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百六話 意図されているかのような出会い

 男から宣戦布告を受けてからも、俺とシャンティは市場の散策を続けた。

 けど、尾行してくる人の気配はない。

 人が多くて戦闘での巻き添えがでるかもしれないから、市場で襲う気はないのかな?

 もしくは、シャンティを俺から奪っても、人ごみが邪魔で逃げ切れないと思っているのかな?

 どっちにしても、市場の中で襲われる心配は、しなくていいみたいだな。

 

「――だから、そう緊張した顔で歩かない」


 俺の考えを説明し終えてから、シャンティの緊張を解すために、軽く背中を叩いてやった。

 けど、説明だけでは安心しきれないんだろう、シャンティの顔はまだ緊張したままだ。


「は、はい。で、でも、周囲にいる誰かが、僕たちを狙っているんじゃないかって、どうしても思ってしまいますよ……」


 こちらの手を握りながら、シャンティは警戒した様子で、市場にいる人たちへと視線をめぐらせる。

 気持ちは分かるつもりだけど、手を引っ張ってその行為を止めさせた。


「警戒しながら、ビクビクと歩いていると、スリや窃盗犯と間違われるぞ」


 俺はそんな忠告をしながら、俺の腰元にあるお金が入った革袋に伸びてきた誰かの腕を、シャンティと繋いでいない方の手で掴んで捻り上げた。


「あだだだだだっ! やめ、やめてくれよ!!」


 幼げな声が聞こえてきたので、ちゃんとスリ未遂犯の姿をちゃんと確認することにした。

 年齢と背はシャンティと同じぐらい。やや痩せていて、薄汚い大きめな服をつけ、フケやアカで全身が汚れている見た目だ。

 性別は、ぱっと見で男の子――だけど、襟から見えたその胸元が小さく膨らんでいることから、女の子だと分かる。

 とりあえず、シャンティを狙う人たちと関係があるかを、この子に話を聞かないといけない。

 なので、周囲に俺がこの子の腕を捻っている理由を喧伝しながら、適当な場所に連れて行こうっと。


「俺の金を盗もうとしやがって! こっちにこい!!」

「やめて! 悪かったから、もうスリはしないから!!」

「うるさい! 抵抗するんじゃない!!」


 あえて口調悪く喋りながら、スリの女の子を無理矢理引きずっていく。

 引きずる間、シャンティが見逃してあげたらという目を向けてくるけど、あえて無視することにした。

 そして、俺は路上に置かれている簡易机の一つにつき、近くの屋台で暇そうにしていた店主を手招きする。


「はい、なんでしょ?」


 面倒事は嫌だなって顔をする店主に、俺は皮袋から出した銅貨十枚ほどを手渡す。もちろん、スリの女の子は捕まえたままだ。


「それで買える屋台の食い物をくれ」

「へ? は、はい、ただいま!!」


 注文されるとは思ってなかった様子で、店主は大慌てで屋台に戻り、売っていた物を手に戻ってきた。

 

「お待たせです。茹でた野菜と野鳥の肉をパンに挟んだものです」


 店主は言いながら、俺たちの前にある机に具が入ったパンを二つ置き、そして屋台へと帰って言った。

 どうやら、銅貨十枚ほどで、二つ買えるらしい。

 でも、美味しそうじゃない名前の通り、二つに割ったパンの中に、茹できってクタクタな野菜とパサパサな鶏っぽい肉が入っているだけ。

 このパンを見たシャンティの目も、とても不味そうだと語っていた。

 俺も同感で、こんな商品じゃ屋台が暇にもなるよなって納得してしまう。

 そう呆れていると、スリの女の子から、盛大な腹の音が聞こえてきた。

 文字にすると『ぎゅぎゅるぅぅるる~~』みたいな、本当にお腹に虫でも飼っているんじゃないかって音だった。

 ここで赤面でもしてくれれば、多少は可愛げがある。

 けど、スリの女の子は、口の端から涎を垂らし、机の上にある二つの不味そうな惣菜パンを凝視していた。

 どれだけお腹が空いているんだかと思いつつ、俺は掴む場所を腕から襟首に変更する。

 そして、もう片方の手で、調理パンを一つ女の子の鼻先に近づけ、決して噛みつけない場所で停止してやった。


「さて、正直に答えてくれれば、このパンをやろ――」

「話す話す! なんでも話すよ!! さあ、なんでも聞いて!!」


 話が早く進むのはいいことだけど……陥落するの、早すぎじゃないか?

 気を取り直し、俺は質問をしていく。


「鉈や弓を持っている、一目で危なさそうな俺のお金を狙ったのはなぜだ?」

「それはね、頼まれたんだ! オマエの金をとって、ある場所まで逃げてこいってね! そうすれば、オマエのお金の他に、お駄賃もくれるって! 失敗しちゃったけど!!」


 聞きたいがまだあるなら早く言えって感じに喋ってくるから、期待に応えて次々に質問してやることにした。


「どこに連れて行くつもりだったんだ?」

「すぐそこの路地に入って、ずーっと真っ直ぐにいった、貧しい人たちが住むところ!」

「それを頼んだ人に見覚えはある?」

「ない! 初めて見る人だった!」

「この付近に、その人はいるか?」

「ん~~~……いない! きっと、連れていくはずだった場所に、いるんじゃないかな!」


 その返答に、俺は少し考え込んだ。

 少し前に会ったあの男がこの子に頼んだのだとしたら、きっと監視役の別の人を雇っている可能性が高いはず。

 この子がスリに失敗したことは、確認済みだと考えたほうがいい。

 そうなると、俺を連れて行くはずだった場所に、いまから向かっても無駄だろうな。

 うーん、あえてお金を盗まれていた方が、解決が楽だったかもなあ……。


「――これで最後の質問だ。お金を盗んで、俺に殺されるとは思わなかったのか?」

「お金がなきゃ、数日先に飢えて死ぬか、今死ぬかの違いしかないよ! なら、金を奪えるか試して、ダメだったら死ねばいいって覚悟してた!!」


 なんとも、後ろ向きな覚悟の仕方だと、感心してしまう。

 質問は全て終わったので、俺は女の子の襟首を放し、その手に調理パンを乗せてやった。


「もう食っていいぞ」

「やったー! ありがとうな、気のいいあんちゃん!!」

 

 女の子は礼を言った後で、大して美味しくもなさそうな調理パンを、まるでご馳走かのように噛み締めながら食べ始めた。

 そのあまりに嬉しそうに食べる姿を見ると、お金を盗まれかけたことを、許していい気になってしまう。

 そして、どうせ俺もシャンティも食べないからと、もう一つある調理パンを、女の子の前に置く。


「これも食っていいぞ」

「あひ、がほう!」


 満杯に詰まった口で礼をいうと、一つ目と二つ目を交互に食べ始めた。

 喉に詰まらせそうな勢いで食べているので、俺は腰から水筒を外して、飲み口を差し出す。

 すると、何が入っているのかと問いかける視線が女の子からきたので、飲み口から水を少し垂らして見せた。

 中身を見て安心したのか、水を一口含み、再び二つの調理パンを食べていく。

 そして、スリの女の子は最後の一口を飲み下すと、満足そうにお腹を叩き、食べかすがついた口元を乱暴に袖で拭った。


「もぎゅもぎゅ、んっぐ――あー、お腹いっぱいになった~」


 女の子というよりは、男の子っぽい仕草に、俺とシャンティは呆れた目を向けてしまう。

 しかしそこで、俺は拭われた場所の肌色を目にして、ハッと女の子の顎を掴んだ。


「え、な、なんだよ? ご、ご飯をくれたことは、感謝するよ。け、けど、体を売る気は、全くないからな……」


 困惑する女の子の顔をじっと見てから、俺はシャンティに視線を向け直して、その顔を観察する。

 ……似ている。

 二人はよく似ている。

 肌色だけじゃなくて、顔の大まかな造形もだ。

 片や荒っぽい女の子で、片や育ちがいい男の子だからか、雰囲気も似通っている。

 こんな子にスリを働かせた意味は、どこにあるのかと考え、俺は女の子に顔を向け直した。


「……追加で、いくつか質問する。頼まれたのは、俺をある場所に連れてくることだけで、他に言われたことはないか?」

「な、ない。本当にそれだけだよ」

「どこで頼まれた?」

「道で食べられる物を探していたら、声をかけられたよ。前にも言ったけど、そのとき初めて会ったんだ」


 嘘をついている感じはない。

 けど、偶然でシャンティに似た顔の女の子を差し向けてきたとも考え難い。

 少し前に宣戦布告をしてきたあの男の思惑は、どこにあるんだろうか……。

 考え付かないけど、とにかく、この子を放置することも出来なくなった。

 なにせ、シャンティと似た子だ、ニセモノに仕立て上げてなにかに利用してくるかもしれないし。


「……キミ、名前は? 家族はいる? 親しい人は?」

「アタシの名前はリフリケだよ。家族は、前の冬に死んだ母だけで、今はいない。浮浪児の知り合いがいるけど、別に親しくはないかな。それがどうしたの?」

「悪いけど、ちょっとついてきてもらう」

「え!? そんなの困る――」

「ついてくれば、食事を毎日させてやれると思うぞ」

「――行く行く! なんだよー、それならそうと、早く言ってよー」


 女の子――リフリケは、あっさりと前言を翻し、一転して嬉しそうな表情になる。

 そして、早く連れて行けと、こっちを急かし始める。

 俺は少し押し止めてから、シャンティに事の次第を、リフリケに聞こえないように伝えた。


「……そういうことでしたら、今日の散策――こほんっ、市場調査は中止にしましょう。その子を使った企みが失敗したとなったら、新たな手を使ってくる可能性もありますから」


 シャンティは理解を示し、俺たちはリフリケを連れて、ターンズネイト家が借りている屋敷に戻る。

 そしてシャンティの両親に、今日あったことの報告を、家令のバルチャンから伝えてもらうことにした。

 さらに本当にシャンティとリフリケが似ているか確認するために、女性の使用人たちにリフリケの汚れを洗い落としてもらった。

 綺麗になったら二人は全く似てなかった、ってことを望んでいたけど、それの願いは裏切られることになる。


「な、なんだよもう。こんな大きな家に連れてこられたかと思ったら、ザブザブ洗ってくれてよ。綺麗にされすぎて、肌がスースーするしさぁ……」


 半乾きの髪を弄りながら不満を口にするリフリケは、とてもシャンティと良く似ていた。

 一卵性の双子ほどとはいえないけど、歳が近くて顔が似た兄妹ぐらいには、そっくりだ。

 シャンティも、リフリケのあまりの似た姿に、驚いた顔をしている。

 そして、二人の顔と姿が似ている事が伝わったのか、ヘプテインさんとミッノシトさんも直々に見にきた。


「ほうほう。これはまた、吾の実子でないことが不思議なくらいに、シャルハムティと似ているな」

「あら。もしかしたら本当にこの子は、ヘプテインさまのお子なのではなくて?」

「ふふっ。意地悪いことを言う。吾はミッノシトに心を奪われたままだと、知っているだろうに」

「あらあら、お上手ですわね」


 貴族的な優雅さを維持したまま仲良さそうにする両親の姿に、シャンティは嬉しそうな顔をする。

 けど俺とリフリケは、反応に困っている表情になり、ヘプテインさんとミッノシトさんがイチャイチャし終わるまで、待たされる羽目になったのだった。

 

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