は魔導師排斥派の旗頭の一つ故に、その事実が伝われば、同派貴族の結束を揺るがしかねないのだよ」
また貴族間の問題らしい。
けど、ちょっと待って欲しい。
「いままで、俺を雇い入れていた件は、大丈夫なんですか?」
「君が大っぴらに攻撃魔法を使ったのは、吾らが出会って以降、今回が初である。なので『君が魔導師だと知らなかった』と、言い訳が立つ。今日中に君の雇い入れを止めれば、さらにその説得力は増すことになる」
「つまり、今日で俺はお払い箱だということですか?」
「護衛依頼は吾らがこの町を離れるまで。要は、競売会が終わるまでの契約だ。不都合はないだろう」
言われてみれば、たしかにその通りだった。
けど、ちょっと釈然としないな。
その俺の気持ちを汲んだように、ヘプテインさんは続けて言う。
「無論、こちらの勝手な都合なため、報酬は上乗せさせてもらう」
そういう問題じゃないんだけどなって、気持ちにモヤモヤを抱いていると、ミッノシトさんの手が持ち上がったのが見えた。
何か発言をしたいのかなと見ていると、その手が翻ってヘプテインさんの後頭部を叩く。
「なっ、何を!?」
突然の凶行に、ヘプテインさんが慌てて振り向く。
ミッノシトさんは笑顔で、ヘプテインさんに向き合った。
「あなたは今、後頭部を殴打されて、気絶したのですわ。なので、ここからは、私が説明を引き継ぎますわね。依存はございませんわよね?」
「いや、吾が問うているのは、なぜ頭を叩いたかで――」
「ございませんわよね?」
「――うむ。ああー、意識が薄れていく~」
ミッノシトさんに凄まれて、棒読みの台詞と共に、ヘプテインさんは机の上に突っ伏す。
そして、狸寝入りを始めた。
その姿を見て、ミッノシトさんは叩いたヘプテインさんの後頭部を撫でやりながら、目をこちらに向ける。
「ごめんなさいね。この人ったら、言葉が厳しいものだから、きっと誤解されちゃったわね」
何を指して言っているのか分からず、首を傾げる。
すると、ミッノシトさんは、ヘプテインさんのここまでの発言を、噛み砕いて話し直しはじめた。
「この人はね、こう言いたかったのですわ。リフリケちゃんを無事に助けてくれて、とても感謝している。当家の事情で、バルティニー君の護衛契約は今日で止めになっちゃうのだけれど、満足いく働きをしてくれたから、報酬は上乗せする気でいるのよって」
ミッノシトさんが言っている内容は、ヘプテインさんのものと、ほぼ同じだ。
けど、言い方一つで受け手の印象が変わるものなんだなって、ちょっとだけ衝撃を覚えた。
たぶん、この二つの言い方は、貴族相手に使うものと、平民相手に使うものなんだろうな。
だからか。言い換えられたら、なんだか素直に納得できてしまった自分がいた。
「そういうことなら、仕方がないですよね。じゃあ、今日中に、俺はこの家から出て行けばいいんですね?」
確認のために尋ねると、ミッノシトさんは笑顔で否定した。
「そう慌てなくてもよろしいですわよ。そんな無理矢理追い出すような真似をしたら、貴方になついているシャルハムティとリフリケちゃんに、恨まれてしまいそうですもの」
なので、ヘプテイン家がこの屋敷を離れる前までに、俺は出て行けばいいということになった。
それを聞いたシャンティは、黙って立っているままだったが、顔は嬉しそうな表情に変わっていた。
ミッノシトさんは微笑みながら、そんなシャンティを撫でる。
そして、顔を俺に向け直してきた。
「それで報酬の件ですけれど。お金もお支払いしますけれど、他にも実現可能な要望があれば、叶えて差し上げますわ」
ならと、俺の目標――魔の森の主を倒し、森を開墾して、その地主になりたいことを伝えた。
「その目標を達成するのに、有益な情報があれば欲しいです」
俺の要望に、ミッノシトさんは少し困った顔になった。
「当家の領地に接する魔の森は、主が穏やかな魔物なので平穏なのですわ。なので、悪戯に荒らさぬようにしていて、森の開墾は許可しておりませんの」
前に魔導師関連の逸話を聞いた際に、そんな事を言っていたっけ。
じゃあ、しょうがないな。報酬は、お金を上乗せしてもらうことにしようかな。
なんて考えていたところ、ミッノシトさんが、机に伏せているヘプテインさんを揺すり起こし始めた。
「ねえ、あなた。森を開墾するのに、いい場所を知っていないかしら?」
「――うむ。その要望に適した場所には、心当たりがある」
気絶している小芝居を終わらせたヘプテインさんは、机の引き出しから紙を取り出す。
そして、羽根ペンでなにかを書き始めた。
書き終わると判子みたいなものを押して、その紙をこちらに差し出してきた。
「吾と同じ、魔導師排斥派の貴族が納める土地。その中で、魔の森の侵食が激しいと聞いた場所を書いてある。さらに、吾の署名と紋章を入れてあるので、その土地を治める貴族から、援助を引き出す手助けにもなるはずだ」
紙を受け取ると、二十個ぐらいの場所の名前が書いてある。
どれもこれも知らない地名だけど、冒険者組合にいって聞けば、どこにあるか分かるだろう。
近場から順に巡っていけば、目標の実現にぐっと近づくことができるに違いない。
「ありがとうございます。俺にとってこれは、なによりの報酬です」
「うむ、喜んでもらえたようで何よりだ。そして、話は以上だ。下がっていい。シャルハムティ、お前もだ」
突然話を振られて、シャンティは驚きながら返事をする。
「えっ、あ、はい! 分かりました!」
シャンティはヘプテインさんに軽く礼をすると、俺と一緒に部屋を出る。
扉が背後で閉まりきると、シャンティの表情が変わり、すごく嬉しげになった。
「バルト。あとちょっとしか、僕と一緒にいられないみたいですね。でもそれまでは、一緒に遊びましょうね」
ウキウキとした態度を見て、俺は首を傾げる。
「俺としては構わないが。魔導師嫌いの家の子が、俺と遊んでもいいのか?」
「いいに決まっていますよ。だって、さっき父上が許可したじゃありませんか」
「――許可って。そんなこと言っていたか?」
「ほら、『僕も下がっていい』って、言っていましたよ」
あれが許可を指す言葉だなんて、貴族以外の人は、理解できないだろう。
貴族と話をする難度の高さに戸惑っていると、廊下の角から、服を着替えたリフリケが現れた。
彼女はこちらを見つけると、ニコニコ笑顔で歩き寄ってきた。
「バルト兄ちゃん。アタシ、使用人として、ずっと働くことが決まったよ。なんでも、影武者で命を張った功績なんだって」
俺のお蔭だと握手してきて、大きく上下に手を振る。
その後で、リフリケは俺とシャンティに聞いてきた。
「ねえねえ。二人して何をしてたの?」
「バルトと一緒に遊ぶ約束をしてたんだ」
シャンティの返答に、リフリケの目が輝いた。
「そうなんだ。じゃあ、アタシも一緒に遊ぶ!」
元気のいい宣言に、俺は眉を潜めた。
「おいおい、使用人として働くことが決まったんだろ。初っ端からサボって、いいのか?」
「いいの。使用人の教育は、領地の屋敷に戻ってからなんだって。それまでは、自由なんだってさ」
リフリケは俺の手を取ると、早く遊ぼうとばかりに引っ張る。
シャンティも真似て、反対側の手を取る。
二人がかりで求めてこられたら、抵抗は出来ないよなって、引っ張られるままに歩きだす。
シャンティとリフリケと、一緒にいられるのは、もう何日もないだろう。
楽しそうにするその顔を見て、この二人に俺と遊んだ記憶が残るように、その数日を全力で遊んでやることにすると決めた。
さて、どんな遊びを求められるんだろうかって楽しみに思いながら、引っ張られるままに俺は二人についていくのだった。
次から新章となります。
前章みたいな、オマケ話はありません。
でも、バルティニーがターンズネイト家のお抱え冒険者になったら、数年後にリフリケと結婚なんて未来があったかもしれませんね。
もしくは、シャンティが憧れで家を出奔後に冒険者デビューして、バルティニーの相棒になっていたなんて未来も?