百二十二話 戦い終わって
ゾンビにならないように、鉈でレッフーンの頭を切り落とす。
死体は放置し、俺はリフリケを背負って、町に引き返すことにした。
そのことに、リフリケは少し不満そうだった。
「怪我もしてないし、自分で歩けるのに……」
愚痴っているように、リフリケは怪我らしい怪我はしていない。
「けど、服の胸元が切られて、肌が見えているだろうに。腕で隠して、町まで歩く気なのか?」
問題を指摘すると、リフリケも言い返してくる。
「そこはほら、上着を前後逆にして着ればいいでしょ?」
「……それはそれで、間が抜けた見た目になるな」
「胸を見られるよりかは、マシだってー」
そんな事を言いながら、リフリケが俺の背中から下りようとする気配はない。
意地悪で、ちょっと下ろす素振りを俺がすると、嫌だと意思表示するように首に抱きついてくる。
下りる気が本当にないことを確認できたので、俺はリフリケを背負う位置を調整してから、街道を進むことにした。
そんなに距離はなかったため、町にすぐに着いた。
すると、町の出入り口でバッタリと、ターンズネイト家で護衛をしている人たちと合った。
彼らは甲冑姿で、槍などの長尺武器と、大きな弓と矢、そして剣を吊っている。
その物々しい出で立ちに、俺とリフリケが驚く。
そして、俺たちの姿を見て、護衛の人たちも驚いているようだ。
疑問を口にしたのは、俺が先だった。
「そんな格好で勢ぞろいして、どうしたんですか?」
護衛の人たちは、この質問に面食らったようだった。
「どうしたって、お前を助けに行こうとしていたんだ」
「ヘプテインさまの許可を得るのと、鎧の準備に手間取ってしまい、日の出に間に合わなかった。だが、いまからでもと、目印岩に向かおうとしていたんだが……」
「どうやら、無事に終わってしまったようだな?」
護衛の人たちが、なんとなく気落ちしているような感じがした。
きっと、魔導師を相手にするんだって、気張っていたんだろうな。
なのに、俺とリフリケが平気そうな顔で戻ってきたから、肩透かしを食らった気分でいるに違いない。
彼らの気持ちをどう汲むか迷っていると、向こうから質問がやってきた。
「それで、件の魔導師はどうした」
「町中からでも、立ち昇った竜巻が見えていたんだ。戦ったのだろう?」
「ああ、あいつなら、殺しました」
事実をそのまま伝えると、信じられないという感じの身振りを返された。
「魔導師を殺したって、本当にか?」
「はい。目印岩の近くに、死体があるはずですよ。ああ、首を斬ってあるので、ゾンビになる心配はありませんよ」
「そ、そうか。おい、誰か、三人ぐらい、確認しにいけ」
「「「ハッ!」」」
指示されて、甲冑姿の三人が町の外に出て行った。
彼らの姿を見送ってから、護衛の一人が救急鞄っぽい物を持っていることに気がついた。
「あの、布かタオルか、なにか体に巻けるものが、その鞄に入ってませんか?」
「えっ? あ、はい! どこか怪我をしているんでしょうか!?」
「いえ。リフリケの服が破けちゃっているので、それを隠すのに使いたいんですよ」
「あっ、ちょ! 兄ちゃん、それは!!?」
俺が理由を伝えると、リフリケが慌て始めた。
顔を向けてみると、赤面している。
どうやら、恥ずかしがっているようだ。
護衛の人は、リフリケのその様子を見て、どのあたりの服が破けているのかを、察してくれたようだ。
「えっと、そうですね――この白布を使っていいですよ」
手渡してきたのは、大きな三角巾のような布だった。
「ありがとうございます」
俺は礼を言いつつ受け取ると、背負っているリフリケの手に握らせる。
リフリケは、すこしムスッとした顔をしていた。
けどすぐに上着の合わせを外し、俺の背を使って周りから見られないようにしながら、胸にその布を巻きつけていく。
胸を隠し終えると、リフリケは上着を着なおし、自分から俺の背から下りた。
「よしっ。これで兄ちゃんに背負ってもらわなくても、平気になったな」
小生意気なことを言ってきたので、リフリケの髪の毛ぐしゃぐしゃにするように、手で頭を撫でてやった。
「うわっ、やめろって。アタシも一応は、女なんだぞ!」
俺の手から逃れたリフリケは、不機嫌そうに髪の毛を整え始める。
俺と護衛の人たちは、その姿見て微笑む。
そのとき、こちらを窺う気配を感じた。
それが誰かは、予想がついた。
「はいはい――じゃあ、リフリケは屋敷まで、護衛の人たちに連れて行ってもらって。俺は、ちょっと行く場所があるから」
言いながら、リフリケの背を押す。
護衛の人たちは、リフリケの身柄を受け取りながら、こちらに尋ねてきた。
「行くって、どこにだ?」
「ちょっと、会うべき人がいるみたいなので。心配しないでも、すぐに戻りますよ」
「……早く戻れよ。シャルハムティさまは、お前が無事か心配しているであろうからな」
俺に野暮用があると分かってくれたのか、護衛の人たちはリフリケを連れて、先にターンズネイト家が借りる屋敷まで戻っていった。
彼らの姿が見えなくなる前に、察知した気配の方へ歩いていく。
どうやら、隠れる気はないみたいで、すぐに脇の路地から出てきた。
「よお。かなり派手に魔法を撃たれていたようだが、無事みたいだな」
気楽に挨拶してくるのは、レッフーンが使う魔法の一覧をメモにして俺に渡してきた、あの男性だった。
男は立ち話もなんだからって感じで、近くの店を顎で指すと、先に歩き始める。
どうやら話があるようなので、ついていくことにした。
入った店は酒場のようで、早朝だというのに――いや早朝だからか、酔いつぶれて床に転がる客の姿がある。
店じまい間近だったのか、迷惑そうな顔の店員に、半ば無理に注文を通して、俺たちは席につく。
すると、さっさと飲んで帰れって感じに、頼んだエール二杯とつまみ一品が、すぐに出てきた。
前世の日本では考えられない接客態度に驚いていると、対面に座る男は気にした様子もなく、エールの入ったジョッキを手に取る。
「なにはともあれ、生還おめでとう。いや、魔導師の撃破した手腕を讃えたほうが、乾杯の通りがいいか?」
「音頭なんて、なんでもいいですよ。はい、乾杯」
俺は取ったジョッキを、男のに合わせると、軽く口をつけた。
「おいおい、味気ないなぁ……」
男は肩をすくめながら、ジョッキ半分を一気に飲み干した。
そして、俺を見ながら、男は漬物のようなつまみを口にする。
「くあぁ~……さて、さっさとあそこにいた理由と、こうして店に誘った用件を話せって顔だな」
「まあな。なにせ、俺の帰りを待っている人がいるからな」
「その言葉だけ聞けば、色っぽい話だが。待っている相手って、お前に懐いている、あの貴族のガキだろ?」
「それがどうした?」
「いやなに、小児性愛者で男色とはって――冗談だ、軽い冗談。魔導師をサシで殺せるようなやつと、戦う気はない」
俺が気を悪くしたことを見て取ったのか、両手を上げて降参のポーズを取る。
そして、俺の様子を窺っていた理由を話し始める。
「雇い主に、あのバカ魔導師がどうなるか見てこいって、言われたんだ。殺されるならそれでよし。生きて、その上こちらに迷惑をかけてきそうなら、追っ手を差し向ける必要があるってな。そして、殺したヤツがいれば、勧誘しろともな」
「それで、俺が戻ってくるのを待っていたのか?」
「まぁな。けど、こちらの雇い主の政敵な貴族に、とても気に入られている冒険者だ。こっちに引き抜けるだなんて、思っちゃいねえよ。けどな、お使いはキッチリと果たすことが、オレの信条なもんでな」
つまり、勧誘したけど断られたっていう、理由付けが欲しかったのか。
お疲れ様って目で告げると、うるさいって感じに身振りを返された。
そして男は、エールを飲みながら愚痴り始めた。
「あーあー。今回は、企みが上手く行かなかったな。貴族のガキに似た子を見つけて、お前らに接触させることは成功したし。あのガキがどんな状況に置かれても、それに応じて利用する手はずも整えていたってのに……」
やっぱり、リフリケが俺相手にスリを働いたのは、この男の差し金だったらしい。
そして、色々となにかしらの方法で、ターンズネイト家を競売に参加出来ないようにする腹だったようだ。
「けど、あのレッフーンのせいで、ご破算になったと?」
「そうだよ、あのバカ魔導師め。誘拐を頼まれたからって、大商会ばかり集まる通りで、騒ぎを起こしやがって! しかも、魔法を連発して、商会の商品に傷をつけるだなんてな!」
イライラとした調子で、頭を掻き出した。
「大商会に睨まれたくないからって、整えていた手はずは全てご破算になるし。商品をだめにした賠償金は、払わなきゃいけなくなったし。大損だよ、大損!! ええい、死んじまったヤツ相手に怒るのも無駄だとわかっちゃいるが、ああ、腹立たしい!!」
怒声を放ってから、ぐっとエールを飲み干す。
一杯じゃ足りなさそうな勢いだったので、俺は口をつけただけの自分のジョッキを差し出す。
男は受け取ると、今度は一気に飲み干した。
「んぐんぐっ、げっぐふぅ~……貴族同士の茶番とはいえ、ガキを誘拐するのはイヤだったんだ。それなのに頑張ったんだぞ、こっちは。ちくしょうめ……」
まだまだ飲み足りないようで、店員に酒の注文をしている。
なんだか、気苦労が多そうだな。
でも、どうやら俺やリフリケ、そしてシャンティを始めとするターンズネイト家に、何かをする気はないようだ。
そのことに安心して、俺は静かに席を立つ。
すると、企みが失敗した原因がシャンティを守っていた俺にもあるからか、男は行っていいって感じの身振りをしてきた。
ヤケ酒の邪魔をしては悪いので、俺は店を出る。
そして、シャンティが心配して待っているはずなので、少し急ぎ気味にターンズネイト家が借りている屋敷に帰ることにしたのだった。




