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百十一話 誘拐と追跡

 リフリケと町歩きをすると、シャンティと歩いているんじゃないかって、ふとした錯覚を起こす。

 不思議に思ってよく観察すると、ちょっとした仕草が似ていることに気がついた。

 そして、似ている動きが、どこかしら教えられたもののように、リフリケに似合っていないことも分かった。


「だいぶ、動き方を矯正されたようだね」

「お、にぃちゃん、分かるんだ。そうなんだよ。あの家に住まわせてもらってから、ずーっと行儀ってのを学ばされたんだ。飲み込みが早いって、褒められているんだ」


 えっへんと胸を張る姿を見て、シャンティとはやっぱり違うと再確認する。

 とくに、その偉そうな態度と、幼いながらに発達の兆しがある胸元の辺りがだ。

 シャンティは男だから、胸が膨らんでいのは当たり前だけどな。

 けど、シャンティとリフリケのそんな違いは、二人をよく知らない人が遠目に見る限りじゃ、見分けがつかないだろう。

 ちゃんと囮役ができているなって、リフリケのことを感心してしまう。

 なにはともあれ、俺はシャンティと巡っているときのような道順で、リフリケを連れて歩いていく。

 しばらくして、またシャンティのときとの違いに気がついた。

 今までは、俺とシャンティの後ろに護衛役の人たちがこっそりとついてきていた。

 けど、いまはいつの間にか、その気配がなくなっている。

 そして、護衛役の人たちがいなくなった時と前後して、俺たちの動向を窺う視線がやってくる。

 本格的に、リフリケを囮にする時間が迫ってきたな。

 そこから小一時間経った頃、リフリケがこっそりと俺に目配せをする。

 きっと、ヘプテインさんか誰かから、この時間になったら俺から離れるように言われていて。その時間がきたことを、俺に伝えようとしているんだろうな。

 リフリケは視線を前に向け直すと、急に棒読みの台詞を喋り始めた。


「あっ、あれはなんだろ?」


 リフリケはなにかに興味を奪われたように、ある方向へ走りだす。

 俺は、リフリケがやろうとしていることを理解している。

 なので、リフリケが急に離れたことに、反応が遅れたように演技する。

 加えて、通行人に邪魔されて、すぐに追いかけられないように見せかけた。

 もちろん、偽装行動なので、リフリケの姿を見失わないように、目はちゃんと追いかけてある。

 けど、俺とリフリケが不意に離れたように、付け狙っていた人たちには見えたんだろう。

 リフリケに素早く近づこうとする、何人かの姿があった。

 どの人も食い詰めているようで、かなり痩せている。

 けど、あらかじめ作戦でも立てていたのか、その人たちの動きは連携が取れていた。

 彼らの動きを確認した俺は、攻撃用の魔法の水を足から腰にかけて纏う準備をしつつ、慌てたような声をリフリケに向かってかける。


「『シャルハムティさま』、お逃げ下さい!」


 リフリケをシャンティと誤解させるような言葉を使って、注意を促しす発言をする。

 すると、襲撃者たちは慌てて一気に近づき、彼女の口を手で塞いだ。


「うわっ、なにするん――むぐぅうう!!」


 リフリケの悲鳴に、周囲に居合わせた、とある女性も悲鳴を上げる。


「きゃああああ! 人攫いよ!!」

「チッ。ええい、退け、退けえ!!」


 リフリケを連れ去ろうとする一人が、ナイフを抜いた。

 そして、周囲の人たちを威嚇しながら、脇道へと進んでいく。

 道の上は騒然として、人の動きが滞り始めた。

 このまま追いかけては、立ち並んだ人たちが邪魔になってしまう。

 俺は魔法の水を下半身の関節部に纏わせると、すぐ近くにある二階建ての家の屋根へと飛び上がる。

 斜めの場所に降り立ち、魔法を解除すると、危うくバランスを崩しかけてしまった。


「――よっと」


 気合の言葉を呟いて体勢を直すと、隣接する屋根を伝って、リフリケを攫った誘拐犯たちが進む脇道へ向かう。

 追いついたけど、いま救助してしまうと、囮の意味がない。

 屋根を渡って彼らに並びつつ、上から誘拐犯の様子と人数を確認しておくことにした。

 先ほどナイフをちらつかせていた人が先頭に走り、二人がリフリケを神輿のように担ぎ上げて運搬している。

 さらに五人。小型の刃物や棒を手に、先の三人を護衛するような配置でついていっている。

 その他には、いなさそうだ。

 ということで、誘拐犯は合計で八人。

 身動きと持っている武器を見ると、さほど強そうではない。

 そして、リフリケが大人しくしているからか、すぐに暴行に及ぶ気配もない。

 状況に余裕があるようなので、しばらくはけんに徹して、シャンティと間違って攫ったリフリケを、誰に渡すか確かめるとしようかな。

 



 リフリケを連れた誘拐犯たちは、脇道から裏路地に入った。

 後ろに誰も追っていないのを確かめる素振りの後で、ある方向に一直線に走り出した。

 俺は建物の屋根の上から、彼らが走る先を見る。

 どうやら向かっているのは、前にリフリケから教えてもらった、貧しい人たちが住む区画――いわゆる貧民街みたいだ。

 そう行き先を確認していて、貧民街の建物の屋根の高さが、とてもちぐはぐなことに気がついた。

 原因は、屋根の上に乗っている、手作り感満載で粗末な、小屋やバルコニー。

 どうやら住人たちが、自分たちの手で勝手に増築したり改築したりして、住居部分を拡張しているみたいだった。

 高さがちぐはぐ過ぎるので、このまま屋根を伝って誘拐犯を追っていくのは、無理そうだな。

 幸い、誘拐犯たちは、追跡者がいないと誤解して、一直線に進んでいる。

 なら先回りしても、見失うことはないだろう。

 俺は再び魔法の水を下半身に纏わせると、屋根の上を素早く移動して、一気に彼らを追い抜く。

 そして彼らから見えない場所で地面に降りると、物陰に隠れて息を潜める。

 少しして、リフリケを連れた誘拐犯たちの足音と声が聞こえてきた。


「きへへ、追ってくるやつはまいたようだな。もうここまでくれば、あとはこのガキを引き渡すだけだ」

「これで大金が手に入る。そうすれば、貧民街を出られて真っ当な仕事にありつけるぜ!」

「俺は、いい酒を浴びるほど呑むのに使うぞ」


 皮算用した未来を話し合いながら、彼らはすぐ横を歩いて通り過ぎていった。

 俺は少し待ってから、森で獲物を追いかけるような気持ちで、物陰から物陰に渡りながら、こっそりとついていく。

 やがて彼らは、うらびれた裏路地にひっそりと佇む、一軒のあばら屋の前で立ち止まった。


「待ち合わせ場所は、ここで合っているよな?」


 先頭のナイフ持ちが、心配そうに周囲の仲間たちに確認をした。

 ある一人が頭上を見上げて、太陽の位置を見ながら、その疑問に返答する。


「ああ。この中で、このガキを引き渡すんだ。だけど、ちょっと早くきすぎたかもな」


 どうやら、待ち合わせ時間の前みたいだ。

 その言葉を聞いて、俺は素早く周囲を確認する。

 ……誘拐犯たちや、あのあばら家に注目している人はいない感じだ。そしてこの路地裏に入ってくるような気配もない。

 それならと、俺は今のうちに、リフリケを取り返しておくことにした。

 誘拐を頼んだ人が誰かは知らないが、誘拐犯の手にリフリケを預けたままにしては、不安しかないからだ。

 素早く倒せば、ここに来るという、依頼人にばれることもないだろう。

 そのため、強襲を選択して、弓矢ではなく手裏剣を使うことにする。

 鉈を抜いて左手に持つと、足につけたホルスターのような鞘から、手裏剣を一枚右手にとる。

 続けて、全身の主要な関節部に、攻撃用の魔法で生み出した水を纏わせた。

 深呼吸しながら、誘拐犯たちを倒す順番を、頭で思い描いていく。

 倒し方が決まれば、あとは一気に襲い掛かるだけだ。


「――しぃ!」


 物陰から飛び出し、魔法の水のアシスト力を生かして急接近しながら、右手の手裏剣を投げつける。

 狙いは、リフリケを運搬している一人だ。


「なん――ぐあっ!」


 魔法の水によって増した腕力で投げた手裏剣が、見事に胴体に当たった。

 すると、映画でよくある銃弾を腹に受けた人のように、お腹からくの字に体を曲げて後ろに吹っ飛んだ。

 そのことに少し驚いたが、俺は走って彼らに肉薄すると、リフリケを抱えていたもう一人の男に、鉈の峰を叩き込む。


「ぐぼっ――」


 くぐもった声を出しながら吹っ飛ぶ姿を見つつ、俺はリフリケを抱きかかえると、素早く誘拐犯たちから距離をとった。

 あっという間に奪い返されたからか、誘拐犯たちは反応を数秒遅らせながら、俺に武器を向けてくる。


「お、追ってくる姿はなかったはずなのに、どこから現れた!?」

「そんなことは、どうでもいいことだろうに。ま、こうして無事に取り返すことができたからな、逃げるなら見逃してやってもいい」

「なっ! あと一歩で大金が手に――」

「そっちの二人を見ても、俺と戦ってこの子を奪えると、そう思っているのか?」


 発言を遮りながらの俺の言葉に、誘拐犯たちは顔を引きつらせた。

 たった一発の投擲武器と一振りの鉈の攻撃で、仲間が一人ずつが吹っ飛んで再起不能になっている。

 そのことを、ようやく認識したみたいだ。

 けど、みすみす大金が手に入るチャンスを逃すのは惜しいと思ったのだろう、決死の覚悟を決めた表情に変わる。

 俺はその変化を見とったことと、これからの予定で時間がかけられないことを考え、自分の銅貨や銀貨が入った革袋を手に取った。


「そんなに金が欲しいなら、取り引きしないか。お前らのボロい上着を全員が寄越せば、この中にある金をくれてやる。少なくとも、銀貨が二十枚分はあるぞ。どうする?」


 命が助かる上に、六枚――倒れて動けない二人の分も含め、八枚の着潰す寸前のボロ着に、銀貨二十枚は破格の値だったんだろうな。

 誘拐犯たちはすぐに上着を脱ぎ捨てて、上半身裸になった。


「取り引きは成立だな。脱いだ上着はそこに置け。お金が入った革袋は、お前たちの後ろに投げるから、勝手に拾え」


 言葉通りに、俺が革袋を放り投げる。

 誘拐犯たちは上着を地面に投げ捨てると、一目散に落ちた革袋に群がった。


「うひょお! 本当に銀貨が入ってやがるぜ!」

「これだけもらえれば、もうそのガキに用はないぜ。さっさとずらかろう!」


 彼らが立ち去る前に、一つ言葉を付け加えておこう。


「おい。その倒れている奴らも連れて行けよ」

「えへへ。気前のいい兄さん、分かってますって」


 ナイフを持っていた誘拐犯は、愛想笑いを浮かべると、他の仲間たちと手分けして倒れている二人を抱える。

 そして、あっさりと何処かへと去っていった。

 その姿を見送ってから、俺は鉈を仕舞って、彼らが脱ぎ捨てた上着を拾っていく。

 すると、リフリケも手伝ってくれ、そして回収した上着をこちらに手渡してきた。


「いいのかよ、囮なアタシの身と引き換えに、あんな大金渡しちゃって」


 バツが悪そうに言ってくるので、俺はリフリケの頭を乱暴になでてやった。


「いいんだよ。リフリケの身の安全は当たり前だが。戦闘時間の節約と、この上着を手に入れるためには、あのぐらいの金は払っていいと思ったからな」


 俺の言葉に、リフリケは疑った顔をする。


「時間の節約とこのボロ着のために、銀貨を払っても良いって思ったって、本当に?」

「本当さ。なんなら、もっと払ってもよかったぐらいだ」


 あのときの状況では、誘拐犯たちに仕事を頼んだ人がここに来る前に、戦闘を終わらせられなかったら、以上を察知されて逃げられてしまう。

 それが回避出来るだけで、俺としては銀貨を払う価値があると判断した。

 そして、このボロ着を使って誘拐犯に偽装すれば、真正面から面会することができるんだから、あの程度の金は惜しくない。

 まあ、金貨何枚もの価値がある宝石を、いくつも持っているからできる、気前の良さだと自覚しているけどな。

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