百二十一話 戦闘用魔法
魔法の風を纏わせた矢と、レッフーンの手から放たれた風が激突した。
矢は粉々になったが、纏わせていた風が開放され、周囲に突風が吹き荒れる。
レッフーンの魔法は、その風に吹き散らされて、消え去った。
相打ちになった結果を見て、レッフーンはとても不満そうだ。
「この程度の魔法では、効かないか。だが、例えお前が魔法の天才だとしても、専門機関で教育を受けたオレの方が、力が上に決まっている!」
憎々しげに言いながら、レッフーンは両手を前に突き出す。
きっと、高威力の魔法を放つ気なんだろう。
レッフーンの魔法にリフリケが巻き込まれないように、ピッタリと背後に匿う。
そして俺は、魔塊を解して魔力を作っていく。
先に準備を整え、魔法を使ったのは、レッフーンの方だった。
「千切れろ! 風よ、削り潰せ!」
レッフーンの両手から、四本の竜巻が発生し、こちらに槍のように向かってくる。
掘削機のようなその見た目に、俺は迎撃するのではなく、防御する方に魔法を使うことにした。
完全にあの竜巻を防ぎきるイメージを固めるために、俺は前世で使っていた日本語を使う。
「『水のドーム』!」
俺の想像と言葉に触発されて、手に集めていた魔力が水に変換された。
魔法で生み出した水は、俺とリフリケを半球状に取り囲み、『かまくら』のような形になる。
水の半球が構築し終わった瞬間に、レッフーンの竜巻が衝突してきた。
やっぱりこの風の魔法は、渾身の一撃だったんだろう。
水のかまくらにピッタリとくっ付くようにして、四本の竜巻は水壁を削り続ける。
削られた水壁は、シャワーのように周囲に振り撒かれると、朝日を浴びて虹を作った。
水の層を越して見ると、とても幻想的な光景に感じる。
けど、リフリケには竜巻の脅威としか目に映らなかったようで、俺の腰に抱きついてきた。
大丈夫だと頭を撫でて、落ち着かせてやる。
まだまだ魔塊の量には余裕があるし、削れている水壁は全体のごく一部だ。そう心配するほどのことじゃない。
それにレッフーンが放つ四本の竜巻は、高威力な分だけ持続に物凄い魔力を食うはずだ。
それこそ俺がよく使う、水を体に纏わせる魔法を維持するよりも、さらに多くの魔力が必要に違いない。
俺の予想は当たっていたようで、程なくして竜巻の威力が衰え始め、やがて消えてしまった。
次の攻撃を警戒して、少しの間、水のかまくらを維持する。
けど、レッフーンが疲れた格好のまま、攻撃をしてこないため、俺は魔法を解除することにした。
俺たちがケロッとした様子で、水のかまくらから現れたからか、レッフーンは苦々しい顔をする。
「チッ、あれほどの水を出しても、疲れた顔をしないとはな。やはり、お前は天才の一人のようだな。だが――」
レッフーンは諦め悪く、またこちらに両手を向けてきた。
風の魔法なら、水の壁で防げると分かったのに、無駄なことをしているなと、俺は少し侮ってしまった。
けど、攻撃用の魔法のことを、ほとんど何も知らない俺が、簡単に判断していいことではなかった。
そう、レッフーンが準備を進めている魔法を目にして、俺は気持ちを引き締め直した。
「お前は単一属性の魔法しか使えないようだな。ならば、四属性二側面の理、その真髄を教えてやろう!」
レッフーンの両手の先に、球形に渦巻く風が現れた。
次に、彼の周囲に霧のようなものが現れ、風球に吸い込まれるように、その中に入り込んだ。
何の魔法を準備しているのか分からなかったが、風球からバチッと静電気のような音が聞こえて、ハッと気がついた。
俺は大慌てで、地面に手をつける。
そして、レッフーンが喋り始めるのに合わせて、俺も魔法のイメージを固める言葉を唱える。
「逆巻く風に閉じ込められた嵐よ、雷光を生じさせ、敵まで走れ!」
「『避雷針』!」
レッフーンの風球がカッと光る直前に、俺は土の槍を何本も地面から生み出す。
しかし、何かに弾き飛ばされたように、吹っ飛ばされてしまった。
避雷針で、雷は地面に流れたはずなのに!?
理由が分からずに、地面に倒れたまま周囲を確認しようとする。
手足が感電しているのか、体の動きは鈍い。
けど、どうにか動かすことはできた。
俺の生み出した土の槍の内、数本が真っ黒になっている。
そして、その槍の周囲にある草は燃えている。
どうやら、避雷針は役目を真っ当していたようだ。
ならどうしてと、もっとよく観察していく。
すると、俺が立っていた場所に向かって、雷光が地面を走ったらしき痕を見つけた。
どうやら俺は直撃は防いだものの、余波を足から食らってしまって、こうして地面に倒れているらしい。
なら、俺の後ろにいたリフリケはどうなったのかと心配になったが、すぐに無事な姿が確認できた。
頭を抱えて座り込んでいたリフリケは、俺の姿が近くにないのを知って、周囲を見回している。
そして、倒れていいる俺を見つけると、大慌てで駆け寄ってきた。
「バルト兄ちゃん、生きているか!?」
激しく揺すってくるリフリケに、安心させるために返事をする。
「生きてるさ。けど、上手く体が、動かないな」
ぐっと四肢に力を入れて立とうとするが、筋肉は震えるだけで、全く力が出てこない。
そうやって立ち上がることに苦戦していると、レッフーンの声が聞こえてきた。
「ははっ。オレの奥の手を食らって、生きているとは、天才というものは総じて悪運まで強いな! しかし、地面に這いつくばっているところを見ると、どうやら立てないほどの痛手は食らったようだな!」
勝ち誇ったような言葉を耳にして、俺は睨みつけるために顔を向ける。
そこで、レッフーンが生気を失ったような顔色をしていることに、気がついた。
あんな顔をしているところを見ると、たぶん魔塊が枯渇寸前なのだろう。
勝ったようなことを言っているけど、レッフーンもギリギリなんだ。
なら、俺が立って攻撃できさえすれば、逆転勝利する事だって可能に違いない。
四肢に力を入れなおして、立とうと試みる。
「ぬぐぐぐっ……」
「兄ちゃん、手を貸す――」
リフリケが手を俺に指し伸ばそうとすると、スパッと彼女の胸元の服が切れた。
邪魔をするために、レッフーンが風の魔法による攻撃をしたんだろう。
肌どころか膨らんだ胸の頂点が顕わになりそうになって、リフリケは慌てて両手で胸元を隠す。
「――ひゃああ!?」
「助け起こそうなど、させるものか」
レッフーンは俺が立ち上がる前に、止めを刺そうとするように近づいてくる。
けど、胸元を両手で隠すリフリケの姿を見て、足を止めた。
「待て、その反応。お前、女だな。となると、貴族の子息の影武者か?」
リフリケが、シャンティじゃないことに、気づいたようだ。
すると、レッフーンは大笑いし始めた。
「ははははっ。これは傑作だ! 影武者で脅迫していた、オレも間抜けだが。人質の価値がない少女を助けるために、お前は魔導師を相手に戦っていたのか! あはははははっ!!」
レッフーンは顔の傷を忘れたような、心底笑い転げるような声を上げる。
その笑い声が、リフリケが無価値だといっているように聞こえて、俺は思わず言い返してしまう。
「何がおかしい! 知り合いの女の子が攫われたら、助けにいくのは当然だろう!」
「当然、そう当然だよなあ。いやはや、天才ってのは挫折を知らないからか、どいつも青臭い理想を語るもんだなあ。いや、これがお前にとって、最初の挫折になるのかもな?」
レッフーンは手を俺に向け、そして横滑りさせるように、リフリケに向けた。
「助けようとしていた少女を殺されたら、お前はどんな顔をするのかな?」
「えっ?」
リフリケは、わけが分かっていない様子で、固まっている。
レッフーンは、四肢が痺れて動かせない俺に見せ付けるように、嗜虐的な笑みを浮かべた。
「さあ、挫折を知って絶望する叫び声を、オレに聞かせろ。風よ、切り裂け!」
レッフーンの手から風が吹き荒れると、周囲に液体のしぶきが飛んだ。
その色は、血を示す赤――
――ではなく、水を表す、無色透明なもの。
そう、しぶきの発生源は、狙われていたリフリケではない。
彼女を庇って、風の魔法を胴体で受けた、水の魔法を全身に纏った俺だったのだ。
「なっ!? お前、動けないはずだったのではないのか!?」
「リフリケが死ぬ姿を、『やめろお!』って言って、嘆くとでも思ったのか?」
驚くレッフーンに返事をしながら、俺は意識を集中させて、全身に纏った魔法の水をイメージと共に動かしていく。
水が動くのに合わせて、俺の痺れて力が入らない手足が曲がり、殴りかかる構えをとる。
そして、握った右拳に水の渦巻きが生まれると、その中心が先へと尖り、子供向けアニメに出ててくるようなドリルの形になって、回転を始めた。
レッフーンは凶悪さを増した俺の右拳を見て、うろたえ始める。
「な、なんだ、その変な魔法は!? この期に及んで、新たな魔法を開発したというのか!! これだから、天才ってやつはー!! 風よ! 風よ!」
レッフーンは青い顔で、至近にいる俺に向かって、風の塊を打ち始めた。
風の塊は、俺が全身に纏った魔法の水に弾かれて、消えうせてしまう。
どうやら、殺傷力が高い魔法や、体を宙に浮かべて飛ぶ魔法は、魔塊の残量から使えないみたいだった。
それでも諦めずに風の塊を放つレッフーンを見て、ある覚悟を決めた。
俺は、どんな過去がレッフーンにあるか、知らない。
話し振りから、天才に劣等感を持っていることは分かる。
前世でチビがコンプレックスだった俺は、彼の事情を知っていれば同情したかもしれない。
けど、だからといって、攻撃用の魔法という力をひけらかし、さらには無力な少女をあてつけに殺そうとしていいはずがない。
そして、顔面がへこむほど痛い目を見ても、誘拐という悪事を手前勝手な理由で働く人物だ。
改心や更生を期待して手心を加えても、すぐあとで俺やリフリケ、またはシャンティに牙を剥くことは目に見えている。
だから、この場で『命ごと』止めるしかない。
「――死ね」
短く、決意を込めた言葉と共に、大きく踏み込む。
そして、ドリル状の水を纏った右拳を、レッフーンの腹に放った。
なんの抵抗も感じないまま、レッフーンの背中まで、俺の腕が突き抜ける。
腕を引いて抜くと、水のドリルは血を吸って、鮮やかな赤に染まっていた。
腹に大穴が開いたレッフーンは、信じられないといった顔で、零れ落ち始めた内臓を手で受け止める。
そして、引きつった笑みを浮かべた。
「ひふっ、あ、温かいや――」
レッフーンは言葉の途中で白目を剥くと、膝から地面に崩れ落ちた。
俺はその死体から少し離れ、体に纏っていた魔法の水を解除する。
まだ痺れたままの足では立ち続ける事が出来ず、尻餅をつく羽目になった。
腕で体勢を保とうとするけど、支えきれずに後ろに倒れそうになる。
そのとき、背後にいたリフリケが、俺の頭を抱きかかえて、倒れるのを防いでくれた。
後頭部を地面に打ちつけずに済んだことに、お礼の言葉をかける。
「頭を支えてくれて、ありがとう」
「いや、大したことじゃないから――というか、ここで礼を言うのは、体を張って守ってもらった、こっちだと思うんだけどなぁ……」
釈然としてなさそうな口ぶりで、リフリケはぎゅっと俺の頭を抱き寄せる。
レッフーンに命を奪われそうだった恐怖が、まだ残っているんだろうな。
リフリケの内心を推し量っていると、俺の後頭部に温かくて柔らいけど、奥に硬さがある感触が……。
そういえば、リフリケの服の胸元は、レッフーンによって切り裂かれていたっけ。
ということは、リフリケの胸に直接、俺の頭がくっついているってことか?
その事実を知って、顔が赤くなる。
でも、こちらから指摘すると、リフリケの心が傷つきそうなので、彼女自身が気がつくまで黙っているしかない。
きっと、いまは混乱しているだけで、すぐに自分がやっていることに気がつくはずだし。
そう思っていたが、結局は手足の痺れが取れる五分後まで、俺の後頭部は年端も行かない少女の胸に触れ続けることになってしまったのだった。




