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百十六話 一つの決着

 あの赤服男が暴れた件は、色々なところに波及したらしい。

 暴れた場所が大商会が連なる通りだったこともあって、この町に滞在中の貴族たちに知らせがきたそうだ。


『赤い服を着た魔導師によって損害を与えられた。ついては、その雇い主に速やかなる賠償を求める。そして、この魔導師を知る方からの情報提供を強く求める』


 貴族には、この知らせに『商人風情が無礼な!』と怒った人もいたらしい。

 けどそれは、プライドだけが高い貴族たちだけだったそうだ。

 ヘプテインさんのような大きな領地を持つ貴族は、大らかに構えて、知る限りの情報を教えてあげたらしい。

 だからか、商会の組合から競売の参加を拒否するぞと脅されると、怒っていた貴族は前言を撤回して、情報提供をしたそうだ。

 情報が集まったおかげで、二日も経たずに、赤服男を雇っていた貴族が見つかったそうだ。

 魔導師を雇っていただけあり、結構な大物貴族だったらしい。

 けど、赤服男の騒動は、その貴族にとっても寝耳に水だったそうだ。


『我が配下が迷惑をかけた』


 って要約できるお詫び状を、被害を与えた商会に渡して、見舞金も払ったらしい。

 そのせいで、競売のために用意していたお金が目減りしたため、今回は参加を見送ることにしたそうだ。

 さて、なんで俺がこの経緯を知ることが出来たか。

 それは、目の前にいるヘプテインさんが、俺に関係ある話だからと、機嫌良さそうに話してくれたからだった。

 でも、何で機嫌が良いのだろうかと思っていると、ヘプテインさんが察して教えてくれる。


「この事件のお蔭で、魔導師を擁護する一派の大物の貴族に、吾は貸しを作ることに成功したのだよ」

「貸しですか?」

「その通り。そも、あの家の参加の貴族どもが、魔導師嫌悪派の当家に工作を仕掛けてきたのが事の始まり。その責任を、大本である、あの家が取るのは当然のこと。それに直下な手勢の魔導師が関わっていたのだ。ふふふっ、これはかなり大きな貸しとなった」


 なんだか酷く嬉しそうにするけど、俺は少し納得がいっていない。


「未遂ですけど、シャルハムティさまの誘拐を企んでいたんですから、犯罪なんじゃないんですか?」


 俺としては当然の疑問だった。

 けど、この世界での貴族間の常識では違うらしい。


「いや。貴族が行った貴族の子息子女の誘拐は、慣例で罪に問えぬことになっているのだ。『ご子息ご息女を、勝手ながら、当家に招待した』という建前が使えてしまうのでな」


 なんだそれはと、貴族の慣例とやらに呆れてしまう。

 ヘプテインさんは俺を見て苦笑する。


「市井の存在には奇妙に映るのであろうな。だがこの慣例があるお蔭で、連れ去った側はその子供を歓待し、連れ去られた側は出された要求を飲むという不文律もあるのだ。一概に悪いこととも、断じられないのだよ」

「……つまり、子供が無事に帰ってくると分かっているから、連れ去られた側も事を荒立てないんですね?」

「その通り。そも、出される要求にも、貴族間のお遊び程度に軽くせよとの縛りがある。なので事を荒立てようとした場合、子供を連れ去られるという、防備上の失態を指摘されることに繋がる。これは面目を重んじる貴族には、手痛い失態となる」

「そういう失態を隠蔽する目的もあって、要求を飲むわけですか」

「そうだ。だが、この誘拐という手段は、とてもリスクが高い。なにせ、誘拐犯が撃退され、首謀した貴族が明るみになれば大きな失態となるからな」


 その失態につけこんで、ヘプテインさんは誘拐を企んだ家の、さらに上の貴族に貸しを作らせたということか。

 それにしても、貸し借りに慣例って。

 貴族っていうのは、ずいぶんよく分からない仕組みで成り立っているんだな。

 なんだか、自分と同じ人間とは思えなくなりそうだ。

 ちょっと貴族に対する忌避勘を抱いていると、ヘプテインさんが人の悪い笑みを浮かべてきた。


「警戒しないでいい。これは貴族間の取り決め。市井の市民には関係のない話だ」

「そう願いたいです。はっきり言って、仕組みがさっぱり理解できませんから」

「はははっ。随分と素直な物言いで感心するぞ」


 なぜか嬉しそうにするヘプテインさんに、俺は話を変えて違うことを尋ねる。


「首謀者が分かったんですから、俺の依頼も完了でいいんですよね」

「ほう。先の失態で、我が家の一室に謹慎中の身で、依頼料の催促か?」


 嬉しそうなままで言ってきたで、俺は違うと身振りする。


「いえ。このまま謹慎が続くようなら、依頼自体を取りやめてくれてもいいんですけど」

「ふむ……いや、君のお蔭で事態が改善されたのも事実だ。依頼の取りやめはしないでおこう。だが、もう少しだけ拘束させてもらう」

「それはなぜですか?」

「競売が終わるまで、気が抜けないのでな。君には護衛として、会場までついてきてもらうつもりでいる。それと――」


 言葉を切ると、ヘプテインさんは部屋の扉に近づいていく。

 そして扉を勢いよく引き開ける。

 すると、扉に張り付いていたらしい、シャンティとリフリケが部屋の中に雪崩れ込んできた。

 折り重なって倒れる姿は、赤の他人のはずなのに姉弟のように見える。


「――このように、二人は君に懐いているようだ。無理に引き離すような真似は、しないでおこうとな」


 ヘプテインさんはそれだけ言うと、戻って椅子に座り直す。

 そして、俺とシャンティとリフリケに、部屋から出てっていいという仕草をした。

 要は、俺への依頼は継続中ってことか。

 そう思いながら立っていると、手をシャンティとリフリケに掴まれた。


「お話は終わりましたよね。でしたら、また部屋の中でできる遊びを教えてください」

「ああー、ずるい! アタシは海の話が聞きたかったのに!」


 俺が謹慎を言い渡されてから、この二人は町に遊びにも行かずに、こうやって慕ってくれるようになった。

 というか、リフリケは影武者なのに、この家に馴染みに馴染んでいる。

 こういう明け透けな部分は見習いたいなと思いながら、俺は二人に連れられて、ヘプテインさんの部屋を辞したのだった。


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