十話 目指すは大きな男!
十三歳の冬を越した。
夏と冬しかないこの地域らしく、もう日差しは暑いぐらいだ。
この日、俺はこの屋敷を出て、ひとり立ちする。
朝食を食べたら、今まで準備してきた物――自作の木鞘に入れた鉈と弓矢、そして旅食が入った大きなバックパックを持った。
生まれ変わってからは、この屋敷と荘園以外の世界を知らないので、少し不安を感じる。
しかし、鍛冶師と猟師の技能があるので、どこにいっても直ぐに食い詰めるということもないはず。
いざとなれば、隠してきた魔塊を使う攻撃魔法を見せて、魔導師の道へ行くこともできる。
そういう風に理屈をつけて覚悟を決め、屋敷の玄関へと向かった。
するとそこには、マノデメセン父さんとリンボニー母さんが立っていた。
「二人ともどうしたの?」
思わずそう聞くと、二人とも苦笑いした。
「息子の旅立ちに立ち会わない親がいるものか」
「そうよ。これからは何もしてあげられないけど、健康を祈っているわ」
順番にぎゅっと抱きしめられてから、少なくない硬貨が入った袋渡してくれた。
そして、送り出すように玄関先で手を振ってくれる。
俺も手を振り返すと、バックパックを背負い、腰に下げた鉈の位置を調節して、屋敷の塀の外へと出た。
「さて、まずは大きな町――ヒューヴィレに行くんだったね」
スミプト師匠とシューハンさんの教えてもらったとおりに、ヒューヴィレに向かって歩いていく。
昼まで歩き通して、水分補給と昼食のために休憩をとる。
荘園を一日中歩くこともあったので、この程度では疲れないが、長旅だから無理はしない。
硬いパンを鉈で薄く切って、草原に生えている野草を挟んだ昼食を食べていると、轍が走っている音が聞こえてくる。
顔を向けると、荘園に取引によく来る行商人の馬車だ。
轢かれないように、パンを口に挟みながら退く。
しかし、俺の目の前でその馬車は止まり、見知った行商人のおじさんが御者台から笑顔を向ける。
「やあ坊ちゃん。私たちもヒューヴィレに行くんだが、ご一緒しないかな?」
ナンパのような言葉に、馬車の周りにいる彼の護衛たちも失笑している。
益もなく商人がこんなマネをすることはないので、俺はおおよその事情が分かった。
「マノデメセン父さんに、小麦かブドウ樽の値引きする代わりに、馬車に載せてやるよう頼まれたんでしょ?」
「おや、バレてましたか。突拍子もない子供という噂とは違って、中々に賢いご様子で」
「やけに素直な感想を言いますね」
「ええ。貴方はもう、あの荘園と関係のない子供ですしね」
つまり、言葉を取り繕う必要がないと言いたいわけだ。
多分だけど、俺が怒って「馬車には乗らない!」って言うのを待っている気もする。
でも、いままで体と器が大きな男を目指して生活してきたからか、怒る気にはならなかった。
むしろ、その裏表を使い分ける物言いが、これこそ商人って感じで心地よく感じた。
なので、先ほどの同道の提案に乗ることにした。まあ、マノデメセン父さんの最後の餞別ってのもあるけどね。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。護衛の人たちと同じで、荷物を荷台に置いて、歩いてついていけばいいんですか?」
「そうして下さると助かります。いや、本当に噂とは違って、聡明そうな子ですね」
「商人さんとしては、荘園を継いでくれなくて助かったでしょ?」
「ええ、そうですね。兄二人と比べると、貴方は交渉が手強そうですから」
話は纏まったので、俺は食料品が入ったバックパックを馬車の荷台に置く。仮に盗まれても、痛くも痒くもないからね。
そうして始まった、ヒューヴィレへの旅路は、整備された街道と野生動物が多く魔物は少ない平原から、安全なものだった。
ある日の夜に、野盗が襲ってくるまでは。




