百十八話 競売会~終了
競売会では、色々なものが競りにかけられていた。
宝飾品から工芸品、果ては特殊な技能を持った奴隷までだ。
前世の知識から、奴隷が競りにかけられている場面を見ると、ちょっと眉を潜めたくなる。
けど、その奴隷の顔が誇らしげで、競る人も金貨を惜しげもなく提示していることから、前世で聞いた奴隷とは感じが違うことに気がついた。
なんとなくだけど、野球のドラフトや、オーディション番組に近い雰囲気が、会場内にある気がする。
奴隷たちは借金奴隷や身分奴隷ばかりで、売る相手は貴族と大商会だ。
ある意味、就職先をオークションで決めているようなものに近いんだろうな。
町で騒ぎを起こした、あの赤服魔導師が奴隷として出てこないかと、ちょっとだけ期待した。
けど、出てくるはずはないよな。
だって、魔法を使える人は出てきても、攻撃の魔法を使える魔導師の奴隷は一人たりともでてこないんだ。
たぶんだけど、魔導師は貴族か国に、存在が守られているんだろうな。
競売は続き、様々な物が競り落とされる。
物とお金の交換は後ほど行うらしいけど、もしも壇上に、ここまで競り落とされた物の金額が積んだら、金貨銀貨の山になっているに違いない。
「それでは、本日最後の商品は、こちらでございます!」
進行役のピエロな人の言葉と共に、海にいる小型の魔物の剥製が壇上に運ばれてきた。
それを見て聞いて、俺は首を傾げた。
あの剥製工房で行っていた剥製は、あれ一つだけじゃなかったはずだ。
なのに、競売の最後だなんて。
疑問に思っていると、シャンティが俺を手招きする。
近づくと、内緒話をするような仕草をするので、耳を近づけた。
「競売会は三日間あります。初日の今日は、最終日の目玉商品の前座が、最後に出てくる形になっているんです」
なるほど。そういう理由があったのか。
身振りでシャンティに礼を伝えてから、俺はもといた位置に戻った。
最終日の前座であっても、海の魔物の剥製は全体数が少なくて珍しいからか、数多くの人が競り落とそうと頑張り始めた。
「金貨五十!」
「金貨六十と銀貨五十枚!」
あっというまに値が釣りあがっていく。
その光景に、海でそこら中に泳いでいる海の魔物が、こんな高値で取り引きされるなんてと、目眩を起こしそうになる。
そんな俺とは違って、ヘプテインさんは真剣な顔で、競りの動きを見ている。
「ふむっ。しばらくは海の魔物の剥製が出て来ないかもとの噂の所為で、金をつぎ込もうとする者が多いようだな」
ぽつりと呟いた言葉には、余裕が感じられた。
金貨百枚に届こうとしているのに余裕だなんて、どれだけ資金を用意しているのかと、大貴族が空恐ろしくなったのだった。
競売会の初日は終わり、翌日に二日目が開催される。
けど、ヘプテインさんは参加しないようだった。
「狙うべき物は三日目と分かっているのだ。今日に行く必要はない」
とのことで、今日一日は自由な時間となった。
俺はシャンティとリフリケと一緒に、部屋の中で遊べることをして過ごした。
そして最終日である三日目が開催になる。
競売の一押し商品が、この日に集められているらしく、参加者たちは初日より熱気が強くなっている。
貴族たちも、挨拶を交わしながら、目はもう笑っていない。目の前にいる人が、競り合う相手だと理解しているからだろう。
少し殺伐とした雰囲気がある中、会場への入場が開始された。
すると、すぐに初日と同じピエロの人が、開会宣言をする。
「競売会も今日が最終日。最終日ともあって、皆さまの目が釘付けになる商品が、目白押しでございます。えっ、早く進行しろ? はい、では、最初の商品に登場していただきましょうー!」
ピエロの人の身振りに合わせて、金糸で綺麗に刺繍がされた、とても貴族的な真っ赤なマントが現れた。
商品説明によると、魔物の皮で作られた、防御力の高いマントらしい。
どうやら、俺が着ている魚鱗の布の防具と、似たようなものみたいだ。
俺にはあのマントの価値は分からないけど、海の魔物の剥製狙いなはずなヘプテインさんが、思わず身を乗り出していることから、とても貴重な皮なんだろうな。
「では、この真紅の外套。紋章を金糸で入れる権利も混みで、金貨五十枚からです!」
ピエロの人の宣言が終わる前に、貴族らしき服装の人たちがこぞって競り始める。
ヘプテインさんも参加したそうにしていたが、目的の物じゃないからか、ぐっと堪えたようだった。
その後も、貴族的にはたまらない商品が出てきたみたいで、ヘプテインさんはそれらが競り落とされるのを、悔しそうな顔で見続ける。
けど、どうしても欲しい物があったのか、許しを請うかのように、チラッとミッノシトさんを窺ったことがあった。
ミッノシトさんが、にっこりと微笑んで首を横に振ったら、あっさりと諦めたようだったけどね。
競りも中盤に差し掛かったところで、海の魔物の剥製が現れた。
「はてさて、本日の競売も折り返し地点となりました。ここで、皆さまお待ちかねの一品が登場です」
出てきたのは中型に分類される魔物で、長さが五メートルほど、幅が二、三メートルほどある、前世のダツっていう魚に似たやつだ。
銛が刺さった痕が全身にあって、剥製職人が苦労して修繕して、その痕を塞いでいるようだった。
あの魔物ってたしか、俺が他の魔物を銛で撃っていたときに、別の人が仕留めたやつだったはずだ。
引き上げたときは、針鼠みたいに銛を打ち込まれていたなぁ。
けど、剥製になった姿からは、あの光景が連想できないほど、丁寧な修復がされている。
それでも、銛を打ち込まれた痕はかなり目立つ。
そのことは、進行役のピエロの人も分かっているようだった。
「見ての通りに、中型の魔物ではありますが、仕留める際にかなり傷つけてしまったようです。かなりの激戦だったことが、この傷から窺えますね」
ピエロの人はどうにか高く競ってもらおうと、かなり話を盛って、商品価値を上げようとしている。
けど、貴族や大商人の大半は、買う気が失せてしまっているようだ。
それでも買おうとしているのは、身なりが周囲より少し劣る貴族たち。
どうやら、他の貴族たちが買わない様子なので、安く競り落とせるのではと期待しているようだった。
そして買う気なのは、ヘプテインさんも同じようだった。
そのことに、シャンティは不思議そうにする。
「父上。あの魔物を競り落とすのですか?」
「シャルハムティ。あれを競り落とすのは、不満か?」
「いえ。ですが、なにも傷だらけの剥製を買わなくても、良いかと思うのです」
シャンティの考えはもっともで、この個室に居並んだ護衛の人たちも、ほんの少し頷くように首を動かしている。
しかし、ヘプテインさんには、彼自身の考えがあるようだった。
「あの傷は、釣り上げようとする漁師との間に起きた、激闘の証だろう。それほどに力強い魔物の剥製だからこそ、森を開拓して貴族となった我が家に、相応しいとは思わないか?」
事情を知っている俺としては、その漁師の腕がヘボだったからなんだけどなぁって、意見したくなる。
けどヘプテインさんは、もうすっかり競り落とす気なようだったので、言っても意味がないと考え直した。
ヘプテインさんとシャンティが話している間にも、競りは始まっていた。
「金貨四十と銀貨二十枚!」
「金貨四十と銀貨三十五枚!」
参加しているのは弱小貴族たちらしく、大分小刻みに競りの値段が上がっていっていた。
その中の一人が、決死の覚悟でなのか、一気に金額を釣り上げる。
「金貨五十枚!」
これで多くの競り相手が脱落した。
そこから、残った人たちが、銀貨五枚ずつ上乗せしていく。
しかし、先ほど一気に釣り上げた人が、また金額を釣り上げる。
「金貨五十五枚!」
これで他の人たちも、競り落とすのを諦めたようだ。
壇上にいるピエロの人も、金貨五十五枚を提示した人で決まりだと思ったようで、大きく口を開き言葉を発しようとする。
まさにそのとき、ヘプテインさんが声を出した。
「金貨七十枚」
決して張り上げた声ではなかったのに、会場中にその声は響き渡ったようで、ほとんどの客がヘプテインさんへと顔を向けた。
全員に見られている様だけど、ヘプテインさんは全く動じていない。
「聞こえなかったのか? 金貨七十枚だ」
「は、はい。金貨七十枚ですね! 他には、いらっしゃいませんか!?」
ピエロの人が慌てたように、会場中の人たちに声をかけた。
すると、先ほど競り落とす間際までいった貴族の人が、決死の覚悟を決めたような声で、金額を告げる。
「金貨七十――五枚!」
「金貨八十枚」
しかし、ヘプテインさんは全く動じずに、あっさりと金貨を上乗せした。
それを追いかけようと、貴族の人は青い顔で金額を言おうとする。
「金貨八十と――」
「金貨八十五枚」
ヘプテインさんは彼の発言を押しつぶすように、さらに上げした金額を提示する。
すると、これ以上はもう出せないと思ったのか、最後まで競っていた貴族の人は、うな垂れながら口を閉じた。
まさに金貨で殴りつけるかのような提示のやり方に、ピエロの人は頬を引きつらせ、他の客からは大人気ないという目がこちらにくる。
けど、ヘプテインさんの面の皮は相当厚いみたいで、気にする様子はなかった。
「えー、金貨、八十五枚。他に提示なさる方は――いらっしゃらないようなので。この海の魔物の剥製は、金貨八十五枚で落札となりました!」
ピエロの人がやけくそのように叫ぶと、客席からはパラパラと拍手が鳴った。
ヘプテインさんは立ち上がって、その拍手に応える。
座り直すと、もう競売会でやることは終わったかのように、観戦する姿になった。
事実、この後も多数の珍しい品々に客席が盛り上がっても、ヘプテインさんは静かに見ているだけ。
それは、この日の最後――つまり今回の競売会の最終品目である、トドとマグロを掛け合わしたような中型の魔物の剥製が出てきても同じだった。
そうして競売会が終了すると、ヘプテインさんたちは馬車に乗って屋敷に戻る。
商品の受け渡しは既に済んでいたようで、行きに金貨を積んでいた馬車には、競り落としたあの剥製が入っていた。
かなりの高額な品なので、護衛の人たちの多くは、その馬車の周りを囲みながら並走することになる。
俺はシャンティの護衛なので、あの中に入らずに、リフリケと一緒にターンズネイト家の人たちと同じ馬車に乗っていいらしく、ホッとしていた。
夕闇の中、あと少しで家につくと言う場所に差し掛かったときだ。
なぜか、馬車が急停車した。
「どうした?」
ヘプテインさんが御者台に声をかけるが、返事が返ってこない。
不思議に思っていると、唐突に突風のような音が響き、この馬車が先から壊れ始めた。
異常事態に、乗り合わせた使用人の人たちが、ヘプテインさんとミッノシトさんに覆いかぶさる。
俺もシャンティに覆いかぶさり、リフリケに手を伸ばして引き入れようとする。
「うっわわっ、っわわわあ~~!」
だがその前に、馬車を壊した竜巻が、リフリケを攫っていってしまった。
思わずその姿を追おうとするけど、シャンティが浮かび上がりそうになり、慌てて覆いかぶさり直した。
それからすぐに風は止み、その代わりに笑い声が響いてきた。
顔を上げて見ると、顔に包帯を巻きつけた赤服の魔導師が、リフリケを抱きかかえていた。
「ひふぃひふぃー! 貴族のガキは預かったぞ! 返して欲しけりゃ、明日の日が昇る頃に、こいつの護衛を、町の外にある『目印岩』に、こさせろ! いいな! 風よ、体を飛ばせ!」
一方的にこちらに要求を突きつけると、赤服男は自分が生み出した魔法の風に乗って、何処かへ飛んでいく。
「バルトぉぉ~~~……」
リフリケの俺に助けを求める声を聞いて、とっさに手の平を赤服男に向け、攻撃用の魔法を何でもいいから放とうとする。
けど、夕闇の先にあっという間に飛び去られてしまい、魔法を撃つことはできなかったのだった。