百十七話 競売会
競売が開かれる日になったので、俺の謹慎は解かれることになった。
そして、その知らせを伝えてきた女性使用人から、服を一式手渡された。
「これは?」
「競売会へ同行するのに、みすぼらしい格好では入場すらできません。なので、ヘプテインさまが服を設えてくださったのです」
みすぼらしいと言われて、俺は自分の格好を見る。
首から下の黒い全身タイツに、継ぎ接ぎされた短パンと胸当て。
これらが全部で金貨何百枚って価値があっても、傍目からだとみすぼらしいように、見えなくもないかもしれない。
けど、好き合ったフィシリスの贈り物を、そう評されると、とても面白くない。
その気持ちが顔に現れていたんだろうか、目の前にいる使用人が急に怯えた顔になる。
「い、いいですか。それに着替えてくださいね!」
青い顔色で言い放つと、スタスタと廊下を歩いて去っていってしまった。
俺は顔を手で揉んで表情を戻すと、渡された服を拡げてみた。
前世であったワイシャツみたいな、白くて薄い上着の他に、黒い礼服が上下あった。
「……なんか、古い学生服や軍服っぽいな」
黒地で作られ、少し高い詰襟がついている服なので、そう感じてしまう。
試しに、フィシリスからもらった服を脱いで、全身タイツ状の魚鱗の防具の上に着てみた。
すると、色々と手が込んでいることが分かった。
前の合わせを止めるボタンは、金色で平らなもの。重さから純金じゃないと分かるけど、このボタン一つだけでも高そうな印象だ。
袖口や襟元みたいな、服の端になる部分は、丁寧な針仕事だと分かる糸で覆われている。きっと生地が擦れるのを防止するためなんだろうな。
そんな丁寧な作りなのに、借り物の服を着たように、着心地はちょっと窮屈だ。
これはきっと、俺のためだけじゃなくて、他の人も着ることを考えて作ってあるからだろう。
軽く腕を上げたり伸ばしたりして、服が変に引きつらないかを確かめる。
動いても破れたりはしなさそうで、安心する。
けど、あまり激しい動きをしたら、ビリッていっちゃいそうな感じもあるな。
軽く動いて少し乱れた服を、指で服を整えていく。
そのとき、シャンティとリフリケが、この部屋の中に入ってきた。
二人は俺の格好を見て、歓声を上げる。
「おー。バルト、似合ってますよ。髪の毛を整えたら、貴族で通るんじゃないですか?」
「へぇ~。バルトの兄ちゃんも、そんな格好したら、冒険者に見えなくなるな!」
二人から賛辞のような物を貰ったので、こちらも返しておこうかな。
「そういう二人とも、その格好が様になっているな。シャンティはいつもより凛々しく見えるし、リフリケは――あ~~……」
シャンティの貴族然とした服を褒めた一方で、リフリケの格好についてどういったら良いか迷ってしまう。
なにせ、二人の格好が同じだ。
つまり、リフリケは男装をしている。
女性に対して、凛々しいとか、格好いいとかは言えないよなと悩んで、言葉が出てこなくなる。
そんな俺の様子を見たからか、リフリケは笑ってみせてきた。
「なんだよ、兄ちゃん。アタシは似合わないってのか?」
「いや、似合ってはいるんだが……なぜ男装なんだ?」
「なに言っているんだよ。アタシ、こいつの影武者だよ。同じ格好じゃなきゃ、ダメなんだろ?」
そういえばそうだったと、リフリケの役割を思い出した。
けど、雇い主の息子であるシャンティを、『こいつ』って呼んだらまずいんじゃないか?
そんな危惧は、シャンティが気にしてなさそうなことから、杞憂だと分かった。
安心していると、シャンティがリフリケの肩を掴んで、俺の前に移動させてきた。
「父上も母上も、分かってくれませんでしたけど。やっぱりバルトも、リフリケに女性の格好をさせたほうがいいと思いますよね!」
シャンティは両親の説得に、俺を使おうと思っているんだろうな。
けど、リフリケの役割から、シャンティの要望には応えられない。
「リフリケに女性の格好をさせるのは、また今度でいいだろ。じゃなきゃ、影武者の役割を果たせないしな」
「ええー。着飾れば、可愛くなるはずですよ~」
どうやらシャンティは、同年代のリフリケに友人以上の感情を抱いているようで、しきりに惜しみはじめる。
その気持ちは分からなくはないが、俺は一計を講じることにした。
「シャンティ。リフリケが女性の格好すると可愛くなるなら、ほぼ同じ顔のお前も女装すれば可愛くなる、ってことになるんじゃないのか?」
俺が意地悪で言うと、シャンティは大げさなほどに慌て始めた。
「えっ!? い、いや、そういったつもりじゃ」
「ああー、なるほど。たしかにシャンティが女装してくれれば、アタシも同じ格好ができるもんな」
シャンティが否定しきる前に、リフリケが納得顔をしていた。
すると、シャンティは大慌てする。
「女装なんて、嫌ですよ! 僕は男なんですよ!」
「いや、でも、なあ?」
「やってみると、似合いそうだよ、ねえ?」
俺とリフリケが悪ノリしていると、シャンティはヘソを曲げてしまった。
「もう! 二人とも酷いです!」
顔を背けて、プリプリと怒る。
けどその姿も、シャンティの中世的な見た目から、少女が可愛らしく拗ねているように見えなくもなかったのだった。
この町一番の大きな建物で開かれる競売会には、馬車で向かうことになった。
ターンズネイト家ご一行と、身の回りの世話をする少数の使用人たちが同乗し、護衛たちはまた他の二台の馬車に分乗している。そして、競売に使う資金と買ったものを運搬するための馬車がある。
なので、合計四台もの馬車が連なって、競売会場へ向かっているわけだ。
会場まで家から距離が近いのに、なんで歩いていかないのか不思議だったけど、貴族的な見栄と護衛のしやすさのためらしい。
さてさて、数分もせずに会場に到着すると、ターンズネイト家の人たちと使用人たちは中に入っていく。
俺とリフリケも、その後に続く。
けど護衛の人たちの多くは、そのまま馬車に乗ったままだ。
これは、資金を運搬している馬車の護衛に、そのままつくためらしい。
ちなみに、ターンズネイト家の人たちと共に中に入る護衛もいるけど、その人たちは武器を一切身につけていない。
なぜかというと、貴族以外の人たちは、武器を所持してないか、警備員が検査する決まりがあるからだ。
会場の警備は、競売を開く商会が請け負っている。そのため、中に入る人に武装は必要がないという論理のようだ。
そうは言っていても、たぶん客が暴動を起こさないようにするためだと、俺は思っている。
なにはともあれ、そんな事情があるため、俺も武器は一切身につけていない。
けど、魚鱗の防具は服の下に着ていて防御力はあるし、魔法が使えるから攻撃力もある。
いざとなったら、ターンズネイト家の人たちを守りながら、逃げることぐらいはできるだろう。
そんな余裕から、俺は競売会場の中を、ゆっくりと見回す。
貴族や大商会の主を招くだけあり、かなり贅を凝らした内装になっている。
ニスが丁寧に塗られた木製の内装は艶めき、床に敷かれた大理石は磨き抜かれていた。
天井にはロウソクが灯った大きなシャンデリアもある。
そんな高い技術で精巧に作られた内装を見て、一瞬だけ前世に戻ってきてしまったのではと錯覚を起こした。
けど、そんなことはあり得ないと、すぐに我に返る。
周囲の確認を続けると、建物の内装に圧倒されているのは、俺以外にもいた。
大物貴族っぽい人の後ろにいる、大して身なりのよくない貴族風の人たち。彼らが連れてきている、護衛や使用人たち。
そして、俺の隣にいるリフリケもそうだった。
「はぇ~……夢の中の世界みたいだ……」
ぽかんと大口を開けて驚いているので、俺は突付いてからリフリケの耳に口を寄せる。
「おい。影武者の仕草を忘れているぞ」
「はっ、いけないいけない。ありがとう、兄ちゃん」
俺の注意を受けて、リフリケはキリッと口元を引き締め、シャンと立った。
途端に、貴族の子供っぽい見た目に代わり、より一層、シャンティとの区別がつかなくなる。
まあ、ちょっとだけ演技臭く見えはするけど、子供が背伸びしているのだと、傍目からは見えることだろう。
さて、俺たちが内装に驚いている間に、ヘプテインさんは家族を連れて、他の貴族と挨拶を交わしていた。
「おおー、ターンズネイト侯。なにやら、災いがあったと聞くが、大事はなかったので?」
「久しいですな、キーバック伯。見ての通りに、何事もないとも。そういえば、伯には妻と子を紹介したことはなかったでしたな」
親しげに笑い合いながら、貴族二人は家族の紹介を終えると、相手の資金がどれほどあるかを探り始めた。
「ターンズネイト侯は、なかなかに節約上手と聞く。競売の目玉を、全て掻っ攫う気のではありませんかな?」
「はははっ、それはあり得ぬことだ。必要な物のみを買うことが、節約の道だ。悪戯に、気に入る全てを買っていたのでは、領民共々飢え死にしてしまう。かくいうキーバック伯は、この町の競売にかなり熱を上げていると聞くが?」
「いやいや。なかなかに、これという物にはめぐり会えていませんので、今日こそはという思いで参加しておりますよ」
どこどなく腹黒っぽさが透けて見える会話だ。
二人はそれから三分ぐらい話し続けて、示し合わせたように、あっさりと分かれた。
その後も、会場で出会った貴族と話を続ける。
ヘプテインさんはやっぱり大物貴族なのか、話しかけて来る方が多い。
けど、さっきのキーバック伯と言う人よりも短い時間で、ほとんどの人と別れている。
かといって、全ての貴族が近寄ってくる、というわけでもなさそうだった。
きっと、近寄ってこない貴族たちは、魔導師擁護派なんだろうな。
そんな色々な思いが渦巻く建物内で、甲高い鐘の音が響いた。
すると、ほぼ全ての人が会話を切り上げて、どこかへと歩き始めた。
ヘプテインさんやシャンティたちも歩き始めたので、俺とリフリケはその後についていく。
途中で係員らしき人が案内をしてくれて、俺たちは三階にあるテラス状の個室に入ることになった。
ヘプテインさんたちが席につき、俺と他の護衛は背後に控えるように立つ。
リフリケはどうしたらいいかと迷っていたけど、シャンティが手を引いて横に座らせた。
「もうちょっとで競売が始まるみたいだよ」
「う、うん。そうみたいだね。楽しみだよ」
リフリケの口調と声色が、シャンティっぽいものに変わっている。
俺が感心していると、会場内が静かになり始めた。
それから少しして、壇上に一人の男性が現れる。
原色系の色合いの服を着た、ピエロっぽい人だ。
その人は、会場内を見回した後で、大仰に体を曲げる礼をする。
「ようこそ、お集まりくださいました。本日も、さまざまな品々が目白押しでございます。皆々さまの手に、望まれる品が渡ることを、願っております」
挨拶を終えると、曲げた体を急激に伸ばし直して、そのピエロな人は声を張り始める。
「さあ! わたくしめの挨拶など、どうでもよいという、お歴々の視線にお応えして、さっそく競売に移りたいと思います! さあ、最初の商品はー、これだァ!!」
ピエロな進行役の人が大きな身振りをすると、壇上にカートが運ばれてきた。
その上には、なにかの宝飾品が乗せられている。
「商品一番! 宝飾師エリマリロリ作、『波濤の飛沫』! 見ての通り、多数の宝石が散りばめられた、首飾りとなっております! 愛する奥方の胸元を飾るもよし、麗しい愛人をより輝かせるために使うのもよしな、この一品! 最低価格は、金貨十枚から!」
進行役が客席に手を振ると、一斉に声が上がり始めた。
「金貨二十枚!」「金貨二十五枚!」「金貨二十七枚!」「金貨四十枚!」
あの宝飾品が欲しい人たちが、値を吊り上げていく。
どうやら競売会は、順調に滑り出したみたいだった。